第二十四話 立つ鳥は後を濁す
後書きにお知らせがあります。
見慣れない扉の前。さっきから何度も手を上下させる動きを繰り返している。何やってるんだ俺は?
「フー」
とにかく緊張を吐き出したくて一気に息を吐く。
「ヨシッ!」
小さく呟いて気合いを入れる。うん、分かってる。こんなの気休めだ。
—コンコンッ
微かに震える手を抑え込んで意を決して扉をノックする。中から「はーい!」という明るい声が聞こえてきた。
「ヨシッ!」
続けて聞こえた「どうぞ!」という声で扉のノブに手を掛ける。俺はもう一度小さく呟くと、「お邪魔します」と言いながら扉を開けた。
「お待ちしていました!」
「…………」
俺は出迎えたのは満面の笑みと不愛想な顔。そんな対照的な反応をしているのはエリーゼとレイジ。そう、ここは二人の宿だった。
「ようこそいらっしゃいました!」
イリスに別れを告げた翌日、俺は朝早くからレイジとエリーゼの宿を訪ねていた。満面の笑みで俺を出迎えてくれたエリーゼは、「こちらにどうぞ」と俺にイスを勧める。
「あっ、ど、どうも」
勧められるがままイスに腰を下ろす。エリーゼはそれを見届けるとテキパキとお茶の用意を始めた。一応「お構いなく」とは伝えてみたものの、彼女は「私も飲みたいので~」と言って手を止める様子はない。
「…………」
「……なんだよ?」
どうにも身のやり場に困ってあってこっちキョロキョロしているとレイジと視線が合った。相変わらず何を考えてるのか分からない。なんとなく居心地が悪くて話し掛けてみたけど、返ってきたのは「フンッ」という素っ気ない反応だけだった。
(コイツ!)
「お待たせしました♪」
「えっ?あっ、どうも」
何か言い返してやろうかと思ったタイミングで目の前のテーブルにカップと満面の笑み。あまりに嬉しそうな笑みに毒気を抜かれて思わずペコリっと頭を下げる。彼女は「いえいえ~」と楽しそうに笑うと、向かいにもカップを置いて俺の正面のイスに腰掛けた。
「えっと……?」
てっきりレイジが対応するものだと思ってたから状況が呑み込めない。チラッと奴の方に視線を向けてみたけど、我関せずという感じで視線すら合わせない。
「それじゃあセイマさんの答えを聞かせてください」
「えっ……」
思いのほかはっきりとした声にハッとする。見るとさっきまでニコニコとしていたエリーゼの表情が真剣なものに変わっていた。
「あ、ああ。そうだな。うん、俺は—」
彼女の真剣な表情に俺も居住まいを正す。そして、真っ直ぐに彼女の眼を見つめて続けた。「君たちと一緒に行くことにした」と。
「急な話ですみません……」
「あっ、いや、俺も早い方がありがたいと言うか……」
俺の回答にひとしきり喜んだエリーゼ。彼女に同意を求められたレイジは「好きにしろ」とすっかり諦めたようだった。だけど、いざ日程の話になったところで彼女の表情が曇る。なんと出発は二日後だと言う。まあ、急っちゃ急だけどそのくらいのほうが踏ん切りはつくというか、ありがたいというか……
「で、でも、みなさんとのお別れもあるんじゃないですか?」
「あーっ……」
そんな風に思っていた時期は俺にもありました。
(はあー。何も言わずに……ってわけにもいかない、よな……)
こんな小さな子に言われるのは情けない話ではあるけど、さすがに挨拶もなしに……というわけにもいかない。そもそもギルドでの手続きもあるわけで……
「じゃあ二日後の早朝、一つ目の鐘(午前六時頃)が鳴る前に街の外でお待ちしています」
そういうエリーゼに見送られて俺は二人の部屋をあとにした。気は重いけどさっさとやることを終わらせるしかないか……
「セイマさん、ようこそおいでくださいました」
二人が利用している宿を後にした俺はその足でトロイヤ商会を訪れていた。あの日以来、きちんと顔を出していなかった俺としては幾分気まずかったけど、きちんとお礼も言わないままなのは拙い。そう思いながら訪ねた俺をロックスさんはにこやかに出迎えてくれた。
「い、いえ、こちらこそご挨拶が遅くなって……」
思わず恐縮する俺にロックスさんは「気にしてませんよ」と紳士的な笑みを浮かべる。
「そうですか……街を離れられるのですか……」
なかなか話を切り出すきっかけを見つけられなかったけど、いつまでもこうしてもいられない。俺は意を決して訪問理由を告げた。これにはさすがのロックスさんも一瞬固まる。うーん、こんなことで一本取りたくはなかった……だけど、そこはさすがの商人。すぐに再起動すると「是非、餞別を!」と言い出した。俺は「ほ、他にも挨拶周りがあるので!」と強引に話を遮った。どうもロックスさんは今回の件に責任を感じているのかもしれない。さすがにこれ以上は別の迷惑をかけてしまうと思って早々にお暇することにした。
「戻ってきたときはいつでも顔を出してください」
店の前まで見送りに来てくれたロックスさんがそう言って深々と頭を下げてくれたのが印象的だった。俺はまたこの街に戻ってこれるんだろうか?そんなことがふと頭を過ぎった。
「そうか……行っちまうのか……」
続いてやってきたのはローダン工房。もちろんお世話になったオグズ親方に挨拶するためだ。俺から話を聞いた親方はそう言ったあとで「嬢ちゃんが悲しむな……」とポツリと呟いた。
「…………」
「あっ、いや、それよりも!ちょっと待ってろ!」
さすがにそれについては何も言えない……黙っていると慌てだした親方がそう言って奥へ引っ込んだ。何だろう?
「へッへッへ、間に合って良かったぜッ!」
戻ってきた親方は意味ありげな笑みを浮かべると何かを差し出してきた。
「……剣?」
それは二振りの剣だった。飾り気のない鞘はよく見慣れた形—僅かに湾曲している。
「ほれ?どうした?受け取れ」
「えっ?あっ、はい」
ポカンと見つめる俺の胸元に親方が剣を押し付けてくる。言われるがままに受け取ると、ニヤッと笑った親方が「抜いてみな?」と言ってきた。
「ッ!?おおっ!」
鞘から出てきたのは黒光りする刀身。その美しい刀身の所々に鮮やかな赤い斑点模様が浮かんでいる。
「剣に魔力を通してコイツに下ろしてみな」
刀身を見つめる俺に親方が差し出し来たのは台に固定された赤い塊。明らかに火を通した切裂蟹の甲羅だ。
「えっ!?大丈夫なんですかッ!?」
ただでさえ硬い切裂蟹は、生身でも関節を狙うのがセオリーだ。それを火を通した状態ってことは普通は砥ぎ石に使う素材なわけで……半信半疑の俺を「早くしねぇか!」と親方が急かす。
「どうなっても知りませんから—ねッ!」
折れても俺のせいじゃないからな!と思いながら、言われたとおり剣に魔力を通す。刀身が淡い赤色を灯す。
「えっ?」
言葉を失う。俺は言われたとおり、差し出された切裂蟹の甲羅に剣を添えただけだ。それが熱したナイフをバターの上に置いたみたいに何の抵抗もなく甲羅に沈み込んでしまった。俺の反応を見た親方が「どうだ?スゲェだろ?」と鼻を鳴らす。
「えっ?えっ?えっ?一体どういう……?」
えっ?俺が説明したあのうろ覚えの刀の話でこんなのができるの?混乱する俺に親方は、「魔力伝道が~」とか「クリーチャーの骨を混ぜたら~」とか説明してくれるんだけど、全然頭に入ってこない。ようは素材をいくつか層にして強度と柔軟性と魔力伝導率を持たせたってことらしい。
「へ、へぇ~」
「おめぇ、その顔は全然分かってねぇな?」
とりあえず分かってる風に誤魔化してみたけどダメだったみたい。親方は俺の反応に「はぁー。まあいいや」と言うと「じゃあ、ソイツはくれてやるから持っていけ」と続けた。
「えっ?いやいやいやいや!貰えませんよ!」
親方の言葉に慌てる。これを作るだけで一体いくら掛ったんだ?さすがにタダじゃ受け取れない。だけど、親方は「どうせ余らせてた素材だ。それに提案したのはお前さんだぜ?」とやれやれと呆れたように首を振る。
「い、いや、だけど……」
「それにな、こいつァ画期的な新技術だ!こっちとしては大儲けが約束されたようなもんなんだぜ?剣の一本や二本くれてやったってお釣りが来るってもんよ!」
戸惑う俺にそう言うと、親方は「ハッハッハ」と豪快に笑う。かと思ったらすぐに笑いを引っ込めた。どうしたのかと思ったら、周囲をキョロキョロと見回してからなぜか気恥ずかしそう顔を近づけてくる。そして、小声で「そ、それでよォ……」と言うと、もう一度周囲を見回してから」その……剣の名前は考えてるか?」と聞いてきた。
「えっと……剣の名前?……ですか?」
んんん?どういうことだ?ちょっと言ってることがよく分からない。すると親方はなんだか気まずそうに頬を掻きながら、「そ、そのよォ……考えてないなら……赤棘刀なんてどうかと思ってよォ……」と大きな体を縮こまらせながら窺うように聞いてきた。
「赤棘刀……ですか?」
首を傾げると親方が慌てたように説明してくれた。なんでもこの剣には荊偽竜という棘のような鱗に覆われたクリーチャーの骨が使われているそうだ。
「刀身の赤い斑点と荊偽竜の棘を合わせて赤棘刀ですか?」
「ど、どうだ?」
窺うようにこっちを見てくる親方。どんだけ自信無いんだよ……まあちょっと考えてみるか。
(ふむ……そこはとなく厨二臭い気はしなくもないけど……)
「まあいいんじゃないですか?」
正直、こういうのって俺が決めることなの?と思わなくはないんだけど、まあ分かりやすいし悪くはないんじゃないかな?俺がそう言うと、親方はそれまで自信無さげに屈めていた体を起こして「だよな!」と言って満足げに頷く。その視線がチラチラと後ろを見ている?
(ああ、そういうことか)
親方の視線を追い掛けるとそこには物陰からこちらを窺ういくつもの人影。お弟子さんらしい。諦めたように首を振ったり、がっくりと肩を落としている姿が見えた。どうやら弟子たちからは反対されてたみたいだ。呆れたらいいのか、賛同すればいいのか反応に困るなぁ……
「えっと……じゃあ、俺はそろそろ行きますね!」
気がつくと随分と長居してしまっていた。そろそろギルドに行かないと受付が混み合う時間帯になってしまう。俺がそう切り出すと親方は「そうか……」と残念そうな表情を浮かべた。
「剣、ありがとうございました!大切に使わせてもらいます!」
湿っぽい空気になりそうだったから、俺は努めて明るく言う。
「おう!戻ってきたら見てやるから大切に使えよォ!」
「ッ!?」
何気ない一言。
「はいッ!そのときはよろしくお願いしますッ!」
零れそうな“それ”を悟られないように一礼してから、俺は振り返ることなくローダン工房をあとにした。
「ん?まだ大丈夫そうか?」
ローダン工房で長居し過ぎたと思ったけど、覗いたギルドはまだそこまで混んでないみたいだ。
「ッ!?」
一安心と思って足を踏み入れようとしたところで踏みとどまる。
(リネットにルデリオ……それと、ダンか……)
目に入ったのは談笑する三人。幸いにもまだこっちには気づいてないみたいだ。
(気づかれる前に手続き終わらせちゃおう)
悪いとは思いつつも何を話していいかも分からない。俺はさっさと窓口に行こうとして—
「あっ!セイマッ!」
「ッ!?」
叫ばれて足を止めてしまった。
(き、気づかれたッ!?どどどどどどうしよう?!)
テンパるけどもう遅い。ドタドタとこっちに近付いてくる足音が聞こえる。
「何してたのよッ!」
どうすることもできなくてあわあわしてる間にリネットが目の前に来てしまった。開口一番こっちに詰め寄ってくるリネット。
「よ、よう!その……なんだ……心配、かけたな」
ダメだ碌に目も見れない。そんなことを言うのが精いっぱいだ。だけど、そんな俺に対してリネットは「そんなこと気にしてないわよ!」と言ってドンッと自分の胸を叩く。
「セ、セイマさんッ!あのときはありがとうございましたッ!」
そんなリネットとの隣から珍しくルデリオがズイッと身を乗り出したと思ったら、ガバッと頭を下げてきた。面食らった俺は「い、いや、そのことはもういいんだ」としか返せなかった。
「引き籠ってたんだって?なっさけねぇ—グェッ!?」
俺を揶揄おうとしたらしいダンから変な声が漏れた。何事かと思ったら、彼の腹にリネットの見事な正拳突きが突き刺さっていた。
「あんたは余計なことしか言わないわねぇ」
リネットの呆れたような声に、ダンが「ゴホッ!そ、そういうつもりじゃ……」と返す。
(随分丸くなったなぁ)
二人のやり取りを見ながら、最初の刺々しかったダンを思い出す。
「それで今日はどうしたの?こんな時間から依頼—ってわけじゃないわよね?」
「ウッ!」
感慨深く思ってたところに来たリネットの質問で思わず言葉が詰まる。
「セイマ?」
(どうする?なんて説明する?)
何も言わない俺にリネットたちが顔を見合わせている。言うしか……ないよな……
「その……転出手続きに来たんだ……」
「……えっ?」
「ッ!?」
「……マジ……かよ……」
空気が固まる。それも一瞬、そこからは怒涛だった。「なんでよッ!」「僕のせいですか?」「おいおい、逃げんのかよォッ!」と次から次へと質問攻め。俺はただただ全員が言いたいことを言い終わるまで待つしかできなかった。
「なんでよ……」
最後にリネットがそう呟く。
「エリーゼちゃんに誘われたんだ」
俺は三人の顔を見ることができないまま、言葉を重ねる。エリーゼたちと話したこと、師匠から言われたこと、そこから考えたこと……もしかしたら言い訳なのかもしれない。だけど……
「俺はもっと広い世界を知らなきゃいけないと思ったんだ」
呟くようにそう言った。
「それならここでだっ「リネットッ!」何よッ!!」
それでも俺を引き留めようとしたらしいリネットを誰かが止めた。視線を上げると珍しくルデリオが彼女に強い視線を向けているのが見えた。
「な、何よ!なんで止めるのよ!」
リネットが納得いかない様子で今度はルデリオに詰め寄ろうとする。だけど、ルデリオは彼女から視線を逸らさず、何も言わずに静かに首を横に振るだけだった。
「そんなの……」
「チッ!」
リネットが唇を噛んで俯いた。ダンも同じような顔をしている。
(なんでこうなるんだろうな……)
なんとも言えない空気。そこで急に顔を上げたリネットが「それなら!」とこっちを向いた。
「送別会……?」
「そうよ!本当は行ってほしくないけど……でも、セイマが決めたことだもの!せめてあたしたちで送り出さないと!」
「すぐにイリスも呼んでこないと!」と意気込むリネット。送別会ねぇ……ありがたいんだけど……
「リネット!みんなも……その悪いんだけど、あさってには出発なんだ。気持ちは嬉しいんだけど……その準備もあるから、さ」
「それは……」
正直、昨日の今日でイリスと顔を合わせる勇気はない。かといってイリスなしでそういう会を開いてもらうのも違う気がする。卑怯だと思うけど、今はこういう言い方をするしかないんだ……
「えっと……あっ!そろそろ受付が混みそうだからッ!」
「ちょ、ちょっと!セイマッ!」
どうにも居たたまれなくなった俺は、手続きを理由にして逃げるように三人の前を離れた。
次回でいよいよ第一章も最終話になります。
次回更新は2026年3月14日(土)21時頃予定です。




