第二十二話 今いる場所が現実なのだと受け入れろ
多くの男たちが転がる大地。俺はそこを眺めていた。
—???
視界に一人の男が映った。見覚えのある装備。彼のだらりと下げた腕、その先には赤い刀身の剣が握られている。
—俺?
「お、おいッ!な、なあ?じょ、冗談だよな?お、落ち着けよ!なっ?」
気がつくと剣を持つ男の前には別の男がいた。尻もちをつき、仰け反るようにしながら男は彼に対して許しを請う。だが、剣を持つ彼は男の懇願がまるで聞こえていないかのように無造作に歩を進める。
—お、おいッ!止めろッ!止めてくれッ!!
その様子を離れて見ていた俺は彼を止めようと必死に叫ぶ。だけど、身体は地面に縫い付けられたように動かず、叫んでいるはずの声はまるで届かない。
「ウオォォォォッ!」
そのとき—脇から別の男が猛然と彼に突進してくるのが見えた。その頭上に高々と剣を掲げながら。
—止めろォォォォォォォッ!!
振り下ろされる剣がゆっくりと彼に迫る。彼は慌てた様子もなく、静かに剣を構える。見ている俺の絶叫は届かない。
—ザシュッ
肉を断ち切る鈍い音。舞う血飛沫。斬ったのは彼のはずなのに手に広がる厭な感触。一瞬遅れて『カランッ』という鈍い音とともに剣が地面を叩き、続けて男の身体が崩れ落ちる。
—どうして……?
彼がやったことなのに意味が分からない。
「ヒィッ!?」
男の悲鳴で我に返る。慌ててそちらに視線を向けると、彼は何事もなかったように再び地面に座り込む男へ視線を向けていた。
—お、おい?ううう嘘だよな?ちょ、ちょっと待てよ?なあ!!
どれだけ声を張り上げても届かない声。彼が剣を上段に構える。
「止めろッ!止めてくれッ!チクショォォォォォッ!」
木霊する男の絶叫。しかし、彼は表情一つ変えない。
「くたばりやがれッ!」
彼が剣を振り下ろした瞬間、男がそう呟いた気が—
「止めろォォォォォォォッ!えっ?」
絶叫とともに目に飛び込んできたのはどこかの室内だった。夜が明け始めたのか、窓から差し込む光がうっすらと部屋を照らしている。
「ここは……?」
キョロキョロと辺りを見回す。すぐ脇にテーブルがあり、その奥に入り口らしき扉が見えた。ふと自分のいる位置を確認するとそこはベッドの中。
「…………宿?……夢……だったのか?」
意識がはっきりしてきた途端、不快感を覚える。寝巻代わりのシャツがぐっしょりと濡れている。全身の力が抜けてベッドに崩れ落ちる。そうだ、俺は……
「また同じ夢……か……」
そう、ウィーレストに戻ってからもう二日も経っていた。
あの襲撃以降の記憶は曖昧だ。振動で気がつくと俺は馬車に寝かされていた。
「ッ!?セイマさんッ!」
「セイマッ!」
最初に飛び込んできたのは俺を覗き込むイリスの顔。次いでリネットの声が聞こえた。身体を起こしたところであれこれ言われた気がしたけど、よく覚えてない。ただ、不快な感触と臭いだけがこびり付いていたのは覚えている。
「セ、セイマさん!その……あの……助けてもらったのに、その……」
何か言いたそうにしているルデリオ。俺はなんて答えたっけ?無難に答えたような気がするけどよく分からない。ただただ誰とも話す気になれなくてウィーレストに着くとギルドへの報告はリネットたちに任せて宿に帰ってきた。
次に覚えているのはノックの音。
「あの……セイマさん……起きて、ますか?」
ドア越しのくぐもったイリスの声。
「……セイマさん?……ご飯食べてないって宿の人が……」
「…………」
何も答えられない。答えたくない。
「ねぇ?セイマ?いるんでしょ?」
次に聞こえたのはリネットの声。あれ?イリスはどうしたんだっけ?
「セイマ?開けて?ルーも改めてお礼が言いたいって言ってるし、あたしもルーを助けてくれたことにちゃんとお礼を言いたいの」
お礼?お礼だって?人を殺した俺に?
「セイマ?聞いてる?」
違うんだ!俺は殺そうと思ったわけじゃない!咄嗟だったんだ!俺は……俺は……礼を言われるようなことなんて……そんな奴じゃ……グルグルと視界が暗転する。
—コンコンッ
「ッ!?」
ノックの音で視界が開ける。俺は……リネットが来て……いや、俺は昨日のことだっけ?
—コンコンッ
状況が呑み込めない。でも、ノックは続く。
(来ないでくれッ!誰とも話したくないんだッ!)
—コンコンッ
聞きたくなくて頭から毛布を被るとベッドに丸くなって耳を塞ぐ。
(誰だ?……イリス?……いや、リネットか?……ん?…………この気配は二人いる—ッ!?)
そこまで考えたときに自分の思考に愕然とする。
(気配ってなんだよッ!?そんなの俺には分からなかったじゃないかッ!)
強烈な嫌悪感。思考があの日に引きずり込まれるような感覚。
—コンコンッ
「クソッ!」
耐えられなかった。頭から被った毛布を反射的に振り払うとベッドから跳ね起きると、感情のままドアノブを掴んで乱暴に開けた。
「ほっておいてくれッ!今は誰と「キャッ!?」も—えっ?ウワッ!?」
思ったよりも低いところで声がした—と思った瞬間、何かに身体を強く押されて床に尻もちをついた。
「痛てててて……何するんだッ……よ……えっ?」
カッとなった頭で反射的に視線を上げた。だけど、そこにいたのは思っていた人たちじゃなかった。
「…………」
「ちょっと!レイジさん!乱暴はダメですよッ!」
立っていたのはレイジだった。いつものフルプレートとは違うラフな格好で背にエリーゼを庇うような格好になっている。だけど、違うのはそこじゃない。
「…………」
目つきだ。床に尻もちをつく俺を見下ろすその目は、いつもの冷めた視線じゃない。まるでゴミでも見るような……蔑むような視線がそこにはあった。
「なッ!何なッ、クッ!」
出そうになった罵詈雑言。それらが零れ出さないように唇を強く噛んだ。
(何なんだよッ!その目はッ!)
心の中で喚き散らす。耐え切れなくなって視線を逸らす。
「セ、セイマさんッ大丈—って、ちょっとレイジさんッ!?」
エリーゼが何か言おうとして言葉が途切れる。何が起こっているのか分からなくて反射的に顔が上がる。
「はあ?」
意味が分からない。なぜかジタバタするエリーゼを小脇に抱えたレイジ。断りもなく俺の部屋に入ってくると、勝手に備え付けのデスクから一つしかないイスを引き出してそこにエリーゼを下ろした。彼女をイスに座らせると、こちらを一瞥もすることなく自分は近くの壁に背を預けて腕を組んだ。
「おいッ!何を勝手に「すみませんッ!」い、いや、エリーゼちゃんじゃなくて……」
イライラが蒸し返されて、レイジを怒鳴りつけようとしたところで、ガバッとこちらに頭を下げるエリーゼに出鼻を挫かれる。どういう状況なんだよ……
「はぁぁぁ……とりあえず、エリーゼちゃんは座って…………それで……何の用なんだよ?」
溜まっていたものを溜息に混ぜて吐き出すと、とりあえずエリーゼに一声かける。その間もレイジは一切こっちを見ようともしない。俺は諦めてから奴を見ながらベッドに腰を下ろす。
「…………」
「…………」
「えっと……えっと……」
こちらの問いかけに何も答えないレイジ。エリーゼが俺と奴の顔を交互に見ながらおろおろしている。またイライラしてきた。いい加減、そのシカトにも我慢の限界だ。
「ああ!もうッ!おいッ!なんとか言「話があるのは俺じゃない」えよ……って、へっ?」
また声を荒げそうになったところでそれほど大きくない、でも、はっきりとした声が聞こえた。俺じゃない?それって……
「あっ……」
俺の視線はレイジの手前—イスにちょこんっと腰掛けるエリーゼへ。視線が合うと彼女は小さく呟いて小さくなってしまった。
「えっと……?」
(エリーゼが?俺に話?何の?)
何度目かの混乱。訳が分からない。
「あ、あのッ!セ、セイマさんッ!」
「は、はいッ!」
どういうことなのか分からなくて困惑していると、それまで縮こまっていたエリーゼがガバッと顔を上げた。その真剣な表情に思わず居住まいを正す。
「わ、私はセ、セイマさんは悪くなかったと思うんですッ!」
小さな手をぎゅっと握り締めたエリーゼがこちらに身を乗り出してくる。はあッ!?
「君に……君に……何が分かるんだよ…………俺は……俺は……人を斬ったんだぞッ!殺したんだぞッ!この手でッ!この手でッ!」
次第に大きくなる声。ダメだ。抑えなきゃ。
「そうだとしてもあの人たちはやってはいけないことをしたんです。わ、私はまだ子供かもしれないけど……だけど、ああいう人たちが村を襲いに来たのは見たことがあります。あの人たちだってこういうことになることもあるって分かってたはずです」
「そうじゃない!そうじゃない!だからって殺してもいいことにはならない!あの人たちにだって事情があったはずで……それも聞かずに殺すなんて……そんなの良いことなわけないじゃないかッ!」
エリーゼは視線を逸らさずに俺を見ながらゆっくりと言葉を紡ぐ。だけど、そういうことじゃないんだ。俺はそんなに真っ直ぐ見られていい人間じゃない!
「ちゃんと捕まえて……衛兵に引き渡せば……あの人たちだって…………やり直せたかもしれないじゃないか……」
自分の言葉が虚しい。俺はそんな人たちを……斬ったんだ……殺したんだ……そう思えば思うほど苦しくて……なんとか声を絞り出す。だけど、彼女はそんな俺の言葉に「それはどういう……?」と言って困惑したような表情を浮かべている。
(伝わらない……なんで……)
この感情は何だろう?失望?疎外感?やっぱりここは……
「お前がどう思うが勝手だが、あれがこの国の正当な裁きだ」
「ッ!?そんなのッ!」
「あのとき、お前が動かなければ死んでいたのがあの少年だったとしてもか?」
「ッ!?」
ここは俺のいるべき場所じゃない……そう思い掛けたとき、レイジの一言にガツンッと頭を殴れた気がした。咄嗟のことだった。考えるよりも先に身体が動いた。
(イリス……リネット……ルデリオ……)
彼女たちは何て言っていた?何を言おうとしてくれていた?俺は何て答えていた?ここ数日のことがグルグルと頭を巡る。
「私たちはもうすぐこの街を出て“エオロウクス大陸”に行くつもりです」
「おい、エリーゼ?」
「???」
重苦しい沈黙の中、エリーゼが静かに言う。その言葉になぜかレイジが慌てたような反応をしている。
(エオロウクス大陸?)
突然の脈略のない話に困惑する。すると、頭の中にエオロウクス大陸の情報が思い浮かぶ。無意識に“異世界の常識”を使っちゃったんだ。
エオロウクス大陸はこの世界にある三つの大陸うち、ウィーレストがある“クトルアスネ大陸”の西にある大陸で、大陸のほとんどが湿地やサバンナでできている変な大陸らしい。ちなみにあとの一つはクトルアスネ大陸の南にある“ファゼイクエインド大陸”といって、こっちは砂漠と岩山ばかりの大陸みたいだ。
「そうなのか……(また勇者候補を見失うのか……)残念だけど……それが今、何の関係が……?」
頭の中に流れるこの世界の大陸情報を脇に追いやる。サトウに続いてレイジとの共闘の道も断たれる……いや、でも、今の俺にそんな資格があるのか?答えの出ない思考に流されながらエリーゼに言葉の意味を問う。
「セイマさん。あなたも一緒に来ませんか?」
「………………へっ?」
何を言われたのか分からなかった。俺の口から洩れたのはただただ間抜けな言葉だけだった。
次回更新は2026年2月28日(土)21時更新予定です。




