第十八話 人生の歯車はちょっとしたことで変わってしまう
遅くなりました。
「はぁー。ようやく着いた」
「…………」
森を出発して三時間、街の入り口で衛兵とひと悶着はあったもののようやくギルドに戻ってきた。まあ、後ろ手に縛られた大男を連れてりゃ何事かと思うよな……実際、街に入ってからは視線がつらい。大きく伸びをしながらチラリとダンの様子を窺ってみるけど俯いて表情は見えない。あれから一言も発することなく大人しくここまで着いてきた。
(さて、どうなることか……)
帰りにレイジに聞いた(まああの調子なのでほとんどこっちが一方的に話しただけど)話によると、ギルドに報告するとサトウは恐らく冒険者資格剥奪でウィーレストに戻ってくれば間違いなく捕まることになるだろうってことらしい。同じ冒険者—まあ、俺のことなんだけど—を襲ったとなれば当然の対応とのことだ。正直、ダンはどんな処罰になるか分からない。そんなことを思いながら後ろを窺う。そこにはじゃれ合ういつものリネットとルデリオの姿。
(まあ俺が悩んでも仕方ないか)
ダンについては実際に襲われたリネットたちに任せることにした。聞かれれば証言はするが俺が口を挟むことでもないだろう。
「行くぞ。お前も歩け」
あれこれ考えていたら俺の前に立っていたレイジがギルドの入り口に向かいながらダンに指示を出す。奴は何も言わず言われたとおり歩き始めた。
「おーい、二人ともじゃれ合ってないで行くぞー」
「あっ!ちょっと待って!」
「ちょ、ちょっとリネット!引っ張らないでよ~」
俺はいつまでも後ろでじゃれている二人に声を掛けるとレイジとダンに続いてギルドの入り口をくぐった。
「レ、レイジさんッ!?えっ?ちょ、ちょっと!何があったんですかッ?!」
ギルドに入るとすぐ、俺たちに気づいた受付の職員のおばちゃんが大声を上げた。集まる視線。うん……まあ、そうだよね……やめてくれ……視線が、視線が痛い……「えっ?あ、あの、その……」とさすがのリネットたちも視線に堪えかねて縮こまっている。レイジただ一人が我関せずと堂々としたものだ。俺たちが集まる視線に小さくなっているとカウンターを飛び出して駆け寄ってきたおばちゃんに「と、とにかくこっちに!」と言われるままに後についていくんだけど、レイジがゆっくり歩くもんだから注目が集まる。遠巻きにこっちを見ながら「あれ何?」やら「なんだなんだ?」とヒソヒソ話す冒険者たちの間を抜け、階段の近くまで来ると「二階の会議室へ行くように」と言ってとおばちゃんはそそくさとギルドの奥に消えてしまった。
一階から逃げるようにして二階の会議室に滑り込んでから数分、会議室に入ってきたのはレスタン講師だった。彼は会議室に入ってくるなり俺たちの様子を見て、額に手を当てて一度天井を見上げた後、溜息交じりに「はあ?それでこれはどういう状況なんだい?」と事情を聞いてきた。
「…………」
しかし、レイジはその言葉に全く反応しない。ここでも『我関せず』だ。リネットとルデリオを見ても顔を見合わせたりキョロキョロするばかり。
「はぁー。ええとですね……」
俺は溜息を吐くと仕方なく、レスタン講師に最初から経緯を説明することにした。
「まあそれでこうして縛って連行してきたんですが……」
事情を説明し終えたところでレスタン講師の方を窺う。彼はレイジとダンに俺の説明が間違っていないかを確認する。レイジはあさっての方を向いたまま短く「ああ」と答え、ダンは俯いたまま小さく頷いた。二人から返事を聞いたレスタン講師は「ううむ」と唸ったまま腕を組んで考え込んでしまう。
しばらく時間が掛かりそうな雰囲気なので仕方なしに周囲を窺ってみる。レイジは相変わらず全然関係ない方を向いている。相変わらず聞かれたこと以外は答えるつもりがないらしい。ダンはうな垂れたように俯いたまま。リネットとルデリオは神妙な顔をしてレスタン講師を食い入るように見つめていた。
「ふむ、まあ事情は分かった。とりあえずだけど—」
しばらくしてから顔を上げたレスタン講師が話し始めた。サトウについてはやはりと言うか当然と言うかレイジに聞いたとおり、アイツは冒険者資格を剥奪されてギルドに手配書が回るそうだ。場合によっては懸賞金を掛けられて捕縛依頼が出される可能性もあるとのことだ。
「それでダンくんについては一旦こちらで身柄は預からせてもらう。ダンくんもそれでいいね?」
レスタン講師が念押しするようにダンに問いかける。彼はうな垂れたまま首だけをコクリと縦に振る。それを確認するとレスタン講師はレイジへと視線を動かすとスッと手を差し出した。レイジはとくに悩む様子もなく持っていたダンを縛っている縄の端をレスタン講師の手に載せた。
「あ、あのッ!」
そこで急に後ろから大きな声がした。驚いて振り返るとリネットが真剣な眼差しでレスタン講師を見ていた。
「何かな?」
「あっ、えっと……その……」
レスタン講師が彼女に問い返すとリネットは一瞬迷うような素振りを見せる。だが、すぐにブンブンと首を横に振るともう一度強い視線をレスタン講師に向け、意を決したように「ダ、ダンはどうなりますか?」と聞き返した。
「ふむ……」
リネットの問いにレスタン講師はしばらく考え込むような素振りを見せと、「あくまでも現時点での判断になりますが」と前置きをしてから「恐らく冒険者資格のはく奪となる可能性が高いでしょう」と続けた。
「ッ!?」
「そんなッ!?」
「…………」
レスタン講師の言葉を聞いた瞬間、それまでうな垂れていたダンが顔を上げた。その瞳は大きく見開かれて唇をわなわなと震わせている。リネットは口を手で覆い、ルデリオも驚きの表情を浮かべている。俺とレイジだけは何も言葉を発さず静かに成り行きを見守っていた。
「なぜ襲われた君たちが驚くのか分かりませんが、彼はその場で殺されても文句は言えないことをしました。本来なら命があるだけでも喜ぶべきことなんですよ?」
「クッ!」
そんなリネットたちの反応に対してレスタン講師が淡々と告げると、ダンは唇を噛み締めて俯いてしまった。俺は何も言えずに二人のやり取りを見守ることしかできない。
「お、お願いします!どうにかしばらくの間、資格を停止するだけにしてもらえないでしょうか!」
「えっ……」
リネットはそう言うと勢いよく頭を下げた。その言葉に俯いていたダンが顔を上げる。口から戸惑いの声が漏れたのが分かった。
「とりあえず頭を上げてください。理由を伺っても?」
「は、はいっ!」
レスタン講師に促されてリネットは勢いよく顔を上げると、勢いそのままに話し始めた。
「確かに彼は許されないことをしたと思います。だけど、それは私たちと同じでまだ未熟で周りに流れてしまっただけだと思うんです!彼が持っている冒険者への憧れや熱意は本物で……反省もしてて……ここに来るまでも言い訳もしてなくて!だから……だから……その、うまく言えないんですけどもう一度チャンスをあげてください!!」
そこまで捲くし立てるように言うとリネットはもう一度勢いよく頭を下げた。そのリネットの様子をどう思ったのか、ダンは顔を俯ける。その地面にはポタポタと水滴が落ち、耳を澄ませば「ウッ、ウウウ」とすすり泣く声が聞こえた。
「……リネットさん、顔を上げなさい」
「…………はい……」
レスタン講師は頭を下げ続けるリネットに静かに声を掛けた。その声にリネットは一瞬身体をビクッと震わせたものの小さく返事をしてゆっくりと顔を上げた。瞳は不安げにレスタン講師を見つめている。その隣にはいつの間にかルデリオが寄り添っている。
「先ほども伝えたように今、私が伝えたのはあくまでも現時点での判断です。正式な処罰はこの後に本人からもう一度事情を聞いてからになります。ですが、実際に被害に遭ったあなたたちの希望は考慮することを約束しましょう」
「ッ!?ありがとうございます!」
レスタン講師の言葉にリネットは目を見開くとすぐにもう一度頭を下げた。一泊遅れてルデリオも同じように頭を下げる。
「そんなに何度も頭を下げなくても大丈夫ですよ。セイマくんもレイジくんもそれでいいかい?」
「俺はこの件は二人の判断に任せると決めているので」
「俺はただの立ち合いだ」
俺たち二人の返事を聞くとレスタン講師は頷いてからダンに「では、あちらで話を聞こうか」と言って部屋を出るように促した。出ていく二人を俺たちは黙って見送る。
「あっ!ちょっと待ってくれ!今回はいろいろ助かった。ありがとう」
二人が出ていってからすぐに立ち去ろうとするレイジを引き留めて頭を下げる。俺に合わせるようにリネットとルデリオからも「ありがとうございました」というお礼が聞こえた。
「森でも言ったが俺はたまたま居合わせただけだ。礼を言われても迷惑なだけだ」
頭を下げる俺たちにそう言うと奴はさっさと会議室を出ていってしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
さっさと出ていくレイジの後姿を見ながら俺たちの間には気まずい沈黙が流れる。
「えっと……その……俺の事情に巻き込んで悪かった!」
沈黙に堪えかねたこともあって、俺はずっと引っかかっていたことを二人に謝って頭を下げる。
「ちょ、ちょっとやめてよ!別にあんたのせいじゃないわよ!それにダンのことはむしろあたしたちも当事者だわ!」
「そ、そうですよ!と、とりあえず頭を上げてください」
慌てたように言う二人の言葉に俺は頭を上げた。
「…………」
「…………」
「…………」
「そ、そういえば完了報告も清算もまだだったわよね!さっさと終わらせちゃいましょ!」
「そ、そうだな!」
再び気まずい沈黙が流れそうになったところで機転を利かせたリネットがそう提案してくれたのでここはありがたく乗っからせてもらう。さすがにこれ以上はこの空気に堪えられそうにない。
「はい、これで依頼完了です。おめでとうございます。セイマさんは石級から鉄級へ昇格となります」
「「おおっ!」」
会議室を出て一階の受付で完了報告をしたところで受付のおばちゃんからランクアップを告げられた。リネットとルデリオが感嘆の声を上げる。そういえばそうだった。すっかり忘れてたよ。
「やったじゃない!」
「お、おめでとうございます!」
二人からの祝福の言葉に「ありがとう」と返す。「負けてられないわ!」と目に見えて気合いを入れ直すリネット。その隣で密かに何度も拳を握り締めるルデリオ。
「そうだ!どうせならこれからセイマの昇格祝いしない?」
突然そんなことを言い出すリネット。おおっ!それは有難い!ん?でも、待てよ……
「あ、ああー、それは有難いんだけど……」
「何よ?どうかしたの?」
言葉を濁しているとリネットに突っ込まれた。うーん、でも、ここはちゃんと断らないと……俺は申し訳ないと思いながらもイリスを家に送っていく約束をしていることを説明した。
「イリス?ああ、あのいつも一緒にいる女の子ね?何?彼女なの?」
俺の説明を聞いたリネットの目尻が悪戯っぽく下がる。なんだかんだ言っても女の子だ。やっぱり恋バナが好きなのか?俺は「そういう関係じゃない」と説明したんだけど、彼女は「フーン」と言って意味ありげな視線を向けてくる。うぜぇぇぇ!
「まあいいわ。それならその子も一緒に誘えば—あっ!」
そこまで言ったところでリネットの視線がギルドの入口へ向かう。何かと思えばそこにはちょうど戻ってきたらしいイリスのパーティーが—
「ちょっと聞いてくる!」
「えっ!?あっ!ちょっ!」
俺が制止する間もなくリネットがイリスに突撃していく。あれが本当に魔法使いのスピードか!?あっという間にイリスの傍に到着したリネットは、「キャッ!」と可愛らしく驚くイリスにお構いなしに何事か話し始める。時折こっちを見ては俺たちの方を指差しながら身振り手振りで何やら説明しているようだ。最初は驚いていたイリスもリネットが俺を指差していることが分かると次第に落ち着いて頷いたり納得したような表情をしている。その様子が何となく元の世界の教室の様子を思い出させて懐かしいような切ないような複雑な感情になる。
「???セイマさん?」
よっぽど変な顔をしてたんだろうか?ルデリオに不思議そうな顔をされてしまった。俺は彼に「何でもない」とだけ返した。ルデリオは不思議そうに「そうですか?」と言いながら首を傾げている。
「セイマさんおめでとうございます!」
いきなり近くで声がして驚いた。いつの間にかリネットとイリスが傍に来ていた。俺は内心の驚きを隠しながら「あ、ありがとう」とイリスのお祝いの言葉に礼を返す。
「イリスも一緒にお祝いに行くって!」
どうやら話がまとまってしまったらしい。こうなると拒否はできないな。それになんだかんだ言ってお祝いしてもらえるのは嬉しいのも確かだ。
「それじゃ、早速行くわよ!早く行かないとお店が混んじゃうからね!」
「ま、待ってリネット~!そんなに急ぐと危ないよ~!」
はしゃぐリネットと慌ててそれを追うルデリオを先頭に俺たちはギルドを後にした。
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「楽しかったですね!」
そう言いながら少し前を歩くイリスが「ん~!」と伸びをする。あの後はどんちゃん騒ぎだった。狩りの結果が大量だったこともあってリネットに誘われるまま俺たちは彼女たちが利用している宿屋に向かった。大量の一角兎と暴れ羊の肉を見た宿屋の親父さんは目を丸くしていたけど、リネットから俺の昇格の話を聞くと「任せろ!」と言って大量の肉料理を出してくれた。その量に目を輝かせたリネットとルデリオは俺のお祝いなんて二の次のように喰って喰って喰いまくっていた。いや~、見かけによらずルデリオって大食漢だったんだな。
「それにしてもいい仲間を見つけたんですね……」
「へっ?」
食事のことを思い出しているとイリスが何か呟いた。よく聞き取れなかったので聞き返したんだけど、「何でもないです」とはぐらかされてしまった。
「あっ!明日の朝なんですけど」
「あー……えっとそのことなんだけど……」
「???」
そう言えば昇格祝いのことですっかり忘れてたけど、イリスにサトウのことを全然説明してなかった!もう明日からは送り迎えは必要なんだよな。
「いや、実はそのレオンのことなんだけど……」
俺は今日のことの顛末をイリスに説明する。サトウから襲われたこと、奴が逃げ出したこと、すでに指名手配されて恐らくはもうこの街には戻ってこないであろうこと、それらを包み隠さず説明してもう送り迎えは必要ないことを伝えたんだけど……
「えっ?送り迎えしてくれないんですか……?」
ん?なんでそんな残念そうな目でこっちを見てくるんですかね?もう安全だって話ですよ?
「(ジーッ)」
「…………」
「そうですよね。もう危険はないですよね。それにこれからはリネットさんたちとパーティーを組むんですもんね」
こちらを見つめるイリスと根競べを続けていたら突然そんなことを言い出した。えっ?何言ってるのこの子?
「えっ、いや、別にリネットたちとパーティー組んだわけじゃないんだけど……?」
「えっ?」
困惑する俺と驚くイリス。ん?どうやら認識に齟齬があるような……
「え?え?え?リネットさんたちとパーティー組んでるんじゃないんですか?」
「えっ?違うけど?あの二人とは初心者講習で仲良くなってパーティーにも誘われたんだけど……ま、まあ、ちょっといろいろ思うところがあって断ったんだ」
「でもでも今日は一緒のパーティーだったんですよね?」
「いや、それは臨時パーティーを組んだだけ。予定が合うときは組もうって話してたから……」
俺の言葉を聞いたイリスはなぜだか胸を撫で下ろしている。何を勘違いしてるのやら。そもそもリネットは常にルデリオと一緒にいるのに……って今日初めて話したばかりのイリスが知ってるわけないか。
「それじゃ今度は私ともパーティー組んでくださいね!」
「はい?いや、イリスは自分のパーティーがあるじゃないか!」
突然そんなことを言い出したイリスに俺は慌てて返事をするが、彼女は頬を膨らませると「私とじゃ嫌なんですか?」と下から拗ねたような視線を向けてくる。いやいや俺にどうしろと?
「ハ、ハワードさんたちも困るんじゃないかなぁ……なんて思ってみたり……?」
そう言って恐る恐る彼女の様子を窺ってみるけど、彼女は「なんだ、そんなことか」と言いたげな表情をすると「ちゃんと前もって話しておけば大丈夫ですよ♪」といい笑顔を返された。
「ハッ、ハハハハハ……じゃ、じゃあそのうち、じ、時間が合えば」
「言質は取りましたからね!約束ですよ!」
なんとか誤魔化そうとしたけどダメでした……そのまま上機嫌に歩いていくイリス。その後姿を見ながら火照った体に夜風が通り抜けていった。
次回の更新は2/7(土)21時予定です。




