第十七話 人にとってくだらない理由でも当人にとっては一大事なこともある
遅くなって申し訳ありません。
2026.1.24追記 後書きにお知らせがあります。
「ンンンッ!ンンンーンンッ!!ンンンッ!」
レイジに気絶させられていたダンが目を覚ましたらしい。彼は今、手を後ろで縛られて猿轡を嚙まされて地面に転がされている。
「…………」
「…………」
そのダンを左右に挟むようにして俺はレイジと対峙した。お互いに一言も発していない。後ろでは「い、痛いッ!痛いよ、リネット~」、「煩いッ!男ならこれくらい我慢しなさいッ!」という声が聞こえてきた。どうやらこちらも気が付いたルデリオをリネットが手当てしてるみたいだ。
「……あっ、お礼がまだでしたね。加勢ありがとうございます。レイジ……さん、でいいんですよね?」
このまま黙っていても話が先に進まない。とりあえずは助けてもらったことに礼を言いつつ恐る恐る名前を確認する。
「…………『長月 怜司』だ。礼はいならない」
レイジは名乗りながら俺の前で初めてヘルムのバイザーを上げる。その下からは切れ長の目をしたイケメンが顔を出した。表情からは何を考えてるのか全く分からない。
(ナガツキ……か。俺よりちょっと年上っぽいな。大学生くらいか?コイツもやっぱり勇者候補なのか……?)
俺は警戒しながら「織戸……誠真です」とこちらも名乗り返した。
「今はどうでもいい。さっさとコイツに話を聞くぞ」
「どうでもいいって……ハァッ?!」
コイツ、こっちが名乗り返してやったのに「どうでもいい」だと!さすがにイラっときて言い返そうとした俺を無視して奴はダンの傍にしゃがむと彼に嚙ましていた猿轡を外し始めた。何なんだ、コイツ……
「プハッ!おいッ!これも解けよッ!おいッ!こんなことして後でどうなっても知らないからなッ!!」
猿轡を外された途端、ダンが大声で喚き始めたけど、レイジは「煩い。黙れ」と言いながら静かに剣を抜くとダンの首元に当てた。
「ヒィッ!あッ!ンンッ」
首に剣を当てられたダンは短く悲鳴を漏らしたから慌てて口を閉じる。それまでの強気が嘘のようにキョロキョロと目を泳がせると俺で止まった途端、表情が歪んだ。今にも泣き出しそうだ。レイジはそんなダンの様子をまるで無視。剣を首元から離すことなく「お前は俺からの質問にだけ口を開け。分かったか?」と脅すように告げる。言われたダンは怯えたように一瞬身体を「ビクッ!」と震わせ、視線を俺からレイジへと移動させて首を人形みたいに何度もガクガクと上下させた。
「よし。お前とサトウ—いや、レオンか?まあどっちでもいい。お前と逃げたアイツとの関係を離せ。あとどうしてコイツ等を殺そうとした?理由はなんだ?」
「ち、違うッ!殺すとなんてッ!お、俺は悪く—」
大人しく従うと判断したのか、レイジが首元から剣を離した途端、またダンが言い訳のように喚き始めたと思ったらすかさず首元に剣が突きつけられた。奴はゆっくりとダンの顔を覗き込むと「聞かれたことだけに答えろ、と言ったのが理解できなかったか?」と低く冷たい声で告げる。言われたダンは「ヒッ!」と悲鳴を飲み込んで「ごごごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と謝罪を繰り返し始めた。
「もう一度だけ言うぞ。お前が言っていいのはアイツとの関係とコイツ等を襲った理由の二つだけだ。分かったか?」
怯えたように謝罪を繰り返すダンにレイジは冷たく言い放つ。その一切感情のない視線にダンがぶるりっと身を震わせてガクガクと千切れそうなほど首を上下させている。凍るような態度に俺すら怖くなってしまう。
「お、俺とレ、レオンさんはパ、パーティーを組んでたんだ!そ、それで、レ、レオンさんがソ、ソイツを……ソイツを……」
震えながら何度も首を上下させていたダンにレイジがもう一度「さっさと話せ」と底冷えするような声で言うと彼は漸く話し始めた。
所々つっかえながら話すダンに都度レイジが「分かるように話せ」と冷たい言葉を浴びせて漸く事情を聞きだした。正直、要領の得ないので簡単に要約すると、どうやらダンとレオン—サトウは俺たちとダンが揉めたギルドの初心者講習初日、講習キャンセルの手続きでギルドと揉めていたところをサトウが助け舟を出したらしい。サトウが間に入ってなんとかギルドで手続きを終え、奴に事情を聞かれたダンが俺たちの愚痴を漏らしたらサトウからパーティーの誘いを受けたんだそうだ。
「『俺と組むならすぐにアイツ等なんかよりランクを上げてやる』って言われて……それで……」
どう見てもベテラン冒険者には見えないサトウをダンも最初は胡散臭く思ったみたいだけど、「試しに」ということで一緒に依頼を受けてみたら成果を全て譲ってくれたそうで、そこからは奴のことを「兄貴」と呼んで一緒にパーティーを組むようになったらしい。
(ランクロンダリングってやつか?)
正直、あのサトウが人付き合いの得意なタイプには見えないんだけど……とにかくそうやってパーティーを組むことで石級では受けられない上のランクの依頼を受けて成果を全部譲ってもらった結果、ダンは短期間で鉄級にランクアップできたという訳だ。それにしてもサトウって一応真珠級だったんだ。知らなかった……
「レ、レオンさんに言われて、ソ、ソイツのことは常に様子を探ってて、そ、それで……」
なんとも執念深い話だけど、どうやら俺の粗探しをしてたらしい。リネットたちにちょっとでも恥をかかせたいと思っていたダンも二人とよく行動している俺を見張るのには乗り気だったそうだ。
(なんて迷惑な話だッ!)
確かにイリスがサトウを露骨に避けるような態度を取り始めたのは俺に構うようになってからかもしれないけど、そもそも俺が二人に初めて会った“大河の森”からウィーレストへの帰路の時点でサトウは相手にされてなかったから完全に八つ当たりだと思う。
(俺Tueeee!……ねぇ)
襲ってきたときやこれまでのサトウの言動を思い出す。たぶんアイツは中学生くらい、“勇者の欠片”を取り合うって異常な状況よりも異世界転移や『勇者候補』や『魔王』って単語に浮かれて自分を漫画か何かの『主人公』とでも勘違いしてしまったのかもしれない。
「それでコイツ等を“殺す”計画に加担したと?」
「殺ッ!?ち、違うッ!!俺はそんなつもりじゃッ!!」
俺がサトウの言動について考えている間にもレイジのダンに対する追及は続く。話が俺たちを襲ったことに及ぶとダンは慌てて殺意を否定した。ギルドでのいざこざで俺たちが森に行くことをサトウに報告すると「ちょっと痛い目に遭わせてやろう」と提案したらしい。その際に彼は自分と俺を一対一にしてほしいと頼んだそうだ。ダンとしても目障りに思っていたリネットたちをちょっと痛めつけてウィーレストから追い出せればいいくらいに思っただけだとヘラヘラと言う。
「ふざけるなよッ!リネットとルデリオがお前に何したって言うんだッ!お前が勝手につっかかってきただけだろうがッ!」
「や、止ベェろォ!止ベェデグれェ!わ、悪ガッダッ!ゲホッ、ほ、ホンドにちょっド痛めヅゲるだゲのヅボォりだったんだッ!!」
俺は地面に転がされているダンの胸倉を掴んで引っ張り上げるとグッとこちらに引き寄せた。
「それでコイツ等の事情は分かったが、コイツをどうする?別に殺しても咎めるつもりもないし咎められることでもないが?」
「ッ!?」
背中越しのレイジの声にハッとしてカッとなっていた頭が一瞬で冷えた。ダンを掴んでいた手を離す。
「なんだ?殺らないのか?」
「ッ!?どういう意味だ?挑発してるのか?」
さらに追い打ちを掛けてくるレイジ。相変わらず感情の無い冷たい声だけど、なんとなくこっちをバカにしていることだけは伝わった。振り返るとその顔を睨みながら低い声で真意を問う。
「どういう意味?そのままの意味だが?」
レイジはまるで意にも返していないようだが、言葉の端々からこっちを挑発していることだけは分かった。
「…………」
「俺はお前の仲間を助けたんだがな……フンッ。まあいい。それで結局コイツはどうするんだ?」
俺が黙って睨みつけていると奴は呆れたように鼻を鳴らすと顎でダンを指しながらもう一度俺に問いかける。
(どうするかったって……)
「…………それは後でリネットとルデリオと相談して決める。それよりアンタこそどうして二人を助けた?人助けするようなタイプには見えないが?」
一瞬迷ったけど、ダンに襲われたのはあの二人だ。どうするか決めるのは二人と相談するほうがいいだろう。それよりもコイツはどういうつもりなんだ?いつもこっちを窺うような視線を向けてくるだけだったのにいきなり接触してくるなんて何かあるんじゃないのか?
「ああ。別に人助けは趣味じゃないのは全くその通りだな」
「なッ!?」
コイツ……ッ!確かに嫌味っぽい言い方になったけど、嫌味で返してきやがった!とことんムカつく奴だな!
「俺はたまたま森の入り口でコイツとサトウを見掛けて後をつけていただけだ。別にコイツ等が何をしようとお前らがどうなろうと俺の知ったことではないが、後々面倒ごとに巻き込まれるのも勘弁願いたいからな。それに—」
「ッ!?」
イライラする俺のことなど気にしていないように話していたレイジだったけど、そこまで話したところでいきなりこちらに厳しい視線を向けてきた。俺も思わず身構える。
「…………まあ今はいい」
睨み合うこと一瞬、すぐに奴は興味を無くしたように元の無表情に戻った。
「…………とりあえず二人を助けてもらったことには礼を言っておく」
「フンッ、随分とお人好しらしいな。いずれ敵になると分かってる相手に礼とはな」
(コイツッ!…………いや、今は抑えろ俺!)
コイツはいちいち嫌味を言わないと気が済まないのか?
「セイマ!」
レイジの態度にイライラしていると後ろからリネットの声が聞こえた。振り返るとこちらに駆け寄ってくるリネット、その後ろからは治療が終わったらしいルデリオの姿も見える。
「終わったのか?」
「ええ。ただのかすり傷なのに大袈裟に痛がるもんだから治療するのも一苦労だったわ」
「ひ、酷いよ~。本当に痛かったのに~」
悪態を吐くリネットだけど、ルデリオが気絶したとき泣きそうな顔で縋り付いてたのを見てるからな?今だってルデリオの抗議に鼻を鳴らしてそっぽ向いたけど、ちょっと頬が緩んでるじゃん。
「あっ!そっちの人!さっきは助けてくれてありがとうございました!ほら、ルーもこの人のおかげでその程度の傷で済んだんだからちゃんとお礼言いなさいよ!」
「えっ?あっ!あ、ありがとうございます!」
ルデリオの抗議にそっぽを向いていたリネットがレイジに気づいて礼を言いながら頭を下げると自分に抗議してルデリオにも礼を言うように促す。言われたルデリオも慌てて彼に礼を言う。
「たまたまだ。それよりアイツ—ダン、だったか?アイツのことはどうするかを決めてくれ」
「えっと……?」
レイジの反応にリネットが戸惑っている。まあ普通礼を言ったのにあんなどうでも良さそうな反応はされないもんな。仕方ないので俺はリネットとルデリオにさっきダンに聞いた話を簡単に説明した。
「何なのよあんたッ!」
「お、落ち着いてリネット!」
「ちょっとルー!離して!コイツが殴れないじゃないッ!」
「い、いや、そ、その……」
ダンが二人を襲った理由を説明しているうちにリネットの目尻はどんどん険しくなっていき、当然と言えば当然だけど、地面に転がされているダンに今にも飛びかかりそうだ。と言うか実際に飛びかかろうとしたところをルデリオが必死に抑えている。ダンはダンでなんとか言い訳しようとしてるっぽいけど、リネットの剣幕に押されてるのかしどろもどろで言葉になってない。
「リネット落ち着け!おいッ!お前も焚きつけたんだから止めるの手伝えよッ!」
「なぜだ?お前がアイツの処分は『二人と相談する』と言ったんだろ?俺はそれを早く決めろと伝えただけだ」
怒りがおさまらないリネット。さすがにルデリオだけに任せておけなくなって俺も一緒になって宥めるついでにレイジにも手伝ってもらうと思ったらこんな言い草だ。コイツには人に配慮するってことができないのか?
「おい、殺すなら殺すで早くしてくれ」
「「ハァッ!?」」
「お前なあ……」
面倒臭くなったのかどうでもよさげなレイジの言葉にリネットとルデリオが驚いて絶句した。さすがに一度言われた俺は呆れるだけで済んだ。
「襲われたのはそっちだし問題ないだろう?心配しないでもそのときはちゃんとギルドへの証人にはなってやる」
「えっ?えっ?ちょっと!どういう話?」
「ぼぼぼぼぼ僕に聞かれても!」
「もういい。あんたは黙っててくれ。あとはこっちで話し合う。リネットとルデリオも落ち着け」
レイジがさらにそんなことを言うもんだからリネットもルデリオも混乱してる。さすがに頭が痛くなってきた。コイツに加勢なんて頼むんじゃなかった。そう思いながらレイジに黙るように言うと奴は肩を竦めると振り返って木陰に歩いていってしまった。うん、腹立つ。
「二人とも落ち着いたか?」
「え、ええ」「は、はい!」
「なら良かった。さっきもチラッと説明したと思うけどコイツに襲われたのは二人だから処分も二人で決めてもらっていいと俺は思ってる。二人はどうしたい?」
俺がそこまで説明するとリネットから「少し二人で相談したい」という返事が返ってきた。俺は了承を伝えると一度二人から離れた。
「…………」
「……ちょっと聞きたいことがある」
俺たちから離れて木の幹に背を預けてこっちを観察していたレイジ。俺は二人のそばを離れると奴に近付いた。奴は俺が隣に来たことに気付いてるだろうに完全無視。仕方なく自分から話し掛けた。
「あんたが知ってるサトウのことを教えてほしい」
「…………今更教える必要性を感じない」
「俺が『勇者候補』だとしても?」
「ほう?勇者候補?」
コイツ白々しい……分かってたくせにそれこそ『今更』だろうが!とはいえ、ここで怒りに任せてつっかかるとコイツの思う壺だ。俺だって学習するんだよ!そんなことを思いながら俺は「頼む」と言って頭を下げた。
「……どのみち奴はもうウィーレストには戻ってこられない。それでも知る意味があると?」
「ああ、どちらにしても俺は—いや、アンタだっていずれ奴に会う必要があるだろう?頼む。教えてくれ」
頭を下げることしばらく。レイジは「俺もそれほど詳しいわけじゃない」と前置きしつつもサトウについて教えてくれた。
「と言っても本当に俺が知ってるのはアイツの本名が『サトウ ダイチ』らしいということとジョブが兵士ってくらいだ」
「兵士ッ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。だってあれだけ主人公とか俺Tsueeeee!に拘るくらいだからもっと特殊なジョブだと思うじゃん!
「意外か?まあそうだろうな。だが、アイツの異常な執着はたぶんこういう平凡な自分へのコンプレックスなんだろう」
なるほど。ありえる話だ。そもそも俺Tsueeeee!って物語自体、平凡な主人公が異世界転移してもらった力で無双するっていうのが定番だ。もし、そんな物語に憧れている中学生が異世界転移のチャンスをもらったら?で、いざ転移してみたらもらった力は平凡でしたってなればアイツがあんなに歪んでしまったのも仕方ないこと……なのか?
「街に現れたのは俺と同時期くらいだったそうだ。まあいつも遠巻きにこっちを観察するくらいで話し掛けてきたことはなかったがな」
なんとなく奴の境遇と態度に釈然としないんだけど、何が原因かはよく分からない。その間にもレイジの話は進んでいく。どうやら本当に詳しいことは知らないみたいであとは「本当か嘘か分からない武勇伝をいつも話してた」だとか「成果を盛って話す」だとか「女性冒険者を誘いまくっては振られてた」とか……本当に、本当にどうでもいい話ばかりだった。
「セイマ!」
さすがにどうでもいい話過ぎて辟易し始めたところにリネットとルデリオが近付いてきた。
「相談は終わったのか?」
「……ええ」
さすがのリネットも表情が硬い。まあ他人の人生を、しかもあまりいい方向ではないことで決めるというのはさすがに重いよな……
「それで……二人はどうしたいんだ?」
一瞬本当に聞いてもいいのか迷ったけど、ここで結論を先送りしても仕方がない。俺は意を決してリネットたちに結論を尋ねた。
「…………アイツはこのまま街に連れて帰る。連れて帰って裁定はギルドに任せるわ」
「そうか。ルデリオもそれでいいんだな?」
「は、はい」
正直、ホッとした。もし、二人が「ここで処分する」なんて言い出したらどうしたらいいか分からなかった。
(二人がそういう判断をしなくてホントに良かった)
「決まったのか?それならさっさと街に戻るぞ」
俺が二人の結論に胸を撫で下ろしているといつの間に俺たちのそばを離れたのか、レイジが立ち上がらせたダンをロープで引き摺るようにしてこちらに連れてきていた。
「ええッと……」
「ん?コイツか?俺が連れていく」
ダンをこちらで引き受けるべきか戸惑っていたらそう申し出られた。あれ?コイツいい奴?
「お前らに任せて逃げられたら面倒だ」
うん、知ってた!コイツはこういうことを言うやつだ!なんでいちいち一言付け足すんだよ!
俺が心の中で地団太を踏んでいる間に奴はダンを引き摺ってさっさと森の入り口に向かって歩き出した。ホントに腹立つ!
(それにしてもサトウの奴、街にも戻れなくなってこれからどうするつもりだ?いや、それ以前に漸く見つけた『勇者候補』を逃がしてしまった……いや、だけどこれでイリスが怯える原因も俺が逆恨みされる原因も無くなったわけで……いや……だけど……)
前にはダンを引き摺るレイジ。その後ろには少し離れてリネットとルデリオが話しながら歩いている。ウィーレストへと続く道。街道を抜けて街が見えるまで、まとまらない考えがグルグルと頭の中を回り続けた。
次回の更新は1月24日21時の予定です。
2026.1.24追記
体調不良のため、次回更新は1月31日に変更となります。申し訳ありません。




