第十六話 悪意ってやつはどこにでも転がっている
「こんなに簡単に“大河の森”に来られるなんて今でも信じられないわ!」
街道沿いから見える森に興奮したのかリネットのテンションが高い。まあ聞いた話じゃ二人が生まれた村はウィーレストからもっと北西に離れた王都の先にあるらしいから分からないでもない。
ウィーレストは“大河の森”で採れる資源を求めて冒険者が集まってできた街だ。森は大陸の北から南までほぼ全域に広がっているから街を出て東に行けばどこからでも森に入れる。ただし、常に大移動という危険がつきまとうから『ただ森に入るだけ』だとしてもクリーチャーを極力刺激しないようにいろいろとルールがあったりする。とくに俺たちみたいな『新参者』がそのルールを破って大移動を引き起こそうものなら街から総スカンどころの騒ぎじゃない。
そんなこんなでウィーレストの北門を出発した俺たちはしばらく街道を北上、そこから街道を外れて東へと進むと街を出てから三時間ほどで『初心者用』と言われる森の入り口に到着した。
「さて、あんまりのんびりしていると街に帰る頃には陽が暮れちまう。さっさと準備しちゃおう」
「え、ええ」
さっきまでのテンションはどこへやら、森の前に来ると大人しくなった二人にできるだけ軽い調子で話し掛ける。うーん、これは緊張してるのか?
(まあ、野営実習のときは人数も多かったし、なによりレスタン講師もいたし)
どうも街の外から来た人間からするとクリーチャーや植物が異常繁殖してるって話が独り歩きして“大河の森”って『怖い場所』って認識されてるっぽいからなぁ。
(それにしても……森、か)
正直、二人にはわざと軽口っぽくしたけど、俺は俺であの実習のときのことを思い出すと怖い。だけど、これからのことを考えたらそんなことは言ってられない。とりあえず二人も動き出したし俺も自分の装備をチェックしておこう。
「ん?あれは……?」
準備が終わって顔を上げると木々を挟んで離れたところに人影が見えた。まあ、ここは初心者用の入り口だし他に誰か来てても不思議じゃない。一応知り合いかと思ってよく目を凝らしてみる。
「ッ!?」
危うく声を上げそうになったの咄嗟に堪えた。そこにいたのは最近間近で見たばかりの黒い全身フルプレート。
(レイジッ?!なんでッ!?)
慌てて視線をキョロキョロと周囲に巡らせるが他に人影はない。どうやらアイツ一人みたいだ。そんな内心焦りまくっていると向こうもこっちに気づいたのか一瞬アイツの顔がこちらを向いた気がした。
「えっ?」
口から小さな声が漏れた。バイザーを下ろしているので視線は分からない。だけど、確かにこちらを見た気がしたのに、アイツは一瞥しただけだった。
(どうする?目的を確認するか?いや、でも……)
チラリッと横目で準備をしている二人も見る。もし、アイツが勇者候補で狙いが俺だったらどうする?不用意に話し掛けたことで二人も巻き込むことにならないか?
「準備万端ッ!やるわよォォッ!」
葛藤している間にリネットたちの準備が終わったのか大きな声が響いた。
「ちょ、ちょっとリネット!こんなところで大きな声を出しちゃダメだよ!」
大きな声を出したリネットをルデリオが窘めているけど、俺はアイツが何か反応するんじゃないかと気が気じゃなかった。だけど、アイツはこっちに視線すら向けない。
「ほら、セイマ!何してるの?行くわよ!」
「あ、ああ」
さっきより少し離れたところからリネットの声が聞こえた。どうやら森に入ろうとしたところで俺がついてきてないことに気づいたみたいだ。俺は頭からアイツのことを追い出すと視線を外してすでに森の中に入っている二人を追い掛けた。
■□■□■□■□
「ルー!そいつをこっちに!」
「わ、分かった!」
リネットの指示で暴れ羊の群れの前にへっぴり腰で飛び出したルデリオ。すると一頭の羊が顔を上げる。
「あ、その、えっと……」
「ルデリオ!とにかくそいつの頭をブッ叩け!」
羊と目が合って固まってしまったルデリオに咄嗟に指示を飛ばす。気弱とはいえそこはさすが冒険者。俺の声に即座に反応したルデリオが澱みない動きで羊の頭部目掛けて剣を振り下ろす。迷いのない一閃が羊の頭に吸い込まれ、鋭い音が周囲に—響かない。それどころか「ぽふっ」っていう音が聞こえそうなくらいモフモフな毛の中に剣が沈んでしまった。
「えっ?」
「ちょっと!何してるのよ!早くこっちに!」
「ルデリオ!すぐにそこを離れろッ!!」
予想と違う感触だったんだろう。固まってしまったルデリオにリネットからの指示が飛び、俺も慌ててその場を離れるように大声を出す。
「えっ?あっ!はいッ!うわッ!?」
「ああ!もう!だから言ったじゃない!灼熱の矢!」
再起動してその場を離れようとしたルデリオが咄嗟に地面に転がる。別に躓いたわけじゃない。突然頭を振り回して暴れ出した羊を躱したんだ。とにかく出鱈目に暴れる羊目掛けてリネットが放った炎の矢が殺到する。
「ベェメェェェェッ」
いくつもの炎の矢が羊に突き刺さって絶叫を上げる。って、ちょっと待て!燃えてる燃えてる!
「リネット!水!水!あれじゃ素材がダメになる!!」
「えっ?あっ!ちょ、ちょっと待って!!」
「わっわっわっわっ!どどどどど、どうすれば!?」
俺の声で羊が燃えていることに気づいたリネットが慌てて水魔法の詠唱を始め、ルデリオがパニッくる。あの素材、大丈夫かなぁ……
「ハァハァハァハァ。よう、やく、消えた……」
「リ、リネット、大丈夫?」
肩で息をするリネットにルデリオが駆け寄る。その脇には黒焦げの物体—羊だったものの残骸が転がっていた。
「うーん、こりゃダメだな」
「ウウッ、だ、だってぇ~」
「メェェェ~」
俺の呟きで地面に崩れ落ちるリネット。そこにとくにこの騒ぎを気にした様子もない暴れ羊の鳴き声が重なる。
(しかし、ホントに気にしないんだな)
俺は周囲で我関せずと草をむしゃむしゃしている羊たちを見る。そう、羊たちだ。仲間が燃やされてこれだけ周囲が騒がしいのにこの羊たちは一向に逃げる様子もない。これが暴れ羊というクリーチャーだった。
そもそも暴れ羊というクリーチャーは今、俺たちの目の前にいるように小規模な群れで行動している。その特徴はまず何といってもその全身を覆う毛だ。この毛は冒険者の服の素材として人気なのだが、厄介なことにさっきルデリオが見せたように基本的に剣の刃を通さない。そのくせ、名前のとおりちょっとの刺激でさっきみたいに暴れ出すから質が悪い。必然、リネットのように剣以外の方法で狩ることになる。
そして、もう一つの特徴が今、俺たちの周りの光景のようにとにかく『マイペース』なのだ。どのくらいマイペースかって?まあ見てのとおり、例え群れの仲間が襲われようと全く気にしないのだ。
(ホント、なんで群れで行動してるんだろうな?)
このへんの生態は未だに不明らしく、“異世界の常識”で確認してみようとしたけど要領を得ない回答しか返ってこない。
「はぁー。おーい、そろそろ立ち直れー。とりあえず次だ、次!」
とにかくこのままじゃ収入にもポイントにもならない。まだがっくりとうな垂れているリネットとそれを必死に慰めているルデリオに声を掛けると次の獲物の物色を始めた。
■□■□■□■□
「このくらいにするか」
最初の暴れ羊狩りの失敗から数時間、俺とルデリオが交互に前衛を務めながら狩りをしてきた。最初のうちはまだ狩りに抵抗があったけど、幸か不幸か途中からは完全に慣れてしまった。もうそこからは完全に作業だ。正直、こうしてこの世界に染まっていくことに抵抗はある。だけど、こういうことにも慣れていかないと元の世界に帰れない。このジレンマがもどかしい。
「そうね。あたしのバッグももう一杯になりそう」
「ぼ、僕のほうもです」
俺が若干ネガティブなほうに思考が流れている間にも今、狩った一角兎の解体を終えたリネットとルデリオがパンパンになった荷物袋を掲げる。
(まあアイテムボックスを使えばいいんだけど……)
あの“自称神”から与えられた能力が頭を過ぎったけど、すぐに頭から追い出した。さすがにまだアイテムボックスのことを誰かに話す気にはなれない。
「じゃあそろそろ帰「ウワァァァァッ!!」ッ?!」
二人の様子を見て「帰ろうか」と言おうとした瞬間、それをかき消すような絶叫が森に響いた。
「あっちからよ!」
「急げッ!」
「ふぇッ?!」
ルデリオが一人戸惑っている間にリネットと二人で叫び声が聞こえた方に向って駆け出す。
「えっ?ま、待ってください~!」
出遅れたルデリオの声が後ろから追いかけてくるが気にしてやれる余裕がない。誰かがクリーチャーに襲われてたら手遅れになってしまう!
「あっ!あそこ!」
木々の間を駆け抜けているとリネットが前を指差した。その先に視線を向けると、ちょうど森が少し開けていて、そこに大小二つの人影が見えた。大きな人影の手には剣らしきものが握られ、小さな人影を追い詰めているようだ。
「ッ!?あれはッ!」
二つの影に近付くにつれて輪郭がはっきりしてくる。それは二人とも見慣れた人物だった。剣を突きつけているのは大きな人影はダン。「おいおい、もう追いかけっこは終わりかァ?」と言いながらニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。
「な、なぁ。落ち着けよ……は、話し合わないか?」
一方、大きな木を背にして追い詰めれているのはレオン—いや、サトウだった。奴は卑屈そうな笑みを浮かべながらダンを説得しているようだ。
(仲間割れか?いや、今はそんなことより!)
「おいッ!何してるんだッ!」
俺は剣を引き抜くと並走していたリネットを置き去りに一気に加速、突きつけている剣を弾きながらサトウを背に庇うようにして二人の間に身体を滑り込ませる。
「チッ、誰かと思えばまたオメェかよ」
ダンは突然割り込んだ俺に驚くこともなく忌々し気に言う。
「俺は何をしてるんだと聞いてるんだけど?」
「アァン?」
一向に剣を引く素振りを見せないダンと睨み合う。
「危ないッ!」
「ッ?!」
「チッ!」
いきなり聞こえた叫び声に反射的に横っ飛びで地面に転がる。それと同時に俺の横を後ろから剣が通り過ぎた。
「どういうことだッ!」
すぐに立ち上がった俺は舌打ちした人物—サトウを問いただす。
「ハァー。もうちょっとだったのに邪魔すんじゃねェよッ!」
奴は俺の質問を無視して叫び声を上げてくれたリネットに喚き散らす。
「おいッ!どういうことなんだよッ!」
「うるせェッ!!どいつもこいつも俺の邪魔ばっかりしやがってッ!だいたいお前が悪いんだよォォォッ!!」
—ギンッ
振り下ろされた剣を受け止める。剣と剣がぶつかって火花が散る。その先に憎悪に染まった奴の顔。押してくる奴に負けまいと力を込めると『ギッ』と鉄が擦れ合う不快な音がした。
「ちょっとあんた!どういうつもりよッ!」
「うるせぇなァ。田舎もんは黙ってろッ!」
突然俺に斬りかかったサトウにリネットが抗議するのが聞こえたけど、そこにダンが横槍を入れる。俺はなんとかこの状況を脱せないかとギリギリと押し込んでくるサトウの圧に堪えながら隙を窺った。
「なッ!?またあんたなの!いい加減にしてよッ!」
「ウッセェなぁー。お前の相手は俺がして—やるよッ!!」
俺はサトウとの鍔ぜり合いを続けながらリネットたちを横目で追う。割り込んできたダンにリネットが激高したところでダンが彼女に剣を振り下ろす。咄嗟のことに一瞬リネットが固まったように見えた。
「危ないッ!」
「リネットォォッ!」
「ッ?!ルーッ!!」
俺がそう叫んだのと同時に小さな影がリネットの前に飛び込んだ。俺たちから遅れてついてきていたルデリオだ。彼は咄嗟にダンの一撃に剣を合わせたが、受け止め切れずに森の奥へと吹き飛ばされた。リネットが慌ててそれを追い掛けていくのが見える。
「ハッハッハッ!待てよォォッ!」
ダンが森の奥に駆けていくリネットの背に目を細めたのが見えた。まるで獲物を見る肉食獣のような目だ。奴はそのまま二人を追って悠々と森を奥へと進んでいく。
「お、おいッ!」
「余所見とは余裕—だなッ!」
「グッ!?」
ダンを止めようと声を上げたところでサトウに押し込まれる。
—ギンッ
—ギンッ
—ギンッ
奴の押し込みに耐え切れずに地面に転がった。すぐに立ち上がって態勢を立て直そうとするけど、奴はここぞとばかりに剣を振り下ろしてくる。辺りに金属音が響き渡る。
「ほらほら、どうしたァ?お仲間がピンチだぞォォ?」
ニヤニヤと不快な笑みを浮かべてサトウが煽ってくる。コイツッ!
「一体どういうつもりだッ!二人まで巻き込んで何がしたいんだよッ!!」
とにかく今はコイツをどうにかして二人を助けに行かないといけない。奴が振り回す剣を受け止めながら俺はイライラしながら言い返す。
「煩いッ!大体お前が現れなければ今頃僕がイリスの隣にいたんだよッ!それを邪魔ばっかりしやがって!なんで主人公のはずの僕がヒロインの隣じゃないんだよ!おかしいだろッ!間違ってるだろッ!ここは俺がTsueeee!する世界なんだよッ!お前は消えろォォォォッ!」
「なッ?!クッ!」
サトウは言いながらだんだんと語気を強め、遂には激高して出鱈目に剣を振り回し始めた。
(どういうことだ?全く意味が分からない!コイツは何を言ってるんだ?そんなことで二人を巻き込んだのか?)
身勝手な言い分に苛立ちに反して心が冷めていく。
(ダメだ。とにかくコイツはここで止めないと!)
今まではこんな奴でも傷つけずに止めることを考えてた。だけど、コイツにはそれじゃダメだ。俺が雑に剣を振り回すサトウに対して反撃することを決意したとき—
「そこまでだ」
「ッ?!誰だッ!」
突然横からの声に奴が動きを止めた。俺も慌ててサトウの動きを警戒しながら声がした方に視線を向ける。
「ッ!?お前ッ!!」
そこにいたのはレイジだった。その手には気絶しているのかぐったりしたダンが引き摺られている。後ろにはリネットとその肩を借りたルデリオの姿もあった。
「どういうつもりか知らんがお前の浅はかな企みもここまでだ。大人しくしろ、サトウ」
レイジが淡々と告げる。相変わらずヘルムのバイザーで表情は分からないけど何とも言えない威圧感がある。
「クッ!……さい……るさい……煩いッ!煩いッ!煩いッ!黙れェェェェッ!なんで……なんでッ!なんでッ!なんでッ!どいつもこいつも俺の邪魔ばっかりするんだよッ!ここは神様が用意してくれた俺がTsueeee!する世界なんだよッ!お前らなんかいらないんだよッ!なんでそれが分からねェェェんだよッ!」
「…………」
サトウは喚き散らしながら地面を何度も踏みつける。まるで癇癪を起した小さな子供だ。レイジはとくに何も言わず、俺たちはその様子に唖然とする。
「いい加減にしろ。子供か。おい、そこのお前。その子供を取り押さえろ」
「えっ?あ、ああ」
呆気に取られているとレイジが静かに口を開いた。どうやら俺にサトウを取り押さえろと言っているらしい。俺は戸惑いつつまだ喚きながら地面を踏みつけているサトウにゆっくりと近づいていく。
「だ、誰がお前らの思い通りになるか!チクショーッ!来るなッ!近づくなッ!」
「おわッ!ちょッ!ちょっと待てッ!」
近寄る俺に気づいたサトウが剣を出鱈目に振り回したので俺が慌てて飛び退くと、奴は身を翻して俺たちに背を向けて駆け出した。
「ルーッ!!」
「ッ!?」
逃げ出したサトウを追い掛けようとしたところで背後からの大声に足を止めて振り返る。そこには地面に倒れ込んでいるルデリオを抱き起すリネットの姿。
「おいッ!待てッ!」
「あーッ!」
続くレイジの声に慌てて視線を戻すとサトウの背中はすでに遥か遠く、木々の影に見えなくなるところだった……
次回更新は1月19日21時更新予定です。




