第十三話 人間、生きていれば腹が減る
新年明けましておめでとうございます!
『ずぶりッ』という鈍い感触が剣を握る手のひらに伝わる。
“それ”から流れ出た赤黒い液体がゆっくりと刀身を伝うのが見えた。
錆びた鉄のような臭いが鼻をつく。
(気持ち悪い……)
込み上げてくる吐き気を必死に堪えるが、耐え切れなくなって近くの茂みへと駆けよって—
「はッ!?」
いきなり意識が浮上する。自分が今、どこにいるかも分からずに周囲へと視線を走らせる。暗い。遠くでフクロウのような鳴き声や獣の遠吠えが聞こえる。
「夢……か……?」
ようやく自分が野営実習に来ていたことを思い出した。それにしても嫌な夢を見た。首筋に手を当てるとヌルヌルとした厭な汗が手のひらにこびりつく。
「ウッ!?」
その感触が夢の感触と重なって体の奥から込み上げてくるものに俺は慌てて手で口を覆った。が、その瞬間、手のひらからあの錆びた鉄のような臭いがした気がしてすぐにその手を遠ざける。恐る恐る自分の手へと視線を向けるが、当然そこに臭いの原因となるようなものは何もない。
(今何時だ?)
俺は嫌な感じを追い出そうと頭を振ってから別のことを考えることにした。
改めて周囲に目を向けると、暗闇に慣れてきた目にいくつかの影が横になっているのが見えた。耳をすませば微かに寝息が聞こえる。どうやら同じ天幕のメンバーはすでに眠りについているみたいだ。
「はぁぁぁ」
そこまで理解できたところで思わず口から溜息が漏れた。
(情けねぇ……)
気を紛らわせたいのに思考は今日の出来事へと戻っていく。自信はあった。割り切れていたはずだ。できると思っていたし、実際に課題はクリアした。だけど—
(結果はこの様か……)
見つめる手は今も微かに震えている。
「ッ!?」
その時、外から「ザッザッ」と土を踏む音がして、何かがこちらに近付いている気配がした。俺は思わず枕元に置いてあった剣を引き寄せる。
「クッ!」
荒れそうな呼吸を強引に抑え込んで剣の柄に手を掛ける。近付いてくる音がだんだんと大きくなると俺たちの天幕の前で止まる。柄に掛けた手が僅かに震える。そして—
「セイマさん、見張りの交代時間なんですけど起きてますか?」
「ッ!?」
聞こえてきたルデリオの声に全身の力がドッと抜ける。彼の「開けても大丈夫ですか?」という控えめな声に「あ、ああ……」と気の無い返事をしながらゆっくりと柄から手を離す。
「えっと……その……大丈夫、ですか?」
天幕の隙間から月明かりが差して影が覗いた。はっきりとは見えないがルデリオだ。たぶん講習直後の様子から心配してくれているのだろう。
「レスタンさんに言われて呼びに来ましたけど僕が代わりましょうか?」
気を遣ってかそう言ってくれるルデリオに、俺は「大丈夫。すぐ行くよ」と無理やり明るい声を返した。
「……分かりました。じゃあ僕は戻りますね」
俺の反応をどう思ったのか。ルデリオはそれだけ言うと再び天幕の中が暗くなった。彼の足音が遠ざかる。
「はぁぁぁ」
足音が聞こえなくなったところで口から大きな溜息が零れた。身体がグッと重くなる。抜けたと思ってたのにまだ強張ってたみたいだ。
「はぁぁぁぁ。ここでウダウダ悩んでてもしょうがないし……行くか……」
俺はいつの間にか手放していた剣をもう一度掴むと重い身体を引き摺るようにして天幕を出た。
「…………」
野営地に並ぶ天幕の中央。パチパチと小さく爆ぜる焚火の脇でレスタン講師が身じろぎ一つせず炎を見つめていた。
「えっと……」
「……来ましたか。そちらにどうぞ」
「は、はいっ!」
恐る恐るを声を掛けてみるとレスタン講師と焚火を挟んで反対側を指差された。俺は指示されるままに剣を脇に置いてそこに腰を下ろす。
「…………」
「…………」
(気まずい……)
腰を下ろしてみたものの何の反応もない。俺は焚火を見つめながら時折チラチラとレスタン講師の様子を窺う。ゆらゆらと揺れる炎が彼の顔に陰影を作っている。
(なんだかんだ言っても歴戦の冒険者なんだな)
普段はその容姿と温厚な人柄で忘れがちだけど、こうして改めて観察してみるとそれがよく分かる。パッと見は全く普段と変わらない穏やかさ。だけど、よく見れば周囲に気を巡らしているのが分かる。
「落ち着きましたか?」
「へっ?あっ、えっと……大、丈夫……です……」
一瞬何を言われたか分からなかった。慌てて答えようとしたんだけど、さっきまでの夢のことを思い出すとだんだん声が小さくなってしまった。レスタン講師の方を見ることもできず、視線が下へと下がっていく。
「誰だって最初はあんなものですよ。とくに街育ちの人間はね」
「えーっと……それってどういう……?」
「これでも私はそれなりの人数の新人講習を受け持ってきました。その中にはウィーレスト出身者もいれば田舎の村や他の街から冒険者を目指してやってきた者もいました」
「はぁ?」
これは何の話なんだろう?よく分からないままとりあえず頷く。
「ウィーレストもそうですが、街で育った者は大抵が今の君のような反応になるんですよ。とくにこの講習の後は……ね」
レスタン講師はそう続けると焚火に落とした視線を俺に向ける。焚火に照らされた顔が微笑んだ。それはなんとなく子供を見守る親のような……どこか、むず痒くなるような視線だった。
「まあ君の場合はさらに少し特殊ですがね」
「へっ?」
なんとなく恥ずかしくなって視線を逸らしたらまた意味がよく分からないことを言われて視線をレスタン講師の方に向けてしまった。すると今度はくつくつと悪戯っぽい笑みを浮かべている。俺がその表情に少しムスッとしながら「どういう意味ですか?」と聞き返すと彼はくつくつと忍び笑いを漏らした後に「失礼」と言ってから続ける。
「君は動きは悪くないし意欲的に学んでいます。一生懸命だし、無鉄砲な子が多い冒険者志望の中ではとても常識的です。ただ—」
そこまで言ったところでレスタン講師は表情を引き締めると「とてもアンバランスに見えます」と続けた。突然そんなことを言われてもどう反応していいのか分からない。結局俺は首を傾げるだけだった。そんな俺の反応に今度は「そうですね……これは……言ってしまっていいのか……」とレスタン講師が歯切れの悪い反応をする。
「あの……何かあるんでしょうか……?(まさか異世界人とバレたッ!?)」
探るように尋ねてみてるが内心では焦りまくっている。
(もしバレたとしたらどうすればいい?逃げるか?)
チラリッと脇に置いた剣を見る。もしバレているならすぐに剣を取って駆け出す。幸い貴重品はアイテムボックスの中だ。天幕の荷物は惜しいけど最悪はまた買えばいい。
「あまり詮索するのはマナー違反なのですが……いえ、ここははっきり聞いてしまいましょう。君は貴族ではないですか?」
「はい?はいぃぃぃッ!?」
逃げ出すタイミングを計っていたら予想外の質問で思わず大きな声が出てしまった。深夜であることを思い出して慌ててキョロキョロと周囲を見回すが、天幕から人が出てくる気配はない。ひとまず安心して視線を戻すと突然大きな声を出したからかさすがのレスタン講師も驚いて目を丸くしている。
「驚かせてすみません!でも、お、俺が貴族……ですか?違いますけど……なんでまたそんな話に?」
とりあえず大声を出したことに謝っては見たものの訳が分からない。なんで俺が貴族?
「違うのですね?」
またしても首を傾げる俺を見て自分の推測が間違っていたことに気づいたのかレスタン講師は落ち着いた様子で説明してくれた。彼が言うにはどうやら俺がリネットたちに「田舎育ち」と説明していたのを聞いたらしいのだが、田舎であれば当然経験しているであろう殺生や解体を全く経験して無さそうな反応、そのくせ知識だけは持っているから実は貴族の子弟がお忍びで冒険者登録をしに来ているのではないかと受講生の間で噂になっていたそうだ。レスタン講師としては単なる噂だろうと思っていたそうだけど、今日の俺の反応を見て「もしかして」と思ってしまったらしい。
「なんか……その……お騒がせしてすみません……」
まさかそんなことになっているとは思わず、何とも気まずい思いで頭を下げる。そんな俺にレスタン講師は「いや、こちらも申し訳ない。まあ何事も初めて経験するというのは若者の特権だよ」と言って朗らかに笑った。
ぐぅぅぅ
朗らかに笑うレスタン講師を見て気が抜けた瞬間、周囲に間の抜けた音が響いた。
「へっ?」
思わず音のした方—自分の腹に視線を落とす。
「ハッハッハッ。気持ちが落ち着いたんだろう。何か食べるかい?」
ゆっくりと顔を上げた俺を見てまたレスタン講師が笑う。俺は何とも言えない気恥ずかしさを感じながらも「お願いします」と言った。するとレスタン講師は「じゃあスープを温め直すからちょっと待っているといい」と言ってテキパキと準備を始めた。
(これが大人の余裕ってやつか)
焚火の火を即席の竈に移すレスタン講師。そのいつも通りの公務員然とした背中がものすごく大きく見えた。この後差し出されたスープは今まで食べたどのスープよりもおいしく感じた。
翌朝—
「あんた大丈夫なのッ!?」
「お、おう」
いきなり目の前に突撃してきたリネットに面食らう。その後ろにはいつもどおりルデリオがいるのだが、今日は珍しくそんなリネットの様子をクスクスと笑っている。
(正直こういういつもどおりの反応は助かる)
それとなく周囲に視線を向けると、それまで遠巻きに窺っていた受講生たちがホッとしたような表情に変わったのが分かる。
(まあ昨日のレスタン講師の話を聞けば当然か)
そりゃお貴族様かもしれない奴が不機嫌さも隠さずに天幕に引き籠れば周りが気を遣うのは仕方がない。リネットのおかげで和んだ周囲の様子に俺も内心で安堵した。
さて、野営地を片付けたら午前中に素材採取の講習が終わればあとはウィーレストに帰るだけ、森に入るとはいえ、昨日に比べれば危険性は格段に下がるからか全体的には和やかな空気が流れている。
「本来、素材採取には『取り過ぎない』という暗黙のルールがあります」
薬草の群生地を前にレスタン講師の講習が始まる。いくら危険は少ないからといってさすがに森の中に入ると皆、幾分か緊張した面持ちに変わっている。
「では、なぜ取り過ぎてはいけないのでしょう?それでは……はい、リネット、教えてくれますか?」
なんとなく周りの受講生の様子を窺っている間にリネットが指名された。
「はい、それは貴重な薬草の群生地を枯らしてしまうからです!」
指名されたリネットが自信満々に答える。レスタン講師は彼女の答えに満足そうに頷くと「では、この“大河の森”ではどうでしょうか?」と続けた。
以前にも少し触れたけどこの“大河の森”では奥に流れている大河に含まれる大量の魔素の影響で植物が異常繁殖している。本来の樹齢ではありえないような巨木や草花があり、例え伐採しても翌日には元通りになっているなんてことは日常茶飯事なのだ。つまりここでは『取り過ぎない』なんていうルールは意味を成さないのだ。
「それでは採取を始めてください」
「よしッ!セイマ!どっちが多く採れるか競争よ!あたしたちが勝ったらお昼奢ってもらうからね!ルデリオ行くわよッ!」
「ちょっ、ちょっとリネットッ!!」
「えっ!?お、おいッ!!」
つらつらと前に“異世界の常識”で得た知識を思い出していたらいつの間にか採取が始まっていた。それどころか競争が始まってやがる!俺は後れを取り戻すべくリネットを追い掛けるルデリオの背中を追って駆け出した。
「フフフ~ンフ~ン♪」
俺の目の前を上機嫌なリネットが歩いている。どのくらい上機嫌かって?見てのとおり思わず鼻歌が漏れるくらいだ。いつも吊り上がっている目尻も今はさぞ垂れ下がってることだろう。何がそんなに上機嫌かと言えばもちろん—
「何奢ってもらおうかなぁ~♪」
そう、採取競争に勝ったからだ。
「クソぉ……あと二束、あと二束採取できてれば!」
なんだかんだ白熱した採取競争。俺は惜しくも二束差で負けたのだった。
「なあ、やっぱり売却金額勝負にしないか?」
何度目かになる提案をしてみる。というのも俺はたまたま高品質な薬草を見つけていたのだ。まあその結果、量を集められなかったんだけど……
「ダメー!最初に量で勝負するって決めたじゃない!」
こちらを振り向いたリネットが満面の笑みで自分の前で腕を×マークにする。いや、俺そのルールに了承してないんだけど……。そんな騒がしい俺たちに負けず劣らず周囲もすっかり空気が弛緩している。ようやく講習の緊張感から解放されたんだから仕方ない。
そんなどこか浮かれた遠足のような空気のまま俺たちはウィーレストに戻ってきた。冒険者ギルドに着くと「全員会議室に集合するように」と言われた。採取素材の売却は?と思ってたら「素材は後でまとめて買い取る」と言われて一安心。俺たちは連れ立ってぞろぞろと二階の会議室へと向かった。
「皆さん、お疲れ様でした」
しばらく会議室で思い思いに過ごしていたところにレスタン講師が入ってきたので、すぐに全員が席に着いた。最初の頃はあれだけまとまりがなかったのに変われば変わるもんだ。
「この野営実習で講習の全日程は終了になります」
あいさつの後に言葉が続く。元々提示されていたスケジュールだけど実際にそう言われると実感が湧いてきた。それは周りも同じようでざわっとした空気が会議室に広がる。チラッと窺ってみると必死に堪えているけど皆口角が上がるのを抑えきれていないのが分かる。
「これから皆さんは“本物の冒険者”として本当の第一歩を踏み出します」
レスタン講師の話が続く。表情は普段と変わらない。でも、その言葉にはいつも以上に一人一人に語り掛けているような印象があった。
「今、ここにいるほぼ全員が石級です」
その言葉に口角が上がりかけていた全員の表情が一瞬で硬くなる。それまでのどことなく緩んでいた空気が張り詰めたのが分かる。今回、野営実習中の一角兎討伐を失敗した受講生はゼロ。だからではないけどどこか皆に「自分たちはやれる」という自信のようなものが広がっていた。だから、今のレスタン講師の言葉はそんな俺たちに「お前らはまだひよっこだ」と宣告したに等しい。
「最初の講習を思い出してください。冒険者に一番大切なことは何でしたか?」
そう言いながらレスタン講師は俺たち全員をゆっくりと見回す。その視線が俺で止まる。目が合った。
「それではセイマくん、冒険者にとって一番大切なことは何だったか教えてください」
指名された俺は「はい」と言って立ち上がる。昨日の夜、レスタン講師と話したことが次々と浮かんでくる。
「冒険者に一番大切なこと……それはどんな状況でも“生き残ること”です」
俺はそう答えてじっとレスタン講師の眼を見る。彼は満足そうに何度か頷くと俺に着席を促す。
「今、セイマくんが答えてくれたとおりです。石級の皆さんが最初に受けられる依頼は街の中での依頼に限られるでしょう。ですが焦ってはいけません。ギルドがそのように設定していることにも意味があるのです。それがどんな意味かは私からはあえて説明はしません。依頼を受ける中で皆さんで感じて考えてください」
そこまで言うと彼はもう一度全員の顔を見回した。
「うん。いい顔です。それでは講習はこれで終了となります。会議室を出たら忘れずに一階の受付カウンターで終了証明を受け取ってください。また、今日採取した素材は各々で売却手続きを行ってください」
最後にそう言ってからレスタン講師が会議室を出ていく。彼の姿が会議室から見えなくなるとあちこちから「ふぅ~」という息が漏れるのが聞こえた。同時に張り詰めていた空気が一気に抜けていく。
「終わった……」
かく言う俺も肩から一気に力が抜けてそのまま机に突っ伏した。まるで学校の試験が全て終わった後みたいだ。
「ねぇねぇセイマ。ちょっといい?」
「ん?」
しばらくぐったりと机に突っ伏していたらすっかり聞きなれた声が聞こえた。ゆっくり身体を起こしてそちらに向き直ると思っていたとおり、そこにはリネットとルデリオがいた。
「???」
だけど何かおかしい。いつもは言いたいことははっきり言うリネット—それがルデリオの胃痛の元なんだけど—がなかなか話し始めない。それどころか「えっと……」やら「その……」やらと言い淀んでる!?訳が分からずルデリオの方を見るが、彼は彼でなぜかいつも以上におろおろ—と言うかそわそわしていてこちらの視線に気づく様子がない。
「ええと……どうかしたのか?」
「えっと……あ、あのねっ!よかったらこれからもあたしたちとパーティーを組まないッ!!」
「うぉッ!?え?パ、パーティー?」
ますます意味が分からないのでこちらから問いかけてみた。するとリネットは意を決したように早口で捲くし立てるとこちらにグッと身を乗り出してきた!近いって!
「ちょ、ちょっとリネット!?セイマさんがびっくりしてるから落ち着いて!」
いきなりのリネットの行動に慌てたルデリオがいつものように慌てて後ろから彼女の肩を抑える。その反応で我に返ったのかリネットは「へっ?あっ!ご、ごめんなさいッ!」と乗り出していた身をサッと引いた。
「い、いや、驚いただけだから。それで何だっけ?ああ、パーティーか……うーん」
リネットが離れるのを確認しながら提案された内容を改めて考える。確かにこの講習中は二人にすごく助けられた。二人のことは好ましいと思うしこれからも仲良くしていきたいと思ってる。けど……
(俺はいつまでこの街にいられる?)
そんなことが頭を過ぎった。いや、『いられる』という考え方が間違いか。この世界で過ごしてそろそろひと月、いい人たちに出会ったけどそれでも俺は元の世界に帰りたい。今はまだ勇者候補かもしれないレオンがこの街にいるからいいけど、もし、彼から“勇者の欠片”を譲ってもらえたら?そうじゃなくても彼がこの街を出ていくようなことがあったら俺がこの街に留まる理由も無くなる。
(そうなったときにもし、二人とパーティーを組んだら……これからもこの世界で冒険者として生きていく二人を俺の事情で振り回すのか?)
「せっかく誘ってくれたのに悪い。俺もいつもでこの街にいられるか分からないんだ。だから、二人とパーティーを組むことはできない」
考える前もなく、答えは最初から決まっていたんだ。俺はせめて誘ってくれた二人に誠実に答えようと二人の眼を交互に見てそう告げると頭を下げた。
「そ、そう……」
「本当にすまん。だけど、この街にいる間はいつでも声を掛けてくれ。臨時パーティーは大歓迎だから!」
明らかに沈んだ声が頭上に落ちてきたので慌てて顔を上げると悲し気に顔を歪める二人にできるだけ明るく言った。リネットは一瞬、驚いたような顔をしたけど、すぐにいつのも顔になると「分かったわ。そのときはたっぷり付き合ってもらうわよッ!」と言ってビシッと俺を指差した。この切り替えの早さは彼女のいいところだと思う。そんな彼女の後ろでどこかハラハラしていたルデリオがホッと胸を撫で下ろしているのが見えた。
「もう少し空いたタイミングで受付に行く」という二人と別れた俺は一足先にギルドの一階に降りた。時間的にはちょうど冒険者たちが戻ってくる時間帯だ。待合はそこそこ賑わっている。
「あっ!セイマさんッ!!」
カウンターに行こうとしたところで遠くから女の子の聞こえた。まあここでこんな風に俺に声を掛ける女の子なんて限られてるんだけど……
「イリスも今、終わり?」
「はい!セイマさんも戻ってたんですね!と言うことは!!」
彼女が近付いてくるのを待って話し掛けるとこちらにグイッと身を乗り出してきた。リネットにしろイリスにしろどうやら異性との距離感というものについて小一時間話し合う必要がありそうだ。
「ああ、無事講習も全部終わってこれから終了証明を貰いにいくとこだよ」
「おめでとうございます!」
くだらないことを考えながら講習が終わったことを伝えるとイリスは自分のことのように喜んで「じゃあ今日はお祝いしないと!」と言い出した。
「い、いや、さすがに今からいきなりお邪魔するのはソニアさんに悪いよ!」
今からお邪魔するのは迷惑すぎると思ってやんわり断ったんだけどイリスは俯いてしまった。ちょっと気まずい……なんて思っていたんだけど、何やら様子がおかしい。なんか小声で「い、いや、家ではなく……」とか「た、たまには外で……」とかブツブツ言いながら一人でテンパっている。
「えっと……イリス……さん?」
「へっ?あ、あぁぁぁぁぁッ!すみません!すみません!ちょっと混乱してしまって。ええっと……何の話でしたっけ?そうだ!お祝い!そうですね!今からだとさすがにお母さんが大変ですよね!!」
恐る恐る声を掛けてみるとさらに慌てだすイリス。あたふたする彼女をなんとか宥めると今度は何か早口で捲くし立て始めた。うん、今日のイリスは何かおかしい。
「イリス、何かあったの?」
「えっ?何もないですよ?それでですね。さすがに今からうちでお祝いするのは準備が間に合わないので残念ですがうちでの食事はまた今度にして、今日は外で二人きりでお祝いするのはどうでしょうか?」
一気に捲くし立てられた。ええとこれは要するに『ディナーのお誘い』ってやつだよな?
(なるほど。それが言いたくてテンパってたのか?)
前言撤回。どうやらイリスさんは初心らしい。それにしても二人きりか……まあたまにはいいか。
「じゃあ今日はどこかでパーッと美味しいもの食べようか!って俺は詳しくないからイリスに案内をお願いすることになるんだけど……」
「ッ!?はいっ!任せてください!」
どこか窺うな上目遣いで俺を見ていたイリスの表情がパッと明るくなったところで、俺は終了証明の受け取りと素材の売却をするために「ここで待っている」と言うイリスとは一旦別れてカウンターへ向かう。
手続きはスムーズに終わった。唯一手間取ったのが薬草の売却で、本来なら隣の薬屋で売りたいところだったんだけど、野営講習は建前上『ギルドからの依頼』ということになっているらしく一角兎も薬草も全てギルドへの依頼完了証明として提出するように言われてしまった。まあどっちにしろ薬草の売り値は雀の涙なんだけど……
「さて、イリスはっと……ん?」
手続きを終えてイリスを探しているとギルドの一画—ちょうどさっきイリスがいた辺りだがざわついている。まだそれほど多くはないけど人が集まり始めていた。
「なんだ……えっ?」
集まり始めた人の隙間から覗くとそこにはイリスがいたんだけど……なぜか彼女の前にはレオンがいた。レオンがイリスに言い寄っているのは—まあ良くはないけど今日はちょっと様子がおかしい。イリスが珍しく強い口調で「ちょっと落ち着いて!」と言うのもお構いなしに「おいッ!なんで俺はダメで“アイツ”はいいんだよッ!」と喚きながら詰め寄っている。
「アイツまたッ!」
じりじりと後ろに下がるイリスに詰めおるレオン。遂にはイリスに掴みかかろうとしたのを見て(拙いッ!)と思って飛び出したが—
「おい。いい加減にしておけ」
俺が二人の間に割って入るよりも早く、イリスに掴みかかろうとしたレオン。その手を掴んだのは—あの黒騎士だった。
改めまして新年明けましておめでとうございます。本年もマイペースに更新していきますので緩く応援していただけると嬉しいです。
次回の更新は1/10(土)21時の予定です。




