第十二話 知識と経験は別物だ
サプライズ!
「それでは今日の講習はここまでです。お疲れ様でした」
レスタン講師はそう告げて入り口に向かうのを尻目に会議室の中では受講生たちの安堵の息が漏れる。あちこちから「んんーっ」と背筋を伸ばす声や「これからどっか行かない?」というざわめきが聞こえてきた。冒険者ギルドの初級者講習が始まって数日、今日も俺は講習に参加していた。
そもそもこの初級者講習は別に全日程に参加する必要はないらしい。余程冒険者としての知識がない場合を除いて普通は自分が受けたいカリキュラムだけを取るのだそうだ。じゃあなんで俺が律儀に全カリキュラムを受講しているかと言えば、当然そんなルールなど知らずに全てのカリキュラムの受講申請を出してしまったから。
(そういうことは最初に説明しろよ……)
い、いや、きちんと要項を読まなかった俺も悪いんだけど普通は説明するだろ!講習日程が始まった直後にこのことを知った俺が思わず愚痴ったらリネットには爆笑されてルデリオにすら視線を逸らされてしまった……解せぬ……。
「ねぇねぇ!セイマ!これから三人で今度の野営実習のための買い物に行かない?」
俺がここ数日の出来事に思いを馳せつつ溜息を吐いていると、いつの間にそこにいたのかリネットが席の前に立っていた。相変わらず腰に手を当てて薄い胸を張っているお決まりのポーズだ。勝気そうな吊り目気味の目尻が今は自信満々に瞳を輝かせている。どうやら初日にダンから言われたことはあまり気にしてなさそうだ。彼女の後ろにはこちらも変わらずルデリオが付き従っている。と言ってもさすがに少しは打ち解けたのか俺に対してはおどおどした様子はかなり薄くなった。
(しかし、この二人はホントにいっつも一緒だな)
最初はもしかしたら気の強いリネットがルデリオを無理やり連れ回してるんじゃないかと心配したけどどうやらそういうことでもないらしい。話を聞く限りでは気が弱くて村の子供たちからハブられ気味だったルデリオにリネットが何かと世話を焼いていたみたいで、そこにステータスカードを登録したとき、お互いのジョブが相性のいい魔法使いと軽剣士だと分かったことでさらに一緒に行動することになったという話だった。
(幼馴染ってよりは姉弟みたいだな)
「ちょっと!話聞いてるの!」
二人を見て考え込んでしまったらしい。リネットの声で思考が戻ってくる。俺は謝りながら「で、何の話だっけ?」とリネットに用件を尋ねる。
「もう!だから買い物よ!か・い・も・の!」
「ちょ、ちょっとリネット!落ち着いて~」
俺の言葉を聞いたリネットが「全然聞いてないじゃない!」と憤慨するとおろおろしたルデリオが慌てて宥める。
「ああ、買い物か。行きたいんだけど……あー、悪いな。これから師匠のとこなんだ」
始まったいつものやり取りを見つつ俺は頬をかきながらリネットの誘いを断った。俺の言葉にリネットは「ええ!?今日もなの!」と残念そうな声を上げる。俺はもう一度「悪いな」と二人に謝ると「また誘ってくれ。じゃあな!」と言って会議室を出た。
「あっ!セイマさん!!講習は終わったんですか?」
「ちょ、イリス!まだ話の途中だよ!イリスッ!!」
会議室を出て一階に降りると名前を呼ばれた。慌てて声のした方を見るとイリスがこちらに駆け寄ってくる姿とその後ろで何か騒いでいるレオンの姿が見えた。
(またレオンに捕まってたのか?)
俺としては年齢が近そうな二人のことを応援するのは吝かではないんだけど、どうにもレオンのアプローチは空回っていて応援しづらい。
「これから道場ですか?私もこれから帰るところなので途中まで一緒に行っていいですか?」
イリスは俺の前まで来ると開口一番そう言ってきた。直前まで彼女とレオンの恋路について思いを馳せていた俺としては微妙に気まずい……。
「俺は別にいいんだけど……」
俺には近寄りたくないのか遠くから俺を睨みつけるレオンの視線に耐え切れず、チラチラと彼に視線を向けながら煮え切らない返事をするが彼女は不思議そうに首を傾げる。
「い、いや、何でもないよ。じゃあ途中まで一緒に行こうか(こりゃ脈無しかな)」
俺がそう言うとイリスは嬉しそうに「はい!」と言って横に並ぶ。正直、レオンの傍を通るのは避けたかったんだけど、それはイリスも同じだったようで二人でレオンの傍を迂回するようにギルドの出口に向かって歩き始めた。途中、例の黒騎士の姿が目に入る。相変わらず誰ともつるんでいないみたいで、ギルド内でもヘルムはおろかバイザーを上げることもしないらしい。ただ、こちらを見ているというなんとも言えない視線だけは強く感じた。
(レオンの視線とは違うしホント何なんだろう?)
「セイマさん?」
黒騎士からの視線の意味を考えて思わず立ち止まってしまったみたいだ。いつの間にか少し先に進んでいたイリスがこちらを振り返っている。俺は「ごめん、ごめん」と言いながら急いで彼女の元に歩き始めたが、ギルドを出るまで彼らの二つの視線が俺から途切れることはなかった。
「じゃあ、俺はこっちだから。帰り道気をつけて」
「はい!ではまた!」
ギルドを出てしばらく歩いたところでイリスと別れる。彼女の姿が見えなくなるまで見送った俺は道場に向かって歩き始めた。
「はぁぁ。これでいいのかな?」
歩きながら思わずそんな呟きが漏れた。最近の俺の日常はギルドの講習を受けて、街中でできるストーンランクの依頼をこなし、ケルグ師匠の道場で修行し、合い間にイリスやリネットたちと交流するというルーティンだ。充実してる。確かにすごく充実してるんだけど……
「これでいいのか?」
また呟きが漏れる。俺は自分の世界に帰りたい。そのために他の勇者候補たちを見つけて欠片を譲渡してもらわないといけない。その過程で生き残るための術を学んでるはずなんだけど……この世界に馴染み始めていないか?
「本当にこれでいいのか……?」
漏れる呟きに答えが返ってくるはずもなく、堂々巡りの思考を引き摺ったまま道場への道をトボトボと歩いた。
俺の悩みに関係なく日々は続き、講習も進んでいく。その中には元の世界でも常識的なものもあればこの世界でしか体験しないようなこともある。例えば犯罪者の取扱いについて。
冒険者と言えば魔物を狩ったり素材を採集したり遺跡の探索をしたり……なんていうのを想像しがちだけど実際には多種多様な依頼がある。俺が普段受けている畑仕事や街の清掃の手伝い、果てはペット探しみたいななんでも屋みたいな依頼もあれば、商隊が移動するときの護衛なんてものもある。そして、この護衛依頼で相手をするのは魔物だけとは限らない。当然野盗なんかの“対人”対応も含まれる。
「護衛や犯罪者の討伐依頼の場合、基本的に相手の生死は問われません」
初日の緊張感もなくなり、良くも悪くも授業中の教室みたいな雰囲気になりつつある会議室、欠伸を噛み殺していたところになかなか刺激的な話が耳に飛び込んできた。
(えっ!?生死は問わないって……いや、でも向こうでも中世なんかはそうだっけ?)
一瞬ギョッとしたけど、よく考えると歴史の授業とかドラマとかで聞いたことあるような気もする。まあそもそもそういう依頼に関わらなきゃいい話なんだけど。
また別の講習。この日はギルドの解体所で素材剥ぎの実習だ。一度イリスが森山猫から剥ぎ取るのを見たし異世界の常識でやり方も理解してるから大丈夫。そう思って自信満々に挑んだんだけど……
「ねぇセイマ?あんた、あたしたちと同じ田舎出身なのよね?」
「えっ!?あ、あはははは……はぁぁ……って痛っ!」
「おいっ!このアホ新人!折角の素材をこんなにしちまいやがって!」
リネットの呆れた声を愛想笑いで誤魔化そうとしたら解体所の親方から拳骨をもらった。俺は殴られた頭を擦りながら「す、すません!」と慌てて頭を下げる。俺たちの目の前には“惨状”が広がっていた。
自信満々に素材剥ぎに挑んだはいいが、現代っ子の俺にあるのは精々が理科の実験でカエルの解剖経験くらいなわけで……実際に素材を剥ぎ取る段になるとビビりまくった結果、あちこちに余計な傷を付けまくり素材も何もあったものじゃないくらい獲物をボロボロにしてしまったのだった。
(動物の解体なんてしたことあるわけないだろ!)
心の中で悪態を吐きながら親方に言われるがままにダメにしてしまった素材を片付ける。そんな俺を尻目にリネットたちは何の躊躇もなく素材剥ぎをこなしていく。あの気弱なルデリオさえもだ!改めてこの世界の人たちの逞しさをまざまざと見せつけられた気分だった。
そんな目まぐるしい講習の日々も残すカリキュラムはあと一つ、いよいよ多くの受講生が待ちに待った野営実習の日がやってきた。
野営実習とは実際に野営を行いながらクリーチャーの討伐や素材の採集を行う実習で、ウィーレストの冒険者ギルドでは近くに“大河の森”があるという立地を活かしてここで野営実習を行うことが一つのウリになっているそうだ。今回の実習でも森の外に野営地を設置して、一泊二日で森での採集を行うことがカリキュラムに組み込まれてるらしい。
「それでは始めてください」
ここはウィーレストから半日ほどの“大河の森”から少し離れた開けた場所。レスタン講師の号令で俺たちは一斉に動き出した。何かと言えば簡易天幕の設置だ。
「まずは支柱を立てるためになるべく硬い場所を選んでくださいね」
レスタン講師の指示に従ってちょうど良さそうな場所を探す。この世界の簡易天幕—要はテントだ—は地面に一本支柱を立て、その支柱に何度も油に浸したクリーチャーの皮と布を貼り合わせた幕を掛けて固定するという簡単なものだ。支柱は携帯性も考慮して、短い棒に分割できるのはありがたい。俺も早速良さそうな場所を見つけると繋ぎ合わせた支柱を地面に突き立てた。
「皆さん天幕の設置は問題ないですね。では、早速採集実習に移りましょう」
全員の天幕設置が終わったところで休む間もなく次の指示が飛ぶ。今回の実習では基本的に食料も現地調達だ。今日はこのままクリーチャーの討伐実習を兼ねた夕飯と明日の朝食の確保をして、明日は薬草などの素材採集というスケジュールになっている。
「事前に説明していますが、本日皆さんに狩ってもらうのは一角兎です」
レスタン講師の説明を聞きながらクリーチャーの講習で聞いた一角兎の特徴を思い出す。一角兎はその名のとおり額に一本の鋭い角を持った兎型のクリーチャーだ。体長は八〇センチと兎としては大型だけど群れないし攻撃も角での突撃と単調なので初心者向きのクリーチャーと言われてるらしい。
「撃火弾!」
リネットの自信満々の詠唱が森に響く。
レスタン講師からの説明が終わると一人ずつ順番に一角兎を狩ることになった。今はちょうどリネットの番で、彼女の掌から放たれた火球が少し離れた位置にいる茂みから飛び出してきた一角兎に向かって一直線に向かっていったんだけど……
「どんなもんよ!これがあたしの実りょ—「あれって獲物燃え尽きない?」—えっ!?ちょ、ちょっと待ってぇぇぇ!」
どうやら張り切り過ぎて魔力の調整をミスったらしい。リネットの放った火球はすごい勢いで一角兎を焼き尽くしていく。得意げに胸を張っていた彼女だったが、誰かの指摘で慌てて「撃水弾!撃水弾!」と水魔法を連発して必死に消火活動を始めた。
「うーん、これはダメじゃね?」
「ちょ、ちょっとセイマさん!しーッ!」
「ぐすん……」
地面に膝を着いて涙ぐむリネット。その目の前には黒焦げの一角兎だったもの。思わず俺が呟くとルデリオが慌てる。
「ま、まあ失敗は誰でもあるよ!つ、次はルデリオの番だよな?」
「そ、そうですね!頑張ります!」
自分の失言に気づいて慌てて誤魔化すと珍しくハキハキした口調でルデリオが調子を合わせてくれる。
そんなルデリオはおっかなびっくりながら軽剣士らしい素早い動きで一角兎の首筋を見事一突きにしていた。
「じゃあ次は……セイマくん、いってみましょうか」
どうやら次は俺の番のようだ。「はい!」と返事をした俺にレスタン講師から「この辺りはだいぶ狩ってしまったので少し奥に進んでください」という指示が出る。
(ヨシッ!師匠との修行の成果見せてやる!)
俺は自信満々に皆の輪から一歩前へと踏み出した。
—ガサッ
—ガサッガサッ
輪から一〇〇メートルくらい離れた木陰で立ち止まる。振り返ると遠くにチラチラと皆の姿が見えた。息を殺して周囲の気配を窺っていると近くの茂みがガサガサと揺れる音が聞こえた。俺は静かに腰の剣—オグズ親方から預かった試作品だ—をゆっくりと引き抜く。
—ガサガサッ
—ガサッガサッ
次第に茂みからの音が大きくなる。何かが近付いてきているのが分かる。
「ハァハァハァハァ……」
剣の柄を握る手がぬるぬると気持ち悪い。頬を汗が伝い、呼吸が荒くなる。
—ガサッ
「っ!?」
遂にその瞬間がやってきた。茂みから飛び出してきた大きな塊、それが地面に足を付けると同時に目が合った。
—ガタガタガタガタ
(えっ!?)
最初何が起こっているのか分からなかった。視界がやけにブレて切っ先が定まらない。
(な、なんでッ!?)
それが自分の“震え”だと気づいた瞬間、頭が真っ白になった。そこからはすべてがスローモーションだった。
—俺の姿を捉えた一角兎の眼が真っ赤に染まる。
—毛を逆立てて身体を縮める。
—こちらに向かって鋭い角が飛び出してくる。
「クッ!?」
周囲の動きが正常に戻った瞬間、「ズブリッ」という嫌な感触が手に伝わってくると同時に「ギャッ!」という短い悲鳴のような鳴き声が耳に届く。
「ハァハァハァハァ……」
視線をゆっくり手元に落とす。剣の柄を握る自分の手、その先に赤く滴る液体が見える。
「ハァハァハァハァ……」
液体を追って視線は刀身を沿ってゆっくりと上がっていく。さっきまでこちらを狙っていた角が見え、その先—
「ハァハァハァハァ……ウッ!?」
串刺しの一角兎の姿が見えた瞬間、身体の奥からせり上がってくるものに耐えられず俺は持っていた剣を投げ出した。
「オゲェェェェェッ」
駆け寄った茂みに胃の中身をぶちまける。ツンッとした臭いが周囲に立ち込める。涙で滲む視界を気にする余裕もなく俺は茂みに吐き続けた。
「ハァハァハァハァ……情けねェ……」
吐き出すものがなくなったところでなんとか落ち着いた俺は水袋の水で口をゆすいで、涙でぐちゃぐちゃになっているだろう顔を洗う。なんて情けない姿なんだろう……
「とにかく皆のところに戻らないと……」
重い身体を引き摺るようにして恐る恐る振り返る。
「ウッ!?」
そこには俺が投げ出した一角兎を串刺しにしたままの剣が転がっていた。
「チクショー……」
それが何に対する文句なのか俺にも分からない。俺は奥底から込み上げてくるどうしようもない怒りに任せて剣を一角兎から引き抜いた。
「あっ!セイマッ!やったじゃない!ってどうかしたのッ!?」
一角兎から剣を引き抜いた俺は、角を掴んだ一角兎を持って皆のところまで戻ってきた。気づいたリネットが駆け寄ってきて賞賛の声を上げる。だけど、それは俺の顔を見ると驚いたような表情に変わった。ちゃんと顔は洗ったんだけどそんなにひどい顔をしてるんだろうか?
「い、いや、何でもない。ちょっと疲れただけだよ」
俺はなるべく皆に気づかれないように手短に答えると、「そ、そう?」と釈然としない様子のリネットに愛想笑いで答える。
「レスタン先生のところに報告に行ってくるよ」
心配そうにするリネットの視線に耐えられずにそう言うと、「え、ええ」と戸惑う彼女を置いてレスタン講師の元へ向かった。
「はい、よくやりました」
成果報告で獲物を差し出す俺にレスタン講師はとくに何も言わなかった。俺はそんな彼に「疲れたので先に天幕で休みます」と告げると足早にその場を去った。胸の中の黒く淀んだ“何か”を早く吐き出してしまいたかった。その夜はとても夕食を食べられる気分じゃなかった。
年内最後の更新となります。
新年の更新は1/4(日)21時の予定です。




