第十一話 やはりここは役所ではなかろうか?
告知がありますので是非後書きまでご覧ください。
冒険者ギルドの中にはいろんな施設があるみたいだけど、そのうちの一つである会議室にやってきた。中からざわざわとした雰囲気が伝わってくる。今日からいよいよ初心者講習が始まるのだ。
入り口から中を覗いてみるとそこは学校の教室のような配置になっていた。壁には小ぶりの黒板が掛けてあり、その前に教卓と受講生の席がずらりと並べてある。
席にはすでに十数人の男女が集まっていた。見た感じほとんどが俺より年下みたいだ。自信満々にどっかりと席に腰を下ろしている大柄な少年もいれば、知り合い同士なのか小柄で気弱そうな少年に頻りに話し掛けている勝気そうな少女もいた。俺はそんな参加者たちを横目に空いている席の一つを確保する。
なんとなく周りを見ていたら入り口から中年男性が入ってきた。薄くなった頭頂部を所謂“バーコード”に撫でつけた温厚そうな男性だ。着ているのはギルドの制服。どうやらこの男性が講師みたいだけど、見た目は役所の職員にしか見えない。
「皆さん、席に着いてください」
男性は受講生に用意された席の正面に立つと席に着くよう指示する。騒いでいた少年たちが慌てて空いている席に座った。
「全員揃っていますね。私は本日から皆さんの講習を担当しますレスタン・ブルモッドといいます。現在はギルドの職員をしていますが引退前はパールランクの冒険者でした。これから十日程になりますが、よろしくお願いします」
全員が席に着いたことを確認したところで男性——レスタンが自己紹介をした。受講生たちの間にざわめきが起こる。まさかこのおっさんが講師だとは思っていなかったらしい。かくいう俺もてっきりギルドの事務員だと思っていたので、レスタン講師を見て元冒険者って想像しづらいのも分かる。
「そろそろ落ち着きましたね。それではまずはこの初心者講習会の内容の説明をします」
ざわめきが治まるのを待ってレスタン講師が説明を始めた。
初心者講習のカリキュラムは対クリーチャーや対人での戦闘訓練や素材確保のための解体、野営みたいな実践訓練的なものだけかと思ってたけど、他にも冒険者の心構えや依頼の選び方、クリーチャーの生態学のような座学もあるらしい。もちろん、全てを受講する必要はないそうで、受けたい講習を事前に予約すればいいそうだ。
「さて、説明はここまでです」
一通り講習についての説明を終えたところで、レスタン講師は「何か質問はありますか?」と言って慣れた様子で目の前に座る俺たち受講生を見回す。誰か何か言うかとコッソリと窺って見るが、どうやら考えることは皆同じようで他の受講生たちも緊張した様子で周囲の反応を見ているみたいだ。
「……質問はないようですね。では、早速本日の講習に移ります」
毎回同じような反応なのかレスタン講師は慣れた様子でそう言うと、特に何も言わない俺たちを気にすることなくそのまま講習に話を進めた。
「では、本日は初日ということでまずは皆さんに一つ質問をしようと思います」
レスタン講師は穏やかな表情でそう言うと目の前に座る俺たちを見回した。それにしてもこの人、物腰は柔らかいし人あたりも良さそうで全く冒険者に見えないな。周りを窺ってもすっかりリラックス—というかちょっと空気が緩んできてる?友人やグループで固まってるっぽい受講生たちはお互いにヒソヒソと雑談し始めたり、退屈そうにあくびしてる奴もいる。
「皆さんは冒険者にとって一番大事なことは何だと思いますか?」
レスタン講師はそう言うと雑談する受講生たちの様子を特に咎めるでもなく、「ええっと……」と言いながら視線を教卓に落とした。どうやら受講生の名簿を見ているらしい。
「じゃあそこの君。そう、その一番奥に座っている君です。君は何が大事だと思いますか?」
やがて名簿から視線を上げたレスタン講師は部屋の隅に固まってクスクスと雑談をしていたグループを指名した。まさか自分たちが指名されると思っていなかったらしいグループは慌てて一斉に周りをキョロキョロと見回す。指名された奥に座っていた少年は驚いた表情で自分かと確認するが、レスタン講師が頷くのを見て慌てて立ち上がった。
この少年を皮切りにレスタン講師は何人かの受講生を指名しては同じ質問をしていった。指名された人は「強いこと」とか「報酬?」とかそれぞれが思う「冒険者に大事なこと」を答えていく。自信満々に答える人もいれば恐る恐るといった感じの人もいてなかなか面白い。各々の答えを聞いたレスタン講師は「なるほど」とか「ふむふむ」といった反応で、指名された受講生たちもその反応に安心したのか、ホッとした表情で席に着いていく。
「では、次の人で最後にしましょう。それでは……」
そう言ってレスタン講師が部屋の中を見回す。釣られてなんとなく周りを見回すとすでに答え終わった人は余裕綽々、まだの人は戦々恐々といった様子で反応がはっきり分かれている。中には最初部屋を覗いたときに目についた大柄の少年のようにつまらなそうにふんぞり返ったままの人や、おろおろする小柄な少年とその態度を叱るような仕草をする少女のコンビみたいな人たちもいるけど。
「じゃあ、最後は君。ええっと……リネットさんだったかな」
しばらく受講生たちを見回していたレスタン講師が指名した瞬間、「ひゃっ!?」という小さな悲鳴みたいな声が聞こえた。声のほうを見るとどうやら指名されたのはあのおろおろした少年とコンビの保護者みたいな少女らしい。ただ、悲鳴を上げたのは少年の方らしく頭を抱えて小さくなって蹲って震えている。
「ちょ、ちょっとルー、落ち着きなさい!指名されたのはあたしなんだから!」
指名された少女—リネットはやや呆れたようにそう言うと蹲った少年の肩をパシッと軽く叩いた。彼女に「ルー」と呼ばれた少年は「で、でもリネット~」と言いながらゆっくり顔を彼女に向けた。ぷるぷると震えるその姿はなんだか小動物っぽい。
「ええっと……そろそろ質問に答えていただいても?」
どうやらその少年の様子が気に入らなかったらしいリネットが「だいたいあんたはいつもいつも!」と説教モードに入りそうになったところで、レスタン講師が彼女に声を掛けた。そこでようやく自分が指名されたことを思い出したのか、リネットは「す、すみません!」と言って慌てて立ち上がった。
「それではリネットさんが思う冒険者として大事なことは何ですか?」
慌てて立ち上がったリネットを咎めるでもなくレスタン講師が改めて彼女に問うと、リネットはズバリッ!と言わんばかりに腰に手をあて「どんな依頼にも全力を尽くすことです!」と自信満々に控えめな胸を張って答えた。気の強そうな吊り目がちな瞳も心なしか輝いて見える。
「なるほど。なぜそう思うのでしょうか?」
レスタン講師はリネットの答えに何か思うことがあるのか、頻りに頷きながらこれまでになかった質問を追加した。
「はい、あたしと隣のルー、あっ、ルデリオは小さな村出身なんですけど、たまに村の近くでクリーチャーが出ると討伐依頼を出すんです。ちゃんと冒険者は来てくれるんですけど、小さい村じゃそんなに高額の報酬は出せないからちょっと仕事がいい加減なところもあるんです!だから、どんな依頼でも全力を尽くすほうが絶対依頼人も喜んでくれると思うんです!」
リネットは力が入ってきたのか胸の前で拳を固く握って前のめりに答える。そんな彼女の様子にもレスタン講師は慌てることなく「ありがとうございます。席に着いてもらっても大丈夫ですよ」と落ち着いて返した。どうやら自分が熱くなっていたことに気づいたらしいリネットは「す、すみません」とさすがに少し恥ずかしそうにしながら席に着く。
「答えてくれた皆さんありがとうございました。皆さんの答えはどれも間違いではありません。強さや報酬、依頼を達成することはもちろん全力を尽くすことは非常に大切です」
リネットが席に着いたことを確認したレスタン講師が再び話し始めた。質問に当てられた受講生たちの反応は安堵の息を漏らしたり「当然」とばかりに頷いたりと様々だ。だけど、続くレスタン講師の「ですが、」という言葉でまた空気が緊張し始めた。
「それよりも私がまず皆さんに冒険者として大事にしてもらいたいのは『どんな状況でも生き残る』ということです。それは例えその依頼が失敗するかもしれなくても、です」
最初、俺にはレスタン講師の言っていることの意味がよく分からなかった。いや、俺だけじゃない。明らかに他の受講生たちの頭の上にもクエスチョンマークが浮かんでいる。
「あ、あの、それはどういう—」
皆がどんな反応をすればいいのかと戸惑っているとリネットがレスタン講師に質問しようと声を上げかけたんだけど、それを「あーあ、くだらねぇー」という大きな声が遮った。皆の視線が声のした方に集まる。そこにいたのはあの大柄の椅子にふんぞり返っている少年だった。
「ちょっと!あんたいきなり何よっ!」
「あぁん?うっせぇなァ。誰だお前?ってさっきの田舎もんかよ」
「なんですってぇぇッ!」
「ちょ、ちょっとリネット~」
質問を遮られたリネットが少年に食って掛かるが、少年は意に介した様子もなくバカにしたように彼女を鼻で笑う。それに激高したリネットが勢いよく椅子から立ち上がる。すると隣に座っていた小柄な少年(ルデリオだったか?)がおろおろしながら彼女の腕を必死に抑えた。だけど、彼女は小柄な少年の制止を無視して「だいたいあんたなんなのよッ!」とさらに大柄な少年へと詰め寄る。
「うっせぇなぁ田舎もん。俺はダン・ベルクっていうれっきとしたこの街の住人だ。田舎もんのお前らとは違うこの冒険者の街ウィーレストの本物の住人だ。分かるか?い・な・か・も・ん」
「なんですってぇぇッ!」
「リ、リネット!ダメだって!」
ダン・ベルクと名乗った大柄な少年は小バカにしたように一文字一文字を区切るように「田舎もん」と繰り返してリネットを煽る。煽られて激高するリネットがさらにダンに詰め寄ろうとするところを小柄な少年が引き摺られながら必死に止めている。
「はっはっは!こりゃお笑いだ。おい、チビ。お前情けないな。女にすら引き摺られるのかよ。そんなんで冒険者なんてなれるのかぁ?死ぬ前に田舎に帰ってその女に慰めてもらえよ」
「なっ!?あんたっ!あたしだけじゃなくてルーもバカにする気ッ!!」
「リ、リネット!僕は気にしないから落ち着いて!」
ダンのあまりの言葉に唖然とするリネット。しかし、次の瞬間にはただでさえ吊り目がちな目尻をさらに吊り上げてダンに迫る。当の本人であるルデリオが必死に制止するが、そんなルデリオに「あんた悔しくないの?言い返しなさいよ!」とリネットが詰め寄るが、彼は「ぼ、僕が!?む、無理だよぉ~」とおろおろするばかり。
「はッ!だいだいよぉ、何が『生き残る』だよ。弱い奴は死んで当然、そんな奴は冒険者になる資格もねぇよ」
「おいッ!いい加減にしろよ。それを学ぶためにこうして皆講習を受けてるんだろ!」
二人のやり取りを鼻で笑ったダンの矛先が講習そのものへと向けられたところで、俺は我慢できずに割り込んだ。
「あぁん?なんだお前?」
余程自分の演説に気持ちよくなっていたのか、それを妨げた俺にダンが睨め付けるような視線を向けてくるが、俺は「そんなことどうでもいいだろう」と言い返した。
「ん?ははっ、なんだよお前、その歳で初級者講習かよ?さてはお前も田舎もんなんだろ?都会に出てきて浮かれてんのか?」
俺と受講生たちの年齢差はたぶん二つか三つくらいだろう。だけど、どうやら彼にとってはそれが「バカにするポイント」だったらしい。矛先が俺に向かってきたが俺はそれに答えるつもりはない。ただ彼を睨みつける。
「ダンくん、講習を受けるつもりがないなら他の受講生の邪魔です。止めませんからすぐに部屋から出ていきなさい」
どうにも収拾がつかなくなってきたところでレスタン講師の静かな声がした。口調は変わらないけど、さすが元パールランク冒険者と言ったところか有無を言わさぬ響きがある。一瞬ダンが息を飲むのが伝わってきた。
「ッ!?けッ!たかが元パールの癖に偉そうに。どうせ時間の無駄だ。こんなもんこっちから願い下げだ」
元パールに怯んだことが悔しかったのか、ダンは一瞬だけ顔を歪めたけど、すぐにそう言うと乱暴に席を立って部屋から出ていった。
—パンッ!パンッ!
静まり返った室内に突然破裂音が響いた。驚いてそちらを見るとレスタン講師が「三人も席に着いてください。それからダンくんと同じ考えの人は別に構いませんので退出してください」と言いながら手を叩いていた。俺、リネット、ルデリオは慌てて「すみません」と言って頭を下げると席に戻る。他の受講生たちも席を立つ人はいなかった。
「さて、講義が止まってしまいましたね。続けましょう。先ほどダンくんはああ言っていましたが、皆さんも同じ意見ですか?」
先ほどまでとは違う緊張感の中、レスタン講師が講習を再開するが誰も何も答えない。まあさすがにあんなことがあった後だと誰も口を開かない。
「確かにダンくんの言うとおり『生き残ること』が最重要と聞くと臆病に聞こえるかもしれません。依頼の失敗というのはギルドからマイナス評価を受けますし違約金が発生することもあるでしょう」
室内に浮ついた空気はなくなっていた。誰もが雑談することなく真剣にレスタン講師の話に耳を傾けている。
「ですが、失敗も負債も『生きてさえいれば』取り返せます。失った信頼を取り戻すのは大変かもしれませんがとりかえせるのです。でも、死んでしまえばそこまで、です。挽回の機会はありません。そして、生き残り依頼を達成する確率を上げるためにこの講習があります。これから皆さんが冒険者として少しでも長く活躍するために一緒に学んでいきましょう!」
そう言って微笑むとレスタン講師は俺たちを見回した。
「本日の講習はここまでです。お疲れ様でした」
そう言ってレスタン講師が会議室の入り口へ向かい始めると受講生たちから口々に息が漏れる音がした。と、同時に一気に力が抜けるのが分かる。それまで静まり返っていた室内にざわざわとして音が戻ってくると皆が動き出す。
「あ、ちょっと待って!」
俺も早々に帰ろうかと席を立ちかけたところで呼び止められた。声に釣られて視線を向けると、そこには先ほどのコンビ—リネットとルデリオの姿があった。
「さっきは庇ってくれてありがとう!改めましてあたしはリネット・ブラン、ジョブは魔法使い、こっちが幼馴染で軽剣士のルデリオ・マルコットよ!」
リネットは俺の前に来ると自分とルデリオを紹介しながら胸を張った。どうやらルデリオはリネットに引っ張られてきたらしくチラチラとこちらを見ながら「ど、どうも」と小さな声であいさつしてきた。嫌がっている訳ではなさそうなのできっとこういう関係性なのだろう。
「俺はセイマ・オリドって言います。でも、別にお礼を言われるようなことはしてませんよ?」
とりあえずこちらも自己紹介をしたけど、とくにお礼を言われるようなことじゃない。結果として庇うような形になっただけだ。そのことを伝えると「そう?でも助かったわ!あとなんで敬語なの?」とあっけらかんと言われた。
「あたしたち冒険者になるために村から出てきたの!」
お互いの自己紹介が終わったところでリネットが自分たちの事情を説明してくれたのだが、途中でダンに「田舎もん」と言われたことを思い出したのか「あいつに言われたとおりなのは癪だ!」と憤慨してそれをルデリオが宥めていた。どうやら彼はなかなかの苦労人らしい。俺が当たり障りなく自分も似たようなものだと伝えると、「じゃあこれからも仲良くしてね!」と屈託なく言われてしまった。
「っんでこんなメンドクぇーんだよッ!」
「ッ!?」
そんな話をしながら三人で一階に降りていくと聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえてきたので俺たちは顔を見合わせた。
「ですからこの書類に記入いただかないと返金はできないんです」
「めんどくせぇー!ゴチャゴチャ言わずにさっさと返金しろよッ!」
一階ロビーに降りるとそこには受付と揉めているダンの姿があった。どうやら講習代金の返金手続きでゴネているらしい。俺たちはもう一度顔を見合わせると見つかってまた絡まれては堪らないとばかりにこっそりとギルドの入口へと向かった。ギルドの入り口を出るとき、まだ揉めているダンの後姿をチラリと見ながら「やっぱり役所みたいだなぁ」と思ったのはここだけの秘密だ。
21:30にサプライズがあります。




