第九話 どんな状況でも買い物ってやつは楽しい
予定を変更して先出しします。
異世界に来たら誰もが憧れるものといえば——当然、魔法だろう。もちろん俺だってそうだ。冒険者登録で自分にも魔力があると分かったんだから使ってみたいと思うのが異世界人の性だろう?そう思って意気揚々とイリスに「魔法を使ってみたい」と言ってみたら、「じゃあちゃんと勉強しないとですね!」と満面の笑みで返された。
「へっ?勉強?なんで?」
魔力があれば誰でも魔法が使えると思ってたんだけど違うの?どうやらイリスも俺が魔法について何か勘違いしていると気づいたらしい。笑顔のまま固まっていたが、すぐに再起動すると呆れたように溜息を吐いて説明してくれた。
「はあー。そもそもセイマさんは自分の魔力適正が分かってるんですか?」
そう言って説明を始めたイリスによると、魔法を使用するためには、まず、自分の魔力適正を知らないといけないらしい。所謂“属性”ってやつだ。基礎となるのが『火・水・土(これは木も含む)・風』の四属性。ほとんどの人が誰でも持っている『無』属性とこの中の一つは適性があるとのことだ。稀に二つ以上の属性に適性がある人もいて、そういう人は早くから魔法使い系統のジョブを取るための勉強を始めるんだって。
更に修行を重ねると『炎・水・地・嵐』の上位属性を習得する可能性があるらしい。他にも火と水の属性を持っている人は『氷』、水と風の属性を持っている人は『雷』という複合属性を取得することが稀にあるという。
もちろん自分の魔法適正を知ればすぐに魔法を使えるという訳じゃない。魔力操作などの技術を身につけたり、攻撃や防御、回復といった魔法体系なんかを勉強してはじめて実用レベルの魔法が使えるそうだ。魔法系統のジョブを持っていればこの辺の勉強はかなり楽になるらしいのだが、当然俺の万能戦士ってジョブは違う訳で……
「む、無属性で誰でも使えるような魔法はないの?」
魔力適正は少額で調べられるらしいけど、それよりも今は確実に持っていると分かってる無属性だ。
「誰でも使える無属性の魔法ですか?簡単なものはもちろんありますよ」
期待を込めた目でイリスを見るとあっさり答えが返ってきた。なんだよ!使える魔法あるじゃん!内心ガッツポーズの俺。だけど、その期待は彼女の「でも、そういう魔法って魔道具で代用できちゃうんで今は魔法研究してる人くらいしか詠唱を知らないんですよね」という言葉で打ち砕かれた。
「セイマさんの万能戦士ってジョブは武器なら何でも使えるんですよね?そんなに魔法が使いたいなら『魔法銃』を使えばいいんじゃないですか?」
簡単に使える魔法がないと分かってうな垂れているとイリスがそんな提案をしてきた。いきなりのことで「へっ?」っていう間抜けな声を出してしまった。
(ジュウ?ジュウってあの銃のこと?)
このファンタジーな世界と銃の組み合わせがいまいち結びつかない。頭にハテナを浮かべていると今回もイリスが教えてくれた。マジ感謝!
魔法銃とはその名のとおり、魔力を弾丸として撃ち出す銃のことだそうだ。ただし、基本的に撃ち出せるのは無属性の魔力だけらしく、属性を付与した弾丸にするには特殊な機構と『属性板』と呼ばれる特殊なアタッチメントが必要になるみたいだ。火薬を使う訳じゃないので実銃のような反動はないみたいだけど、イリスは使ってないのか?
「私ですか?うーん……勧めておいてなんですが、魔法銃って高いんですよね……それに弓に比べると射程も短いですし……」
イリスから返ってきた答えは衝撃的なものだった。がっかりする俺をフォローするためか慌ててイリスが説明してくれたところによると、魔法銃は他の魔道具に比べて機構が複雑で製作が難しいらしい。いろいろな工房が製作してるけど、安いものは値段に比例して壊れやすいのだそうだ。信頼できるのは有名工房が大手商会と組んで販売しているものらしいが、そういった製品は人気ブランドになってるらしい。信頼性を考えると無属性だけしか撃ち出せないモデルでも金貨五枚くらい~が相場だそうだ。
そんな高額なのに射程が短いとかどういうことだよと思ったのだが、それにはそもそもの魔力というものの性質が関係してるという。魔力というのは空気中に放出されると拡散を始める性質があるのだとか。イリスは「本来の魔素に戻ろうとしてるとかなんとか~?」と一生懸命説明しようとしてくれていたけど、そういう学術的な話はどうでもいい。
問題なのは、この『空気中に放出されると拡散を始める』という魔力の性質上、どれだけ魔法銃側で魔力を圧縮しても、発射すれば時間経過とともに弾丸の強度が落ちるということにあるみたいだ。イリスの説明では、致命傷を与えられるのは三~五フィメート、弱いクリーチャーや牽制だけであれば十五~二〇フィメートくらいが有効限界らしい(フィメートは長さの単位だ。一スウィンチ=約一センチ、一フィメート=約一メートル、一ロウフィメーラ=約一キロメートルと同じくらいになるらしい)。
ただ、その分、普通の魔法に比べると発動が圧倒的に早い。だからなのか、近接戦闘職の中近距離補助装備としてはそこそこ人気で取り回しのいいハンドガンタイプが主流みたいだ。唯一、銃士という銃器専門の戦闘職向けにはもっと射程の長いモデルもあるそうだけど、当然ながら更に高額らしい。まあ、一般的には遠距離なら普通に魔法を使ったほうが精度も威力も高いからそれも当然なんだけど……
それでもちょっと魔法銃に興味が出てきた。ちょうどマーケットの手前に商業エリアがあったのでいくつかの商会で魔法銃を見てみた。
「高い……」
確かに手頃な値段のものもあった。だけど、店員さんに詳しく話を聞いてみると、「標準的なものよりはこまめに手入れすることをお勧めしてます」という回りくどい説明をされた。ようは「壊れやすいからこまめにメンテナンスしろ」ってことらしい。店によっては普通に有名工房のスタンダードモデルを紹介されたくらいだ。
落ち込んでいると気の毒に思ったのか、ある店員さんがマーケットでたまに中古の魔法銃が売られていることがあると教えてくれた。
「でも、中古品って大丈夫なんですか?」
精密機器の中古品と聞くとまともに使えるのかと不安になったけど、店員さん曰く、「ジャンク品でも集積回路さえ無事だったら修理できますよ」ということらしい。
集積回路っていうのは魔法銃の心臓部、魔力を集める機構だそうだ。ここで集めた魔力を圧縮機構で弾丸状に圧縮、発射機構で発射するというのが魔法銃の基本原理っぽい。で、極端に言ってしまうとこの魔力集積回路部分の良し悪しが魔法銃の性能の良し悪しということになるんだけど、最悪は無事な魔法集積回路を取り出して別の外装に乗せ換えてしまうこともできるそうだ。うん、ちょっと希望が出てきた!俺たちは店員さんにお礼を言うとすぐにマーケットに向かった。
「うおっ!?人多ッ!!」
ようやくやってきたマーケット。直接公園なんかで日曜の朝にやってるフリマをイメージしてたからあまりの人通りの多さに圧倒される。道の両端に所狭しと出店が並んでいる。しっかりとテーブルを並べている人もいれば、地面に敷いた茣蓙に商品を直置きしている人もいるなど、みんな思い思いに出店していた。ちょっと屋台の縁日みたいでテンションが上がる!
「えっ!?」
あっちこっちと目移りしていると突然誰かに手を掴まれた。驚いて振り返るとなぜか俯いているイリス。視線をゆっくり手に向けるとイリスの手が俺の手を掴んでいた。
「あ、え、えっと……?」
(なんだこれっ!?どういう状況っ?!)
頭の中は大混乱だ。俺があわあわしていると、顔を真っ赤にしたイリスが「ひ、人が多いでしし!ひゃ、ひゃぐれたりゃ、たたた大変でしゅきゃらッ!!」と捲くし立てる。あまりにも噛み噛みだったせいか直後に「ハッ!?あう、その、えっと、その」とテンパっていた。
「そ、そうだな。はぐれたら困るもんな」
(勘違いするな!これはイリスの優しさだ!)
なんとか気恥ずかしさを押し殺してそう言うとイリスの手を握り返す。途端に更に顔を真っ赤にしたイリスは「あう……」と言って再び顔を俯かせてしまった。沈黙が気まずい……だけど、このままここで立ち止まってるのはもっと気まずい。とにかく何か言わないとと思って「じゃ、じゃあ行こうか?」と言うと、イリスは小声で「はい」と言って小さく頷いた。
初デートの中学生カップルみたいな、なんとも言えない雰囲気のままマーケットを見て回る。そのうちイリスも慣れてきたのか、時折立ち止まっては手作りっぽいアクセサリーを眺めてみたり、日用品を手に取ってみたりし始めた。ただ、肝心の魔法銃っぽいものは見つからない。
(まあ、そうそう希少なものは置いてないよな……)
分かってはいるんだけど、やっぱり落胆してしまう。そんなに期待していたわけじゃないじゃないかと思ってみたけどこればっかりはしょうがない。そろそろマーケットの端が見えてきたし、諦めてそろそろ折り返すか……
「ん?」
一軒の出店が目に留まった。急に立ち止まった俺に驚いたのか、イリスが「セイマさん?」と言って俺の顔を見上げる。俺は「あ、ああ、ごめん」と謝ったもののその出店から目が離せない。パッと見はただ日用品を並べてあるだけの普通のフリマだ。
(なんだ?何が気になった?)
一瞬何かが気になったのにそれが何か分からない。俺は並べられた商品を一つ一つ目で追っていく。古着に小物、古びたランプに使い古された小棚……やっぱり並んでいるのは日用品ばかりだ。
「あっ!!」
「えっ!?」
そんな中、ある物を見て思わず大きな声をあげてしまった。隣でイリスがビクッと肩を跳ね上げる。慌てて謝罪すると彼女は「大丈夫ですけど、どうかしたんですか?」と尋ねてきた。俺は軽く周囲を見回すとある物を指差しながら小声で「あれ、なんだと思う?」とイリスに聞いた。彼女は俺の指差した先に視線を向けるとよぉく見ようと目を凝らすと、しばらくして俺と同じような「えっ!」という声をあげた。どうやら俺と同じ見解のようだ。
それはいくつかの金属を幾何学的に組み合わせた不思議な物体だった。大きな懐中時計サイズの立体物で、ところどころに宝石のような小さな石が組み込まれている。パッと見は前衛的なオブジェのようだが、目を凝らせば僅かに周囲の魔力が物体に集まっているように見えた。
(セセセセセイマさんっ!あ、あれ!)
(イリスもそう思う?)
((集積回路ッ!))
こそこそと小声で話してた俺とイリスの声が重なる。そう、俺が見つけたのは魔力集積回路らしきものだった。
「あ、あの~」
「あっ!お客さんっ?!」
俺たちはあの物体が集積回路だという確信を得るために、出店しているお兄さんに話し掛けた。長めの茶髪に眼鏡のお兄さんは突然の客に驚いたような顔をする。こんな端っこの出店だし、よっぽどお客さんが少なかったのかな?
「ちょっとお聞きしたいんですけど……」
驚くお兄さんにここがどういう出店なのか聞いてみた。なんでもお兄さんの祖父が亡くなったので遺品整理で出店しているらしい。「いや~、爺ちゃんなんでも残しとくから処分が大変で!」とお兄さん。お兄さんの愚痴を聞きつつ、いよいよ例の物体について質問してみた。
「ん?ああ、これかい?何かの魔道具の部品だと思うんだけど、僕もよく知らないんだよ。見た感じは何かの回路だと思うけど……でもでも!蒐集家っていうの?ほら、こういうの好きで集めてる人いるでしょ?そういう人に売れないかなぁと思って並べてみたんだけど全ッ然ダメ!ちっともお客さん来ないんだよ……」
(それは商品以前に場所が悪いからでは?)
愚痴るお兄さんの言葉に内心でツッコむ。だって、ここ本当にマーケットの外れなんだもん。場所取り失敗してるよ。いや、そんなことより何かはよく分からないのか……
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
俺はお兄さんに断ってからその部品を見せてもらった。幾何学的に見えたのは、いろんな形の金属片を隙間なく立体的に繋ぎ合わせていたからだった。ところどころ組み込まれてる小さな石もなんとなく規則的で、本物の時計の回路みたいに見える。遠目では分からなかったけど、金属片には一つ一つに細かい溝が掘ってあって、光る粒が入った水銀っぽいインク(?)が流し込まれている。
(どう見ても回路だよなぁ)
そんな風に考えていると、後ろから俺の手元を覗き込んでいたイリスとちょうど目が合った。同じようなことを考えていたんだろう。彼女も目が合ったと気づくと頷く仕草をした。
「ありがとうございました。それでこれっていくらなんですか?」
お兄さんに部品を返しながら金額を聞いてみると、「うーん、銀貨……二枚くらい、かな?」と自信無さげな答えが返ってきた。目が泳いでる!ここで吹っ掛けてくるとか、お兄さん意外と図太いな。
「いやいや、使い道も分からない部品なんですよね?銀貨一枚なら俺が買ってもいいですよ?それでも高いと思いますけど」
そっちがその気ならとこちらも強気で吹っ掛けてみた。当然、お兄さんも「それは値切り過ぎじゃない!?銀貨一枚と大銅貨八枚までならいいよ」と刻んでくる。そこからは激しい攻防が続いた。こちらが「銀貨一枚と大銅貨二枚!」と言えば、あちらは「銀貨一枚と大銅貨六枚半!」刻んでくる。
「はぁはぁはぁはぁ……君……はぁはぁはぁ……なかなか、やるね……こ、ここまで、手強い……のは……はじめて、だよ……」
「ハァハァハァハァ……お、お兄……さん……ハァハァハァ、こそ……ハァハァ……思った、以上、で……ハァハァハァハァ……した……」
お互い膝に手をついて検討を称え合う。なんと美しい光景だろうか。身体を起こして右手をスッと差し出すと、俺の手を見たお兄さんも身体を起こしてその手を握った。なんとなくイリスからの視線が痛い気がする。なんとなく盛り上がってしまったが、一体何にそんなに熱くなっていたのかは俺たちにも分からない。だけど、気にしたら負けだ!
「じゃあ銀貨一枚と大銅貨三枚半ね。クッソォ!こんなに値切られるなんて!」
苦笑いを浮かべながら悔しがるお兄さんに勝ち誇りながら代金を渡す。いや~、いい買い物だった!イリスからはしらけた視線を感じるけど……
お兄さんから部品を受け取ると礼を言ってから出店の前を離れてマーケットを折り返す。それまで呆れたような目で俺を見ていたイリスだけど、溜息を吐くと「とりあえず目的のものが買えてよかったですね」と苦笑いする。
「それで集積回路が買えたのはいいんですけどどうするんですか?」
そういえば、集積回路を見つけて盛り上がったから、これをどうするのかを話してなかった。俺はイリスにこれがあれば魔法銃が安く作れるんじゃないかと説明する。魔法銃のパーツで一番重要なのは集積回路だし。
「ちょっとよろしいですか?」
イリスと話しながら出口を目指して歩いていると後ろから男性の声がした。俺とイリスは同時に振り返る。そこに立っていたのはスーツのようなきっちりした恰好をした初老の男性だった。
(おおっ!ロマンスグレー!)
白髪混じりの薄いグレイの髪を撫で付け、口髭までばっちり整えた隙の無い紳士。まさに絵に描いたようなロマンスグレーに感動を覚える。
「そちらの男性が先ほど購入されたお手持ちの回路について少しお話があるんですが、お時間をいただけませんでしょうか?」
物腰は柔らかだが、俺たちが回路を購入していたところを見ていたと分かって浮かれていた気持ちが一気に引き締まった。相手に気づかれない程度にチラリとイリスに視線を向けると彼女もこちらを見て小さく頷く。
「この回路のことですか?これがどうかしたのでしょうか?ただの部品ですよ?」
持っていた回路を掲げながら老紳士に対して一歩前に出る。これでこの老紳士からは俺が壁になってイリスが見えないはずだ。警戒心マックスの俺たちに対して、老紳士は「警戒させてしまいましたかな?」と落ち着き払った様子で言うと、両手をあげて何も持っていないことをアピールした。
「申し遅れましたが、私は南エリアで『トロイヤ商会』という商会を営んでおりますロックス・トロイヤと申します。不躾なお声掛けで申し訳ございません」
ロックスと名乗った老紳士はそう言って深々と頭を下げた。まさかの反応に「い、いえ、ええっと……」と口ごもりながら後ろにいるイリスに視線を送って助けを求めるのだが、彼女もどうしていいのか分からないみたいだ。
「あ、あの、お話は伺いますから、と、とりあえず頭をあげてください!」
マーケットの真ん中で子供に頭を下げる老紳士を見て、周りがどんな反応をするかは説明しなくても分かるだろう?周りがこっちを見ながらひそひそと話し始めたことに耐えられなくなった俺たちは、とにかくロックスさんに頭をあげるよう懇願した。
頭をあげたロックスさんに、慌てて「と、とにかく向こうで話をしましょうか!」と言うと、逃げるように出店の脇へと移動した。
「そ、それで、どういったお話なのでしょうか……?」
人通りを外れて出店の脇に移動すると、念のため周囲に視線を巡らせる。どうやら思ったより注目を集める前に移動できたみたいだ。ホッと安心したところで、自己紹介もそこそこにおそるおそるロックスさんに用件を聞いた。
「はい、単刀直入に申しますと私にその回路をお譲りいただけないでしょうか?もちろん、タダでとは申しません。金貨十五枚で買い取らせていただきます」
「「金貨十五枚ッ!?」」
回路を譲れと言われることはなんとなく予想してたけど、あまりにも高額の提示に俺とイリスが同時に声をあげた。
(いやいやいやいや、あにこれ?!どういうこと?!あれか?新手の詐欺とか?)
頭の中は大混乱だ。銀貨一枚と大銅貨三枚半で買った、言ってしまえばガラクタが金貨十五枚なんて言われていきなり信じられるか!俺たちがどうしていいか分からずにあちこち視線を動かしていると、何を勘違いしたのかロックスさんは「十五枚では足りませんか?二十枚までお出しできるのですが……」と言い始めた。
「ちょちょちょちょちょっと待ってください!いきなり過ぎて理解が追いつきません!えっ?これを金貨十五枚?えっ?ただの魔道具の部品ですよ?」
金貨十五枚でも破格過ぎて理解が追いつかないのに、「二十枚までなら出せる」ってもっと高額を吹っ掛けられても驚かないってこと?だが、ロックスさんは俺の言葉が引っかかったようで「ただの魔道具なんてとんでもない!分かっていて購入されたのではないのですか?」と、それまでの落ち着いた言動から一転して驚きの声をあげる。
「い、いや、俺は魔法銃がほしくて。この回路を使えば魔法銃が作れるんじゃないと思って購入したんです」
どうにもお互いの認識に齟齬があるらしい。とにかく一度話を整理しようと俺が回路を購入した理由を説明した。するとロックスさんは「そうなのですか!?」と目を丸くしたが、すぐに「失礼いたしました」と居住まいを正した。
「なるほど、魔法銃ですか……失礼ながらその回路を魔法銃に利用することはできないと思いますよ」
「えっ……嘘ですよね……?」
ロックスさんの言葉にようやくそれだけ絞り出した。俺とお兄さんのあの戦いが無駄だったって言うのか……
「あの……詳しく教えてもらえないですか?」
茫然自失の俺に代わってイリスが質問してくれた。
「そもそもお二人はこの回路がいつ頃のものかご存じですか?」
ロックスさんの質問の意図が分からず、顔を見合わせて首を傾げる俺とイリス。するとロックスさんは丁寧に教えてくれた。
ロックスさんの説明によると、この回路は今から一五〇年ほど前に造られたものだそうだ。俺は思わず手に持った回路を見つめる。おそらく元々はランプなどに使われていた回路で、現代の回路に比べるとサイズのわりには集積率が悪いらしい。
「魔法銃に使用した場合、現代の魔法銃用の回路に比べて五分の一も集積できればいいほうでしょう。その代わり、現代の回路と比べて繊細ですので都度手入れが必要です。そんな魔法銃を使いたいですか?」
もう一度手元の回路に視線を落とす。まさかこの回路が所謂『アンティーク』だったとは……しかも、そんなに効率が悪いなんて……
「で、でも!ロックスさんはそんな回路に金貨十五枚も出すんですよね?おかしくないですか?」
落ち込んでいるとイリスが食い下がってくれる。イリスの反論を聞いたロックスさんは、なぜか俺に「ちょっと回路をお借りしてもいいでしょうか?安心してください。ちゃんとお返ししますので」と言ってきた。俺が戸惑いながら回路を渡すとあちこち調べ始めた。しばらく引っくり返したり、隙間を除いたりしていたが、「あっ!ありました!ありました!」と何かを見つけた様子。回路を俺たちのほうに向けて「ちょっとここを見てください」と言う。
「文字……ですか?」
それはいくつも重なった金属片の裏側だった。気づいたイリスが自信無さげにロックスさんに確認する。ロックスさんは「そうです。これはある著名な魔導技師が製作した回路なのです」と言った。
詳しく聞いてみると、この回路は一五〇年ほど前に数年だけ活動していた魔導技師の手によるものだそうだ。その魔導技師は必ず製作した魔道具のどこかに自分をサインを入れてらしく、その名前がさっきイリスが確認した名前なのだという。
「私はこういう古い魔道具を集めている蒐集家なんですよ。マーケットにもよく掘り出し物を探しに来るんです」
回路を売ってくれたお兄さんもそんなことを言ってたけど、こういう古い時代の魔道具には一定数の収集家がいるそうだ。中にはすでに失われた技法を使っているものや、この回路のように極短期間にしか活動していない魔導技師もいてオークションなどで高値で取引されているという。試しにこの回路がいくらぐらいになるのか聞いてみたところ、なんとびっくり!金貨八〇~オークションがスタートすることは間違いないという。
「き、金貨……八〇枚……」
絶句する俺とイリス。ロックスさんは俺に回路を返しながら「ですのでお譲りいただきたいのです。もし、私の話が信用できないのでしたらいくつか工房を回って確認していただいても構いません」と言った。俺は震える手で回路を受け取った。
呆然とする俺に「気が変わられたらトロイヤ商会にお越しください」と言うと、ロックスさんは俺たちに背を向けてマーケットの人通りに戻っていった。取り残された俺たち。手には元の世界で八〇万もするアンティーク。
「どどどどうするんですか、セイマさん!ヒィッ!?」
先に我に返ったイリスが俺に詰め寄ろうとして、俺が持っている回路の存在に気がついて慌てて距離を取る。やっぱりあるよね、八〇万……
「と、とにかくロックスさんに言われたとおり、いくつか工房を回って査定してもらおう!」
俺の言葉にイリスがガクガクと首を縦に振る。そうと決まればいつまでもこんなところにいられない。俺たちは回路に怯えながら工房を目指して歩き始めた。マーケットを回ってるときの甘酸っぱい空気はどこへやら、イリスは俺から距離を取って歩いている。よっぽど金貨八〇枚のインパクトが強かったんだな……
そこから俺たちはいくつか工房を回った。結果から言えばロックスさんの言葉は正しかった。大半の工房で「こんな古い回路どうした?」と聞かれ、「魔法銃?ムリムリ」と鼻で笑われた。中には価値に気づく人もいて「譲ってくれ!」と迫られたりもしたが、「金貨十五枚でほしいっていう人が……」と言うと引き下がってくれた。
「いらっしゃいませ!」
工房を回った結果、俺たちはトロイヤ商会に訪れていた。もちろん回路をロックスさんに譲るためだ。
来る前に仕入れた話によると、トロイヤ商会はウィーレストでも中堅の商会なんだとか。中堅だけあって丁寧な挨拶に出迎えられた俺はロックスさんに用事があることを告げた。約束はあるのかと聞かれたため、さっきマーケットで会ったと伝えると、なぜか慌て始めた店員さんに個室に連れてこられた。
綺麗に個室——たぶん応接室に通された俺とイリスは、「お茶をお持ちしますのでしばらくお待ちください」と言われて取り残された。
「えっと?」
華美ではないけど高そうな調度品が並ぶ応接室。全然落ち着かない。さすがのイリスもこういった場所に入るのははじめてなのかソワソワしている。座ってもいいのか?あたふたしていると「コンコンッ」と扉がノックされた。その音に俺とイリスが飛び上がる。どうすればいいのか分からなくてオロオロしていると、再び扉をノックする音。俺は慌てて「ど、どうぞ!」と扉に向かって声を掛けた。
入ってきたのはロックスさんとだった。知った顔の登場に安堵感が広がる。ソファにも座らずなぜか安心している俺たちにロックスさんは首を傾げながら「何かありましたか?」と尋ねてきたので、慌てて何でもないと答えた。
そんなやり取りをしているとロックスさんに続いてぞろぞろと男性たちが入ってきた。なぜかみんないくつも木箱を抱えている。何事かと思っているうちに男性たちは持っている木箱を次々とテーブルに置いて「失礼いたしました」と頭を下げて部屋から出ていってしまった。
テーブルに置かれた大量の木箱に呆気に取られていると、テーブルの奥に移動したロックスさんにソファに座るよう勧められる。俺とイリスは互いに顔を見合わせて困惑しながら勧められるままにソファに腰を下ろした。
「お越しいただき、ありがとうございます。ご用件は回路の件でしょうか?」
俺たちが座ったことを確認するとロックスさんが話し始める。俺は実際にいくつか工房を回って回路を確認してもらい、ロックスさんの話が間違いなかったので提案してもらったとおり、回路を譲りたいことを伝えた。
話を頷きながら聞いていたロックスさんは、俺が話し終わったところで「ありがとうございます」と頭を下げた。
「それでこの木箱は何でしょうか?」
満足げに頷くロックスさんにタイミングを見計らって、さっきから気になっていた大量の木箱について尋ねた。すると、ロックスさんは「オリド様が尋ねてこられたと聞いて回路の件だと思いましたので、失礼ながら勝手に運ばせていただきました。こちらの木箱は全て魔法銃になります」と言った。
「魔法銃っ!?これが全部っ!?」
驚く俺の隣でイリスも「すごい……」と言って目を丸くしている。
「左様でございます。オリド様は魔法銃の購入を考えられていると窺っておりましたので。そこでご提案なのですが、こちらから提示させていただいた金貨十五枚分をこちらの魔法銃と交換するというのはいかがでしょうか?もし、お選びの魔法銃が提示額に満たない場合、残りは差額をお支払いいたしますので」
「ッ!?」
まさかの提案に絶句する俺たち。ロックスさんはそんな俺たちが落ち着くまで静かに待ってくれた。
「何から何までありがとうございます。その提案を受けさせてもらいます」
ようやく提案の衝撃から戻ってきた俺は礼を言って頭を下げた。ロックスさんは「いえいえ、こちらがご無理を申し上げておりますので」と言って微笑んでいる。
そこからは魔法銃の見本市になった。ロックスさんが「この魔法銃は圧縮率が高いですがたいおうしているのは無属性のみです」とか「こちらは高性能ですが、少々整備性が……」などなど、一つ一つ丁寧に説明してくれる。商会の代表にこんなことしてもらえるってものすごく贅沢なんじゃ……
「それではこちらが魔法銃と差額の金貨五枚となります」
そう言ったロックスさんから魔法銃と金貨を受け取る。俺が選んだのはスタンダードな属性板を二つ挿入できるタイプの魔法銃だった。お値段はなんと金貨一〇枚!もっと高級品も紹介してもらったけど、これが一番耐久性が高くて整備性も良かった。これから冒険者をしていくことを考えると多少雑に扱っても壊れなかったり、長期で整備に出せなくても動作を保証してくれる信頼性って大事だよね!
「いや~、今日はいい商談になりました!」
ロックスさんは立ち上がると俺に右手を差し出してきた。今までの紳士然とした雰囲気が和らいで朗らかに笑う。俺も「こちらこそありがとうございました!」と言って差し出された手を握った。
商談が終わった俺たちは「またいつでもお越しください」というロックスさんに見送られてトロイヤ商会を後にした。
「ふふふ」
商会から離れると思わず笑みがこぼれる。隣からイリスの「よかったですね!」という声が聞こえてきた。
(あとは防具の調整さえ終われば冒険者を始められる!)
俺は期待から足取りも軽く街を歩いた。
次回更新は明日21時予定です。




