プロローグ
いよいよ「勇者ゲーム」のリメイクの連載を始めます。
不定期でのんびり進めていきますので気楽に読んでください。
「はぁ、はぁ、はぁ……おっかしいなぁ」
俺はもう何度目になるか分からない疑問を口にしながら足を止めた。
改めて周りを見渡すが、視線の先に広がるのはどこもかしこも木、木、木……何度見ても前後左右全方位には森が広がっている。
「どこだよここ……」
思わずそんな言葉が口をつくが、それよりも困惑が先立つ。だって俺はいつものように我が家を脱走した猫を追って近所を走り回っていただけなのに、それがどうして、気がつくと全く知らない森にいたんだ。
「てか、そもそもうちの近所にこんな大きな森なんてあったっけ?」
余程動揺しているのか、はたまたこの状況が不安なのか、答えが分かりきっている疑問なのにさっきから思ったことを声に出してしまう。うちがあるのは東京とまでは言わないけど、それなりに大きな地方都市の新興住宅街。緑なんて街の公園でポツポツ見かける程度。こんな大きな森どころかちょっとした林すら記憶にない。
「とりあえずさっさと森を抜けないと……って言ってもどっちに行けばいいのやら……」
もう一度周りを見渡すが見える範囲はどこまで行っても鬱蒼とした木々。太陽で方角が分からないかと見上げてみたが、陽の光が見えるものの木々が邪魔で太陽は影も形も見つからない。
「って、太陽が見えたとして森を抜ける方角が分からないんじゃ意味ないか」
漫画やアニメで聞きかじった浅知恵ではどうにもならないらしい。
「てか結構歩いたはずなんだけど今何時くらいなんだ?」
何せ逃げ出した猫を追いかけて慌てて家を飛び出しもんだから時計はおろかスマホも持っていない。
「結構時間が経ってるはずなんだけど」
体感ではそろそろ日が暮れてきそうなもんだが、木々の間から差し込む光を見るにまだまだ陽は高いらしい。
「まあこんな森の中で日が暮れて動けなくなるよりは有り難いけど、さすがにいつまでも立ち止まってたら森の中で一泊する羽目になるな」
森の中で何も持たずに一泊なんて勘弁してほしい。しかし、どの方向に進めばいいのか……
「ええいッ!ままよッ!」
このまま悩んでいても何も解決しない。俺は気持ちに踏ん切りをつけるために声を出すと、周りを見回して手頃な枝を手に取った。
「恨みっこなし!」
あえてそう口に出してから、先ほど拾った枝の先を地面に着けて倒れないように手で支えてから、一呼吸おいて手を離した。枝がゆっくりと倒れ、俺の向かって右側を指した。
「よし、じゃあこっちに進んでみるか」
完全な運頼みだが、どうせ出口も方角も分からないんだから立ち止まっているよりマシだろう。そう思いながら枝が差した先に一歩踏み出した。
▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△
あれから暫く歩いているが森が途切れる気配はない。木々の隙間から零れる木漏れ日が歩きにくい足元を照らしてくれる。明るいのは有り難い……有り難いのだが……
「いや、さすがにおかしいだろ!」
俺が家から飛び出したのは昼過ぎ、それもそろそろ日が短くなろうかという秋口だ。歩いている時間をどんなに短く見積もっても、そろそろ日が暮れ始める時間帯のはず。
「それに……」
俺は歩きながら辺りを見回す。一見すると普通の森なのだが—
「針葉と広葉が一緒に生えてる木、異様に大きな果実、おまけに時々聞こえる明らかにやばそうな動物の鳴き声……」
思わず唾を飲み込むと「ゴクリッ」というやけに大きな音が鳴った……気がする。どこかから聞こえる鳥らしい鳴き声に混じって、息を潜めてこちらを窺う動物の息遣いが混じっているような気さえしてくる。
「と、とにかく早くここから出ないと!」
そう思って足を速めようとしたとき、前方に見える木々の隙間を何かが動いた気がした。
「……人……?」
一瞬だった。が、森に迷い込んでから見た動物、ましてや植物では絶対にあり得ないこと—
「二足歩行……?」
そう、そうだ!呟いてみて確信した。あれはきっと人の頭が動いたところだ!
気づけば俺は駆け出していた。ようやく見つけたかもしれない人だ。ここで見失っては次にまた出会える保証はない。
飛び出した木の根に足を取られ、枝や草をかき分け、人らしきものを見掛けた場所へと一直線に突き進む。そうしてようやく先ほど見えていた木々の隙間を抜けたのだが—
「……なんだこれ……」
木々を抜けた先に広がっていたのは想像していたのとは違った光景だった。
思わず立ち尽くす俺の視線の先——そこには全身傷だらけの見たこともない生き物が倒れている。
あえて知っている生き物に例えるのであれば“熊”だろうか。ただし、どう見ても3m以上はあるし、本来の前足とは別に両肩からそれぞれ別の前足が生えていることを除けばだが……
「えっ!?」
謎生物に呆然となっていたが、倒れているその生き物の奥、血溜まりらしき中に人のようなものが倒れているのに気づいて駆け出す。
獣臭さと僅かな鉄の臭いが鼻をつくが構わず、倒れている謎生物の脇を抜けて人影へと最短で駆け抜ける。近付くにつれ倒れているのが人であることが分かる。
「おいっ!大丈夫ですかっ!!」
俺はそう声を掛けながら血溜まりに飛び込むように倒れている人へ駆け寄った。
「お、おい、しっかりしろッ!」
倒れていた人物—男性だった—を抱き起すがすでに呼吸は弱く今にも止まってしまいそうだ。男の身体に視線を移す。右肩からお腹にかけて爪で引き裂かれたような大きな傷があり、見えている肉からは今も血が溢れている。
「ウッ!?」
泣きそうになりながら思わず胃から込み上げるものを無理やり飲み込む。すると閉じられていた男の瞼が微かに動き、男が薄く目を開いた。だが、その目はすでに見えていないのか視線が俺の顔の位置から僅かにズレている。
「お、おい……」
俺がなんとかそう声を絞り出す間に男の微かに動いた気がした。しかし、すでに声を発する力も残っていないのか、男の口からはか細く空気が漏れるのみだった。
「なんだっ!何を言いたいっ!!」
何とか男の言葉を聞き取ろうと俺が男の顔へと耳を近づけた瞬間、急に男の身体から力が抜けたかと思うと抱えていた腕が重くなった。
「えっ……」
慌てて男の口元から耳を離して顔を上げて男の顔を覗き込むが、先ほどまで微かに聞こえていた息遣いが聞こえない。僅かに上下していた胸も止まっている。
「嘘だろ……」
身体の力が抜けてその場にへたり込む。男の身体を支えていた手が力なく落ち、男の身体が自分の膝へと落ちる。俺はすでに物言わぬ男の姿を呆然と見つめた。歳は20代後半~30代前半くらいだろうか。そこでふと男が不思議な恰好をしていることに気づいた。黒髪で顔立ちも特に普通だったので気づかなかったが、男が着ているのは何かの革で作った鎧のようなものなのだ。致命傷と思われる右肩の傷以外にも全身傷だらけなうえ、血溜まりに倒れていたので分かりにくいが、僅かに元の色が見えている部分で判断すると服の材質も明らかに一般的に日本で売られているものと異なっている。
「どういうこっ、えっ!?ウッ!?」
混乱しながらもっと詳しく男の着ているものを確認しようとした瞬間—男の胸元から飛び出した小さな光が自分の胸に飛び込んできたと思うといきなり体の奥が熱くなり、一瞬で体全体へと溢れ出した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
どのくらい経っただろうか?何時間も経ったような気もするし一瞬だった気もする。俺は荒く息をついていた。さっきまで体から溢れ出ていたものが嘘のように感じられなくなった。
「何だったんだ……?」
「おやぁ?これはこれは、何とも珍しい」
「うおっ!?」
先ほどの現象に戸惑っているといきなり後ろから声がして、俺は飛び上がりながら慌てて振り向いた。
「へっ?」
そこにいたのは明らかに場違いな男だった。髪はボサボサ、およそこんな森の奥には似つかわしくないヨレヨレのスーツの上からこれまたヨレヨレの白衣を羽織っている。恐らく20代前半くらいだと思うが、顔には明らかにサイズの合っていないでかい丸眼鏡をかけているので表情がいまいち読めない。
「ほうほう。ふむふむ。へぇ、なるほど」
俺が突然現れた白衣の男を戸惑いながら観察している間、ヤツは俺と亡くなった男を何度も見比べながらにやにやと厭らし笑みを浮かべている。
「あ、あんた一体……」
俺は身構えながらなんとかそう絞り出した。
「ん?おっと。これは失礼、失礼」
俺の声掛けに男が僅かに居住まいを正したのだが、口元には相変わらず厭らしい笑みが浮かんでいる。
「だ、だからあんたは一体誰なんだよッ!なんでそんな恰好でこんなところにいるんだよッ!」
よく分からない森の奥、転がる死体、明らかに異常な状況にもかかわらずにやにやしている男にイラついて俺は遂に声を荒げた。
「いやぁ~、ごめん、ごめん」
本当に悪いと思っているのかいないのか、男はやや厭らしさが抑えられた笑みでそう言いながらポリポリと頭を掻いた。
「それで……えーと、なんだっけ?ああっ!そうそう、僕が誰で、なぜここにいるのかだったよね!」
男がまるで緊張感のない声でそう言うとさらに信じられないことを言い出した。
「僕が誰かと言うと一応この世界の神様ってやつなんだよねぇ!で、ここにはちょっとした探し物に来たんだけどそれより面白いものを見つけちゃったからついつい観察してしまったんだ。ごめんねぇ」
男はそう言ってまた頭を掻いているが、俺には男の言葉を上手く認識できなかった。
え?
神様???
はあっ!?何言ってんだこいつっ!?
こんな状況で何フザケたこと言ってんだよッ!
「おいッ!あんたッ!何フザケッ「まあまあ。落ち着きなよ、織戸 誠真君」えっ!?」
男に怒りをぶつけようとしたところで被せるように奴に名前を呼ばれて一瞬頭が真っ白になる。俺の混乱をよそに奴は気にすることなく話を続ける。
「17歳の高校2年生か。わっかいなぁ~。ここにはー、ふむふむ、飼い猫を追いかけていて迷い込んだと。そりゃ災難だったねぇ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!なんでそんなこと知ってるんだよっ!?」
混乱する俺を無視して俺のことを話し続ける男に慌てて話を一旦ストップさせる。すると男は一瞬だけキョトンとして「それはこの世界の神なんだから見ればそのくらい分かるよ?」と軽い口調と言い放った。
(そ、そうなのか?本当にこんなのが神様???いや、でも俺のこと言い当てられたってことは……)
「と、とりあえずあなたが神様ってことを信じます」
男の軽い口調に戸惑いながらあれこれと考えてはみたが、結局は男の言うことを信じることにした。
「おお!よかったよかった」
何がいいのか分からないが男はそう言いながらまたあのにやにやとした笑みを浮かべる。正直あまりいい気持のする笑みではないが、これからお願いすることのためにと我慢して俺も愛想笑いを浮かべる。
「そ、それで、そこまで俺の事情をご存じということでしたら一つお願いしたいことがあるんですが……」
こんな軽薄でいい加減そうな奴でも神様は神様だ。俺は相手の機嫌を損なわないよう下手に出ながらお願いを切り出そうとした。
「ん?ああ、それ無理だから」
「いやいや、まだお願いしたいこと聞いてないじゃないですか!とりあえず内容くらい聞いてから判断してくださいよ!お願いします!!」
いきなり無理と言われたので、俺は慌てて頭を下げた。なにせ家に帰れるかどうかの瀬戸際なのだ。
「いや~、そういうことじゃないんだけどねぇ。一応分かってるんだよ?家に帰りたいって話でしょ?」
「へっ?」
今度はお願いの内容を言い当てられる。いや、俺の状況を把握しているなら推測できることか?
「分かってるならそんなこと言わずにパパっと帰らせてくださいよ。あっ!もちろん亡くなった方への弔いはしますから」
俺は必死に懇願する。
「いや、そういうことじゃないんだよー。ああ!そうかそうか!いや、悪かったね!君が勘違いしているのをすっかりわすれていたよ~」
必死にお願いする俺に対し、自称神はそんな訳の分からないことを言いながら、例のにやにや笑いを浮かべながらボサボサ頭を掻いた。
「そもそもね、ここは君のいた世界じゃないのよ。分かりやすく言うなら異世界ッてやつなんだわ」
「はっ!?」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。オレノイタセカイジャナイ?イセカイ?言葉を上手く認識できなくて思考を放棄しかけたが—
「いや、だとしてもこの世界の神様なんですよね?それなら俺を元の世界に帰すこともできますよね?」
俺は嫌な想像を飲み込みながら神に縋り付き懇願した。涙が込み上げてくるのを必死に我慢する。
「申し訳ないんだけど、神様って言ってもさぁ、別に万能ってわけじゃないんだよね、僕って。言うなれば全知全能の創造主じゃなくて単なる世界の管理者って感じで世界への干渉なんてできないのよ」
奴が【全知全能の創造主】と口にした瞬間、慌てて男に縋り付いていた手を離した。身体がぞくりと震える。
「ん?」
俺がいきなり手を離したから、奴は少し首を傾げた。口元にはやっぱりあのにやにやとした笑みを浮かべている。
(嫌な感じがしたけど気のせいか?)
「ええと……で、でも……そ、そうだ!今こうして地上で俺と話してるじゃないですか!それなら俺を元の世界に戻すことだって!!」
なんとなく先ほどの反応に気になるものはあったが、今はそれどころではない。とにかく元の世界に帰してもらわなければならないのだ。なので本当は俺を帰すことができるのに何かを隠しているのではないかと思って、奴の話が矛盾していることを指摘した。
「ん?ああ、そのことなんだけどちょっと周りを見てみて」
「周り?一体何が……へっ?なんだこれっ!?世界が……停まってる!?」
奴に促されて恐る恐る周囲を見た俺は漸くその異変に気付いた。
無音。
さっきまで聞こえていたはずの動物らしき鳴き声も、木々が風に揺られて葉を擦り合わせる音もしない。それどころか空気の流れというものが全く感じられなくなっていた。
「本来は僕に地上にこんな干渉できるほどの力はないんだけど、今この場所はとある事情で少々空間が不安定でねぇ。短時間なら僕が空間を制御できる状態なのさ」
唖然とする俺に奴は先ほどまでと同じ調子で説明する。
「じゃ、じゃあこの空間なら俺を元の世界に帰すこともで「それが無理なんだよねぇ~」きるはずって、へっ!?どうしてっ!?」
又しても俺の淡い希望が否定され頭が真っ白になる。こんな現象を起こしているのに俺一人を元の世界に帰すことができないということに納得ができないのだ。
「僕が今干渉しているのは“不安定なこの場所”であって、君はたまたま僕が干渉できる場所にいるから影響を受けてるに過ぎないんだよねぇ。それに君はすでにこの世界で数時間を過ごしている、それってもうこの世界が君を受け入れているってことなんだよぉ~。そして、この世界のものに僕は干渉できない、いや、正確には“地上のものに”なんだけどどっちにしても今の君には同じことだよね?」
帰れない……。その事実が重くのしかかり、身体の力が抜けた俺は地面に崩れ落ちた。
「うっ、うぐぅっ、うっ、うっ」
これまで我慢していたものが決壊し遂に堪え切れなくなった口から嗚咽が漏れる。目からポタポタと涙がこぼれるが、神の干渉で停まった空間では地面を濡らすこともなくどこかへ消える涙を見ながらもうそれもどこか他人事に思えてしまっていた。
「と、ネガティブな話はここまでとしてここからが僕の本題だよぉぉ!」
奴が何か言っている。だが、今の俺には上手く言葉の意味を理解できない。いや、するつもりもないのか……
「僕の依頼を受けてくれたら元の世界に帰れるかもしれないんだけどなぁー」
……
…………
…………………
停止していた思考が少しずつ奴の言葉を飲み込んでいく。イマナントイッタ?モトノセカイニカエレルカモシレナイ?ドウヤッテ?
「……ほ、本当ですかっ!?」
やっと奴の言葉に理解が及んだと同時に慌てて問いかける。
「うん、本当だよぉ。まあ絶対とはいえないけどねぇ~」
奴はとくに変化もなくへらへらとそう言い放つ……いや、少し雰囲気が変わった?なんとなく値踏みされているような……
「……そ、それで俺に何をやらせたいんですか?」
俺は奴の変化に戸惑いながらも恐る恐る何をさせるつもりなのかを問う。
「そんなに警戒しなくてもいいのにぃー。まあいいや。君にお願いしたいの所謂“魔王討伐”ってやつさ!」
「ま、魔王ぉ?」
戸惑う俺を余所に奴は芝居掛かった仕草で両手を広げた。
「そう、魔王!って、ああ!そういえばまだこの世界のことを何も説明していなかったね!」
そう言って喜々として奴が始めた説明によると、この世界は所謂剣と魔法のファンタジー世界らしい。そして、正確に言うと魔王はこれから生まれるのだそうだ。
「まだ魔王が生まれていないのなら生まれる前にどうにかできないんですか?」
そもそもこれから魔王が生まれるのが分かっているのであれば態々生まれるのを待たずに生まれる前のを阻止してしまえばいいのではないだろうか?
「えっ?無理だよぉ~。だって魔王は——」
俺の真っ当な疑問はあっさり否定されてしまった。そして、奴が言うにはこの世界の“魔王”というのはパソコンで言うところのウィルスやバグみたいなものだそうだ。
「どんなに世界が完璧でもそこに知的生命体が住んでいる以上、矛盾や理不尽、不平不満、邪な願いや自覚のあるなしに関わらず悪意が生まれるよね?そういう負の要素が世界に溜まるとやがて世界が機能不全を起こしてしまうんだよー。だけど、そういうエラーっていうのはどんなに頑張っても必ず発生しちゃうから、この世界では一定数溜まったエラーを“魔王”という形に纏めて討伐して浄化しちゃうってわーけっ!」
奴は芝居がかった身振り手振りでにやにやと説明するのだが、どうにもこの話題になってから更に発する空気感が変わったような気がする。今までももちろん作為的だったけど、この芝居がかった仕草はもっと何か違うような——
「って、そもそもの話ですが、俺に魔王討伐なんて無理ですよっ!戦ったこともなければ魔法だって使えないのに!!」
そう、そうなのだ。俺は現代の一般的な高校生でしかない。体育の授業で柔道や剣道をやったり、子供のケンカ程度の殴り合いの経験はあっても魔王となんて普通に考えれば戦えるはずがない。俺はそんな当たり前のことを訴えたのだが、奴は表情を変えず——いや、寧ろ今までよりもあの厭らしい笑みを深めながら「大丈夫だよ~」と言い、意味ありげに笑うとこう続けた。「だって君は“彼”から欠片を引き継いだでしょ?」と。
(この自称神は何を言っているのだろう?欠片?引き継ぐ?全く身に覚えがない。大体“彼”って誰——)
そこでふと視界の端に謎生物が映った。そのまま視線はこの生き物と戦って命を落としたであろう男性へ……そして、ある光景を思い出した。確かあのとき男性が亡くなった直後、男性から小さな光が飛び出して自分の中に入ってきたような錯覚……いや、錯覚じゃないとしたら……。
「もしかしてあれが……?」
俺は思わずそう呟いてからハッとして奴に視線を向ける。奴の笑みがそれまでよりも深く、まるで口元が耳まで裂けたような錯覚を覚えて自然と体がぶるっと震える。
「ようやく気づいた?君はね、彼から引き継いだんだよ。“勇者の欠片”、をね」
「勇者……の……欠片……?」
呆然と呟く俺を、奴はさっきまでとは質の異なる愉快そうな表情でまるで出来の悪い教え子に言い含めるような口調で続ける。
「そう、“勇者の欠片”——勇者の種と言い換えてもいいかな?まあ、勇者になる資格を得たってことだと認識してもらえればいいよ。言うなれば“勇者候補”ってところかな」
そう言ってから奴が続けて説明した内容を要約するとこんな話だった。
・勇者の欠片を取り込むと、取り込んだモノの適正に応じてこの世界で“ジョブ”と呼ばれている能力が発現する。
・“ジョブ”とは『剣士』や『魔法使い』、『鍛冶師』や『商人』のような職業の名前がついているがどちらかというと“才能”に近いものらしく、「なんとなく武器の扱い方が分かる」や「値切りが上手くなる・相場に対する感覚が鋭くなる」等、ジョブに対する補助ような能力らしい。ただし、あくまでも「やり方が分かる」という補助であり、例えば当人が武器を持てないほど非力ならどんなに強力なジョブでも再現はできないそうだ。要はジョブを得ただけでは無双なんてできないし、修行なり訓練をしなければならないということだ。
・“勇者の欠片”は全部で十三個存在して、全て集めることで勇者になるそうで、全てを集めないと魔王は倒せないとのこと。
そこまで説明を受けたところで、俺は浮かんだ疑問を口にした。
「つまり俺は勇者の欠片を集めないといけないってことですか……で、その肝心の残りの勇者の欠片はどこに?」
「ん?ああ、君以外に異世界から来た人たちが持ってるよ?」
「そうですか……って、はあっ!?」
奴はさも当然のように衝撃的なことを告げた。
「ちょっ、ちょっと待ってください!じゃ、じゃあ、この亡くなった男性も……俺と同じ……地球人ってことですかっ!?!?」
「もちろんそうだよ♪あっ!当然、彼以外の“勇者候補”もそうだよ?」
驚く俺に対し、自称神はあたかも予想したとおりの実験結果を得られた研究者が浮かべるような嬉しそうな笑みを浮かべた。俺はなんとなくこいつの実験対象にでもなったような嫌な気分になる。
「な、なんで態々異世界人を使ったこんなまどろっこしいやり方なんですか?この世界の人を直接勇者にすればいいじゃないですか!」
そう、話を聞く限りこの方法はあまりにも回りくどい。態々異世界人を集めて、欠片を集めさせること——いや、それ以前に態々欠片を分けず直接勇者を召喚するなり、現地人を勇者にすればいいのではないか?
そんな当然と思われる俺の疑問に対して、奴は残念なものを見るような、それでいてどこか楽しそうな顔で俺を見た。
「何度も説明してるけど、僕は地上には干渉できないんだよ?勇者なんて大きな存在を生み出せるわけないじゃない」
そうしてやれやれとでも言いたげにわざとらしく左右に振りながら次のような説明をしてきた。
地上に干渉できない自分には現地民に『力を与える』というようなことは当然できない。ましてや世界に大きく干渉する“勇者”なんて存在は、例え異世界から召喚するような『外部入力』であっても世界が受け付けない。
だが、分割した小さな勇者の力を与えた異世界の一般人という小さい存在ならば、今回俺が迷い込んだような『世界の揺らぎ』という“世界のシステム”の穴を利用してこの世界に送り込めるということらしい。それにそもそもの前提として、この世界の住人では勇者になっても魔王は倒せないと言う。
「さっきも話したけど“魔王”っていうのは、この世界に溜まったバグの集合体なんだよ?君には『免疫の過剰反応』して大きな病気になっったとでも言えば分かりやすいかな?そうなっちゃったらもう内部からの自浄作用なんて受け付けないから、外部からの投薬や治療——つまり異世界人に対処してもらうってわけ」
奴はそこまで説明すると「どうだ!」言わんばかりに胸を張り得意げにこちらを見てくる。
「今の説明で他の勇者候補が俺と同じ異世界人である理由は一応納得ですけど、結局勇者の欠片はどうやって集めればいいんですか?『十三人の力を合わして~』みたいな王道のアレですか?」
俺は奴のドヤ顔に思わずイラッとしたが、顔に出すのはなんとか堪えて続け意を促した。すると俺の疑問を聞いた奴の笑みが深くなる。「何が」とは上手く言葉にできないが、きっとアリの巣を潰して遊ぶ子供がこんな笑みを浮かべるんだろうとなんとなく思った。
「まあそのやり方でも可能性はあると思うよ?試したことがないから、その方法で本来の勇者の力が発揮できるのか確証はないけどねぇ~」
「じゃ、じゃあ一体どうすれば……」
どうにも含みのあるいい方に不穏なものを感じながら、恐る恐る尋ねる。
「ん?まあ説得して譲ってもらうか……殺して奪うしかないんじゃない?」
「………………へ?」
あまりにも、あまりにも軽い口調で言われた言葉に一瞬、理解が追いつかなかった。
コロス?
ダレヲ?
ユウシャコウホヲ?
「いやいやいやッ!ちょっと待ってくださいよッ!!どうしてそんな話になるんですかッ!?魔王を倒せば元の世界に帰れるんですよねッ!?それなら皆で協力するなり誰かに欠片を渡して魔王を倒してもらえばッ!!」
理解が追いついた瞬間、俺は縋るように神に捲くし立てた。しかし、返ってきたのは——
「う~ん?難しいと思うよ?だって彼らは勇者になって魔王を倒した一人だけがもらえるご褒美のために自発的にこの世界の勇者候補になったんだもん」
——無情とも言える答えだった。
「ご、ご褒美?」
言われたことに頭が、心が追いつかないままそんな問いが口から零れる。
「ん?ああ、君へのご褒美は『元の世界に帰す』ってことだったからすっかり説明するのを忘れてたよぉ~」
立ち尽くす俺にお構いなしに奴は軽い口調でそう言うと、「ごめん~ごめ~ん」と悪いとは思ってなさそうな口調で謝ってきた。
「彼らはねぇ、魔王を討伐したたった一人の勇者が得られる『願いを叶える権利』、それを手に入れるためにこの世界に来たんだよぉ~♪そんな彼らがせっかくのチャンスを手放すとは思えないけどねぇ~♪」
奴の笑顔に陰が差し、口調が絡みつくように粘度を増す。カラカラと喉が渇いて張り付いていくような感覚。
「それで君はどうする?」
そこには蛇が捕らえた獲物を見るような目があった。
「……こ、断ったら……(ゴクリッ)お、俺は、ど、どうなるんだ……?」
それは恐怖からなのか、張り付いた喉から無理やり声を出しせいなのか、ようやく絞り出した言葉は掠れていた。敬語を取り繕う余裕もない。
「まあ当たり前だけど元の世界には帰れないよねぇ~?」
ジワジワと足元から何かが這い寄ってくる。
「それに欠片も回収しないとだから——当然死んじゃうよね?」
「ッ!?」
言われた瞬間、息をのむ。
奴の表情は変わらない。相変わらず形容しがたい笑みを浮かべているだけだ。だが、その目は全く笑っていなかった。
断れば殺されるッ!
そう理解した瞬間に俺に湧き上がってきたのは——怒りだった。そして、その怒りのままに奴へと捲くし立てた。
「ふざけんじゃねぇよッ!なんでこんな理不尽な目に遭わないといけないんだよッ!!俺が一体何したって言うんだよッ!!!さっさと元の世界に帰せェェェェァッ!!」
そこまで一気に捲くし立てると「ゼェェ、ゼェェ、ゴホッゴホッ」と荒い息をつけながら咽た。それでも奴を睨みつけるのは止めない。心の中ではまだ沸々と怒りが湧いてきている。
「うーん?おやおや?それって僕のせいなのぉ~?」
「なんだとォッ!だってお前が——」
「だって君がこの世界に迷い込んだのは偶然だよね?僕が呼んだ?ねぇ?ねぇ?」
小バカにした表情とあまりの言い草にカァァッと頭が熱くなって言い返そうとしたが、それを制するように表情を消したガラスのような瞳に捕らえられて黙らされる。
「まあいいや。それでぇ~どうするぅ?勇者候補引き受ける?死ぬぅ?」
黙りこくる俺を無視して奴が結論を迫ってくる。
どうする?
どうする?
どうする?
ぐるぐると頭の中を言葉が回る。友達の、家族の顔が浮かんでは消え、顔すら見たことがない他の勇者候補たちのことが頭を巡る。
(そうだ!他の勇者候補だってみんながみんな、他人を殺して欠片を奪うことばかり考えているわけじゃないかもしれない。協力しようとしていたり欠片を譲りたいと思ってる人もいるかもしれない。今はそうじゃなくても話せば分かってくれるかもしれない!)
怒りに染まっていた思考が冷えてくる。それと同時に人間そんなに悪い人ばかりではないだろうと思えてきた。自分の中でもう一度考えをまとめると顔を上げる。そして、今もまだにやけ面を浮かべる奴を真っ直ぐ見て言ってやった!
「決めた。俺は勇者になって魔王を倒す!」
そう、俺は俺の世界に帰るのだと心に強く誓って。
「いやぁ~よかったよかったぁ~!君ならそう言ってくれると思ったよぉー♪」
奴は俺の返事を聞くと、先ほどまでの不穏な空気はどこへやら、ニコニコしながら俺の両手を取ってブンブンと大きく前後に振る。
「えっ、いや、あのっ」
あまりの変わりように面食らっている俺を無視して奴はどんどん話を進めていく。
「じゃあとりあえずこれね!」
そう言って掴んでいた俺の手を離すと何もない空間に手を伸ばす。すると奴のての先に突然真っ暗な穴が開いた。
「えっ!?」
奴はあまりの光景に驚く俺を気にもしないで穴の中に手を突っ込むと、中から布でできた鞄らしきものを取り出して「はいっ!」と言って満面の笑みで俺に手渡してきた。俺は戸惑いながらそれを受け取ると「これは?」と質問した。
「君、何も持ってないでしょ?さすがにこのままじゃすぐ死んじゃうからねぇ~。そこの彼の荷物から使えそうなものと僕からの餞別だよぉ♪」
どうやらこちらの世界での生活に必要なもののセットらしい。
(あなたの荷物を使わせていただきます)
心の中で亡くなった彼へとお礼を言う。俺がそんなセンチメンタルな気持ちになっていることには奴は一切忖度しない。「で、これは勇者候補みんなにあげてるものだたからねっ!」というや否や展開についていけていない俺のおでこを人差し指で突いた。
(ッ!?)
一瞬頭がズキリッといたんだかと思うと何かが流れ込んできた。ただ、そう思ったときにはすでにその感覚はなくなっていた。
「???」
「今のはこの世界の一般常識とさっき僕が使ったのと同じアイテムボックスが使える能力を付与したんだよぉ♪それの二つの使い方はねぇ~、ってそろそろ時間が来ちゃったみたい」
「へ?」
いまいち展開についていけてない俺を余所に能力の説明をしようとしていた神だが、何かに気づいたように周りをキョロキョロしだす。つられて周りを見た俺は驚いた。
「空間が……消滅してる……?」
どう言葉で表現すればいいのだろうか?今まで止まっていた森の風景が黒い砂粒になってどんどんと崩れている。
「ここの空間の揺らぎが治まったから僕の力が世界に干渉できなくなってきてるんだよぉ~」
間延びした口調でそう言うと「別にこの場所自体が無くなるわけじゃないからぁ~心配しなくていいよぉー」と続けた。
「僕はそろそろ帰らなきゃいけないから、さっき渡した能力は後で自分で確認しといて~!あっ!それと亡くなった彼の遺体はちゃんと僕が持って帰るから心配しなくていいよぉ~♪」
「えっ!?えゅ!?」
奴は訳の分からないままに大混乱中の俺をほったらかしにして言いたいことだけ言うと、「とりあえずあっちに進めば森から出られるからねっ!頑張って!じゃあねぇ~♪」と言って消えていった。周りを見渡してみるがもうどこにも奴の姿はなかった。それどころか言っていたとおり、男性の遺体も消えていた。残ったのは謎生物の遺体と変わらない森だけ……
「マジかよ……」
こうして俺の異世界生活は森でのぼっちスタートとなったのだった。




