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ジエイ星人

【ネオリンク星人】

 頬に優しく触れられる感触があった。俺はゆっくりと瞼を上げる。


 目の前に星原さんがしゃがみ込んでいた。


「やったね。アルガ」


 星原さんが優しく微笑む。その笑みをぼんやりと眺めて、やがて取り返しのつかない事実を思い出し、視線を逸らす。


「……すまない、星原さん」


「なにが? やっつけてくれたじゃん」


「俺が、俺が不甲斐ないばかりに……」


 星原さんが首を傾げる。


「君の、君の右腕が――」


 そこまで話して気づく。さっき頬に触れていたのは、誰のどの手なのか。


 星原さんが右手を俺の目の前に掲げ、ふりふりと振っている。


「なんのこと?」


 俺は咄嗟にその右腕をつかみ、星原さんの上げた悲鳴に思わず引っ込める。


「す、すまない」


「いきなり掴まないでよ。まだ痛いんだから」


 星原さんは二の腕部分を押さえている。さすっている箇所に巻かれたタオルは微かに赤く染まっている。


「痛いって……どういう」


「あいつに爪でちょっと切られたんだよ。最悪だよ、制服もズタボロだしさ」


「馬鹿な」


 ちょっとどころではなかった。SNSで偶然見たイルカなる巨大魚のショーのごとくぐるぐる回って血飛沫を上げていたはずだ。


「腕が吹っ飛んでいたはずだ」


「んなわけないじゃん。もしそうならこんなピンピンしてないよ」


 俺は立ちあがろうとして、よろけて木に背を預ける。まだ回復にエネルギーを使用しており、歩行すらままならない。


 観察するようにじっと見つめてくる星原さんの肩越しに、彼女が倒れていたであろう場所を見た。


「見てくれ。とんでもない血の量だ」


 指差した先には、血溜まりができていた。溶けていくフカドロンの死体から流れ出る緑色の血よりも圧倒的に広範囲に広がっていた。


「あれだけの血が流れ出るほどの怪我となると、腕が吹っ飛ぶぐらいのものだろう」


「……」


「そもそも大量の血が流れ出ると、出血多量で立っていることすらままならないはずだ。全身をめぐる血液量は体重の約八パーセントであり、成人の場合約五リットルのうち、一リットル以上の出血があると命の危機だというじゃないか」


「なんでそんな局所的に博識なんだよ……」


 星原さんは観念したように両手を上げる。


「わかった。実は話してないことがある」


「そうだろう、そうだろう」


 俺は少し身構える。腕が吹っ飛んで、ピンピンしているなんて、どう考えてもおかしい。


「腕は吹っ飛んだけど、つけてもらった」


 つけてもらった?


「誰に?」


「アレだよ」


「アレって?」


「忍者」


 ニンジャ。星原さんの口から、ニンジャ。


「忍者がきて、すべて片付けてくれた」


 真剣な眼差しのまま、俺に言い放った。


 ずぶ濡れの世界に、冷たい風が通り抜ける。


 俺は恐る恐る確認する。


「……忍者が、縫合したのか」


「縫合したんだよ。伊賀の忍者がね」


「あんなに豪快に切り落とされたのに、もう動くほどに」


「なんたって伊賀だからね。それぐらい造作もない」


「そんなに眠りこけていたわけではないと思うが」


「早いんだなこれが。伊賀だし、しかも聞くところによると上忍らしい。こっそり耳打ちしてくれた」


「出血の問題は」


「出血の問題も解決してくれるんだよ。もう、ほら――、伊賀なんだよ伊賀伊賀伊賀」


 つまりこういうことらしい。伊賀の忍者が突然現れて、完璧に縫合して血の問題も解決したのち、上忍であることをこっそり耳打ちして、俺が起きる前に帰っていった。


「それは」


 星原さんは腕を組んで目を瞑っている。


「それはさすがに」


 それはあまりにも。


「すごすぎる」


 すごすぎるだろ。伊賀の忍者。そこまでとは思わなかった。逸れ星とて地球を甘くみてはいけなかった。となるとフジヤマも同程度の力量なのだろうか。今の俺では太刀打ちできないだろう。やはり破片集めを急がねば。味方であるうちはいいが、敵になると厄介だ。


「わかった。信じよう。いやしかしもう少し早く起きれていれば。耳打ちしてくれるぐらい人当たりがいい忍者ならサインをもらえたかも……」


「馬鹿すぎるだろ」


「うん? なにか言ったか?」


「なんでもないよ」


 星原さんはふうと息をついた。安心した吐息のようで、少し呆れたため息のようにも聞こえるのは気のせいだろうか。


「とにかく帰ろう。くたびれたよ。宇宙生物はもう地球にはいないんでしょ? なら、あとは破片集めだけだ」


「ああ、そうだな。もうすべて片付けたはずだ」


 フカドロンの死体はすでにほぼ消えていた。彼らにも可哀想なことをした。襲われた以上対処せざるをえなかったが、ああなった要因がどこかにあるはずだ。破片集めと一緒に、もっとこの星のことについて深く知る必要がある。そうだ、俺が落ちた要因も探らねば。やらなければならないことがたくさんある。


 少し前を歩く星原さんの後を追う。星原さんという存在は心強い。色々丁寧に教えてくれるし、肝が据わっている。もう危険な目には合わせたくないが、放課後に少し話すぐらいは許されるだろう。


 星原さんの背中に言葉を投げかける。


「星原さん、恥ずかしながらこれからも色々教えてくれないだろうか。こんな目に合わせておいて、どの口がと思うかもしれないが……」


「なに言ってんのさ。ここまできたらとことん手伝うよ」


「かたじけない」


「その代わりさ。ネオリンク星だっけ? アルガの星のことももっと教えてよ。お兄ちゃんのこともあるしさ」


「……そうだな。努力しよう」


「そもそもさ、ネオリンク星人って他星を攻めたりするんでしょ? ここも危ない?」


「もう侵略戦争はしていない。今は銀河の治安維持に努めている。俺もこの周辺域の経過観察のために来たんだ」


「……へえ、守ってくれると」


「もちろんだ。そのためにも、今は早く宇宙船の破片を集めなくては」


「ネオリンクの虫ケラ風情がよくほざけたもんだ」


「宇宙船の修復が進めば進むほど、俺は戦闘力を取り戻せる」


「全部集めればどのぐらい強いの」


「正確にはなんとも言えないが、忍者殿と闘えるレベルにはなるだろうな」


「それは、すごいね」


「いずれこの星をも守れる存在となろう。それが俺の役目だからな」


「……期待しておくよ」


 パチパチと前から音がする。何の音かと辺りを伺うと、木々から落ちた水滴が、植木の葉を叩いていた。そういえば、いつの間にか雨が止んでいる。


 空を見上げると、丸い月が輝いていた。恒星ではないはずなのに、まるで自ら光を発しているがごとく我々を照らしてくれている。祝福するかのような暖かな光に感謝しつつ、星空のような街中へと歩いていった。






【ジエイ星人】

 やっべー。


 私はうつ伏せに倒れたまま、祈るような気持ちで右手側を見るが、案の定二の腕の中間地点で暴力的に切断されており、右腕ははるか後方に九の字のまま落ちていた。切断面からはいまだロメロ映画真っ青の血糊が吹き出し、一面の水たまりをどす黒く染め上げている。手持ち無沙汰ゆえ、切断面からバチバチと漏れ出ている「プラズマ」を落ち着かせる。


 腕、落とされちゃったよ。


 今の体勢では見えないが、アルガはなにやら叫びながらフカドロンと闘っているようだ。


 どうしたものか。流石に腕が切り落とされたのは誤魔化すのは厳しいか。いや、アルガ相手だしどうにかいけるかな。今のうちに腕を回収して、実は切断されていませんでした~って作戦でどうだろう。私は芋虫並みの速度でずりずりと腕ににじり寄っていく。


 しかし、物事そう上手くはいかないもので、腕まであと数メートルというところでアルガが横転しながら私のすぐ横に吹っ飛ばされてきた。アルガは私を見つめて叫ぶ。


「星原さん――ッ!」


 これでもかと目を見開いて、思い切り腕の切断面を見てしまっている。星原さん、じゃないのよ。戦闘中に敵から視線を外すな。「クソッ!」と悪態をつきながらまたフカドロンに飛び掛かる。悪態をつきたいのはこっちの方だ。


 いくらなんでも、この場で腕がくっつきましたは無理かな。仕方ない。「機関」の力を借りるか。がめついから借りを作りたくないんだけどな。ついでに血糊の色と量の調整もしてもらおう。なんだあの血の吹き出し方。B級のスプラッター映画じゃないんだから。


 そんなことを考えていると、フカドロンの悲鳴とアルガの怒声が聞こえた。見られたときのために苦悶の表情をしたまま、声のしたほうを見る。どうやら相打ちで決着がついたらしい。月島くんの体は桜の木に打ち付けられ、気絶しているようだ。表情を(しか)めっ面から微笑みに切り替える。ありがたい。これならうまくやり過ごせるかも。


 私は立ち上がり、プラズマを飛ばして腕を拾い、切り口がうまくかみ合うように引っ付ける。フカドロンの切り方が粗暴すぎて、服の破け具合は言い訳が利かないレベルにパンクだ。ベンチに置いてある鞄からタオルを取り出して、傷口の上に巻いて応急処置とする。


 右手が正常に動作することを確認しながら、月島くんの肉体の前に立つ。項垂れた姿勢からは、後頭部のアルガの仮基地も見えるが、中が動作している様子はない。


 見下ろす私の前髪から、雫が滴る。いつしか雨は止み、空には月が出ていた。月明かりが私の冷たい表情を影に隠す。



 ()()()。あまりにも。



 ネオリンク星人の宇宙船が飛来の可能性あり。機関からその情報を得て、私は見晴らしのよい東丘公園に陣取っていた。仕組まれたように私が住処としている街に飛来予定だというのだから、我々ジエイの残党狩りでも行うのかと戦闘準備もしていた。どんな戦艦でもかかってこい、と意気込んだ矢先、宇宙船はあっけなく空中で爆散した。


 機関の指示で、その後の月島くんの経過を追ってみたが、怪しげに宇宙船を回収している様子だった。ネオリンク星人が月島くんの意識を乗っ取っていることは明らかだった。


 私は独断でフカドロンに興奮剤を注入し、刺激してみた。そこでアルガの戦闘力と地球生命体への向き合い方を確認したかったのだ。一応怪我防止用の防膜液を操って女性の周囲を覆っていたとはいえ、襲われた少女たちには悪いことをした。機関にトラウマが残らないように記憶処理をしてもらったので大丈夫だとは思うが。


 興奮剤が中途半端にパックに残るのがもったいなかったので、最後の一匹に対しては歯磨き粉を捻りだす要領で液体をぶちまけたのだが、その結果がそこで死体になっている巨大フカドロンだ。「もったいない」なんて感情、地球で覚えるんじゃなかった。


 でもおかげで充分にデータが取れた。


 ネオリンク星人は宇宙船がなければ私一人で対応可能。


 そして、人間に危害を加える様子はない。


 機関には引き続き、私一人がそばで観察しておけば問題ないと伝えておこう。


 それに、機関を信用しすぎるものよくない。私が地球にいる時代に、私が住まいを構えるエリア内に、因縁のネオリンク星人が降って落ちてくるのは、偶然で片付けるにはできすぎている。おそらく機関の誰かが仕組んだに違いない。意図は見当もつかないが、この状況は有効活用させてもらおう。


 協力してもらうぞ、ネオリンク星人。うまく懐柔して、ネオリンク星について、洗いざらい吐いてもらう。


 湖の畔、しゅうしゅうと音を立てて消えていく肉体がフラッシュバックする。


 くすんだ薪が火に焼かれるような、しゅうしゅうと溶けていく、あの忌々しい音。


 音をかき消すように頭を左右に振ってから、目の前の生命体を睨みつける。パチッと瞳からプラズマが漏れ出る。


 協力してもらうぞ、アルガ。



 あの日お前たちに殺された、兄の復讐のために。



 私が、世界に隠す知られざる一面は、お前も知ることはない。






 ううん、とアルガが唸り声を上げる。どうやら覚醒のときが近いようだ。


 やべ。この状況の言い訳を考えてなかった。


 まあいいや。即興で適当にけむに巻こう。なんとかなるだろう、コイツなら。アルガの前にしゃがみ込んで、頬を撫でる。


 月島くんの瞼がゆっくりと開いた。


 私は月島くんに、忌々しい宇宙人を宿すその肉体に、優しく微笑んだ。


「やったね。アルガ」



こちらの作品は冒頭だけ書いて先の展開を思い描けていないので、一旦完結済みとさせていただきます。

もしこちらの作品がおもしろいと思っていただければ、別作品「ロクデナシ黙示録」を読んでいただきながら気長に待っていただければ幸いです。

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