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9 ダンジョンを発見する

「お頭、またひとり死にましたぜ」

「またかよ、弱え奴らだ。死体はいつものように遠くに運ばせとけよ。魔獣が寄ってきたらたまらんからな」

「へい!」


 数日前までミナとアリサがいた集落『クロイワ連合』は今、原因不明の流行病で複数人の死者を出していた。

 実は不衛生な環境と杜撰な食糧管理による食中毒なのだが、知識のないクロイワ一派には理解できなかった。


「人はまだ足りてるんだろうな」

「へい、洗濯係をひとり掃除係に回しました。服はそんな頻繁に洗わなくても死なないですから」

「違いねえ、むしろ若いやつは裸で生活するルールに変えるか」


 ガハハハと下品な笑いがこだまする。

 相変わらずの集落の様子だった。


◆◆◆◆◆◆


「よし、それじゃ物資調達に行ってくるぜ」


 俺は広い駐車場でニューマシンにまたがってカッコつけた。

 今朝、ホームセンターの隅にあった自転車売り場から、一番カッコいいものを選んだのだ。とはいってもタイヤが細いロードバイクではなく、フレームが太い頑丈なシティサイクルだ。


「えー、なんか似合ってないよ」

「いいんだよ、こういうのはノリと勢いが大事なんだ」


 ミナの突っ込みを軽く流す。


「道路はそんなに荒れてないと思うけど、草木が凄いから転ばないように気を付けてね」

「ありがとう、それじゃ行ってくるよ」


 二人にはシャッターを閉めて施設の中にいるよう指示し、俺は自転車を漕ぎだした。

 周囲解析サラウンド・スキャンで近くに魔獣がいないことは確認済みだ。

 アスファルトの道路は意外と損傷もなく、スイスイ進んで気持ちがいい。

 ひとまずこれまで行ったことのない調布駅方面へ足を延ばしてみる。

 都内から離れて行っているためか、車が道路を塞いでいることもなかった。


「んー、この辺のお店は全滅っぽいな」


 品川通りを走りながら国領駅から布田駅にわたり見つけたお店に入ってみたが、食べ物の類は軒並みなくなっていた。


「しょうがない、当初の予定通り調布駅付近まで足を延ばそう」


 俺はペダルを漕ぐ足に力を入れた。

 時折、魔獣の反応を確認しながらぐるっと遠回りしつつ、20分ほどで調布駅前までやってきた。

 この辺も目立つお店はほとんどガラスが割られており、何もなさそうなのは火を見るより明らかだった。


「こりゃ苦労しそうだぞ。どうするか、府中のほうまで行ってみるか、それとも多摩川を渡って別ルートで帰る道に期待するか……」


 駅前の光景を見渡しながら思案していると、さっきまでは見えなかった違和感に気付いた。


「ん? なんだあれ」


 駅前のロータリーを挟んだファミレスの入り口付近。

 よく見ると蜃気楼のように空気が揺らいで見える。

 俺は何気なくそこへ近づいてみた。


「なんだ? 温泉でも湧いて湯気でも立ってるのか?」


 その揺らぎに近づくとはっきりと異質なものだと気付いた。

 揺らいだ中心から赤い光が漏れている。

 興味本位で手を伸ばしてみると、いきなり視界がゆがみ、強烈な吐き気を催した。


「う、うわ、なんだこりゃ!」


 気付くと俺は赤みがかった空間にいた。

 ぱっと見、夕日に照らされた調布の街並みに見えるが、ビルや道路のいたるところが歪んでいる。

 まるで出来損ないの絵画の中にいるような。


「あ、ここってもしかして……ダンジョンの中か?」


 遠めのビルの角に魔獣の姿を見た俺は、慌てて物陰に隠れる。

 アリサとミナの話では、空間に裂け目のようなものができて、そこから魔獣が出てきたと言っていた。

 最初は配信者がダンジョン攻略に挑んだとも。


「ってことは、入ったとしてもどこからか出られるってことだよな」


 俺は周りを見渡してみた。

 さっきは気が付かなかったが、歪んだファミレスの建物の前の空気が揺らいでいる。

 なるほど、ここが現世との出入口ってことか。

 戻れそうだと感じて少し心に余裕ができた俺は、少しダンジョンの中を散策することにした。


「それにしても変な光景だな。ダンジョンって聞いたからてっきり壁に囲まれて前後左右にしか行けないものだと思ってたのに」


 昔懐かしの3Dゲームを思い浮かべながら散策していると、ふと建物の前で倒れている人の姿を発見した。


「うわ、ダンジョンの犠牲者かよ、お気の毒に……」


 そう言いながら近づいてみると、仏さんは思いのほか背丈が小さい。

 中学生くらいの女の子だろうか、髪はボサボサで薄汚れたセーラー服を着ている。

 よく見ると肌は赤みを帯びており、少し肩が上下していた。


「え、生きてる? おい、大丈夫か?」


 声をかけるとその少女は薄目を開けた。


「ちからが……はいらない……」

「じっとしてろよ、とりあえずダンジョンの外まで連れて行くぞ」


 俺は少女を担ぎ上げると、ファミレス前にある出入口へ向かった。

 そのまま空気の揺らぎに触れると、視界が歪んで気が付けば調布駅前の光景が広がっていた。

 どうやら無事帰ってこれたらしい。

 とりあえず担ぎ上げたままだった少女を駅前のベンチに座らせる。


「おい、大丈夫か? 喋れるか?」

「お……」

「お? なんだ?」

「お……なか……すいた……」

「…………」


 この子は空腹で倒れていたらしい。

 俺は異空間ポケットからカロリービスケットとペットボトルの水を取り出した。


「おい、これ、食べれるか?」

「たべたい……」


 そういうと少女は口をパカッと開いた。

 俺は袋から出したビスケットを細かく砕いて少女の口に入れてやる。

 もぐもぐと咀嚼してごくんと飲み込むと、再び口が開く。

 なんか雛にえさを与える親鳥みたいな心境だ。


「まだ食べるか?」

「もっと」


 俺は時折水も飲ませながら、好きなだけ食べさせることにした。

 徐々に元気が出てきたのか、途中で自ら身を起こすが、相変わらず口を開けてビスケットが入ってくるのを待っている。

 ちょっと変わった子かもしれない。

 とりあえず少女が立ち上がれるようになるまで俺はそばに居ることにした。


「で、名前は?」


 まだふらついているが、頭に糖分が回ったのか目の光が強くなったのを見て俺は尋ねてみた。


「セラ……」

「どうしてダンジョンの中にいたんだ?」

「わかんない」

「誰か他の人はいないの?」

「わたしひとり……」


 要領を得ない問答を繰り返したが、どうやらこの子はここ数ヶ月はずっと一人で生きてきたらしい。

 食べ物もなくなり、仕方なく外へ出たという。

 そんな時にフラフラと出歩いたら偶然、さっきのダンジョンに触れてしまったんだろう。

 ふとその子が本を抱えていることに気付いた。


「それは何の本なの?」


 少女はちょっと表情を和らげると、表紙をこちらに見せてきた。

 そこには『こども百科事典』と書かれている。


「本が好きなんだ」

「うん、好き」


 言葉は少ないが力強さを感じる返答だった。

 まだあどけない顔の少女をここに置き去りにするわけにはいかないか、ここは拠点に連れて帰るべきだろう。


「よかったら、お兄さんと一緒に来るか?」

「え?」

「少し遠いけど、拠点にしているショッピングモールがあるんだ。水と食べ物なら分けてあげられ――」

「本が読みたい」


 食い気味に被せてくる。


「本は、ないの?」

「あ、ああ、確か本屋さんがあったはずだよ。あまり大きくはなかったけど」

「じゃあ行く」


 食べ物よりも本に食いつくのか。


「それじゃあ行こうか。自転車の荷台に座れるかな?」

「よゆう」


 俺たちは自転車にまたがると、念のため少女の身体を俺の身体にロープで縛りつけた。

 これで落ちないだろう、もしくは一緒に落ちてケガするかどっちかだ。


「よし、行くぞ、しっかりしがみ付いてろよ」


 俺はゆっくりと自転車を漕ぎだした。

 物資調達に出て少女を拾ってきたと言ったら、あの二人はどんな反応するかな。

 落ちないように俺の腰にギュッとしがみ付く腕に微笑ましさを感じながら、ペダルを漕ぐ足に力を入れた。

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