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26 畑のトラップ

「おい、こっちだ。ぐずぐずするな」

「へ、へい!」


 その日の夜は雲もなく、松明の灯がいらないほど月明りが辺りを照らしていた。

 住宅街を南下する人影が3人、周りを警戒しながら壁に身を隠しつつゆっくりと進んでいる。


「こんなところで魔獣に襲われたらひとたまりもないな……」

「そうなったらお前がおとりになれよ。その間に俺は逃げる」

「そんなぁ、おとりはジャンケンとかで決めましょうよ」

「心配するな、お前のことは俺がずっと語り継いでやるから」


 時折冗談でも言わないと怖くて足が進まないのだろう。

 運が良かったのか、その3人は魔獣に出会うこともなく目的地にたどり着いた。


「あのショッピングモールですね」

「思ったより塀が高いな、とりあえず一周回って入れるところを探すか」

「お、あそこの部分、岩で補強されているから足が掛けやすそうだな、あそこから登ろう」


 以前、グレート・ボアに壊された壁から侵入することを決めた奪取班の3人。

 音もなく敷地に潜入する。

 目の前には広々とした駐車場があり、その先に大きなショッピングモールの建物が鎮座していた。

 見る限り人の姿はない。


「リーダー、あれが畑じゃないですかね?」


 駐車場の奥にコンクリートがはがれ、土が露出している場所に青々としている部分がある。

 遠目でも何かの野菜がゴロゴロしているのが見て取れた。

 近づいてみると、見事な大きさに成長しているかぼちゃとトマトの姿が目に入る。


「す、すげぇ……」

「トマト……食いたい!」

「よし、盗るぞ、根こそぎ奪っちまえ!」


 3人は一斉に畑の中へ入りこんだ。

 その時、この世界では聞き馴染みのなくなっていた電子音が辺りに響き渡った。


 ピュイピュイピュイピュイピュイピュイピュイピュイピュイ


 よく子どもに持たせる防犯ブザーにテグスを付け、畑を囲うように設置しておいたのだ。



 驚いて固まる3人。

 それと同時に何かの液体が3人の顔めがけて降りかかった。


「ぶわっ! 何だこりゃ!」

「ぺっぺっ、くそ! 目と口に入った!」


 視界を封じられ、その場であたふたするしかできない。

 更に畑に向けてライトが照らされる。


 カッ


「うお、今度は何だ!?」


 俺たちが畑に辿り着いて見たのは、頭部が赤く染まってその場でへたり込んでいる3人の姿だった。


「ああ! この人見たことある!」

「やっぱり……『クロイワ連合』の連中だったのね」


 ミナとショウコの言葉にみんなため息をついた。


「くそ! なんだよこれ! 何をしやがった!」

「畑のトマトに異変があったからね、ちょっと盗難対策をさせてもらったよ」


 目をゴシゴシしながら立ち上がってこちらを見る3人。

 掛かった液体のせいで顔じゅうが真っ赤だ。

 慌てていた奪取班の3人だったが、こちらの大半が女性だと気付くと、途端に余裕の顔になった。


「ビビらせやがって、大人しく寝てればケガをすることもなかっただろうにな」


 ひとりがポケットからナイフを取り出す。

 その仕草を見て一瞬緊張が走る。


「そんなもので脅さないと生きていけないなんて、哀れな人ね」

「な、なんだとっ!」


 ミナの言葉に憤る男。

 後ろの二人も思い思いに武器を取り出した。


「そんなことしなくても、普通にお願いされれば分けてあげたのに……」


 俺は努めて冷静に3人に向けて声をかける。


「う、うるせえ! お前らは畑のものを全部差し出せばいいんだよ! さもないとここが血の海になるぞ」

「そいつぁ聞き捨てならねえな」


 声のほうを向いてぎょっとなる3人。

 建物の入り口からダリオとゼッドが顔を出した。


「ユウト殿から隠れて見ているよう言われていたが、暴力に訴えるなら看過できないぜ」

「同意、血の海を作るのはそなたらの血になるぞ」


 ゼッドが刀を抜いてしなやかに振った。


 ヒュンッ


 月明りに光る刀の美しさに思わず目を奪われてしまう。

 3人の男たちの手が震えている。

 大きく出てはいるが、人を刺した経験もないのだろう。


「今なら見逃してやる。しかし二度目はない」

「な、なにを……」


 ゼッドの言葉に明らかに逡巡している。


「もう野菜は諦めてください。それに、早く帰らないとヤバいですよ?」

「な、なんでだよ!」

「あなたたちが浴びた赤い液体、なんだと思います?」


 俺の問いかけに困惑する3人。


「それね、魔獣の血液です。触れただけで皮膚がただれてくるし、もし目や口に入ってしまったら……毒が回って朝には死にます」

「ヒィッ!」


 後ろの男が息をのむ。


「に、逃げろ!」


 一目散に門へ駆けていく3人に対し、ミナは素早く門を開けて誘導する。


「はい、お帰りはこちら」

「ひぃぃぃ!」


 あっという間に3人の影は見えなくなった。


「それにしても魔獣の血なんて……どこに取っておいたの?」


 アリサが俺に問いかけてきた。


「あれは冗談だよ。魔獣の血にそんな効果はないしね。本当はこれ」


 そう言ってプラスチックのカートリッジを異空間ポケットから取り出す。


「あ、それって……」

「そ、プリンタのインクカートリッジ、家電売り場のパソコンコーナーから失敬してきたんだ。この赤黒い色を演出するのに苦労したんだぜ」


 それを聞いてアハハと笑うサクラ。


「あいつら、プリンタのインクにビビッて逃げてったのね。今頃、川で顔を必死に洗ってるんでしょうね」

「ダサい……そのままおぼれてしねばいい」


 セラの毒舌も流暢だ。

 この罠で畑を狙わなくなってくれればいいんだけど……。


「まぁまた野菜を狙ってくるかもしれねえからな、今後は俺かゼッドが見回りをすることにするぜ」

「御意、我もそろそろ仕事をしたいと思っていたところだ」


 こうしてこの騒ぎをきっかけに、より一層拠点の安全性が増すことになった。

 まぁその後数日は、表面が赤くなった異様な見た目のかぼちゃを食べることになったわけだが。

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