24 ダンジョンの謎
「お頭、ちょっとお耳に入れたいことが」
『クロイワ連合』の一室、夜の卑猥なパーティの最中に、側近のひとりがお頭に囁いた。
「さっき邪魔な老人を蹴飛ばしたらこんなものを落としまして……」
「ああ? なんだこれ」
「手回しのラジオ受信機です」
「ガハハ、そんなもん持っててもしょうがないだろ、放っとけ」
「しかしですね、取り上げようとしたらかなりの力で抵抗してきたんですよ。これは何かあるかもしれませんぜ」
お頭はそれを聞くとラジオ受信機を眺めた。
「おまえ、明日からそのラジオを一日中付けてチェックしろ」
「い、一日中ですか? 手回しなので他に何もできなくなりますが……」
「構わん、良からぬ種は早いうちに潰しておいたほうがいい」
「わ、わかりやした」
ほんの些細なきっかけだが、拠点同士の抗争のこれが始まりだった。
◆◆◆◆◆◆
「よし、ユウト殿、ダンジョンに案内してくれるか?」
「い、今から? もうだいぶ日が高いけど……」
ゼッドの言葉に慌ててタブレットPCを立ち上げて時計を見る。
時刻は12:35を示していた。
「なんだ、時間を気にしてるのか。大丈夫、ダンジョンの中は時空が歪んでるのか、ほとんど時間が経たん」
「え、そうなの?」
セラを助けた時は体感10分くらいしか居なかったため意識すらしていなかった。
「その調布駅のダンジョンまではどのくらいの距離なんだ?」
「ええと、自転車で30分くらいのとこですね」
「なんだ、近いじゃないか。それなら日暮れ前に戻ってこれる」
俺は勢いに飲まれてダンジョンに案内することとなった。
拠点の管理をアリサに任せ、ダリオとゼッドと共に調布駅ダンジョンへ向かう。
「ここです」
俺は駅前にあるファミレスを指差した。
前回と変わらない場所に空間の揺らぎがある。
「おお、確かにあるな」
「さて、果たして何匹の魔獣が出てくるやら」
二人は拠点からここまで走ってきたというのに息切れひとつしていない。
よく見ると汗もかいてないようだ。
どういう鍛え方をしてるんだ。
「さて、それじゃ入ろうか」
「え、俺もですか?」
「当たり前だろう? お主は何やら魔獣の位置が分かる能力を持っているようじゃないか。一緒に行ってくれると効率が良い」
「なあに、お前は俺たちが守ってやるから、遊園地のお化け屋敷に来たくらい気軽に考えとけばいいぞ、ガハハ」
俺は二人の勢いに負け、一緒に入ることにした。
もしかして俺って押しに弱いのか?
ぐにゃあと目の前の景色が歪む感覚の後、前回同様、赤い街並みの中に俺達はいた。
一見するとただの赤い調布駅前に見えるが、ビルの壁や道路など、いびつに曲がりくねったところがあり、現実感がない。
「ここは駅前が再現されたダンジョンなんだな」
「うむ、比較的歪みも少なくわかりやすいダンジョンだ」
俺は疑問に思ったことを問いかけた。
「え、ダンジョンの風景ってそんなにいろんなパターンがあるんです?」
「そうだな、こういった現実世界を模したものも多いが、変わり種だと絵本の中みたいなところもあったぞ」
一体ダンジョンとはなんなのだろうか。
悩んでもしょうがないが、今後のためにいろいろと観察はしておきたい。
とりあえず俺は周囲解析で魔獣を探す。
「前方200m先に1頭、西寄り300m程先に1頭の計2頭いますね」
「すげえな、そんな先のほうまでわかるのか」
俺たちは直進200m先の魔獣の様子を見に行くことにした。
「あの草むらの辺りですね」
「了解、ゼッド、いつものやついくぞ」
「承知」
ダリオがものすごい勢いで草むらまでの距離を詰める。
あの巨体で足音を極限まで出さないなんてどうやってるんだ……。
気付くとゼッドの姿がない。
「どぅりゃああぁぁ!」
ダリオがその場で拾った拳大の岩を魔獣のいる方向へ投げつける。
ズボボッ!
岩が草むらにめり込むと同時に一匹の虎のような魔獣が飛び出してきた。
グレートボアじゃない……?
ダリオはにやりと笑うと飛び出てきた虎の魔獣をがっしりと掴み、空高く放り投げた。
グォオォォオ!
シュンッ
どこにいたのかゼッドが空中で待ち受け、虎の魔獣を一瞬で斬り刻む。
ドサドサドサッ
魔獣の肉片が辺りに散らばる。
ものの一瞬で魔獣を仕留めてしまった。
のんきにハイタッチを決める二人を見て俺は身震いしてしまった。
「な? 気楽でいいだろ?」
ダリオの言葉に俺は首を縦に振る。
この人たちが敵じゃなくてよかったと心底思った。
今後も出来る限り美味しい料理を振る舞わなくては。
「ちなみにこの虎みたいな魔獣は『キラーパンサー』と呼んでるぜ。昔好きだったゲームから名付けた」
ダリオが得意げに言った。
多分、国民的RPGのモンスターの名前だろう、俺も好きだったからよくわかる。
でもあれは虎じゃなくて豹だということは言わないでおいた。
「それじゃもう一体のほうへ行こう。案内、頼めるでござるか?」
ゼッドの言葉に今一度、周囲解析を行うが、さっきの場所から反応が消えていた。
「あれ、消えた……探知範囲外に行ったのか……」
「そうか、まぁ探しながら徘徊するか、なあに、時間はたっぷりあるからな」
俺たちはダンジョンの中を縦横無尽に歩き始めた。
基本は調布駅付近の光景だが、駅前から離れると少し建物や道路の歪みが酷くなってきた。
「ダンジョンっていうなら、宝箱とか落ちてないんですかね」
「ガハハ、そいつはいいな。だが今のところ見つけたことはないな」
周りを確認しながら周囲を散策していく。
面白いのはダンジョンは無限の広さではなく、ある程度進むと建物やがれきなどで唐突に塞がれている点だ。
何かの意思が働いてる気がしてならない。
「ん? あれは……?」
道路や建物の歪みが極限まで酷くなり、平衡感覚に自信がなくなってきた頃、俺はその先にある空中に浮かぶ黒い影を見つけた。
直径1mくらいの、ゆらゆらと空中に揺らめく影のような、穴のような。
気になったのは、その横に浮かぶ『解析◯』の表示だ。
俺はその影に触れようとしたが、その前に魔獣の反応に気付いた。
「いました、斜め後方200m付近」
「お、やっと出てきたか」
魔獣の反応は予想外に頭上高い場所からだった。
「あれ? 空を飛んでる?」
「ああ、空を飛ぶタイプもいる。ちょっと厄介だな」
空飛ぶ魔獣は歪んだビルを旋回しこちらに向かってくる。
見た目は普通の鳥にしか見えない。
「キングバードだ、ちょっと伏せてろ」
ダリオがそう言うや否や、キングバードはこちらに向いて一際大きく羽ばたいた。
雨のような羽の弾丸が無数に飛来する。
「う、うわ!」
俺は思わず身を屈めるが、ゼッドの刀がムチのようにしなりながら宙を舞った。
ボトボトと羽がその場に落ちる。
「甘い。ダリオ」
「オッケェ!」
ゼッドは振り返るとダリオの腕に飛び乗った。
「オラァ!」
そのまま腕を振り上げ、ゼッドを空中高く投げ飛ばす。
キングバードの胴と頭はその一瞬で切り離されることとなった。
ズバッ
ドサッ
あっけなく決着がついたように見えたが、それはこの二人が圧倒的な実力を持っているからだ。
俺ならさっきの羽でもう死んでいる。
「他に魔獣の反応は?」
「今のところないです」
「そうか、今日はここまでだな」
俺は一息ついて振り返ると、さっきまで気になっていた空中に浮かぶ歪な影に近付いた。
なんとなく空気の流れを感じる。
影に触れるよう右手を前に出し、解析を掛けてみた。
ヴォイドゲート『モルド=クライン収束境界 交差地:ノクティルーカ クラディア断層地帯』