23 新たな脱走者
「そうそう、中は赤い不気味な空間でよぉ、魔獣が跋扈してやがったんだ」
ダリオが真面目な顔で言った。
話題は空間の裂孔、ダンジョンの話になっていた。
「俺も何か所か見つけましたよ。ダンジョンの中でセラと会ったんだよな?」
セラはきょとんとした顔で俺を見た。
「ああ、そうか、セラは気を失ってたから覚えてないか」
「そうなのか、だがダンジョンに入って無事出てこれたのは儲けもんだな。出口を見失って息絶える奴も結構いたんだぜ?」
それを聞いてちょっと怖くなった。
調布駅のそばにあったダンジョンはたまたま近くに出口があっただけなのかもしれない。
専修農業大学の講堂ダンジョンには入らなくてよかった……。
「まぁ俺たちも目的が目的だからな、ダンジョンも見つけ次第入るようにはしている。ちゃんと準備していればさほど問題はないぜ」
ダリオが俺の心を読んだのか、そう言った。
「とりあえず、拙者たちもいずれユウト殿が見つけたダンジョンに行くことになると思う。その時は案内をお願いしたい」
「わかりました、その際はちゃんと準備していきましょう」
「え、ユウちゃんも行くの?」
ミナが心配そうな顔でこちらを見る。
「まぁ何か重要な物資が手に入るかもしれないしな、それに二人に任せるのも無責任だし」
「ガハハ、ユウト殿の背中は我々が守るから安心しろよ。何かあって美味い飯が食えなくなるのも嫌だしな」
「俺は飯のついでか……」
穏やかな空気が流れていった。
日は高く上り、そろそろ畑仕事をしようとミナが立ち上がった時、ハルカが門の外を指さした。
「ねぇ、誰かいる!」
「え!?」
みんな一斉にそちらを見ると、ふらふらとひとりの女性がこちらに向かって歩いてきていた。
咄嗟に周囲解析を使用するが、近くに魔獣の反応はなかった。
「あれは……もしかして、おば様?」
ショウコが反応した。
もしかして、知り合いなのか?
「こりゃいかん、助けに行くか」
「拙者も行こう」
ダリオとゼッドは率先して門を飛び越えると、その女性に向かって一目散に駆けていった。
俺も後を追おうとしたが、とんでもないスピードで走る二人に完全に置いて行かれた形だ。
「やっぱり! おば様、私です! ショウコです!」
「あああ、ショウコちゃん、無事だったのね、良かったぁ」
ダリオに抱えられる形で戻ってきたその女性は、ショウコの前で倒れるように膝を崩した。
ショウコの時と同様、かなり衰弱しているのがわかる。
「とりあえずお水と、何か消化にいいものを、アリサ」
「ええ、ちょっと待ってて」
「大丈夫、ちょっと疲れちゃっただけ、少し休めば……」
水分を取って少し落ち着いたのか、その女性はすくっと立ち上がった。
見かけ以上に強い女性らしい。
「ごめんなさいね、もう大丈夫よ。それにしてもショウコちゃんとタケルくんがここにいたなんてね、会えて嬉しいわ」
「私こそ……勝手に飛び出てしまってごめんなさい」
ショウコは俺たちの視線に気付いたのか、慌てて説明をした。
「あ、すいません、彼女はサクラおば様、『クロイワ連合』で随分お世話になったの」
「申し遅れました、堂上サクラと申します。助けて頂いて何とお礼を申し上げればよいか……」
そう言って丁寧にお辞儀をした。
年齢は30代後半といったところか、髪は肩までのウェーブ、目尻が上がって少しキツめの印象を受けるが、非常に礼儀正しい人だ。
シンプルなパンツルックだが、どこか妖艶な女性らしさを感じる。
「それでおば様、どうしてここがわかったの?」
「『クロイワ連合』の中でね、最近隠れて流行ってるものがあったの」
そう言ってサクラはポケットから小さな機械を取り出した。
手のひらサイズの黒い箱に手回し用のハンドルが付いている。
「それって……ラジオ?」
「そう、最初はおじいさんが暇つぶしに回してるだけだったんだけど……ある日、急に音楽が流れてきてね、みんなで隠れて聴くようになったんだ」
「うそ……」
ハルカが息を飲んだ。
ミナがハルカの両肩をバンバンと叩いて興奮している。
「そのラジオでね、困ってる人は多摩川沿いにあるショッピングモールに来てって紹介してたから、みんなそれが気になっちゃって。たまたま私が物資調達班に任命されたから、もう命懸けで脱出してきたのよ」
「ほらっほらっ、ハルカ、ラジオの効果、あったじゃん! やったね!」
ハルカは口を押さえて喜んだ。
「あの集落は、もう駄目だと思う。物資調達がうまくいってないから日に日に配給も少なくなって、みんな体調を崩しがちだから衛生面にも気を配れなくなってきたし、生活が成り立ってないの」
「そうよね、私もそれで逃げ出したんだし……」
「あなたはタケルくんがいたから逃げ出して正解よ。今もいたらもっと酷いことさせられてるわ」
そう言ってサクラは身震いした。
ショウコが懇願するような顔でこちらを見る。
俺は言葉にしなかったが、力強く頷いた。
「ここに来ればもう大丈夫よ。すごく人間らしい生活が送れるわ。これからも協力して生きていきましょう」
「いいの? 私、何もお返しできるものなんてないのよ?」
「そんな心配しなくて大丈夫ですよ、ちょっと仕事はしてもらいますけど、無理なことはいいませんので」
アリサがサクラに向かってそう言った。
「あ、あなた、アリサちゃん? それにそっちはミナちゃんじゃない」
「ご無沙汰ですね、サクラさん」
「そっか、あの時出て行って……本当に人間的な生活が出来てるのね……あの時は庇えずにごめんなさい」
「いえ、私たちも限界を感じていたので、いいきっかけでした。ね、ユウト」
俺は笑顔で頷いた。
「あの時の言葉、有言実行出来てるかと思います。もちろんあなたも受け入れられますし、こらから脱走する人がいるなら全員引き受けますよ」
その言葉にサクラはニコッと笑って俺に手を差し出した。
「お願いします。私にできる仕事があれば何でも言ってください」
「おば様、今は畑の手入れが行き届いてないの、手伝ってくれます?」
「あら、そんなのでいいの? お安い御用だわ」
そう言ってサクラは腕まくりをした。
「あ、今すぐじゃないです! 今日のところは美味しいものを食べてゆっくり休んでください!」
「そうそう、元の集落と比べたら、いろいろと驚くと思いますよ」
ショウコが笑みを浮かべているのを見て、サクラも思わず笑った。
「そう? それは楽しみね」
この後、食事やトイレなど驚きっぱなしのサクラにとどめを刺したのは、新鮮なシーツが掛けられたベッドだった。