21 魔獣を食す
「また物資調達が不発かよ、まさかサボってんじゃねえだろうな」
日も暮れて各所に炊いたたき火の明かりがゆらゆらと揺れる中、お頭の怒号が室内に響いた。
「お頭、もうこの辺の店は全部取りつくしたんで、調達係も時間がかかってるんスよ」
「もう3組も帰ってこねえじゃねえか、食いもんはあとどれだけ残ってるんだぁ?」
「今の人数だとおそらく……2週間分くらいかと」
ダンッとお頭が机を叩いた。
「おめえらの指導が甘いんじゃねえか? このまま食いもんがなくなったらどうする気だよ」
「それは……」
食料係の男は黙ってしまう。
その時、お頭の横にいた側近の一人が耳打ちした。
「お頭、今朝鉄門に挟んで倒した魔獣、もしかしたら食用になるかもしれませんぜ」
「なぁにぃ? 本当かそりゃ」
昨夜、体長2mほどの小柄なグレート・ボアが施設に侵入を試みた際、偶然鉄門に挟まって命を落としていた。
「あれが食えるなら、しばらく食料に悩まずに済むな……よし、早速焼いて食ってみるか」
一同は校門前に移動し、グレート・ボアを解体し始める。
見た目は猪とほぼ一緒で、特段おかしい感じはしない。
いくつか肉のブロックを取り出すと、鉄の棒に刺して直火で焼いていく。
「おう、そこのじじい、これを食ってみろ」
「ええ? わしが食うんですか?」
「肉なんて久しぶりだろぉ? この場にいたご褒美に食わせてやるっつってんだ、ガタガタ抜かすな」
そう言ってお頭は20cmほどの肉の塊が付いた棒を突き出した。
しかしその老人は腰が引けて肉を受け取ろうとしない。
「面倒くせえことさせるなよ、食うのと死ぬのどっちがいいんだぁ?」
「た、食べます……」
老人は意を決して焼き立ての肉にかぶりついた。
泣きそうな顔をしながらゆっくりと咀嚼する。
「…………」
「おい、感想を言え」
「う……うまい……です」
「おぉ? マジか? おいお前、食ってみろ」
「あっしですか? は、はい……」
部下の一人も恐る恐る口にする。
もぐもぐと咀嚼した後、ごくんと飲み込んだ。
「こりゃ……確かに……猪の味まんまですよお頭、昔食べた牡丹鍋みたいな味がします」
「おお、大丈夫みてえだな、おい、俺の分を持ってこい」
側近の男がもう一つの肉ブロックを鉄の棒に刺し、火にくべた。
「こうなりゃ魔獣討伐班を作ってこれからは魔獣を食っていくかぁ、がはは」
「いいですね、やっぱ肉を食うと力がわいて……」
ごぼっ
男の口から血の塊が噴き出てきた。
そのまま前のめりに倒れ、ビクンビクンと痙攣し、動かなくなる。
その場にいる人間が静まり返る中、ぱちぱちと肉の焼ける音だけが響いていた。
◆◆◆◆◆◆
ドゴゴゴォォォンッ!!
早朝、突然の爆音で俺たちは飛び起きた。
なんだ!? 一体何が起きたんだ!?
「ユウト! あれ!」
アリサがガラス窓から外を指さす。
眼下に広がる駐車場の先、2mほどの高さの塀を壊し、グレート・ボアが敷地内に入ってきていた。
「う、うそだろ……?」
「ミナ、1階のシャッターは?」
「毎日閉めてるから大丈夫」
グレート・ボアは敷地に入ってはきたが、駐車場の中をウロウロしている。
よく見ると体中に傷がついており、手負いの状態だ。
「なんか、様子がおかしいな」
「あ、あれ、誰か入ってきた!」
ハルカの声で塀に視線を戻すと、更に二人の男性が駐車場に飛び込んできた。
一人は身体が大きく屈強な兵隊のイメージ。
もう一人は黒い長髪にゆったりとした和装、手には……刀だろうか、侍のような様相だ。
俺たちは固唾をのんで様子を見守っていると、グレート・ボアは屈強な男めがけて突っ込んだ。
それを両手で受け止め、3mほど後退したところで動きを止める。
なにかを叫んだのだろう、それを合図に侍の男が手に持った刀で一気にグレート・ボアを一刀両断にした。
「うわ、すご……」
ミナが感嘆の声を漏らす。
グレート・ボアはふらふらとよろめきながらその場に倒れ、動かなくなった。
俺は魔獣を倒せる人間がいたことに驚いた。
あの二人は何者だろうか。
「あ、ねぇ、あの人、手を振ってるよ?」
屈強な男がガラス越しに見ている俺たちに気付いたのだろう、こちらに向かって手を振っていた。
予想に反して満面の笑みだ。
「なんか、害意はなさそうだな……ちょっと外に出てみようか」
俺たちは少し警戒しながらも、入り口のシャッターを開けて二人の待つ駐車場へ向かった。
「いやぁ、すまんすまん、ここはお前たちの居住区だったのか。まさかコイツが塀を壊してしまうとは」
「だから言ったであろう、あの場で仕留めていればよかったのだ」
「だってよぉ、コイツを止めるのって痛えんだぜ?」
そう言って屈強な男は両手をぶらぶらと振った。
俺たちがポカンとしていると、屈強な男は慌てて自己紹介をした。
「おっと、俺の名はダリオ、日本在住の元アメリカ兵士だ。よろしくな」
「拙者の名はゼッド。この出会いも一期一会、以後お見知りおきを」
個性が強すぎる二人に少し委縮してしまう。
「ゼッドって、本名なの?」
セラが唐突に質問する。
セラには委縮という言葉はないようだ。
「ガハハ、変な名前だろ? 好きなアニメキャラの名前なんだよな?」
「『侍ガードナー』というアニメの主人公の名前だ。ゼッドは俺の心に刻まれた生涯の師だ」
「あ、そう」
「でもアニメオタクの割には凄い刀捌きだったじゃん、どうやったの?」
ミナも平然と会話に入る。
「ああ、コイツはもともと社会人剣道の全国大会3年連続覇者だ。好きが高じて修行するとか、変わり者だよな」
「『異世界居酒屋ムラサキ』が好きで沖縄基地への配属を志願したお前ほどではない」
ガハハと豪快に笑うダリオ。
ふと駐車場のわきにある畑を見てダリオは興奮気味に言った。
「お、おい、ちょっと待て、あれってもしかしてトマトか?」
「あ、ああ、あれはトマトですね、そろそろ2回目の収穫時期かな?」
「そうね、今日あたり食べようと思ってたところよ」
ミナの言葉にダリオの口からよだれが滝のように流れた。
「た、頼みがあるんだが……!」
ミナはくすっと笑って立ち上がった。
「いいわ、美味しそうなところを採ってくるから、ちょっと待ってて」
「せっかくだから、朝食の準備をしようか、ダリオさんとゼッドさんも一緒にどうです?」
「おお、いいのか?」
「拙者もお願い申す」
アリサとショウコにうどんの準備をしてもらってる間に、俺はいつもの場所で火を起こす。
その時、グレート・ボアの亡骸が視界に入った。
ダリオとゼッドがどう処分しようか迷っている。
「あれ?」
俺は気になって二人のもとへ駆け寄った。
「ええと、ユウト殿? これは我らで捨ててくるので心配ご無用なり」
「あ、いえ、ちょっと気になることが……」
そう言って俺は間近でグレート・ボアの亡骸を見た。
『解析◯』の表示が見える。
試したことはなかったが、解析レベルを上げたことで魔獣の解析もできるようになったたのかもしれない。
「ちょっと失礼」
俺はダリオの横を抜け、グレート・ボアの亡骸に右手を添えた。
魔獣の死体【『種:グレート・ボア 性別:雄 質量:480kg』
続けて詳細解析を行う。
グレートボア『食用:可(ただし腹部の毒素袋は除外の必要あり)』
「これ、食べれますね」
俺の一言にダリオとゼッドは驚愕の表情を浮かべた。