20 偉大な発電機
『修理レベルが4になりました』
『修理分解が可能になりました』
ハルカ用の自転車を選び、細かな箇所の修理をしていると唐突にシステム音声が流れた。
「ん? 修理分解ってなんだ?」
俺は気になってメニューの修理タブを開いてみる。
『修理分解:対象を最小素材まで分解できる機能』
説明を呼んでもいまいちピンとこない。
こういう時はとりあえず試してみよう。
俺は近くにあったコンクリートの破片を手に取り、修理分解ボタンに触れた。
途端にコンクリートの破片は掌の上で砂の山となり、さらさらと指の隙間から零れ落ちていった。
「これは……凄いな」
俺は驚いたが、その使い道に悩んだ。
よく考えてみれば、素材単位にまで分解するってどんな状況で必要になるんだ?
まぁ、その時になったら考えればいいか。
「ユウトくん、準備できたよ」
「ああ、こっちも自転車の整備は完了だ。でもラジオ局まで結構距離があるけど大丈夫?」
「あー、私を舐めてるね? こう見えて綾川町自転車レースで優勝したこともあるのよ?」
ちょっと聞いたことのないローカルレースだが、自転車には自信がありそうで何よりだ。
時刻は10時15分、いい時間だ。
「それじゃ出発しようか。魔獣の位置は俺が探知できるから、付いてきて」
「魔獣の位置がわかるって……それだけで生存率爆上がりの超絶便利能力じゃない」
ハルカはあきれたように言った。
多摩川を渡り、まずはガソリンスタンドを目指して走り出す。
なるべく放置自動車やがれきが少ない道を選びながら進んでいくと、20分ほどで少し大きめのスタンドが見えてきた。
セラのイラストの通り、給油機の近くにマンホールが設置されている。
「あそこだな、ガソリンが残っていればいいけど」
俺はマンホールを開けようと思ったが、よく見ると何か専用のカギがかかっているようだった。
近くに落ちていたバールのようなものでこじ開けようとしたが、なかなか頑丈でびくともしない。
「まぁそりゃそうか、なんとかこいつを開けられないと先に進めないぞ……」
「事務所に鍵とか置いてないかな、ちょっと見てくるね」
ハルカは事務所の中へ駆けていった。
俺も四苦八苦してこじ開けようとしたが無駄だった。
「あ……」
俺は唐突に思い出した。
マンホールのわきのコンクリート部分に手を置き、メニューを開く。
「修理分解」
ボゴゴゴッ
いともたやすく隣接したコンクリート部分が砂になって崩れ落ちる。
開いた穴の中を覗くと、中にハンドル型のフタが見えた。
これを開けて穴からポンプを差し込めばなんとかなりそうだ。
最初からこうすればよかった。
「ダメね、鍵っぽいものはどこにもないわ……って、何この穴!」
「ちょっとね、本気を出したらこんなものかな」
俺は右手のこぶしを左手でさすりながらそう言った。
「嘘でしょ?」
「嘘です、すいません」
俺たちは無事、地下タンクにたまっていたガソリンをポリタンクに入れることができた。
念のためポリタンク3つほど満タンに入れると、ハンドル型のふたを厳重に締め、その場を後にした。
◆◆◆◆◆◆
「ねぇミナ、トマトの横の部分にこれを植えてみたいんだけど……」
トマト畑の雑草を抜くミナにアリサが近づいてそう言った。
手には二つの種袋を持っている。
「えーと、何? 富士早生キャベツと……白田五寸人参?」
「なんかすごそうじゃない? やっぱお野菜はなるべく取ったほうが身体にもいいし」
「まぁ名前はすごいけど、要はキャベツとニンジンなんだよね? いいんじゃない?」
「わたしは、はんたい」
いつの間にかセラが後ろに立っていた。
手には一つ種袋を持っている。
「にんじんはきらい。植えるならこれにして」
「なになに、『紅まくら』? ってこれスイカじゃん! また大物を持ってきたねぇ」
「ここのごはんは、甘味がたりない」
「まぁそれは言えるかも……」
3人とも目をつぶって考え込んでしまう。
今はまだ多くが食料物資に頼っている段階だ。
少しずつ栽培が増えているとはいえ、やはり果汁が滴るような甘味は狂おしいほど欲しい。
「それじゃあさ、いっそのこと全部植えちゃおうよ! ここからあそこまでがキャベツ、その横にニンジン、それで壁際にスイカなんてどう?」
「とても手がたりない。ミナがまたたおれちゃう」
「アハハ、それは確かに……」
雑草を抜いたり定期的な水やりや細かなチェックは畑仕事には欠かせない。
特に成長速度が異次元のこの土では少し放置しただけで枯れてしまうこともあるのだ。
「あ、いいことを思いついた」
そう言ってアリサは館内へ一度戻ると、再び種袋を持って現れた。
「じゃん! これなんかいいんじゃない?」
「えーと、『栗かぼちゃ』? なるほど、かぼちゃかぁ」
「ね、かぼちゃって少し放置気味でも安定して収穫できるって言うし」
「またやさい……」
セラの口がへの字になっている。
「あら、セラちゃんは美味しいかぼちゃを食べたことがないのかな?」
「にがしょっぱいのしか食べたことない」
アリサがにんまりと笑う。
「かぼちゃのほっこりほくほくの甘さなんて、まさにスイーツと呼べるほどの甘味よ? かぼちゃを裏ごしして砂糖を混ぜれば、和のデザートに早変わり」
ごくりとセラの喉が鳴った。
「しかも栄養素も高いから、甘いものを食べて健康にもなれる。いいこと尽くめね」
「かぼちゃにする」
セラの一言でミナとアリサはハイタッチをした。
こうして拠点の畑に新たなゾーンが生まれることとなった。
◆◆◆◆◆◆
「ねえ! マニュアルあった!」
「お、ナイス!」
俺たちはラジオ日本のビルの中を家探しし、電力系統のマニュアルを見つけ出した。
載っていた配線や電気系統の切り替え方法をもとにケーブルの差し替えを行う。
「よし、それじゃ発電機を稼働させるぞ?」
「オッケー、こっちは準備いいよ」
電気を消した薄暗い配電室の中で、ガソリンを入れた発電機のスイッチを押し、リコイルスターターハンドルを力強く引っ張る。
ブルルルルルンッ
何度かハンドルを引っ張ると、次第に回転数が安定し始めた。
ドッドッドッドッとバイクのエンジンのような音が部屋中に響く。
俺は恐る恐る壁際の電源スイッチを入れた。
「わ、光った! 電気が付いたよユウトくん!」
「よし、切り替え作業完了だな」
部屋の明かりが煌々と付いている。
念のためスタジオ機材の電源が入ることを確認すると、ハルカが俺の首筋に抱き着いてきた。
「ありがと! ユウトくん! これでラジオを続けられるよぉ」
「あ、ああ、よかったな」
鼓動の高鳴りを押さえつけるのに必死な俺。
「それじゃ、このあと13時から生放送だろ? ちょっとこの辺の物資調達に行ってくるから、終わるころにまた来るよ。一緒に帰ろう」
「うん、わかった。気を付けてね」
俺はハルカをラジオ日本のスタジオに残し、川崎駅の周辺を探索することにした。
これまでの経験上、人が多いエリアは軒並み物資が持ち去られていることが多く、あまり期待はしていない。
まぁ何かあれば儲けものくらいの考えだ。
川崎駅について辺りを見回すと、駅前のコンビニ付近から強烈な人の気配を感じた。
以前、一軒家のリビングで感じたものと同じだ。
「生き残りがいるのか?」
周囲解析を使いつつ、慎重に近づいてみる。
コンビニの中は荒れており、使えるような物資もなく、バックヤードも確認したが人の姿はなかった。
念のため店の裏手まで確認したが隠れている人もいない。
入り口の自動ドアの付近に可愛くデコられた手帳が落ちていた。
中を覗くと、何気ない日々の日記のほかに、プリクラや写真が貼られている。
落とし主は女子高生だろうか……。
「もし無事だったら、ここに置いておくから取りに来てな」
俺は手帳をコンビニのカウンターに置き、その場を後にした。
結局その日は駅前のパチンコ店でいくつかチョコレートを手に入れ、ハルカと一緒に拠点へ戻ることになった。
その日の夜、『クロイワ連合』では一つの事件が起きていた。