19 小麦粉とガソリン
「ただいまーって、何をしてるんだ?」
拠点に帰った俺とハルカは、ゴリゴリと石臼を挽くセラに目を奪われた。
「いしうすを、まわしてる」
「そりゃ見ればわかるよ」
思わず突っ込んだ矢先、館内からミナがやってきた。
「ユウちゃん!おかえり! あ、その人がラジオでしゃべってた人? 凄い美人じゃん……」
「あ、あの! お邪魔します」
「無事だったんだね、良かった! なんか番組の終わり方が唐突だったから気になってたんだ」
俺は拠点にいる全員を集め、ハルカを紹介した。
簡単な紹介を終えると、アリサやショウコも笑顔で彼女を迎え入れた。
セラが無表情だったのはいつものことか。
少し遠慮がちになっているハルカだったが、次第に打ち解けるだろう。
「で、なんかぐつぐつお湯が沸いてるけど……夕飯の準備中だった?」
「そうですね、うまく作れたかわからないですけど、試作第一号がもうすぐ出来あがりますから、みんなで食べてみましょう」
そう言ってショウコは鍋に向かい中身をかきまぜた。
アリサが人数分のどんぶりを館内から運んでくる。
「じゃじゃーん! 今日の夕ご飯は『うどん』だよ!」
「え! うどん!?」
ハルカがびっくりした顔で俺を見た。
「いや、俺もびっくりしてる……」
「へへー、驚いたでしょ? 小麦が収穫できたから、石臼で粉にしてうどんを作ってみました!」
ミナがえっへんと背中を逸らして言う。
ショウコが鍋から白いうどんをざるにあけ、水にさらしてぬめりを取っている。
「茹でたお湯はもったいないから再利用っと」
湯の中に鰹節を入れ、しばらくしたら布で濾す。
出来た出汁に砂糖と醤油を加え、ひと煮立ちしたらつゆの完成だ。
「いただきまーす!」
一斉にうどんをすする。
もちもちした触感がなんとも懐かしく、鰹節の芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
「ふわぁ、美味しい!」
「うん、麵の太さがばらばらだけど、これはイケル」
「うぅ……包丁の使い方が雑ですいません……」
「どう? ハルカさん、美味しいでしょ?……ハルカさん?」
ハルカのほうを見ると、うどんを口にくわえたまま涙をぽろぽろと流していた。
「え、あ、うそ、わたし……やだ」
慌ててうどんをすすると袖で涙をぬぐう。
そのしぐさを見て微笑ましく思ってしまった。
「な、なんかすごく温かくて……こんな食事なんてもうずっとしてなかったから……」
「よかったね、これからは毎日こんな感じの食事だよ」
「たまにおいしくないごはんも、あるけどね」
「セラちゃんは好き嫌いが多いからでしょ?」
アハハと笑い声が響き渡った。
食事を終えた後、俺たちは火を囲みながらハルカの話を聞いた。
「私、生まれは香川なんです。高校までは県内にいたんですけど、受験勉強の時に聞いていた深夜ラジオにはまって、将来ラジオパーソナリティになりたいって思って上京してきたんです」
「へぇ、香川県出身なんだ……ってことは、本場のうどん民にさっきのうどんを出したってこと!?」
「あはは、いや、本当に美味しかったですよ。ちょっとコシが足りなかったですけど」
「ぐぬぬ、改善の余地ありか」
ミナが悔しがるのをしり目に、ハルカは話を戻した。
「短大を出て21歳の時に日本ラジオの川崎支部に配属になったんです。でも割とすぐ魔獣が出てきたってテレビで騒がれ始めて……最初は局員が何人も会社にいたんですけど、やっぱりみんな家族が心配だから帰るって。気付いたら私ひとりになってました」
「そうだったんだ……でもどうしてラジオ番組をやろうって思ったの?」
「最初は業務連絡を兼ねてだったの。私が近況報告を番組みたいに流してたんだけど、誰からも反応がなくて。次第に外を歩く人も見なくなって、ああ、これで世界は終わりなのかなって思ったら、それじゃ最後にやりたいことやって死のうって好き勝手やってたんだよね」
ハルカはペロッと舌を出した。
「もう何ヶ月も人を見てなかったからさ、ユウトくんが来たときは心臓が飛び出るかと思ったよ。しかも私の番組を聴いてくれてたなんて……」
「ラジオに気付いたのはミナだよな、ホントお手柄だったよ」
「そうなんだ、ありがとうね、ミナちゃん」
「んふふん、でもアタシが気付いたくらいだから、他にもたくさんの人が気付いてると思うけどなぁ」
ハッとした表情でミナを見るハルカ。
「まぁそうだよな、特に日本は災害時はラジオで情報入手するのが一般的だからな、全国各地でハルカさんの番組を聴いていてもおかしくないかもね」
「そっか……そうだったら、いいな」
ハルカは少し考え、決意の表情を浮かべた。
「ユウトくん、悪いんだけど、やっぱり私、あのラジオ番組を続けたいんだよね、少しでも私の声で生き抜こうと思ってくれる人がいるなら、それを応援したい」
「いいことだと思うよ。他の周波数でもラジオを流しているところはないし、ハルカさんが唯一の情報発信者なら、続ける意義はあると思う」
「ありがとう、でも電気の問題はどうしよう。蓄電装置の残量がもうほとんどなくて……」
「これって使えないかな」
そう言っては俺は異空間ポケットから発電機を取り出した。
「え、これって、発電機?」
「とりあえず一つだけ持ってきておいたんだ。あそこにあったってことは、有事の際はこれを使って発信できる仕組みがあるってことだろ? マニュアルかなんかを見つければ……」
「あー、確かに! でも燃料はどうするの?」
「燃料はガソリンみたいだ。スタンドに行けば手に入らないかな。セラちゃん、わかる?」
「よゆう」
セラは近くにあった紙にさらさらとガソリンスタンドの絵を描いた。
「きゅうゆ機はつかえないから、すぐそばにあるマンホールを開ければ、地下のガソリンタンクにつながってる」
「へぇ、それじゃそこにポンプを刺して吸い上げてやればいいんだな」
「ちょっとでもせいでんきが走ったらばくはつする」
「ばっ!?」
俺は驚いて首の長さが半分になった。
思いがけず命がけの給油作業になりそうだ。
「さいしんの、注意が、ひつよう」
「そ、そうだな、気を付けるよ」
俺はビビりながら返事をすると、ハルカがくすっと笑った。