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18 放送スタジオの攻防

 『さぁ番組へのお便りを紹介するよ! 川崎市にお住いのペンネーム、うららか太郎さんからのお便り』


 ラジオからはまだ元気なパーソナリティの声が聞こえてくる。

 俺は自転車のハンドルに括り付けたラジオの声を聴きながら、懸命にペダルをこぐ足に力を入れた。


 『来週の日曜日に初めて彼女とデートしますが、川崎駅でおススメの待ち合わせ場所はありますか? いいねぇ甘酸っぱいねぇ、川崎駅で待ち合わせするならJR中央改札前にある時計塔がオススメだよ! あーでも去年、なぎ倒されて廃墟になっちゃってるかも……アハハ、解答が遅くてごめんね』


 どうやら過去届いた昔のはがきを読んでいるらしい。

 時計は15:33を指している。


 『さて、この辺でもう一回曲を流そうかな! ペンネームうららか太郎さんからのリクエスト! ということにしておこう! タケシタエイジの「君がいるから」』


 ラジオから聞こえる音楽を聴きながら、俺は多摩川沿いの土手を降り、住宅街へ舵を切る。

 後10分も掛からずに着くだろう。

 念のため周囲解析サラウンド・スキャンをした俺はその場で自転車を止めた。


「目的地周辺に魔獣の反応が2体……」


 今まさに向かっているラジオ局の敷地内に魔獣の反応があった。

 パーソナリティの女性は無事だろうか。

 ラジオのボリュームを絞り、魔獣の動きを見ながらゆっくりと目的地に近づいていく。


「あそこだ」


 駅から少し外れた大通りの端に広めの駐車場と6階建てのビルが建っていた。

 そのビルの1階には、ガラス張りになった録音ブースがある。

 ラジオの生放送を観覧できるオープンスタジオといった感じか。

 よく見るとそのスタジオの中で動く人影が確認できた。


「あの子がこの番組のパーソナリティかな、無事でよかった」


 魔獣の反応は建物の裏側に固まっている。

 中に入るなら今がチャンスだ。

 俺は自転車を入口付近に置くと、気付かれないよう建物の中に侵入した。


 がれきやガラスが散乱した廊下をゆっくり進む。

 まだ日が高いはずなのに建物全体が薄暗い。


「あの突き当りの部屋がスタジオかな?」


 俺は扉をそっと押してみると、音もなくスゥッと扉が開いた。

 そこにはいろいろな機材が並んだ編集ブースがあり、その奥にガラスで仕切られた録音ブースがある。

 彼女は録音ブースの椅子に座り、こちらに背中を向けている。


 『さて、今日も残り時間が少なくなってきました! なんとか電力も持ったね。もう少しここでみんなに声を届けたかったけど……』


 手元のラジオから聞こえてきた音声だが、そこでしばらく無音が続いた。


 『でも私、やり切ったかな。ずっとラジオパーソナリティを目指して頑張ってきたけど、こうやって全国に私の声を届けられてよかったと思ってる。誰も聞いてなかったとしても、私の声はこうやって日本全国を飛び回ったんだから』


 彼女は今日が最後の放送だと覚悟を決めているようだった。

 マイクに向かって心の内を吐露していく。


 『みんな、頑張って生きていこうね。こんな世界だからこそ、自分ひとりじゃないって知れば頑張る活力になるんじゃないかな? 私も……ラジオを卒業しても、みんなの知らないどこかで生き抜いてやるんだから』


 時刻はもうすぐ16:00を示そうとしていた。

 俺も扉の影に隠れてラジオから流れる彼女の声を聴いていたが、その時、俺の視界に嫌な影が入り込んできた。


「まずい!」


 録音ブースのガラスの向こう、建物の影からグレート・ボアが出てきていた。

 50mほど向こうをゆっくりと闊歩している。

 まだこちらには気付いていないようだが、見つかったらガラス窓ごと彼女を押しつぶすだろう。

 俺は咄嗟に身体が動いていた。


 『それじゃ、16時を回っちゃったね……名残惜しいけどこれで最後に――きゃっ!』


 ラジオから流れる彼女の声が途切れる。

 俺は録音ブースの扉を素早く開けると、彼女を背後から抱き留めて机の下に潜り込んだ。


「動くな、静かに」


 あまりの恐怖に彼女は固まっている。

 しかし俺がガラス窓の外を凝視している視線に気が付くと、グレート・ボアの存在に気付き、おとなしくなった。

 よく見ると彼女の身体が小刻みに震えている。


 5分ほど経っただろうか。

 グレート・ボアが視界から消え、周囲解析サラウンド・スキャンで遠ざかったことを確認すると、俺たちはようやく机の下から這い出した。


「ハァハァ……あの!」

「あ、悪い、急に口を塞いじゃってごめん!」


 彼女はホコリのついたスカートを手でパッパッと落とし、俺に向き直った。

 少し赤茶けた髪を後ろで束ね、少しよれた白いブラウスとタイトなスカートがいかにもアナウンサー然としている。


「えっと……あなたは? なぜここに?」

「俺は朝霧ユウト、家でラジオを付けたら急に番組が流れてきてさ、ちょっと気になって……」

「え! 私の番組!? 聴いてくれてたの!?」


 手を口に当てて目を真ん丸くした彼女。

 その丸い瞳が次第に潤っていく。


「そっかぁ……私の声、聴いてくれてた人がいるんだ……」


 溢れそうになった涙を袖で拭う。


「っていうか、生き残ってる人に会うのもかなり久しぶりなんだけど」

「あー、その前に、名前、教えてくれる?」

「あ、ごめん! 私はハルカ、ラジオ日本の臨時パーソナリティの辻崎ハルカよ」


 手を腰に当て、えっへんと言わんばかりに背中を反る。


「ハルカさん、ね。今まではずっと一人でここにいたの?」

「ええ、そうね。最初は局の人が何人かいたんだけど、少しずついなくなって、ここ何か月かは私ひとりかな」


 仕事中に魔獣が現れてこの建物に籠城せざるを得なくなってしまったのか。

 さっき建物の入り口に食べ物のゴミがまとめてあったのを思い出した。


「でも災害用の備蓄が社員の数だけあったから、ひとりでも充分生きてこれたんだよね。ほら、電気も通ってたしさ」


 そう言ってハルカは乾パンの缶とペットボトルの水を顔の前で振って見せた。


「こんな状況じゃ贅沢も言わないけどさ、こんなお菓子と水だけでも意外と生きていけるもんなんだね、アハハ」

「乾パンと水だけで何か月も生きてきてたの?」

「そうよ、凄くない私?」


 明るくおどけるハルカ。

 この逆境の状況でも楽しく振舞える彼女は強い人なのかもしれない。


「で、本題なんだけど、うちらの拠点に来る気はない?」

「え、拠点?」

「そう、俺を入れて6人で住んでる施設があるんだ。もし君が良ければ一緒に帰りたいと思って」

「…………」


 ハルカは少し逡巡しているようだった。

 ここに残ることに何が理由があるのか……?


「でも……私が行ったら食料もその分なくなるんだよ? 迷惑じゃない?」

「は? 全然迷惑じゃないよ。そんなことより仲間が増えるほうが嬉しいよ」

「うーん、でも、いいのかなぁ、私、お荷物にはなりたくないんだよね……」


 ハルカの考え方に少し尊敬の念を抱いた。

 この女性は自分のことよりも他人を思いやれる人だ。


「仕事ならあるんだ、君が来てくれたら俺たち全員が助かるんだよ」

「そっか、そこまで言われたら断るのは失礼だよね。よろしくお願いします」


 ハルカはペコリとお辞儀をした。


「よし、それじゃ早速行こう。何か持っていくものはない?」

「あ、それなら乾パンと水の残りを持っていこうよ。せめてそれをお土産にさせて」


 そう言うとハルカはスタジオを出て右手の部屋に入った。

 俺も後を追うと、そこには壁際に乾パンと水の入った段ボールが2つずつ積まれていた。


「持てるだけ持っていこうと思うから、ちょっと待って」

「この2箱を持っていけばいいんだな」


 俺は段ボール箱に触れると、それを異空間ポケットに収納する。

 目の前の箱が一瞬で消え、ハルカの目は丸くなった。


「はぁぁぁああ?」

「大丈夫、俺が見えないポケットに収納しただけだから」


 目の前でもう一度箱を出し入れして説明すると、目を輝かせるハルカ。

 拠点に戻ったら、ゆっくりと説明する必要があるな。

 そうして部屋を出ようとした俺は、反対側の壁際に置かれていた4つの機械が目に入った。


「ん、なんだこれ?」

「なんだろ、そういえばずっと置かれてたけど触ったことないや」


 俺は迷わず解析アナライズを行った。


 『業務用小型発電機 質量:36kg 損傷度:0%』


「なるほど、災害時の予備電源として確保してたのかな」


 解析アナライズするのと同時にシステム音声が頭の中に流れた。


 『解析アナライズレベルが4になりました』

 『解析アナライズ対象が拡大されました』

 『詳細解析インフォスキャンが使用できるようになりました』


 突然のシステム音声に少し驚く。

 久しぶりに解析アナライズレベルが上がったようだ。

 そんな俺の反応を見てハルカが怪訝な表情をした。


「どうしたの?」

「ああ、いや、なんでもない、拠点に帰ったら話すよ」


 俺はメニューの解析タブを開き、解説文を確認した。


 『詳細解析インフォスキャン:疑問に思った内容について詳細情報を表示します』


 なるほど、名前の通りこれまでの解析アナライズよりも詳細な情報が入手できるのか。

 で、どうやればいいんだ? 頭に疑問を思い浮かべればいいのか?

 俺はもう一度発電機に手を置いた。


 業務用小型発電機『燃料:ガソリン 稼働限界時間:48時間 インバーター搭載』


 知りたかった内容が表示される……これは便利な機能だ。

 インバーター搭載ということは、ついにアレが使えるようになる。


 俺は発電機に触りながらニヤニヤと笑みを浮かべた。

 ハルカはそんな俺を見て少し引いているようだった。

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