17 聞こえてきたラジオ
パジャマを脱いだアリサの美しい肢体が月明りに照らされ、白い肌がより一層美しく映える。
「こんな身体でも、奇麗だなんて言える?」
俺は顔を背けて見ないようにする。
「と、とにかく、落ち着いて、ふ、服を拾おうか」
心臓が早鐘を打っている最中、ふと思い当たった。
ミナも言っていたが、アリサは出会った当初から無類の奇麗好きだ。
もしそのきっかけが『クロイワ連合』での夜の仕事のせいだったら。
好きでもない男を受け入れた自分が許せず、その痕跡を、その感触を、その記憶を消したいという気持ちが奇麗好きという形に見えているとしたら。
俺はあまり深く考えず、自分の想いを行動に移した。
真剣な表情でアリサの目を見る。
「え……」
そのまま上半身が裸のアリサを優しく抱き寄せた。
「あ、あの、ユウトさん……」
「アリサさんは凄く奇麗だよ。俺が言うんだから間違いない。それとも俺の言うことは信じられない?」
「い、いえ、そんなことは……ないです」
「これまで辛かったよな。でも大丈夫、これからはそんな嫌なことはもうおきないから」
俺は思っていることを捲し立てた。
ちょっと緊張していることを悟られたくなかったかもしれない。
「で、でもこのままじゃ。ユウトさんに申し訳なくて……」
「俺たちは家族だって言っただろ? 遠慮はいらないって」
「…………」
アリサは目をウルウルさせながら渋い顔をしている。
まだ納得していないようだ。
「あー、わかった、ちょっと気分を変えて、呼び名を変えようか」
「呼び名?」
「ああ、もう敬称を付けるのはやめようぜ。俺のことはユウトって呼び捨てにしてくれ。俺もアリサって呼ばせてもらう」
「ゆ、ユウト……」
「なんだい? アリサ」
目を見てニカっと笑うとアリサも思わず噴き出した。
「……そうですね、私たち、家族なら遠慮は不要ですね」
アリサを納得させられてほっとしたのもつかの間、アリサが強く俺を抱きしめた。
顔を俺の胸に擦り付ける。
「え、えーと、アリサさん?」
「ダメ、呼び捨てじゃなくなってる」
「…………」
俺はアリサのされるがままになっていた。
しばらくそのままの体制を維持していると、アリサの口から『ありがとう……』と消え入りそうな声がかすかに聞こえた。
◆◆◆◆◆◆
「ユウト、タケル君の服のことで相談があるんだけど……」
翌朝、朝食の後片付けを終えて寝具売り場に戻ってきた俺にアリサが声を掛けた。
「GUショップにタケル君に合う服がなかなかなくて……調整するのに針と糸があると嬉しいんだけど……」
「ちょっと待って? ユウト?」
ミナがアリサの言葉に引っ掛かりを覚えたようだ。
「お姉ちゃん、ユウトくんのこと、呼び捨てにしてたっけ?」
アリサは少し照れた表情を浮かべて言った。
「昨日からね、呼び捨てで呼び合うようにしたの、ね、ユウト」
「そ、そうだね、あ、アリサ……」
「えー、ずるい! アタシも呼び捨てで呼んで欲しい!」
ミナがベッドから身体を起こして俺をにらむ。
「ああ、もちろん問題ないよ、ミナ」
「ホント? じゃあアタシはユウちゃんって呼ぼう!」
「お、おう、そうしてくれ」
ミナはご機嫌で再び横になった。
一晩で驚くほど熱も下がったし、ミナの体調はもう問題ないだろう。
復元しておいた針と糸を渡すと、アリサはGUショップへ向かった。
「あーあ、私も畑の様子を見に行きたいなぁ」
「ダメだぞミナ、働きすぎて倒れたんだから、しばらく養生すること」
「はーい」
ミナは寝ながら退屈そうにラジオの受信機をいじり始めた。
まぁこんな世界だから暇になることはないと思ったが、ゆくゆく娯楽も必要になるかもしれないな。
そう言いながら寝具売り場を離れようとすると、ミナが俺を呼び止めた。
「ユウちゃん! ちょっとこっち来て!」
何事かと慌てて戻ると、ミナがラジオを手にこっちを見ている。
その顔は驚きと喜びが混ざっているような複雑な表情だ。
「なんだよ、びっくりするじゃ――」
ミナがラジオのボリュームを上げると、ザァァという砂嵐の中にかすかに音楽が流れている。
俺はミナからラジオを受け取り、周波数をゆっくり動かすと、次第に音楽がはっきりと聞こえるようになった。
『♪ねぇもっと好きになって~~わたしの気持ち知りたくないの~♪』
J-POPの歌が流れている。
「ねぇねぇ、ラジオ、流れてる! 誰かがラジオを流してるんだよ!」
ミナが嬉しそうに言った。
ミナは知っている曲なのか、ふんふん♪と鼻歌を歌っている。
ほどなく、その曲が終わりを迎えると、人の声が重なって入ってきた。
『はーい!2010年代の名曲『恋愛ステップ』をお送りしました~! いいよねこの曲、私もお母さんと一緒に聴いてたなぁ』
思いのほか若い女性の声だ。
『こんな時代だからこそ、人を好きになるって気持ち、大切にしたいよね。って独りぼっちだから相手がいないかぁアハハ!』
ミナはぷっと噴き出した。
パーソナリティの女性は明るい口調で番組を進行していく。
それから10分ほど喋っていただろうか、少しトーンを落として女性は語りだした。
『毎日午後1時から4時までお送りしていたこの番組、もしかしたら今日で最後になるかも。最近ソーラー発電の調子が悪くてね、蓄電装置の残りがあと少ししかないんだ。壊れちゃったのかも』
「え、どうしよう、ユウちゃん、この番組終わっちゃうって!」
「ああ、どうやらそうみたいだな」
『でも最後まで明るく楽しく番組をお送りするよ! 聴いてる人がいるのかわかんないけどね、アハハ! こちら1422kHz、ラジオ日本、川崎スタジオからお送りしています! では次の曲行くよー!』
川崎スタジオ……俺はすぐにマップアプリを開いて場所を確認する。
「あった」
多摩川の下流、東京湾にほど近い場所だ。
川崎駅の徒歩圏であり、ここからなら自転車を使えば1時間ほどで着くだろう。
「ねぇユウちゃん、助けに行こうよ、この人独りぼっちだって……」
「そうだな、ここに誘ってみるのもいいかもな」
まだ日は高い。
タブレットPCの時刻は14:38を示していた。
16時の番組終了までにギリギリ間に合うかもしれない……それまで電源が持てばの話だが。
いずれにせよ、急いだほうが良さそうだ。
「ちょっと様子を見に行ってくる。このラジオ、借りていいか?」
「うん、持って行って。アタシ売り場からもう1個ラジオ持ってくるから」
「ありがとう、それじゃ行ってくるよ」
「ユウちゃん! 気を付けてね」
俺は親指を立ててニッと笑うと、自転車置き場へ急いだ。