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16 月明かりの下で

「うわ、なんだこれ」


 調剤室の中は荒れ果てていた。

 狭い部屋の床には物が散乱し、壁際の棚は空き瓶やバラバラにされた錠剤が散らばっている。

 やはり目ぼしいものは持ち去られてしまっているようだ。


 俺はとりあえず残った錠剤や軟膏等、使えそうなものをかき集めた。

 業務机の引き出しの中にあった個装のガーゼやピンセット等の道具類もポケットに入れる。


「何か使えるものがあればいいんだが……」


 俺は急いでみんなが待つ寝具売り場へ戻った。


「くすり、見つかった?」


 セラの前で手に入れた薬をすべて広げ、一つずつ確認していく。


 『ラベプラゾール』

 『パロキセチン』

 『クレストール』


 聞いたことのない薬ばかりだ。

 解熱鎮痛剤と言えば、ロキソニンとかアセトアミノフェンだろう?


 『ノルバスク』

 『アマリール』

 『パキシル』


「駄目だ、解熱剤はない……」


 俺はガックリとうなだれた。

 こうなったら外の薬局を探しに行くしかないか……近隣は探し尽くしているから少し遠出になるな。


 俺はタブレットPCのマップアプリで薬局の場所をチェックし始めた。

 その時、セラがバラバラの錠剤を手に取り凝視する。

 棚の上に散乱していたパッケージもない錠剤だ。


「これ、『EB200』って書いてあるからげねつざい……あとこっちの『V25』もボルタレンだから飲ませて大丈夫」

「え、セラ、わかるのか?」


 こくりと頷く。

 薬品名ならともかく、錠剤に刻印されている文字で識別できるって……。

 改めてセラの知識には驚くばかりだ。


 その後、薬を飲んだミナは少しずつ熱も下がり、ベッドから身体を起こせるようになった。

 ひとまず今日やるべき仕事をセラ、ショウコ、タケルに任せ、俺とアリサでミナの看病をする。


「よし、もう大丈夫! 仕事をしなきゃ」

「駄目です。しばらくはベッドから降ろさないわよ」

「えー、お姉ちゃん厳しい……」


 元気になってきているミナを見て、俺もほっとした。


「ちょっと働きすぎて身体が参っちゃったんだよ。少し仕事を減らさないとな」

「そんなことないよ! 全然平気だったもん」

「こら、ユウトさんを困らせないの」

「だってだって、もっと頑張らないと……ひとりはヤなんだもん」

「ひとり?」


 俺は疑問の表情でミナを見た。

 ミナはしまった! という顔でこっちを見ると、観念した表情で語りだした。


「アタシってね、すごくいいとこのお嬢様だったんだ。親が凄い金持ちでね、しつけが厳しかったの。いっつも習い事ばかりで遊ぶこともできなかったけど、学校の成績は常に上位だった。でも一度、体調が悪くて少しだけ成績が落ちちゃったんだよね、そうしたら両親とも凄く落胆してさ……しばらく口もきいてくれなくて」


 ミナはそこで一息ついた。


「そこで気づいちゃったんだよね。ああ、この人たちは成績がいいアタシしか見えてないんだって。努力しても結果が付いてこなかったら簡単に興味を失っちゃうんだって……」


 そこまで言って表情に影を落としていたミナは、急にパッと笑顔を見せた。


「アハハ、まぁアタシは要領が悪いけどさ、そんな両親を見返してやるって勉強頑張ったらすぐに取り返したけどね。でもなんか、そこから頑張らないと不安になるようになっちゃって……少しでも怠けてたら周りの人から嫌われちゃう気がして」


 笑顔のミナの目に涙がにじんでいた。


「辛くてもしんどくても、頑張っていればアタシのことを見てくれると思うから、だから頑張り続けなきゃいけないの、頑張らなきゃ、ひとりになっちゃうから……」


 うつむいた顔からシーツを握った手にポトリと水滴が落ちた。

 そばにいたアリサは思わずミナを優しく抱きしめた。


「無理してたよね、見ててわかってた……止めてあげられなくてごめんね」

「お姉ちゃん……」


 ミナもアリサに抱き着いた。


「ミナちゃんはもうひとりじゃないだろ? ここにたくさん家族がいるじゃないか。それに今お前が抱き着いてるのは誰なんだ?」

「ん、お姉ちゃん」

「そうだろ? 俺も、ミナちゃんを……家族だとお、思ってるんだけどなぁ」


 ちょっと気恥ずかしさでどもってしまった。


「ミナちゃんだけが頑張るんじゃない、俺たち全員で頑張ればいいんだよ。こんな世界だし、持ちつ持たれつだしな」

「そうよ、私にも仕事を残しておいてよ。頼りない姉かもしれないけど……」

「そんなことないよ! お姉ちゃんは理想のお姉ちゃんなんだから!」


 微笑むアリサにニカっと笑うミナ。

 熱も下がりつつあるし、もう大丈夫だろう。


「あ、ユウトくん……」

「ん、なに?」

「あの、心配かけて、ごめんなさい」

「いやほんとにな、これは貸しにしとくからな」


 腰に手を当てて意地悪っぽく言うとミナはお腹を抱えて笑った。


 その日の夜、みんなが寝静まった後、なんとなく寝付けなかった俺は屋上に出ていた。

 今日は満月だからか、ライトがなくても周りが見渡せるほどに明るい。


「もっと安心して暮らせるようにしないとなぁ」


 今回のミナの件を考えると、やはり健康を維持することが今後の課題かもしれない。

 俺の能力も多少は便利になったとはいえ、薬や家電、食べ物などには今のところ手が出せない。


「そもそもこの能力、なぜ使えるんだ?」


 明らかに人間の技術レベルを超えた能力。

 レベル上げをしながら少しずつ出来ることが増えていくなんて、ゲーム好きが考えたとしか思えない。

 だがもしかしたら、レベルを上げていくことで誰が何のために俺に能力を授けたのか、謎が解ける可能性もある。

 今はありがたく能力を駆使させてもらうことにしよう。


「ユウトさん」

「え?」


 振り返るとアリサが立っていた。

 月明りにピンクのパジャマが照らされ、身体の輪郭が妙に艶めかしく映る。


「ユウトさんがベッドを抜けていくのを見て、ついてきちゃった」

「あ、そ、そうなんだ」


 色っぽさを感じるアリサをあまり見ないようにしながら、心臓の鼓動を抑えるのに必死な俺。

 しばらく二人で月明りが照らす風景を眺めていた。


「もう気付いてるかもしれないけど……」

「う、うん」

「私とミナ、本当の姉妹じゃないのよ」


 月を見上げながらアリサはポツリとそう言った。


「『クロイワ連合』で知り合ったの。私が入ってから半年後くらいにあの子が入ってきてね、年が近いせいか、すぐ私に懐いてくれたのよ。ほら、私ってちょっとどん臭そうに見えるでしょ? それをミナがサポートしてくれて……」

「まぁ、そこは否定できないな」

「あ、フォローしてよ、もう!」


 ふふふと上品に笑うアリサ。


「でもある日、特別な仕事にミナが選ばれたことがあったの。若い女性にしかできない仕事」


 そう言ってアリサは目を伏せた。


「こんな元気で可愛い子、絶対に守らなきゃって思った。男どもに無理やり連れて行かれるミナを見て、私は必死でその手を振り解いたの。『妹に手を出さないで! 私がもっと頑張るから』って。その一件があって、ミナは私のことをお姉ちゃんって呼んでくれるようになったのよ」

「そうだったんだ……」


 俺は言葉がなかった。

 『クロイワ連合』は最悪な環境だったが、その中で二人の絆はかなり強いものになったのだろう。


「その仕事って……」


 俺には思い当たる節があった。

 夜中に行われていた、男女が集まった卑猥なパーティ……。


「…………」


 アリサは何も言わずにこちらを見た。

 月明りに照らされ、風で長髪がなびいたアリサはこの世界に似つかわしくない美しさだった。


「幻滅されちゃった……かな?」


 少し困った顔で無理やり笑おうとするアリサ。

 俺はまじめな顔でアリサに向き直った。


「そんなことないよ、ミナが今まで元気に生きてこれたのはアリサのおかげだろ? むしろ尊敬するよ」

「うそ、そんなこと思ってないでしょ」

「嘘じゃない、俺だって君たち二人に救われた人間なんだぜ? 目覚めたら人間がいない世界で、君たちに会わずに一人きりだったら今頃どうなっていたか……」


 俺は両肩を抱えてコミカルにぷるぷると震えた。

 その仕草を見てアリサはぷっと噴き出した。


「でも……私はユウトさんに何も恩を返せてない。こんな汚れた身体じゃ、差し出すこともできない」

「そんな言い方するなよ、アリサさんは一緒にいてくれるだけで……ちょ、ちょっと待ったぁ!」


 突然、アリサはパジャマの上着を脱いでハラリと床に落とした。

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