14 脱走者の保護
「南野香織? 誰それ」
セラと話していたところにミナが唐突に口を挟んだ。
「ミナミノカオリ、小麦のひんしゅのひとつ」
「あ、あー、人の名前じゃないのね」
セラの突っ込みにアハハと照れ笑いするミナ。
俺は昨日手に入れていた真空パックの袋を取り出す。
「大学の研究室で見たつけたんだ。もしかしたら小麦を植えられるかもって思って」
「普通のたねだときびしいと思う、でもしけん用でちゃんと保管されてたならイケるかも」
「お、セラがそう言うなら試してみる価値ありだな」
「ちょっとじゅんびする」
そう言うとセラはパタパタとどこかへ行った。
ここに来た最初のうちは遠慮がちに見えたセラだが、最近は積極的に物事に参加するようになってなんか嬉しい。
そうこうするうちにペットボトルと皿を持ってセラが戻ってきた。
セラの言う通りに小麦の種を数粒出すとしばらく水につけ、濡らしたガーゼの上に置いておく。
わずか数時間でいくつかの種から芽が出始めた。
「え、うそでしょ? もう芽が出てる…」
最終的に置いた種のうち、7割くらいから芽が顔を出した。
「これだけ芽を出したなら問題なし、植えても大丈夫」
「そうか、それじゃ早速植えてみよう、ありがとなセラ」
頭をなでると下を向いて嬉しそうにするセラ。
「あ、アタシ撒いてくる! セラちゃん、アドバイスお願い!」
「わかった」
二人は元気に外へ向かった。
「あの子、大丈夫かしら。最近暇になるとずっと畑のそばにいるのよね」
「そうなのか?」
「ほら、種が育つのも速いけど、雑草もかなり生えてくるから……」
「ああ、草むしりをしているのか」
ミナはセラの指図を受け、トマトの横を小麦ゾーンに決めたようだ。
雑草を抜いて少し耕した後、小麦の種を均等に植えていく。
「ミナちゃんのこと気に掛けてくれてありがとな。俺もなるべく様子を見ていくよ」
「うん、でもここの管理は出来るだけ私がやるから。ユウトさんは外の世界のことで忙しいだろうし」
「アリサさんはいいお姉さんだなぁ。俺も遠慮なく頼っちゃいそうだ」
何気なく出たひと言だったが、それを聞いたアリサは照れているようだった。
◆◆◆◆◆◆
「ねぇねぇ、こんなの見つけた!」
お昼時、もぎたてのトマトを使った冷製パスタを食べ終えて一息していたところに、ミナが駆け寄ってきた。
「ミナちゃんはいつも元気だなぁ」
「ね、これ動くかな」
ミナの手にはポータブルラジオの受信機が握られていた。
背面を見ると電池式ではなくUSBケーブルで充電できる仕様だ。
「モバイルバッテリーから充電できるから使えるね」
「やった!早速試してみよ」
嬉しそうにミナは保管箱から充電が完了しているモバイルバッテリーとUSBケーブルを取り出す。
「でもラジオの電源は入るけど、何も聞こえないと思うよ」
「え、どうして?」
本気でわからないという表情でキョトンとするミナ。
「ラジオってラジオ局が番組を発信してるでしょ? 今は電気もないだろうし、そもそも局に誰もいないよね」
「あ……」
ミナはがっくりと肩を落とした。
「なんだ、音楽でも流れればもっと毎日が楽しく過ごせると思ったのに……」
「でも発想は良かったよ、また何か使えそうなものがあったら教えてよ」
「そうだね、まだまだ見てない売り場もいっぱいあるし、もう一回宝探ししてくる!」
ラジオを充電しっぱなしのまま、ミナは再びショッピングモールの廊下を駆けていった。
でもミナの言う通り、音楽を流せれば少しはこの世界の暗い雰囲気を吹き飛ばせるかな。
「今度、昔のCDとかレコードを扱ってたお店でも探してみるかぁ」
俺はタブレットPCでマップアプリを開き、目ぼしいお店に印をつけておいた。
◆◆◆◆◆◆
『修理レベルが3になりました』
先日の激しい移動でガタが来ていた自転車を修理していると、唐突にシステム音声が流れた。
最近こまめに修理や復元をしているため、いつの間にか経験値がたまっていたらしい。
これで解析レベル3、修理レベル3、復元レベル1になった。
メニューの修理タブを開いてみると、『より複雑な物質の修理が可能になります』の文字。
俺は試しにいろいろなものに触れて検証してみた。
家電売り場にあった白物家電は残念ながら軒並み【修理×】。
「あ、これはイケるんだな」
何気なく手にしたハンディ扇風機は【修理〇】になっていた。
どうやら簡単な電子回路を使用しているものなら修理できるようになったらしい。
その後も夢中でいろんなものを物色していると、パタパタとセラの足音が近づいてきた。
「ユウト、だれか……きた」
「え?」
「だから、だれかきた」
誰か来た?
いったい誰が?
俺ら以外は『クロイワ連合』の連中しか生き残りは知らない。
俺はセラに導かれて寝具売り場のガラス窓から駐車場を見下ろした。
「あれ」
セラが敷地の門あたりを指さす。
そこにはふらふらと今にも倒れそうな女性と手を繋いでいる10歳くらいの子どもが歩いていた。
どこかで生き延びていた親子だろうか。
それとも、『クロイワ連合』から逃げてきた人か。
「保護しよう、セラ」
「りょうかい」
俺たちは急いで門のそばへ走っていった。
途中、畑のそばに居たアリサとミナにも声をかける。
「え、え、なに? 生存者がいたの?」
走りながら俺は周囲解析をした。
その結果を見て思わず舌打ちをする。
「200m先に魔獣の反応! ミナ、門を閉める準備を!」
「まかして!」
「セラは魔獣の動きを見てて、アリサさん、一緒に来て」
俺とアリサは門を出ると50mほど先にいる親子のもとへ駆け寄った。
俺たちの姿を見たその女性は一瞬、驚愕の表情を浮かべるが、アリサが手を差し伸べると安心したのか、その場に崩れ落ちた。
俺は女性を抱きかかえると、急いで門のほうへ走る。
子どもはアリサが手を取り俺の後ろを付いてくる。
「みつかった! こっちにくる!」
門の近く、壁の上に立ったセラの声が聞こえた。
魔獣が俺たちに気付いたのだろう、ドドドと地面の振動を感じる。
「急いで!」
俺たちは門に向かって夢中で走った。