-5- 聖女の末路
他国の要人との会席にアイリスを同行させ、国王が承認していない案件を安請け合いした事。
国庫から税金を抜き出し、アイリスに豪奢なドレスをプレゼントした事。
その他にもアレクシスは母国に不利になるような行動を繰り返していた。
元々、推しキャラであったミランダの幸せを願っていたアイリスは、どうしようもないアレクシスを改心させようと手を尽くすつもりであった。
しかし、どれだけアイリスが手を尽くそうと、ミランダが心を裂こうと、アレクシスのポンコツぶりを変える事は至難の業であると気が付いた時、アイリスは別の手段でミランダを救おうと考えたのである。
それが悪役令嬢追放エンドを、最高の形で迎える事。
ミランダがアレクシスへ未練を残さず、関係を断ち切った上で、主人公である自分は二度と愛狂国に足を踏み入らなくて済む理由を作るために、積極的にアレクシスにあれこれとねだる日々を過ごした。
結果としてミランダに捧げる証拠が増え、自身も追放されるように仕向ける事に成功。
そして、今は自由気ままに聖魔法士としての生活を満喫している。
時折届く最愛の友人からの手紙を楽しみにしながら。
そんな至福な時間を過ごしていると、アイリスの扉がノックされた。
扉の向こうから気難しそうな男の声が響く。
「アイリス。休日にすまないが――」
「あ、はいはい~! 今開けますから~!」
訪問者の声で、それが誰であるか即座に理解し、アイリスは食べかけだったイカゲソを急いで飲み込んでから急いで扉を開けた。
「どうしました? 団長」
ペリンジー・リベを追われた身でありながら、騎士団に身を置く事を許してくれた恩人であり、アイリスが尊敬する騎士団長――ランドロフ・ガルシア。
さっぱりと整えられた黒髪短髪に、鷹の目を思わせる黄金の瞳。右目に縦一線の傷跡を持った端正な顔が、アイリスの格好を見て眉をしかめた。
「…………あのな……」
「はい?」
「お前は……女の自覚がないのか?」
「んえ?」
心底から呆れた様子で言う団長を見上げ、アイリスは間抜けな返答をした。
それから少し間を置いて、アイリスは自分の格好が肌着と下着一枚ずつの無防備な格好であった事を思い出す。
――やらかした。
「お目汚ししてしまい申し訳ありません!! すぐ着替えてきます!!」
「あ、いや――」
団長の返事を待たずして、アイリスは慌ただしく扉を閉めた。
ばくばくと早鐘を打つ音を耳の奥で聞きながら、アイリスは完全に気が抜けていた自分を頭の中で殴りつけた。尊敬する団長に晒す格好ではなかったのだから当然だろう。
部屋の中で、ばたばたと動き回る音を聞きながら、ランドロフは口元を片手で隠しながら呟いた。
「――……宿舎じゃなかったら、襲ってたぞ」
よもや、休日にイカゲソを食べながら、友人の手紙にニヤつくような女が、恩人である騎士団長から並々ならぬ感情を向けられていると知るのは、別の話である。