-3- 悪役令嬢の幸せ
「待ってくれ! ミランダ!」
アレクシスがミランダの腕を掴んで引き留めた。
「こ、これは君の誤解だ。お、王子たる僕が我が国の金に手を付けたなど、あり得るわけがないだろう!? 確かに僕は君への愛を誓えなかった。でも、だからと言って嘘で僕を陥れようだなんて、愛する人間に対する仕打ちじゃ――」
「愛する人間? 誰が?」
「え……。そ、それは……君はまだ僕に未練が――」
「あるわけないでしょう。浮気者の婚約者に未練なんて」
そんな馬鹿な……と言いたげな絶望的な顔をして、アレクシスはガックリを膝をついた。
ミランダの腕を掴んでいた手はあっさりと振り払われる。
「それでは、皆様。ご機嫌よう。永遠に」
最後に完璧なカーテシーを見せつけ、ミランダは建国記念パーティの会場を出た。
――浮気、不倫、略奪が真実の愛と称される狂った国を脱する準備は出来ている。
ここまでに様々な協力者の伝手を辿り、故郷を捨てる準備を進めてきたのだ。
そして、ようやっと、私は、この国を脱する事が出来る。
果たすべき使命を果たし、心は実に清々しい思いだ。
もう二度と、この国には戻らない――
◆ ◆ ◆
「――ミランダ。機嫌はいかがかな?」
ルビーのように赤い髪に、エメラルドのような緑の瞳をした紳士が、ミランダの黒い髪にキスを落としながら訊ねた。
ミランダは幸せそうな笑みを浮かべて、手元にある手紙の文字を指先でなぞりながら答える。
「機嫌はとてもよろしくてよ。友人からの近況が届きましたもの」
「友人と言うと……君が愛狂国を脱する時に力を貸してくれた?」
「えぇ。会った事も、声を聞いた事もない、謎の友人ですわ」
そう言いながら、ミランダは返答の手紙を書く為に筆を取った。
現在、自分が身を置いている場所が隣国の皇城であり、第三皇子に懇意にしてもらっている……と言った事情を包み隠す事なく記していく。
そんなミランダを見て、現在の婚約者である赤髪の皇子――ダリルは苦笑を浮かべた。
「顔も声も知らない相手だと言うのに、随分と信用してるんだな? 君がここに居る事まで知らせてしまうなんて……。少し、迂闊じゃないか?」
尤もな心配を口にするダリルに対して、ミランダは「人の手紙を盗み見するなんて、品がないですわ」と口を尖らせた。
ダリルが「ごめんよ」と苦笑して謝罪する。
ミランダは書いている途中の手紙と、友人から届いた手紙を交互に見た後、ダリルの問いに答えた。
「彼――彼女かもしれないけれど……友人はわたくしに目を覚ます機会をくれた大切な存在なのですわ。それだけでなく、わたくしが不名誉な亡命をしないために力を貸してくれたのです。ペリンジー・リベでは、〝真実の愛〟の前で打ち負けた人間の末路は酷いものですもの。そうならないように手を貸してくれた恩人に、今のわたくしが幸せであると知らせる事の何がいけないのかしら?」
ミランダの答えを聞き、ダリルは両手を上げて溜息を吐いた。
「あぁ、分かった、分かったよ。もう何も言わないさ。私としても、その恩人には感謝したいくらいなんだ。こんなに美しい妻を手に入れられたんだからね」
「あら? ダリル様とは、まだ婚約の段階であったはずでは?」
「一緒に暮らしてるんだ。妻も同義じゃないかな?」
「気がお早いこと」
茶目っ気たっぷりに言うダリルに釣られて、ミランダはくすくすと笑う。
前婚約者であるアレクシス・ペリンジーに婚約破棄を告げられた、あの日。
ミランダは亡命先に選んでいた隣国の皇子と奇跡的な出会いを果たした。
その結果が、今の関係であると誰が信じるだろうか。
いや、きっと、手紙の友人ならば、きっと――