-1- 真実の愛(笑)
――ついに、この時がきた。
準備期間は一年とちょっと。
真実に気が付いて、嫌気が差したあの日から、私は準備に準備を重ねてきた。
「――ミランダ・バラン! 今日をもって、君との婚約を破棄させてもらう!」
ペリンジー・リベ王国。蔑称、愛狂国。
少し前までの私は、この国の歪な価値観に洗脳されていて気が付く事が出来なかった。
略奪愛こそが真実の愛。
他国から愛に狂った国と言う蔑称つけられている理由も、目を覚ます前までは意味が分からなかった。
それが分かった今となっては、生まれ故郷と言えど嫌悪感は拭えない。
この国の第一王子が指差した先に立つは侯爵令嬢。
新月の夜空を思わせる真っ黒な髪に、悪魔的な赤い輝きを放つ瞳。
人を惑わす姿は誰しもが、ミランダ・バランは魔性の女だと軽蔑した。
けれど、それ以上に狂っているのはペリンジー・リベ――この国だ。
そして、今まさに真実の愛の犠牲者が生まれようとしているのだから。
「……アレクシス殿下。建国記念のパーティであると言うのに、何故、そのような事をおっしゃったのか、理由をお聞かせ願えますか?」
口元を隠していた扇子をパチリと音を鳴らして閉じると、妖艶さを思わせる小さなホクロが笑みと共に引き上がった。
「理由? そんなもの、改めて聞かずとも分かるだろう?」
ふわふわの金色の髪に藍色の瞳を輝かせ、ペリンジー・リベ王国の第一王子であるアレクシス・ペリンジーは、傍に侍らせていた令嬢の腰を抱き寄せた。
「私は真実の愛に目覚めたのだ。幼い頃からお前のような悪女と婚約を結ばされていたが、それももう終わりだ。私には心から愛する人が出来たのだから」
「殿下……」
アレクシスに抱き寄せられた令嬢――アイリス・フレッチは、平民の出でありながら、強大な聖なる魔法を使える逸材【聖女】として才能を見出され、男爵の養女となり、ペリンジー・リベの学園へ特別枠の生徒として入学を果たした。
類稀なる聖魔法の使い手でありながら、平民らしい気取らない性格が話題を呼び、あらゆる令息達が魅了されてしまった。
しかし、それもペリンジー・リベでは問題にもならない。
むしろ、美点の一つとして語られるのだ。
「あぁ、アイリス……。君が私の腕の中にいてくれるなんて、夢のようだよ」
「殿下。私も同じ気持ちです」
「アイリス……」
アレクシスとアイリスの仲睦まじい姿を見て、建国記念のパーティに参加していた貴族達は口々に言った。
「――なんと美しい光景でしょう」
「殿下は本当に、フレッチ令嬢を愛していらっしゃるのね……!」
「お二人の邪魔をしようだなんて、バラン侯爵令嬢は何と非道な方なのかしら」
そんなヒソヒソ声が聞こえてくる中、ミランダは「はぁ」と呆れの溜息を吐いて言った。
「お二人の仲がそこまで良いのでしたら、国王陛下も婚約破棄をお許しになられるでしょう。わたくしとしても婚約破棄に異存はありません」
略奪愛が美徳とされる国では、こうなってしまっては略奪された側に勝ち目はない。大人しく引き下がる以外の選択肢がないのだ。
――だが、それは二人の愛が、本当に本物であるなら、の話である。
「ミランダ! 私とアイリスの愛を分かってくれるんだね! 悪女である君でも、この崇高なる愛の前では手も足も出な――」
「こちらとしても婚約破棄の申し出をさせて頂くつもりでしたので、手間が省けて、ようございましたわ」
「……なに?」
アレクシスの言葉を遮ってミランダ言った内容に、一同が目を丸くして驚いた。