第96話
翌朝、朝食を食べた俺たちはテントをたたんで装備を確認する。山の向こうから昇ったばかりの陽の光が山々を照らせていた。今日も快晴だ。
「いよいよね」
「そうね、ユイチは準備OK?」
「OK。いつでも行けるよ」
「じゃあ行きましょう」
東に向かって転移を続ける。休憩を挟んで転移を繰り返した俺たち。たった今転移した山の頂上から先には山が見えているがその奥には山がなく、山と山との間から平地、草原が見えていた。立ち止まって3人で東の方角を見る。
「あの山で終わりっぽいね」
前を見ているカオリが言った。
「そうみたい」
目的地が近いということは人がいる可能性が高くなるということだ。目に見える範囲で何も無いのを3人で確認する。万が一という事があるからな。ここまで来ているので焦る必要はない。見つからないというのが一番大事だよ。
「大丈夫みたい」
「こっちもOKよ。じゃあユイチ、最後よ。あそこまで飛んで」
「了解、行くよ」
次の瞬間、俺たちは東に連なっていた山々の東端の山の頂上に立っていた。転移をするとその場でしゃがみ込んで周囲を警戒して何も無いのを確認するとゆっくりとその場で立ち上がる。そこは予想通り東の山の端だった。
山の上から東を見ると自分たちが今立っているこの山から平地に向かって結構急な斜面になっていて、その山裾から先は森になっている。森の先は草原、さらにその先には大きな城壁に囲まれた街が見えていた。ポロから東に移動してきて人が住んでいるのを確認したぞ。もちろん山奥の街の人たちからも東に街があるということは聞いていたけれども、こうやって自分の目でそれを見ると感慨深いものがある。
俺たちは横に並んで眼下の気色を眺めている。
「あれがマミナの街だろうね。結構大きい街よ」
「ここから見た感じだとポロの街と同じくらいの広さかな?」
「ここから海は見えないね。もっとずっと先にあるんだね」
カオリとユキが話をしているのを聞きながら俺も山の上から東方面を見ている。見る限り山を降りた山裾からマミナの街までの距離は10Kmはあるだろう。草原の中に北に伸びている街道の様な道が見える。高い城壁に囲まれている街の先、東側は草原になっていてここからは先の地平線までしか見えない。海が見えるかなと期待してたんだけどな。
北に目を向けると森と平原が続いている。マミナの街からそう離れていない場所に柵に囲まれている村らしきものも見えた。それなりの広さがありそうな村だ。山はずっと北に伸びていた。南も同じだった。平原と森、そして今立っている山がそのまま南に伸びている。山から流れている川が流れているのが見えた。ここから見る限りだけど俺たちが住んでいる国と変わらない風景だ。緑の草原や森、城壁に囲まれている大きな街。
「東には私たちが知らない別の国があったわね」
「そう言うこと。聞いていたけどこうして実際見るとちょっと感動しちゃう」
カオリが言う通りで、俺も込み上げてくるものがある。感動するってこう言うことなんだな。初めての経験だよ。
カオリが俺とユキに顔を向けた。
「私たちの目的は達せられたね。もう少し見たら帰ろうか」
「そうしましょう。ユイチもそれでいい?」
「もちろん。長居をする訳には行かないしね。この風景をしっかり目に焼き付けておくよ」
それから10分ほど東を見ていた俺たち。そろそろ行こうかというカオリの声で俺たちは今度は西を目指して転移をする。来る時と違って帰りは目印を覚えている。転移の距離を伸ばして西に飛んでいく。帰りは長い転移を繰り返して距離を稼ぐよ。
山の上で1日野営をした翌日の夕方遅くに俺達は無事に山奥の街に戻ってきた。帰りは1泊の行程だった。日も暮れていたのでそのまま山の街を見下ろす山の上から一気に山奥の街の門の前まで飛んだ。門番の人が通用門を開けてくれて街の中に入る。長老への報告は明日でいいだろう。
家に戻るとお姉さん2人が交代でシャワーを浴びている間に俺はメモに大体の地図を書くことにする。大陸の西側、ポロ側は図書館で見た地図を写したメモがあるので左半分はそれを使い、そこから東側、右半分を書き足していく。自分自身が転移をしているので東西の距離に大きな間違いはないはずだ。と思う。
書き上げた地図を見ると、この山奥の街の場所は大陸(?)のほぼ中央部にあるということが分かった。西はポロの東の山から200Kmくらい、東の山の端からも同じくらいの距離の場所にある。となると大陸の幅は山の部分が400Kmでそれに東西の平野部分を加えることになるので5〜600Km程度だろう。西の平野部分はあくまで推測だけど。
確か東京から大阪までの直線距離が約400Kmで東京から岡山までの直線距離が約550Kmだったはず。この辺りの大陸の幅は東京から岡山の先までくらい、そしてその内鎌倉から姫路くらいまでの間が山地になっているのかな。うん、なんとなくイメージができた。
自分が書いたこの地図は大きく間違っていないだろう。ただ全体像は分からないんだよな。ひょっとしたら俺たちがいる所が本当は大きな大陸の一部、半島部分だったりするかもしれない。あるいは周囲が海に囲まれている大きな島なのかもしれない。そこは分からないんだよな。
交代でシャワーを浴び、収納から取り出した食事で夕食を済ませた俺たちは今キッチンのテーブルに座っている。俺は今書き足した地図をテーブルの上に広げて見せながらおおよその距離とこの街の場所を2人に話をするとなるほどと納得してくれた。
「ユイチ、グッジョブよ」
「ほんとほんと、分かりやすい地図よ。ご苦労様」
「いえいえ。どういたしまして」
2人に褒められれるとやってよかったという達成感があるよ。
「大陸というか、陸地の真ん中に小さな盆地があってそこに住んでいるってことね」
再び地図に顔を落としたカオリが言った。
「そうなるね。だから東西の両方の国からも完全に身を隠せているんだと思う」
「この街から西も東も800メートル前後の山々がずっと連なっている。北と南も見る限り山また山。もちろん道はない、おまけに山には魔獣がいる。誰もここまでやって来ないわね」
ユキの言う通り。結果的にものすごく良い場所に街を造ったということになる。転移の魔法を会得していないととてもじゃないが来られる場所じゃないぞ。
「となるとこれからもここで安全に暮らしていけるという事になるのかしら」
「先の事は私たちには分からない。でもこの場所が安全な場所であることは明日サーラさんに言いましょう」
カオリが明日長老に話をすることになった。