第95話
夜が明けるとすぐに俺達は庭から山の上に転移した。眼下に山奥の街が見えている。
「さあ、行くわよ」
そう言って顔を東に向けるカオリ。3人で次はあの山の上かなと次の転移先を決めると俺が転移をする。初めての場所はどうしても目標を近くに設定せざるを得ないので、一度で転移できる距離が長くない。ただ、その分魔力の消費が少なくて済む。俺がメイン、時々ユキが転移をして山の頂上から頂上に転移を繰り返す。東方面に進んでいるが目に入ってくるのは360度山ばかりだ。東方面にも山がずっと伸びている。見事に山しかないよ。
「これなら200年以上も見つからないのも納得ね。見える範囲で山しかないもの」
ユキが言っているがその通りだ。これならあの街は安心だろう。そう思うと同時に一番最初に街から逃げ出した人々はこの山の中をひたすらに西を目指して進んで行ったんだ。今の街がある盆地なんてその時は誰も知らない。そんな中、数千人の人々が転移を繰り返してきたんだと思うと声が出ない。
山ばかりの中、目標を探しながら短い転移を繰り返し、日が暮れてくると山の上で野営をする。今まで山の頂上付近で魔獣の姿を見かけたことはないが、だからと言って大丈夫だよな、と安心するほど俺たちはマヌケじゃない。伊達にポロの街でゴールドランクになってないんだよ。しっかりと見張りを立てて交代で寝て夜を過ごす。
2日目の夕方、転移した山の頂上から東を見た俺たち。それまでずっと続いていた山は東の先の方で無くなっていた。
「あそこがゴールかも?」
「そうね。北と南は相変わらずずっと山が続いているけど東だけ、あそこで切れてる」
カオリとユキの会話を聞いている俺もあそこが目的地だろうと思って東を見ていた。
「早いけど今日はここで野営しましょう。明日陽が登ったら東に飛ぼうか。ユイチ、それでいい?」
「了解」
魔力はまだまだあるし、行こうと思えば行けないことはない距離だが陽が暮れてくると遠くまで見えない。もしあそこの先が街だとしたら街の近くの山で野営をするのはリスクが高すぎる。
山奥の街の人は確か4日ほどかけて街に行っていたと聞いているが俺達は3日だ。やっぱり転移の距離の差、魔力量の差がこの違いになっているんだろうな。山奥の街からここまでの距離はおおよそなら分かるけど、帰りにしっかりと測定した方が良さそうだ。転移の距離が短いと山の頂上から次の山の頂上とジグザグに移動していくのでズレが出てくるんだよな。帰りなら一度見た景色を覚えているので直線的に移動できる。
お姉さん2人が夕食を食べているいる間、俺はテントの外で周囲を警戒しながら山奥の街の人たちのことを考えていた。
山奥の街の人たちは正に今、転移の魔法の鍛錬をしている。魔法の精度が上がり、魔力量が増えれば今までよりも短時間でマミナの街に行けるだろう。収納が多くなれば一度に運べる物資も多くなる。俺たちが教えた方法で魔力量が増えたあと、街としてどういう方向に進んでいくのかは街の人たちで考えるべきことだ。街に出向く人の数をふやすのか、ローテーションを組み直すのか。いずれにしても今までよりも少しでも楽になったと彼らが感じてくれるのなら自分たちがやったことの意味があると言えるんじゃないかな。
こんな風に考える様になったということは俺も成長したんだろうな。日本にいるときはこんな考えをしたことがなかった。自分がやったことの意味やそれが周りに与える影響なんて何も考えずに日々を生きていた気がする。刹那的というか、その時楽しければいいや。どうせ俺のことなんて周囲の誰も気にしてない。そんな考えだったよ。
異世界に来てカオリとユキと知り合って色々と教えてもらい、また冒険者になって魔石を取り出したりお金を稼いだりして、自分がこの世界にいる意味というものを考える様になった。まだまだひよっこなのは間違いないけど、それでも少しずつ前向きに物事を考えられる様になったと思っている。
「ユイチ、交代よ。ゆっくり食べていいからね」
声がしてカオリがテントから出てきた
「はい。ありがとう」
「異常は?」
「無し。魔獣の姿も見えない」
「今のところ問題ないってことね」
「ですです」
カオリと入れ替わりでテントに入るとユキが食後のジュースを飲んでいた。広いテントなので3人なら十分なスペースがある。俺は自分の収納から湯気が立っているオークの肉串を2本と、ジュースを取り出した。
「さっきカオリとも話してたんだけどさ、明日は東の端から街を見るにしてもさ、その場所で長居はしないでおこうって」
「うん、俺もそう思う。賛成です」
街の中に行くつもりは全くない、元々東には何があるんだろう?と思ったのが探検するきっかけだ。山の上から東側の端が見えたのなら目的は達せられる。余計なリスクを取らないのは当然だよ。
ポロの街から東に移動してきているが山の上の気温はどこの場所でもそう変わらない。夜は冷えるが凍えるほどじゃない。これが寒い地方だったら山の中を逃げながら移動するのは大変だっただろう。
食事が終わった時にはすっかり陽が落ちていた。俺たちは交代で見張りをする。順番はいつも通り、カオリ、俺、ユキの順だ。1人だいたい2時間ちょっと、2時間半くらいで交代している。俺の見張りの時間は真夜中、ミッドナイトだ。お姉さん2人には言ってないけどこの真夜中が好きなんだよ。特にこの場所の様な視界が広くて空が見える場所が大好きなんだ。ぼーっと空を見上げて無数の星を見るのがいいんだよな。ただ見てるだけなんだけどそれがいい。
ここらは全く人が住んでいないので地上には灯りもないし、音もしない。星の光がうっすらとこの山々を照らしているんだけどそれが幻想的でいいんだよ。ずっと日本にいたら夜空をぼーっと見上げるなんてことは絶対にしなかっただろう。山の上なので少し寒いけど空気も澄んでいるし何より360度夜空の星が見られるのは嬉しい。
心が洗われると言うのはこう言うことなんだろうな。