第92話
転移を繰り返して山奥の街に着くと門番から連絡がいったのかすぐにハミーさんがやってきて俺たちをこの前と同じ一軒家に案内してくれる。前の時にこの家は自由に使ってくれて構わないと言っていたので勝手に家に向かうつもりだったんで、ハミーさんが案内してくれて逆に恐縮したよ。
「皆さんは私たちの街の住民の先生ですから、お出迎えするのは当然ですよ」
そんなに気を使わなくてもいいのにと思っていると同じ事をカオリが言っていた。明日の9時に本館に来てくださいと言って彼女と家の前で別れた俺たちは、この街での自宅に入ると持ってきた荷物を整理してから交代でシャワーを浴びた。
夕食ももちろん自宅だ。持ち込んできた食材を使って料理を作ると、それを食べながら明日からの打ち合わせを確認する。ポロを出る前の打ち合わせで、とりあえず明日は住民達の進捗状況を確認し、それを見て次をどうするか決めることにした。
「門からここに来るまでの道でも何人か光の玉を作って鍛錬してたわね」
「ちゃんと鍛錬を続けているみたいね」
確かに門からこの家まで歩いている間に何人もの住民が魔力を増やす鍛錬をしている姿が目に入っていた。彼らは俺たちが今日来ることを知らない。自主的に鍛錬を続けているんだよ、大したものだよ。そして俺たちを見ると鍛錬を止めて挨拶をしてくれていた。
魔法関連については個人が鍛錬を続けることで魔力量が増えるのは間違いがないのである意味自分たちがいなくても出来る。問題はカオリの剣術だ。
翌日の9時、言われた時間に本館に顔を出すと、会議室にはこの前のメンバーが揃って俺達を待っていた。サーラ長老以外はハミー、カシュ、ホートン、ウルムの4名だ。再会の挨拶が終わるとまず長老が話をする。
「あんた達が帰った後も住民はしっかりと魔力を増やす鍛錬を続けておる。おかげでほとんど全員が木箱5つを収納できる様になった。後2人だけがまだ5個は無理じゃがそれでも4個は収納できる。魔力量を増やす事が大事だと皆実感しておるよ」
皆真面目に鍛錬に取り組んでいたんだな。それにしても元々収納魔法が使えたとは言え100名のほぼ全員が木箱5つを収納できる様になったのはすごい事だよ。
転移の魔法についても前回俺が話をした事を忠実に守りながら鍛錬を続けているそうだ。
「私もだが、ユイチの指導を思い出して鍛錬をしていると転移の速度が上がったよ。他の連中も同じだ。しっかりとイメージを持って転移する鍛錬を続けることで間違いなく効果が出ている」
地味な魔力量を増やす鍛錬を欠かさずに続けることが、後々いろんな魔法を使う時に大事になると住民が理解したそうだ。サーラ長老が続けて言う。
「問題は魔法剣の鍛錬じゃ。剣の素振りは続けておるが、カオリがいなくなってから果たして自分たちの形が正しいのかどうかが誰も指摘できん。知らない間に少しずつ形が崩れていき、それを身体が覚えこんでも無駄になる。そんな相談を受けたんで魔法剣の素振りは今は中断しておる」
サーラさんの判断で剣の素振りは中断し、彼らは今魔力量を増やす鍛錬だけをしているそうだ。
これは槍を持ってきて正解だったんじゃないか?俺が思っているとカオリが言った。
「実は私たちも自分の街に戻ってからそれについて話をしたんです」
カオリは俺たちがポロの自宅で話をした事を目の前に座っている人たちに説明をする。ジョブという概念がない事、剣よりも槍の方がいいんじゃないかということ。そして槍にも魔法を乗せることができるということ。
黙って聞いているサーラさん以下5名。
「なるほど。槍なら突き出す動作だけになるんじゃな。そして魔法も乗せることができる」
「そうです。武器に魔法を乗せることができるのなら武器にはそう拘らなくても良いのかなと思って。それに槍の方が長くて敵と距離をとって攻撃できる。ここの人たちには槍の方が実践的じゃないかと思います」
カオリの言葉を理解しようとしているんだろう。しばらく目を閉じて考えていた長老。目を開けると俺たちを見て言った。
「確かに我々にはジョブという概念がない。少人数で魔獣を倒す事を想定しておらん。それに長い武器を持っている方が安心もできるだろう。槍でお願いできるかの?」
「分かりました」
本館での打ち合わせが終わると建物の裏にあるグランドに移動するとそこにはこの前と同じ数の住民達が集まっていた。100名と50名に分かれている。俺とユキは収納から槍を取り出した。70本持ってきているから十分だろう。
サーラ長老が住民を前にして話始めた。
「100名の魔法組はユイチとユキから指導を受ける。そして剣術の50名については片手剣ではなく、ここにある槍を使って鍛錬をするよ」
その後を引き継いでカオリが剣から槍に武器を変更する理由を説明する。最初は地面に置かれている槍を見て怪訝な表情をしていたが、カオリの説明を聞いているうちに納得してくれた様だ。
「槍は剣に比べると基本の形を覚えるのが比較的簡単です。これでしっかりと形を覚えてから槍に魔法を乗せて魔法槍とする鍛錬をしますね」
話終わると50名が槍を手に持った。ここからはカオリがばっちり指導してくれるだろう。カオリが戦士として優秀なのは毎日魔獣を倒している俺は知っている。彼女に任せれば安心だ。
「ユイチ、武器の指導はカオリに任せて私たちは魔法の指導をするわよ」
「はい、分かりました」
どうしても条件反射で分かりましたと言ってしまう。でもこれは癖になってるから直せと言われてももう無理だ。それに俺がそう言ってもいつも2人も何も言っていないからこの返事でいいんだろう。場を仕切る能力は俺にはなくてお姉さん2人はあるからな。
返事はいつも元気よく。これ大事だよ。