第90話
俺達はジュースを飲みながら話をしている。もちろんジュースを継ぎ足すのは俺の仕事だ。ありがとうとカオリが言ってから俺に聞いてきた。
「ユイチはどう思う?」
「言わない方がいいんじゃないかなって気がしている」
「どうして?」
「うん。まずナッシュ先生がそれを知ってどうなるの?って事。そして万が一自分も行きたいと言ったら連れて行くことになるでしょ? でないと先生から他所に話が漏れないとも限らない。そして何よりサーラ長老が受け入れてくれるかどうか分からないから」
話をしているのは山奥の街の事をナッシュ先生に報告するかしないかと言う事だ。このレアリコ王国から遠く離れた場所では時空魔法を使う人たちが住んでいる村があるというこの事実を言っていいものかどうか。もっと言えば山の向こうには別の国があるって事もだ。
俺たちはナッシュ先生には大変世話になっている。先生の助言があったことで時空魔法や召喚魔法の影響が想像以上に大きいことを知り、さらには魔法剣なるものの存在まで教えてもらっている。先生の助言がなければ魔法剣は覚えられなかっただろうし、その前に時空魔法を使っているところを見つかって大事件になっていたかもしれない。
でもだからと言ってこれ以上の義理立ては必要なのかな?とも思っている。それに先生は俺たちが他の世界からやってきた人間だと知っている。俺たちはそれを正式には認めてはいないが。
「あの山奥の街の人達もあそこでと静かに暮らしている。私達があの街を見つけたのは偶然で、本当ならずっと人知れずに静かに暮らしていくはずよ。偶然知った私達が余計なことをするのが良いとは思わないわね」
ユキが言うがその通りだよ。こっちは部外者だ。部外者は余計な事をしない方がいいよ。こっちが良かれと思ったことが当事者にとっては迷惑だったって事もあるかもしれない。
「先生に会う必要がある時は会いに行きましょう。でもその時は山奥の街の事は先生には言わない事にしましょう。あの街の事は誰にも言わない」
これから先生に会う必要があるかどうかは分からないが、街の事を知ったからって先生を避ける必要はないだろうとカオリが言っている。先生と街とは切り離す。カオリが言うとユキがそうしましょうと言った後で2人が俺に顔を向けた。
「いいんじゃないでしょうか」
「「決まりね」」
今から2ヶ月後にもう一度山奥の街に出向く。そこで鍛錬を見た後はしばらくは彼らの自主性に任せて俺たちはポロで冒険者を続ける。時空魔法や召喚魔法、魔法剣の鍛錬は師匠の洞窟の奥にある第二拠点でやる。
ナッシュ先生とはどうしても合わなければならないと言う時以外は報告などには出向かない。もちろん山奥の街の事は口にしない。
方針が決まった。
2ヶ月程ポロの町を留守にしていたが、俺は元々知り合いが少ない、もとい、ほとんどいないので周りからしばらく見なかったよな?とか、どうしてたんだよ?と聞かれることが全くない。ただカオリとユキは女性の冒険者の友人達から聞かれたそうだ。王都に観光に行っていたのよと答えていた。もちろん事前に俺も聞かれたら王都に行っていたんだよと答える様に3人で口裏を合わせていた。ただ、俺は見事に誰からも聞かれなかった。ちょっと寂しいがそんなもんだろう。期待はしていなかったけど実際その通りだったよ。
Aランクの冒険者になると国内の移動で制限を受けることもないのでギルドもしばらく顔を見なくとも周りは何も言ってこない。
「ポロの街は石を投げたらAランクに当たるくらいにAランクが多い。そして多くのAランクの人達は長期間南の山の中に鍛錬に出掛けている。しばらく不在にしても何も問題はないわね」
あっさりとしたものだよ。もちろんあっさりしている方がいいに決まっている。まあ、俺に色々と聞いてくることはないけど。
俺たちがポロで活動をしながら次の山奥の街の訪問に備えて準備をしていたある日、自宅で夕食を食べている時にカオリが言った。
「考えたんだけどさ、山奥の街の人達って冒険者じゃないでしょ?」
突然そう言い出したがその通りなので頷く俺。隣でユキもそうだよねと言っている。
「つまり彼らを私たちの様な冒険者の戦闘スタイルに合わせる、同じにする必要がないんじゃないかなって思ったの」
ん?どう言うこと?
俺はカオリが何を言い出したのかなと思っているとユキがなるほどと言った。俺にはさっぱり分からないよ。
「あの街の人達にはジョブがない。ユイチも覚えているでしょ?街の外の魔獣を倒すのは魔法を使える人達が一斉に魔法を撃って倒しているって。精霊士とか僧侶とかじゃないのよ。全員が魔法使いなのよ」
頷く俺。確かにそう言っていた。
「となると私が教えている片手剣に魔法を乗せる魔法剣を覚えたところで使う場所があるのかしら?って思ったのよ。もちろん魔法剣を伝承するというのは大事よ。でも同じ教えるなら実践でも使える魔法剣の方が良くない?」
カオリのいうことも何となく分かるが、だからどうなるの?実践でも使える魔法剣って?。俺のポカンとした顔を見たカオリが言った。
「剣じゃなくて槍の方が良くないかなって思ったのよ」
「なるほど。確かに槍だったら街の外で魔獣に遭っても剣よりは怖がらずに対処できるかもね。でもさ、カオリは魔法を槍に乗せられるの?」
槍か。昔の日本の戦国時代も歩兵は槍を構えて一斉に突き出していたな。槍なら剣よりも離れて魔獣を倒せる。槍のチームと魔法のチームだったら街の外の魔獣退治もできそうだ。剣は近接攻撃になるので恐怖心が槍よりも高くなるんじゃないかな。知らんけど。
ユキも言っているが槍に魔法を乗せることができるのか?そう思っていると2階の部屋に上がったカオリが槍を持って降りてきた。槍はどうかなと考えた時に買ったんだそうだ。
「見ててね」
リビングで槍を構えるとその先端からバチバチと火花が飛び出した。
「雷の魔法がちゃんと乗ってる。カオリすごいな」
驚いたよ。これは魔法槍というのか。それが出来ることもすごいし、自分で気がついてから槍を買って試したというのもすごい。
「でしょ?と言うかさ、槍の方が簡単なのよ。柄を両手で持つでしょ?両手から生活魔法を流せるから、剣だと片手なのよ。こっちの方が簡単よ」
なるほど。そういうものなんだ。
「カオリが言う通り、槍の方があそこの人達にとっては実践でも使えるしいいかもね」
ユキも賛成している。カオリによると剣よりも槍の方が体の使い方が簡単なのだそうだ。両手で持って前に突き出すという動作をしっかりと覚えるだけでいいと言う。
映画か何かで見た長い槍の柄の真ん中を持って手を上に伸ばして槍をクルクルと回すなんてことは覚える必要はないだろう。あれはショーだよな。
両手で槍を持って構えてえいっ!と突き出す動作を覚えればいい。うん、確かにこっちの方が良さそうだ。
山奥の街に槍も持って行くことになった。