第9話
「やっぱりそうだったんだ。よかった、地獄に仏よ」
そう言ったのは戦士風の女性だ。名前は一ノ瀬香織。もう1人魔法使い風の女性の名前は田辺友紀。2人ともあの飛行機に乗って勤務していたCAさんだった。どおりで2人とも美人のはずだよ。2人とも入社2年目の同期だそうだ。2年目ってことは23か24歳くらいだな。
「俺は工藤悠一。こちらの世界ではユイチって名前で登録している」
そう言ってからここは一応森の中だからと師匠の洞窟に2人を案内した。最初骸骨を見た時はびっくりした2人がその前にある木の板を渡すとそれを夢中で読み始める。読み終えた2人はなるほどと言った表情になった。
「たくさん話したいことはあるけど、まずはこの水晶に触れればいいのね」
そう言った友紀さんが先に赤い水晶に触れ、続いて香織さんが触れた。これで2人ともこの世界の言語が理解できる様になった。
もう1つの水晶に触れると香織さんはそれなりに光り、友紀さんはしっかりと輝いた。これで安心だ。
ようやく落ち着いた。俺たち3人は洞窟の中で車座になってお互いの情報交換をすることにした。先に俺から話をする。あの家というか小屋で魔力がない、無能と罵られて皆と違う部屋にある魔法陣にのってこの森に飛ばされ、ここの洞窟を見つけて師匠のこの板に書かれた文章と水晶、そしていくばくかのお金を持って近くの街に行き、そこで冒険者登録をして生活し始めたところだと言った。
「そうだったのね。私たちはあの家にいた人から貴方の魔力がゼロだったって話を聞いているのよ。あそこの家で貴方だけが部屋に来なかったからさ、どうなったの?って聞いたらそう言われたの。魔力がゼロの人間は不要だってね。でも実際は魔力があったってことだよね?」
「そうなるね。実はここの世界に来て知ったんだけど、俺の魔力ってその時は体の左半分には全く流れていなかったみたいなんだよ。あの家というか小屋に皆で行った時、その前の着陸の衝撃か何かで右手の平から血が出ていたのでハンカチを巻いていたんだよ。だから水晶に触れろと言われた時はハンカチを巻いていない左手で水晶に触れたら全然反応しなかったって訳。それでこの世界に飛ばされててその師匠の水晶を両手で持ったら光ったんでびっくりしてさ、街で冒険者として登録する際にその話をしたら治療院を紹介してもらって、そこで見てもらったら魔力の流れが悪すぎるって言われて治療を受けたんだよ。そうしたらやっと全身に魔力が行き渡る様になったみたい」
そうだったんだ。と納得する2人。
次は2人が向こうの世界について話をしてくれた。何でも最初に飛ばされた世界のあの国は周辺国と長い間戦争が続いていて異世界から人を呼んで戦力にしてるらしい。異世界から来た人間は自分達よりも魔力が多く、武器を持たせても強いというのがその理由なんだそうだ。そんな身勝手な理由で勝手に召喚されても困るよな。
俺以外の乗客、目の前の二人も含めて、あの後馬車に乗ってどこかの大きな街に連れていかれ、そこで戦争中だという話と、召喚した人たちは皆兵士になって敵を殺しまくって欲しいって話を聞かされたのだという。それから訓練が始まったらしいが、自分達は人を殺すのは嫌だったので逃げる隙をずっとうかがっていたら街の中での訓練以外に外で野営をしながらの訓練が始まって、その野営の夜に2人でテントから逃げ出して海岸近くのあの家を目指して夜通し走って、家の中に入ったら自分達が入らなかった部屋に入り、そこにあった魔法陣にええいいままよと乗っかってここに飛ばされてきたらしい。
いい根性してるよ。
「人殺しが嫌だっていうのはお二人以外にもいたんじゃないの?」
「それが皆性格が変わっちゃってさ、機長とか副機長なんて率先してやってるし、若い女の子達も魔法だ剣だと夢中になってるの」
その時のことを思い出しているのか香織さんが心底いやな顔をしながら言う。
「あの飛行機にさ、キレ老人会みたいな老人たちがいたじゃない。あの爺さんたちも戦闘要員になってるの?」
「あの爺さん達は殺されたわ」
「は?」
友紀さんが教えてくれた。キレ老人達は街に移動してお偉いさんの前に連れ出された時もキレて暴言を吐きまくったらしい。お前は誰だとかお前の命令なんぞ聞けるかなどなど。それでえらい人が怒り出して老人たちをそこから連れ出したかと思ったら次の日にはその老人たちの首がさらし首となっていたのだと教えてくれた。
怖いよ。怖すぎる。
「えげつないな」
「でも効果はあったのよ。それまで抵抗する姿勢を見せていた人たちもあのさらし首を見て大人しくなったもの」
表面的には抵抗しなくなったが目の前の2人はそれを見てさらに逃げる決意を固めたのだという。
「でも飛ばされた先が森の中だったでしょう?びっくりしたと同時にどうなるんだろうって2人で話をしていたの。ユイチ君と会えてよかったわ」
「本当ね。地獄に仏って感じ。街に着いたらたっぷりとお礼をしてあげるわね」
「そりゃどうも」
「それで冒険者っていうの?それについて教えてくれる?」
聞かれるままにこの国の冒険者について話をする。倒す相手が人間ではなく魔獣だということを聞いた2人は人間じゃなければいいわね。と魔獣を殺すことには抵抗はなさそうだ。身分証明書、IDが一番取りやすいのが冒険者で過去を問われないと言う話をすると2人ともポロの街に行って冒険者登録をするという。
それが一番いいだろうな。と俺もその考えに賛成した。
その後は3人で山を降りて右に歩いて森を抜け、草原を抜けてポロの街に戻ってきたのは夕刻遅めの時間だった。2人はこの世界の貨幣を持っていないので俺が代わりに支払ってその足で街に入ると2人が歓声を上げた。
「すごく綺麗な街ね」
「本当、中世のヨーロッパの街並みだよ、これ」
あれ?あっちの世界でも同じじゃないのか?そう聞くとあっちの街は石垣を積み上げた街で灰色っぽく、しかも戦争中ということで市内も殺伐とした雰囲気だったらしい。2人がこの街を気に入ってくれてよかったよ。
しばらく街並みを見ていた俺たちは、そのまま冒険者ギルドに出向いて無事に2人とも冒険者になった。
香織さんはカオリという名前で剣士、友紀さんはユキという名前で魔法使いで登録をして2人もアイアン級の冒険者になった。
宿もとりあえず俺が泊まっている初心者御用達の宿を紹介し、夜を過ごす場所を確保する。
「ユイチには世話になりっぱなしね」
「そうそう、お礼をしてあげるわよ」
「期待しています」
宿に部屋を確保した俺たちはそのまま街に繰り出して屋台でおすすめのオークの肉の串刺しを買った。2人もその味には感激してくれた。
「凄く美味しい」
「病みつきになるわね」
屋台で串焼きを買い、屋台でビールを買って飲んだ3人は夜遅くに宿に戻ってきた。明日は朝食を一緒にとりながら話をしようと言って別れたと思ったら何故か2人が俺の部屋に入ってきた。2人の部屋は俺の部屋の隣なのだが。どうした?と部屋に入ってきた2人を見ると、ユキさんが言った。
「ユイチにお礼をしてあげるって言ったでしょ?」
「お姉さん2人でお礼をしてあげるわよ」
お礼ってそう言う事だったのか。
その夜、俺は大人の仲間入りをした。