第89話
住民を20名と80名に分けて指導することになった。80名の人たちは魔力量を増やす鍛錬を続ける。20名の人たちももちろん魔力量を増やす鍛錬は続けるが、その鍛錬に転移の魔法を使うことにする。
ユキと相談した結果、俺が20名の指導、つまり転移の魔法の指導をすることになった。転移の魔法については初日にしっかりとイメージを持ってね、と言っているのでそれをもう一度皆に話をする。今までと違って隣にはユキもカオリもいない。助けを乞う仲間がいないのは始めてだ。緊張しまくっているのが自分でも分かるんだけど、ここで逃げ出したら今までの俺と一緒だ。
自分に気合いを入れると、転移魔法の訓練を始めるにあたって、グランドの隅に切り出した丸太を2本置いた。
「丸太と丸太との間隔は30メートルです。まずはこの距離で転移をしましょう。こちらの丸太からあちらの丸太に転移しますが、丸太のある辺りというイメージではなくて、あの丸太の右に飛ぶんだ、左に飛ぶんだ、としっかりと飛んでいく場所をイメージしてから魔法を唱えるのがポイントです。皆さんなら1往復は問題ないと思います」
話終わると20名が順に転移をしては戻ってくる。全員が1往復すると2回目の鍛錬をする。4回目の往復が終わると全員を集めた。その中にはハミー、カシュ、ホートン、ウルムもいる。
「感覚で良いので今自分が体内に残っている魔力の量を覚えてください。魔力量を増やす鍛錬を続けていると4往復した後の魔力の量が間違いなく増えています。ただすぐには増えません。グランドでは転移の魔法とライトや水玉を作る基礎訓練を続けてください」
話終わると20人が休憩をしながら思い思いに光の玉や水玉を作っては消し、作っては消しというのを繰り返す。30分ほどすると再び転移の魔法で行ったり来たりする。こっちから何も言わなくても自分たちでやるのが凄いよ。
「魔力量はすぐに増えませんが、増えると転移できる距離、回数は間違いなく伸びますから」
こうして転移魔法を教え始めたが、5日後には2名増えて22名になった。魔力量が増えて木箱を5つ収納出来るとこっちのグループに移動してくる。最初は教えるという事緊張していたけど1週間も経つと慣れてきた。慣れってのは大事だよな。
こんな調子で新しい鍛錬を3週間ほど経つと20名だった転移魔法鍛錬組は27名に増えていた。
「皆向上心というか、すごく熱心ね」
「そうそう、何というか皆加速度的に伸びているのよね」
借りている家のリビングで話をしているカオリとユキ。俺は彼女達のコップにジュースを継ぎ足しながら聞いている。
ユキが言っている加速度的に伸びてくるというのは俺も実感していた。初日、木箱を5箱収納できなかった人たちが次々とクリアしてくるんだよ。聞いたら時間があると魔力量を増やす鍛錬をしているそうだ。そして俺たちが直接教えている住民以外の人たちも周囲から聞いて同じ様に魔力量を増やす鍛錬をしている。
街を歩いているといつも誰かが水玉か光の玉を作っているよ。
カオリの片手剣の指導も順調で、素振りでは皆それなりの形ができる様になっているそうだ。そろそろ向かい合っての鍛錬を始めるかなと言っている。
「ただ木刀を30本しか持ってきていないのよ。50名いるから最低でも50本、できれば予備も入れて70本ほどは欲しいのよね」
向かい合っての鍛錬となると素人で模擬刀はまだ危ないので木刀から始めたいと言っているカオリ。
「一旦ポロに戻る?」
「それがいいかな」
「ユイチはどう?」
「魔法は反復練習だから大丈夫じゃないかな」
この街に来て1ヶ月半が過ぎていた。魔法の鍛錬はとりあえずやり方を教えたのであとは個人でしっかりと練習してもらう事で俺たちがいなくてもできる。長老や補佐役の人たちもいるし。魔法剣については当分素振りをしながら魔力量を増やす鍛錬をしてもらう事にする。
俺たちは一旦ポロに戻ると言う話をサーラ長老にする。
「あんた達が不在でも我々がやるべきことは皆分かっておる。基礎鍛錬はしっかりとやった方が良い。こちらは問題ないよ」
「ありがとうございます」
2日後、俺たちは山奥の街を後にしてポロに向かって出発した。
「やっぱり自宅は落ち着くわね」
山の上の転移を繰り返し、山裾から歩いてポロの街に戻ってくると、市内のレストランで早めの夕食を済ませた俺たちは久しぶりに自宅戻ってきた。カオリが言っているけど俺も同感だよ、自宅に戻ってくるとほっとするよ。
ポロに戻って2日を完全休養日にして3日目から活動を再開する。歩いて師匠の洞窟に出向いてそこをベースに1泊しながら周辺のゴールドランクやシルバーランクの魔獣を倒す。ポロに戻ってきたら換金する。久しぶりに師匠にお参りができたよ。この世界の師匠のお参りは俺にとっては単なる墓参りではなくて儀式だ。
生活のペースが戻ってきた日の夜、夕食を終えた俺たちは自宅のリビングに座って山奥の街について話し合っている。
今までは時空魔法と魔法剣を教えてくれと頼まれて1ヶ月ちょっとあの村に滞在した。今後はどうするかという事だよ。
「魔法剣と言っても先ず剣の振り方、形を教えているところよ。魔法剣はまだ先ね」
「時空魔法も先ずは魔力量を増やして貰わないと転移の距離も伸びないし、そこをクリアして初めて召喚魔法の鍛錬よ」
時空魔法や召喚魔法は魔力量が多い事が絶対条件になってくる。なんちゃって収納やなんちゃって転移魔法、浮遊魔法を覚えたところで実践では使えない。
カオリとユキが話をしているのを、そうだそうだと頷きながら聞いている俺。確かにまた直ぐにあの村に行った所で俺たちが教える事は少ない。各自がしっかりと鍛錬してもらう事の方がずっと大事だよ。
「そうは言っても今回あの村を出る時にしばらく来ないって言ってないからね」
「2ヶ月後くらいに行ってさ、あちらの人の鍛錬の進み具合を見てポイントだけ教えたら後はしばらく彼らに任せてみたらどうかしら。ユイチはどう思う?」
ユキがそう言うと2人が俺の方に顔を向けた。
「今ユキが言ったのが良いと思う。彼らは魔力量が少ないだけで時空魔法自体は使えるからね。ここからは魔力を増やせてもらうのがいいんじゃないかな。魔力って直ぐには増えないし、俺たちが魔力量を増やすためにできる事ってないよね」
俺たちは偶然山奥の街を見つけて、成り行きというか請われて魔法を教えているが、本当は東の山の向こう側に行ってみようって事で移動して、この大陸の東の端がわかったらここに戻ってきて冒険者を続けるつもりだったんだよな。ベースはこのポロの街なんだよ。
3人の意見がまとまって2ヶ月後を目処に山奥の村に出向くことに決まった。それまでは今まで通りポロ所属の冒険者として活動をする。ただその間に杖や木刀などは3人で少しずつ買い足していくことにする。
一応これからのスケジュールが決まったが、俺たち3人にはもう一つ話し合わなければならない事があった。