第88話
魔力量が増えると収納できる量が増える。これは自分自身で実感できる。実感できるともっと頑張ろうという気になる。今まで入らなかった大きな物が収納できたり、収納できる量が以前よりも増えたりしたことで住民達の目の色が変わってきたよ。
カオリの指導も順調だ。彼女に言わせると、皆やる気があるので習得のスピードが速いそうだ。
「最初に飛ばされた世界では、私自身が人を殺す為の剣術を覚えることに嫌悪感があったから習得に時間が掛かったのだと分かったわ。ここの住民は皆やる気というか向上心がある。この調子だと1ヶ月かからずに皆基本は覚えくれそう」
「カオリの方は予定通りというか予定よりも早く進んでいるわね。ユイチ、私たちはどうする?」
「もう少しこのまま続けたらどう?急ぐ必要はないでしょう?」
時空魔法を覚えるにしても大前提は魔力量だ。これが少ないと魔法を覚えても使い所がない。これ大事。
「そうだよね。まず魔力量を増やす鍛錬を続ける。1ヶ月程したところで収納魔法の収納できる量の大小で、大きい人は転移の魔法に、小さい人は引き続き魔力量を増やす。こんな感じかしら」
「いいんじゃないかな」
具体的にどれくらいの量を収納できるのが良いのかは、もう少し様子を見てから判断すえることになった。俺もユキも魔力量が多いとラニア先生に言われている。なので俺たちを基準にする訳にはいかないよ。
「魔力量を増やしてから転移の魔法。そして浮遊魔法、召喚魔法。全部教えるとなると相当時間がかかりそうね。魔法剣だって簡単じゃないだろうし」
「いいんじゃない?時間はたっぷりとあるんだし、それにこの街なら自分たちの鍛錬にもなるでしょう?」
この山奥の街だとどこで浮き上がっても転移しても、ユキが精霊を召喚しても問題ない。カオリも自宅の庭で魔法剣の鍛錬をしているし。街の外に出れば魔獣がいて魔石も取れる。これをポロに持ち帰ることで金策にもなる。そう、住んでみると魔法の鍛錬をするにはいい街なんだよな。
1ヶ月が経つと皆自分の魔力量が増えていることが実感できるレベルになった。皆口々に収納できる量が増えているという。
「基本をしっかりやるとちゃんと効果が出るね。これは毎日続けないといけないね」
サーラ長老が言っているがその通りだよ。やればやるだけ結果が現れるのは間違いないよ。魔法の魔の字も知らなかった俺が、最初は小さな水玉しか作れなかったのがだんだんとそれが大きくなると同時に魔力量も増えていったんだから。
「そろそろ次のステップかな」
自宅で3人でこれからどうしようかという話をしている。カオリの魔法剣の指導も剣の振り方がようやく”様”になってきたのでそろそろ素振りから模擬戦に変えようかなんて言っている。俺はいつも通りに2人のやりとりを聞いている。
「魔法剣はまだ先だけど片手剣の使い方を身体で覚えたら外で魔獣を退治することができる様になるでしょ? このレベルまでは上がって欲しいわね」
「ユイチはどう思う?」
ユキが聞いてきた。
「魔力を増やす訓練は毎日続けるという前提で次をどうするかって事だよね?」
俺が言うとその通り、魔力を増やす鍛錬は毎日やるものだからと言う。
「時空魔法を覚えようとしている100人は魔力量がバラバラだよね。だから分ける基準として収納魔法で収納できる量で決めたらどうかな?どの量が適正かは分からないんだけど、多く収納できる人は魔力量が多いってことだからその人たちには転移の魔法を教える。収納が小さな人は基礎の魔力量を増やす鍛錬を続ける。どうかな?」
「ユイチ、ちゃんと考えているじゃない」
「うん、今のアイデアはなかなかだよ」
カオリとユキからお褒めの言葉をいただきました。じゃあ収納の量をどの程度で分けるのかという話になると彼女達にも良いアイデアが浮かばない。ラニア治療院にあった魔力量を測定する水晶みたいな珠もここにはない。というかポロの街でも売っているのを見たことがない。
「サーラ長老に聞いてみようか」
「そうだね。長老とかハミーさんがどれくらいあるのか、それを参考にするのはありかも」
次の日、広場で住民達が魔力量を増やす鍛錬をしている時、俺たちはサーラ長老とハミーさんとで次のステップについての相談をする。
「魔力量で組を分けるのは賛成じゃ。それでその分ける基準をどうするかじゃな」
「そうなんです、その加減がわからなくて」
ユキが言うとなるほどと言う長老。しばらく考えてから俺たちを見る。
「この街で一番魔力が多いのは私じゃ、ここにいるハミーやカシュがその次に多い。なので我らを基準にしては意味がないじゃろう」
俺は彼らのやり取りを聞いていて、ふとある事を思い出した。
「えっと、この街から常時5名が交代で東にあるマミナと言う街まで買い出しに行かれているんですよね?」
俺が言うと皆自分の方に顔を向けた。緊張するけどしっかりと言わないといけないぞ。
「その人たちってどれほどの収納ができるんでしょうか?まずはそこを目指したら買い付けも楽になるんだと思うんですよね。いきなりそのレベルが無理だったらその半分とかで組み分けをしてみたら?」
「ユイチ、頭いいいじゃん」
ユキが褒めてくれると長老もなるほどと言った。思いつきで言っただけだけど言ってから自分でもいいんじゃないか?と思ったよ。
「東の街に出向いている10名はこの街でも収納できる量が多いものを選抜しておる、ユイチが言う通り、彼らの半分の数量で一度組み分けをしてみるかの」
そう言うと鍛錬場にいるホートンさんを呼んだ。一番最初に山の上にやってきたおっちゃんだ。
「彼は以前はマミナの街に買い付けに出ていた1人じゃ。今はそちらの仕事は別の者に代わり、当人は街の護衛の責任者になっておる」
近くにきたホートンさんに呼んだ意図を話している長老。聞き終えた彼はなるほどと言って俺たちに顔を向けた。
「私を基準にすると言う事ですね。いいでしょう。私が収納できるのは大きな木箱で10個ほどです」
すぐにその木箱ってのが用意された。それが結構でかいんだよ。幅と高さがそれぞれ1メートル、長さは1メートルよりは長い。直方体のこの箱にマミナで買った商品や食料品等を入れて持ち帰っているそうだ。5名いるから毎回50箱ほど。ただ箱の数はこちらから持ち込む魔石の数、つまり持っている現金によって少ない月もあるそうだが、これくらいの数量が毎月来るのなら街の人の暮らしに余裕があるのもわかるよ。
ちなみに長老はこの箱だと20個ちょっと収納できるそうだ。ユキなら50個は入るだろう。俺ならどうかな。100個くらいは普通にいけそうな気がする。言わないけど。
目の前に置かれた木箱を見て相談した結果、この木箱を5個収納できるかできないかで組み分けをすることになった。
住民が街の倉庫から50個の木箱を持ってきた。これは予備の木箱と修理が必要な古いものとの両方があると言っているけど、今は中身を入れないので箱さえあれば問題ないな。
収納魔法とは空間を調整してスペースを作る魔法だ。なので収納する物の大きさがポイントで重さは関係ないというのは皆が知っている。なので箱、器だけあれば判定ができる。
「5個でやってみましょう」
ユキの言葉で1人木箱5個を収納できるかどうかのチェックが始まった。始めると5個をすんなりと収納できる人が少ない。流石に1個だけという人はいないが見ている限り3個までは収納出来る人が多い。
100人のチェックが終わったときに5個収納できた人は20名だった。この中にはホートン、ウルム、ハミー、カシュもいる。サーラ長老によると今回の100名を選んだ基準は、彼女から見て魔力量が多い住民を選んでいるという。ということは今回参加していない人はもっと魔力量が少ないということだ。ジャムスも10個は収納出来るが彼は今はマミナの街に行っているそうだ。
「20名か。あんた達が指導を始めてから住民の魔力量が皆増えている。指導する前だったらもっと少なかっただろう」




