第85話
翌日から街の人を相手に指導が始まった。人に物を教えるなんてのは生まれてこのかたやったことがない。緊張しまくりだよ。
会議室でサーラさんに会ったと思ったらすぐに建物の裏にあるグランドに足を向けた俺たち。そこには150人ほどの街の人たちが待っていた。全員がローブ姿だ。そのうち50人は魔法剣の鍛錬の希望者で100人が時空魔法の鍛錬希望者だそうだ。グランドに出ると150名が一斉にこっちを見てくるんだよな。あまり見つめないでよ、余計に緊張するじゃないの。
「住民を皆集めても意味がない。何より全員が集まる場所がない。ここにいる150人は将来の先生候補生だよ」
彼らに魔法を教えることで、彼らから他の住民に魔法を教えるということらしい。サーラさんによると時空魔法については一部会得している者もいるが彼らも最初からしっかりと体系的に覚えなおした方が良いだろうという判断だそうだ。魔法剣の希望者は当人の魔力が多くないので剣に特化したいと思っている人たちで決して強制的に参加させたのではないと言われたよ。
「あんた達が戻った後で、この街の住民にあんた達の事や魔法を教えるということを通知したんだよ。そうしたらほとんど全員が魔法や魔法剣を覚えたいと言ってね。8,000人近い人達に教えるのは現実的じゃない。ということで代表というか選抜をして150人になったんだ。もちろんこの中には収納魔法や移動の魔法、あんた達の言葉じゃ転移の魔法か。それを使える者もいる。ただ私も含めて自分たちが覚えている魔法は先祖達の代から見よう見真似で覚えてきたものばかりじゃ。ユイチやユキの様に移動魔法の始動が早くなる為にはもう一度基礎からやった方がいいと思ってね」
グランドにいた150名を50名と100名のグループに分ける。50名、魔法剣の会得を目指す人達にはカオリが指導をし、残りの100名はユキと俺が担当する。長老のサーラさんとその補佐をしているハミー、カシュの2人もその中にいる。
聞くとここにいる100人は全員が収納できる量は別にして収納魔法自体は使えるそうだ。ただ転移の魔法になると使える人が80名ほどになる。その80人についても転移できる距離についてはマミナに買い出しに出かける人は別にして、それ以外の住民のほとんどはは200メートルから1Kmほどらしい。浮遊魔法になると20名もいない。そして浮遊できる高さも1メートル以下の人が多い。
話を聞いているとどうやら魔力量を増やす訓練をしていないんじゃないかという気がしてきた。元々持っている魔力を伸ばす術を知らないのかもしれない。あるいは魔法を使う機会が少ないのかもしれない。ラニア先生が言ってたからね。魔法が使えば使う程よいって。
「魔力量を増やすところからかな」
俺がそう言うとユキもそこからよねと言う。
「魔法を使うところからね。私が話をしていい?」
「お願いします」
ユキがやってくれるのならそれが一番だよ。
彼女は100名の住民を前にして話始めた。魔法は使わないと威力が落ちる。そして使っていると魔力量が増える。魔力量が増えると収納できる量も増え、転移する距離が伸び、そして浮遊する高さが高くなる。なんて話をしているがその話を真剣な表情で聞いているこの街の人たち。その中にはもちろんサーラさんや補佐のハミーさん、カシュさん、それとおっちゃんのホートンさんらもいる。
「ライトの魔法でいいのです。毎日時間がある時に魔法を使う癖をつけましょう。少しずつですが魔力量が増えていきますよ」
その場で100人がライトの魔法を使った。大きさは様々だけど光の玉が浮いている。
「魔法を使えば魔力が減ります。魔力切れにならないところまで魔法を使って魔法に慣れましょう。ライトの魔法を使っていると少しずつですが間違いなく魔力量が増えていきます。単調な鍛錬ですけど決して途中でやめたりしないで」
とりあえず時間がある時にはできるだけ魔法を使う様にする。これが基本だよ。サーラさんが、今日この場にいない他の住民にも魔法を使うことで魔力量が増えるという話をして魔法を使うことを徹底させると言っていた。
「次に転移の魔法です。これについてはユイチ、お願い」
「はい」
来るんじゃないかと思ってたので一応心の準備は出来ているんだよな。流石にずっと横で立ったままという事はないだろうし。全員がこちらを見ている。緊張するがここは踏ん張りどころだ。
「収納魔法も転移の魔法も時空魔法という種類の魔法です。収納できる量や転移できる距離は今言った様に魔力量に比例しますのでそこは各自で毎日鍛錬してください。転移する際のスピードについて話します。最初にやってみますね」
言葉で説明するよりも実際やった方がいいだろう。言葉だけで上手く、分かりやすく説明できる自信が俺にはない。
とりあえずグランドの端に飛んでから戻ってきた。100人の中から速いという声が聞こえてくる。
「自分の経験からですが、転移の時間を短縮する方法は2つあると思っています。1つは転移魔法をたくさん使って魔法に慣れること。もう1つはイメージの持ち方です。あの辺りに転移しようと思うのではなくあそこのあの場所とピンポイントの場所をイメージした方が早く転移できます。なので初めての場所はともかく、過去に行ったことがある場所に転移するときはその場所のイメージを強く思い出すと良いと思います」
俺の話を頷きながら聞いているのを見てなんとか言いたい事が伝わったと安心する。あとは地道な鍛錬しかないからね。
「今ユイチと私が言った事が全てです。私たちもそれ以外の鍛錬をしていません。魔法を使って魔法に慣れること。これが一番良い方法だと思っています。そして魔力量。これが一番大事です。まずは魔力量を増やしてください」
ユキが締めてくれた。俺たちの話が終わるとサーラ長老が前に出てきて住民の方に顔を向けた。
「皆聞いただろう?魔力量を増やしたり、転移の速度をあげるのに近道は無いんだよ。今までは街の中での転移の魔法の使用は控える様にと言う通達があったけど、その通達を撤回する。このグランドの中であれば転移の魔法の練習をすることを許可するよ。ここにいない住民にも後で連絡する。ただ今この3人が言ったけど基本は魔力量だよ。しっかりと魔力量を増やす事が一番重要。でないと次の段階に進めないよ」
サーラさんの話が終わると俺たちが持ち込んだ杖を住民に配り始めた。もちろん数は足りないが杖があると助けになるのは間違いないからね。足りない分はまたポロで手当をすれば良い話だ。杖を持っている人もいない人も皆その場でライトの魔法を唱えては消し、そしてまた唱えるという鍛錬をはじめた。俺とユキはその鍛錬をしている人たちの中に入っては彼らの魔法を見る。大きな光の玉を作れる人もいれば小さな光の玉しか作れない人もいる。
「光の玉が小さくでも全然問題ないですよ。毎日続けていれば必ず大きくなりますから。焦る必要はありません。ただ気をつけてください。魔力を使いすぎると魔力が枯渇して身体がだるくなって動けなくなります。疲れてきたなと思ったら一旦休憩して魔力を回復しましょう。早め早めの休憩を取る様にしてください」
100名の生徒達の間を歩きながらユキが言っている。俺はその後でその通りです。頑張りましょうと言うだけだ。
少し離れた場所ではカオリが50名ほどの住民に剣の振り方を教えていた。片手剣と模擬刀、木刀を合わせると人数分以上の数があったので魔法剣を覚えたいと言っている住民の人たちは皆剣を手にしている。ただ今まで武器として持ったことがないのでカオリが握り方から教えていた。
俺もユキも片手剣を持ったことがないので彼女の手伝いはできない。カオリに頑張ってもらおう。