第84話
師匠の洞窟に来るのは東の山の向こう側に行って以来となるので1ヶ月以上来ていなかったことになる。献花をしてお祈りを終えるとここで休憩を取るのがいつものパターンだ。
「教えるとなったらいい加減にはできないね」
「そうそう。ユイチのテキストもあるし、しっかりと教えてあげないとね」
お参りが終わって師匠の前で腰を下ろしている俺たち。
2人のいう通りだ。俺は実は今回の山奥の街を訪問するにあたって普段から書いているメモから魔法関連のところだけをまとめて書き直していた。テキストという程偉そうなもんじゃないけど有った方がいいかなと思ってさ。
そのメモは事前に2人に見せて内容についてOKを貰っている。
「よくまとまってるわよ」
「このメモは山奥の村での教本になるわね」
「それほど大した事は書いてないよ」
「師匠のこの木の板に彫っている記録を見たからね。自分も次の世代に何か残そうと思って少しずつ書いてたんだよ」
その時にお姉さん2人は偉いわよと褒めてくれた。自分としてはまさかこんな形であのメモが使われるとは思ってなかったけど。
洞窟でしっかりと休んだ俺たちは森の奥でゴールドランクを相手に魔石を集める。今回は奥の洞窟、第2拠点に行く予定はない。森の奥でゴールドランクを倒すと師匠の洞窟に戻ってきた。今日はここで野営だ。今までならここから自宅まで転移の魔法でひとっ飛びだったけど今は使わないと決めている。
「結構倒して溜まったわよ」
「じゃあ明日ポロに戻ったら換金してから食料の買い出し、出発は明後日の朝ね」
今日の狩りの話が終わったところでカオリが俺とユキの顔を交互に見てきた。
「明後日から山奥の街に行くじゃない。ナッシュ先生が気づいた様に私たちが違う世界から来たってことは気がついているのかな?今はまだ気づいていなくても長く滞在している間に気づくかも?」
俺は全く考えていなかった。俺たちは一応図書館で御伽話の魔法の話を見てそれが現実にできないかということろから魔法の鍛錬を始めて身につけることができたという説明をしている。この話をどこまで信じているかということだよな。
「普通に考えたらあの人たちが使える魔法を私達が使っていてもおかしくはないわよね」
「でもさ、彼らは代々魔法を引き継いできたって言っているじゃない。こっちは言ってみれば突然変異だよ。いくら書物から気がついたとは言っていてもおかしいと思わないかな」
俺はカオリとユキのやりとりを黙って聞いている。正直どうしたらいいのか分からない。こっちから先に言うのは無しかなと思うくらいだ。
その後も3人で話をするが意見がまとまらないというか、どうするのが一番良いのかという良いアイデアが浮かんでこない。
とりあえずこちらからは言わない。何か言われたらその時に臨機応変に対応しようという事になった。もちろん臨機応変に対応するのはお姉さん2人だ。俺には無理だよ。
あとは魔法剣を教える前に剣の振り方から教えていかないといけないとカオリが言った。言われてみればその通りで山奥の街に住んでいる人はまず剣を持ったことがない人ばかりだ。剣の使い方を覚えないといきなり魔法剣を振り回すことはできない。剣を振るって簡単じゃないからな。ずっとカオリのそばにいた俺は分かる。
「そっちはカオリにお任せね」
「そうなるわよね。ユキもユイチも剣を振らないし」
カオリに頑張ってもらおう。剣の素振りなら片手剣でなくてもいいだろうと片手剣以外に木刀はもちろん、模擬刀というか練習用の片手剣を買っている。そんなのまで街に売っているなんて初めて知ったよ。カオリに言わせると結構需要があるそうだ。
「本当の片手剣だと部屋とか庭で振ると危ないじゃない。なので刃を潰した鍛錬用片手剣を買う人は多いのよ。もちろん私も持っているわよ」
師匠の洞窟で夜を過ごした俺たちは翌日森の中のシルバーランクを倒しながらポロの街に戻ってきた。精算を済ませると明日の出発に備えて食料と水を買い付ける。今度は1ヶ月は滞在する予定だ。3人で持ち物を確認し合う。
山奥の街に出向く準備が整った。
翌日、朝にポロの東門を出た俺たち。山裾までは転移の魔法は使わずに歩いて移動する。時間はかかるが万が一の事態を考えるとこれが一番確実、安全なのは間違いない。イグナスの村まではもう慣れた道だ。昼過ぎに着いて宿の部屋でしっかりと休む。
それから4日後、俺たちは道なき道を歩き、森を抜けて山裾に着いた。ここまでは予定通り。目の前に高い山がそびえている。
「行きましょう」
周辺を確認したカオリそう言って腕にしがみついてきた。反対の腕にはユキが同じ様にしがみついてくる。ここからは転移の魔法で一気に移動だ。
次の瞬間最初の山の上の頂上付近に転移した俺たちはそれから転移を繰り返して東に飛んでいく。途中で野営をした翌日の昼前、山奥の街が見下ろせる山の上に着いた。
3人で山の上から山奥の街を見ていた俺たち。カオリの行きましょうと言う声でその場から城門前まで転移する。
城門に近づくと通用門が開いて門番をしている街の人がいらっしゃいと言ってくれた。開けられた通用門をくぐって山奥の街に入っていく。2度目の山奥の街だ。今回は緊張してないぞ。
街に入るとすぐに長老の補佐をしているハミーさんがやってきた。彼女と一緒に街の中を歩いていくがすれ違う人たちが皆挨拶をしてくる。俺たちの事は街の人達に完全に周知されている様だ。彼女が歩きながら話をしてくれる。
「この前泊まった一軒家がみなさんのこの街での住居となります。お好きに使ってくれて構わないと長老が仰っておられます」
「ありがとうございます」
代表してカオリがお礼を言う。市内を歩いて一軒家、俺たちの住居の前に来るとハミーさんが言った。
「今日はゆっくり休んでください。明日の9時に迎えに参ります。街の中はご自由に歩いていただいて構いませんので」
「わかりました。色々とありがとうございます」
ハミーさんと別れて家に入った。
「まずはシャワーよ」
「そうそう。野営が続いたからね」
中に入るなりお姉さん2人がそう言った。女性は大変だね。カオリとユキが交代でシャワーを浴びる。その後で俺がシャワーを浴びた。
シャワーを浴びた2人が落ち着くと持ち込んだ食器などを取り出し、冷蔵庫にはこれまたポロから持ち込んだ生物や飲み物を入れる。その後は各自の荷物を分けてそれぞれ部屋で片付けた。なんとか落ち着いたのは夕刻だった。お姉さん2人のご希望通りに俺の部屋にはでかいベッドを置いた。今まであったベッドは使っていない部屋に移した。自分の部屋が少し狭くなったけど、元々荷物が少ないので気にならない。
整理が終わった3人が1階のリビングに集まった。お姉さん2人は私服に着替えているが俺はローブにズボンのままだよ。
「基本食事は外じゃなくて家で食べましょう。いくら外から食材を持ち込んでると言ってもね」
カオリの言う通りだよ。元々街の人のための食材だ。苦労して手に入れている食材を他所者の俺たちがたくさん食べる訳にはいかない。今回それを見越してかなり多めに食料や食材を収納に入れて持ち込んでいる。もちろん調味料も持ってきているぞ。
持ってきている食材で夕食を作ると食べながら明日からの打ち合わせをする。おそらくカオリは魔法剣というか剣を教える組だ。俺とユキは時空魔法を教えることいなるだろう。ただすでに時空魔法を身につけている人から召喚魔法を教えてくれると言われるかもしれない。その時はユキと俺が別れて指導することになる。いずれにしてもこの街の人たちの希望に沿って指導することに変わりない。
それにしても自分が指導する立場になろうとは思いもしなかったよ。でもやるとなったら手を抜いちゃだめだよな。一時は俺たちだけで終わると思っていた時空魔法や召喚魔法、それに魔法剣を継承できる人たちがいたんだから俺ができる事を一生懸命頑張ろう。