第83話
「色々と頼んでしまったがよろしく頼む」
サーラ長老が言った。俺たちは一旦ポロの街に戻る前に彼女がいる建物に寄ったところだ。カオリが代表してお礼を言ってから建物を出た俺たち。長老や補佐の人たちもその前まで見送りに来てくれている。
「ここから飛んで構わんぞ」
自分は街の外に出てから飛ぼうと思っていたが市内から飛んでいいと言う。であればそうさせてもらおう。
「それでは一旦ポロに戻ってからまた来ます」
カオリが代表をして挨拶するとユキと2人で俺の両肩に手を置いた。流石に多くの人の前では腕には抱きついてこない。ちょっと寂しい気持ちもするが仕方がない。
「おせわになりました。じゃあ飛ぶよ」
俺がそう言った次の瞬間には盆地が見えない山の上の稜線に飛んでいた。その後も休憩をしながら転移をした俺たちは途中の山の上で野営をして2日目の午後西の端の山に戻ってきた。目の前にはレアリコ王国の領土が広がっている。
「帰ってきたね」
しばらくの間、皆黙って山の上から西に広がる平地を見ていた俺たち。そこからユキの転移の魔法で山裾、森の出口に降りると森の中を抜けて草原に出た。草原で野営をし、イグナスの村経由でポロに戻ってきたのは山奥の街を出て6日後の昼過ぎだった。
街に入るとそのままギルドに顔を出して魔石を換金してから自宅に戻る。一度家に帰ると出る気がなくなるからとカオリが言ってたがその通りだよ。ソファに座ったらどっと疲れが出てきた。普段の狩りの移動とは全く違う疲れ方だ、精神的に疲れたというのかな。ぐったりしたよ。
「色々あったね」
「ほんとほんと。東に向かう前には予想もしなかったことばかり」
3人そもソファに深く座っていたがいつまでもこのままという訳にはいかない。とりあえずシャワーを浴びてから外で夕食を食べようということになった。流石に俺も今日は料理を作る気がしないよ。
交代でシャワーを浴びて着替えをした俺たちは市内の半分行きつけになっているレストランに足を向けた。ここは安くて量が多い冒険者御用達の様なレストランなんだよ。だから当然客の多くは冒険者、同業者だ。内密の話をする訳にはいかないが俺たちは外で山奥の村の話をするつもりはない。店に入るとカオリやユキは知り合いの女性冒険者達と挨拶をしているが俺は挨拶をする相手がいないので先に空いているテーブルに座ってお姉さん2人が来るのを待っていた。席取り係とも言う。
3人が揃うと各自が料理とビールをオーダーする。
「外から帰ってきてポロの料理を食べると落ち着くのよね」
「そうそう、これを食べたら疲れが取れる気がする」
カオリとユキが言っているが俺も全く同感だ。すっかり故郷の味になっちゃっているよ。濃いめの味付けが疲れた身体に合うんだよ。
久しぶりのポロ料理を楽しんだ俺たちは自宅に戻るとキッチンのテーブルに座って打ち合わせをする。
武器屋が重ならない様に手分けして店に顔を出し、それぞれの店で買うのは剣も杖も5本までとした。それほど高い剣は必要なく、杖も魔力が増えるだけの付帯効果のある杖は安価だ。
「明日買ったら明後日は買わない。その次の日はまた別の店で少し買う。こうやって少しずつ買い揃えていくしかないね」
俺たちの目的を悟られてはいけないし噂になってもダメだ。隠れてこそこそと揃えていかないといけない。俺にとってこそこそするのは得意とまでは言わないがいつも通りでいいってことだよ。
「外で買う物は武器以外は何がある?」
俺が聞くと彼女2人は部屋にあるクローゼットだけじゃ足りないので新しいのを買ってそこに服や下着を入れて持っていくそうだ。俺は部屋にあったクローゼットで十分に事足りる。下着を何枚か買うくらいかな。どうせ向こうでもローブとズボンだし。
「ユイチ」
「はい?」
声をかけてきたカオリに顔を向けた。
「大きめのベッドを買ってあっちの家の自分の部屋に置いてね」
「そうそう。あの街で紹介してくれた家にあるベッドって1人用、シングルサイズだったでしょ?2人だと厳しいものね」
「はい! 分かりました」
大きなベッドを買う事。しっかり頭にインプットしたよ。忘れるとお二人がお怒りモードになるのは間違いない。それは絶対に避けたいところだ。
ベッドは分かった。それ以外にいくつかインテリア用品を買うことになった。お姉さん2人が思いついたことを俺がメモしていく。書き終えたメモを2人に見せた。
「とりあえずはこれくらいかな。後で気がついたらまた買いましょう」
翌日から冒険者として活動しながらポロの街で少しずつ買い出しをする。1日はポロ近郊でシルバーランクを倒し、翌日は買い出し。1勤1休を2週間続けた。その結果杖が60本、片手剣は35本揃えることができた。それと模擬等や木刀も30本ほど買った。
「今回はこれだけ持って行きましょう。剣と杖が揃うまでは何度かここと山奥の村を往復する必要があるからね」
街の人に渡す杖と剣、それと個人の私物を収納に納める。
「あっちではどれくらい滞在するかな」
「1ヶ月くらいかな。1ヶ月経ったら一旦ここに戻って来てまた剣と杖を買ってあっちに移動。向こうで魔法を教えながら私たちの鍛錬もしましょう」
山奥の街だと大っぴらにいろんな魔法の鍛錬ができる。またそれが結果的に街に住んでいる人への魔法の指導にもなる。とりあえず1ヶ月滞在して山奥の街の人たちがどこまで覚えてくれるか、その進捗を見てから次を考えようということになった。
明日からは久しぶりに師匠の洞窟に出向いて森の奥でゴールドランクを倒しながら金策することにする。ギルドに対してもシルバーランクばかりだと怪しまれるかもしれない。とりあえず倒して余ったのは収納に入れておけばいいだろう。ポロに戻って来たら食料を調達し、2度目の山奥の村だ。
大まかなスケジュールができた。
東の山の向こうに行ってみようと軽い気持ちで移動していったらいつの間にか山奥の村の人に魔法を教えることになっていた。でもこういうのも有りだろう。この世界は自分の思っていた以上に広くてまだまだ知らないことが沢山ある。2度飛ばされてこの世界にやって来て冒険者になり、魔獣を倒したり空を飛んだり転移したりと、以前の日本では想像もつかなかった日々を送っているが、いつの間にかこの世界にすっかり馴染んでしまっていた様だ。そしてこの世界が嫌いじゃない自分がいる。この世界で自分自身の性格も少しは前向きになったんじゃないかと思っている。
打ち合わせが終わってメモをしまって椅子から立ち上がるとそれに合わせてカオリとユキも椅子から立ち上がると2人が俺の両腕にだきついてきた。
「今からユイチの部屋に行くわよ」
「今日はお姉さん2人ね」
「はい!分かりました」