第82話
「なるほど。魔獣のランクはお前さん達が普段倒している強さ。そして山裾から1時間程入ったあたりまではそれ以上強い魔獣を見なかったという事じゃな」
カオリの報告を聞いていたサーラ長老が言った。どうやって倒しているのかと聞かれたのでユイチの遠隔魔法でダメージを与え、近づいてきた魔獣をカオリの片手剣とユイチの精霊魔法で倒していると説明する。
「我々は全員が魔法使い。なので大勢、15名とか20名程で街の外に出て、魔獣を見つけると一斉に魔法を撃って倒しておる。魔石は取れるが魔獣の部位は取れない事が多い」
近接戦に持ち込まないってことか。確かに近接の攻撃手段がないよな。そして魔法で倒すと確かに魔獣の部位は残ってないだろう。俺がそう思っているとユキが言った。
「魔法剣を覚えたら近接攻撃もできる様になりますね」
「その通り。それでこちらからお願いじゃが、この街の人に魔法剣を教えてもらえないかの?。同時に時空魔法、召喚魔法もしっかりと教えてもらいたいんじゃがどうかな?」
長老の依頼か。個人的に教えるのは全然いいんだけど、そうするとこの街に結構長期間滞在することになるんじゃないのかな。なんて思っているとカオリが俺とユキの方に顔を向けてどうする?と聞いてきた。
「個人的には教えるのはいいと思うの。魔法を伝承していくという意味でね。でも教えるとなると中途半端な事はできない。この街に長く滞在するという前提になるけどいいのかな?」
最後は長老に顔を向けてそう言ったユキ。
「我らは問題ないぞ。昨日泊まった家もあるし、それに皆新しい魔法を覚えたがっておる」
「ユイチはどう?」
カオリが聞いてきた。
「ユキと同じ。教えてあげるのなら腰を据えてやらないとね」
「私もユキやユイチと同じ考え」
つまり俺たち3人が魔法を教えるのは問題ないということだ。やりとりを聞いていたテーブルの向かい側に座っている長老以下の人たちの表情が明るくなった。そりゃ魔法使いである以上いろんな魔法を覚えたいだろうし、覚えると便利だからね。それにこっちも今住んでいる国では無理だったけど、新しく覚えた魔法を伝える相手が見つかった。えっとこう言うのって何と言うんだっけ?そうそう、ウィンウィンだ。
「ただ一度ポロの街に戻ってきてもいいですか?長期で街を離れることは私たちが所属している冒険者ギルドに話しておかないといけないし、お家を借りるにしても自宅から色々と持ち込む物がありますから」
腰を据えて魔法を教えて貰えるのなら問題ないぞというサーラ長老。今住んでいる空き家をそのまま好きに使ってくれて構わないと言われたので俺たちは後で借りている家にある物をチェックして足りない物を持ってくることにする。
「お前さん達は山を飛んで東に向かうと行っていたがそれはどうするんじゃ?」
行くのなら行ってきても構わないという長老。
「もしこの街にしばらく滞在するのなら今すぐに行かなくても、いくらでも行く機会はありそうね」
ユキの発言にカオリも俺も賛成する。東には行っていないが様子は分かったし。
その後は具体的な話になる。特に片手剣を買い揃えないといけない。この街には武器屋や防具屋なんてのはないんだから。ローブやズボンは西のマミナの街で買い揃えているそうだ。
「片手剣は私たちが準備しましょう」
カオリが言った。
「お願いできるかの。この街の住民で剣の良し悪しがわかる者はおらん」
出来れば300本は欲しいと言われたが一度に揃えるのは流石に無理だ。それだけ買ったら目立ちすぎる。少しずつ買い揃えていくしかない。長老によるとこの街では生活魔法程度の魔力しか持っていない者が500名程いる。その中には15歳以下の子供や50歳以上の老人がいる。実際に魔法剣を覚える対象となる住民は250名程になるので予備を入れて300本は必要だそうだ。彼らは魔法剣の使い手の子孫だと言う。
「ちょっと杖を見せてもらっていいですか?」
ユキが言うとハミーさんが自分の杖をどうぞと差し出してくれた。それを手に取って重さを測ったり持つところを見たりしている。手に持った時に少し驚いていたなと思っているとユキが杖を俺に渡した。
「ユイチも持ってみて」
「はい。えっ、重っ」
こんな重い杖は持ったことがない。俺が重いというとこの街の人がえっ!という顔をする。私の杖を持ってみて。とユキがハミーさんに今使っている自分の杖を手渡した。
「すごく軽い」
ハミーさんがそう言ってユキの杖を長老に渡した。杖を持った人たちが次々に軽い軽いと言っている。
「お前さん達の杖はどれも軽いのかい?」
杖をユキに返しながらサーラ長老が聞いてきた。というか俺は杖の重さなんて気にしたことがなかったよ。杖とはこんなもんだと思っていたからな。
「ええ。どの効果の杖であっても重さはほとんど変わりません」
聞くと彼らの杖には魔力量が増える効果が付与されているそうだ。それにしても杖自体が重すぎるよ。
「おそらく杖を作る技術は私たちがいる国の方が高いと思います。あるいは杖を作るのに適した木が私たちの地方には生えていて、東の地方にはないのかも」
杖についても少しずつ買って持ってくることにする。
元々は東の山の向こうには何があるんだろう。という気持ちで始めた東方面の探索だが盆地の中にある街を見つけてたり魔法を披露しあったりと想像もつかない展開になってるよ。でも人生ってそんなもんだよな。思い通りに行くことの方が少ない。なんて大人っぽいことを考えているとユキが俺に声をかけてきた。
「ユイチはどう思う?ポロの街で杖を買うにしても魔力量が多くなる杖だけでいいか、それとも魔法命中が上がる杖も揃えた方が良いか」
「今持っておられる杖は魔力量が増える杖ですよね?」
俺が前を向いて聞くとその通りと長老の補佐をしているカシュが答えてくれた。
「転移を考えたら魔力量が増える方がいいよね。街の外の魔獣を倒すにしてもさっきの話だと大勢で魔法を撃っているって話だし。命中よりも量を重視していいんじゃないかな」
「確かに転移や収納を考えると魔力量が多いほうが便利だよね。うん、ユイチの言う通りにしょう」
ユキも納得してくれた様でなによりです。
とりあえず明日俺たちは一旦ポロの街に戻ってそこで一軒家に運び込む荷物を準備したり杖や剣を買ったりしてから改めてこの街に来ることにする。
「急いで来る必要はないぞ。今まで200年もの間ずっと我々だけでやってきたんだ。少しくらい待つのは待っていないのと同じじゃ」
「ありがとうございます。1ヶ月後くらいを目処に、しっかり準備をしてからまた来ます」
そう言ったカオリ。ポロの東の山からここまで2日で来られる。山から下におりてポロの街まで片道4日。移動で2週間程かかるけど1ヶ月後ならポロで準備をする時間は取れそうだ。
その後の話し合いで剣や杖の購入代金はゴールドランクの魔石で支払うことになった。こっちはそれをポロで現金化すれば良いので問題ない。
長老との話が終わると俺たちは長老の家を出ると市内のレストランで夕食を済ませてから借りている一軒家に戻った。しっかり通達が回っているみたいで街の中を歩いてもすれ違う人たちが皆挨拶をしてくれる。
俺たちは借りている家に帰るとリビングで収納から取り出したジュースを飲みながら話をする。ポロには明日の朝、ここを出て戻る予定だ。
「この街の人たちって昔からずっと助け合って生きてきたのね。皆いい人ばかり」
「ここに街があるという歴史も代々語り継がれているんでしょうね」
自分たちの歴史、迫害されて逃げ延びてきたという歴史を語り継ぐことがこの街の住民の使命なんだろうな。一つ間違えたら俺たちだって迫害から逃げ出していたかもしれないと思うと他人事とは思えないよ。
「明日ポロに戻るけど、戻ったら色々と準備しないとね」
ユキがそう言ってからジュースを飲み干したグラスをテーブルに置いた。俺はすぐにそこにジュースを継ぎ足す。もう条件反射になっているよ。パブロフの犬みたいだ。
「杖と剣の準備だけど3人で手分けしてやろう。私は剣を揃えるから2人は杖をお願い。一度に揃えようと思わないでね。目立っちゃうから。少しずつ買い揃えていきましょう」
杖も軽い方がいいだろうとこちらで用意することにしたが何せ必要な数が多い。幸いにして魔力量が増えるだけの杖はそう高くはないので買うこと自体は問題ないがそれでも一つの武器やで一度に何十本も買えば怪しまれるのは間違いない。時間はかかるけど少しずと揃えていくしかないよな。
「あとは今の自宅から持っていく物も決めないとね」
「私とユイチの収納があるから大抵の物なら問題ないわね」
それから3人で話あった。ミキサーは1つ持っていこうと言うことになる。食器類についても家の食器以外に自分たちのも持ち込んだ方が良いだろうと言うことになった。それ以外にもポロの街で買う物やら色々と話をして打ち合わせがお開きになったのは結構遅い時間だった。