第80話
会議室に戻ると朝と同じ場所に腰を下ろした。全員の前にジュースが置かれている。
「魔法を披露してくれてありがとう。正直驚いておる」
サーラさんの言葉を黙って聞いている俺たち。
「我々が西から逃げてきたというのは昨日話した通りじゃ。時空魔法を使えるということで迫害を受けたがその時に召喚魔法と魔法剣を使えるものも我々と一緒に逃げてきたのじゃ。記録によると魔法剣を使えたのも魔法使いだったそうじゃ。つまり魔法使いばかりがこの地に逃げてきてここで街を作ったということになる」
前衛ジョブがいないんだ。冒険者で言えば全員が精霊士か僧侶になるんだな。そして200年ほど前は魔法使いが片手剣を持っていたのか。今じゃ考えられないが当時はアリだったのかな。
「我々の中では精霊士、僧侶と言った明確な区分はない。皆魔法使いと呼んでおる。その中に攻撃魔法が得意な者、回復、治癒魔法が得意な者がいるという大雑把な括りになっておる」
カオリが自分たちは冒険者ギルドでジョブを決めてそのジョブ水晶に手を触れることで専門家すると同時に魔法の威力が増したという話をした。シーラさんもそれは先祖様が書いた書物で呼んでいたそうだ。
「ジョブ水晶というのがどうして作られているのかは分からない。なのでこの街では魔力があると全員が魔法使いということになる」
ジョブという概念がないんだ。
「長老、ジョブ水晶という物に触れたら今よりも強い魔法が打てるということでしょうか」
長老の隣に座っているハミーさんが恐る恐ると言った感じで彼女に聞いた。聞いていたサーラさんはこちらを向くとハミーの理解で合ってるかの?と話をこっちに振ってきた。
俺はそれは一長一短なんだよな。なんて思っているとユキの声がした。
「ユイチ、説明してあげて」
「はい!分かりました」
ユキが突然俺に振ってきた。お姉さんたちに言われて条件反射で返事をしまうのは俺の癖だ。返事をしてから頭の中で思っていたことを言った。
「一長一短です。たとえば俺は精霊士になりました。この結果精霊魔法の威力は増しましたが回復、治癒魔法はほとんど使えなくなりました。せいぜい生活魔法程度です。魔法使いの時は両方使えました。だからどちらが良いかというのは一概に言えないと思います。冒険者というのは数名でパーティを組んで活動します。分業制なので個人が専門特化した方が良いのです。パーティを組まないのであればオールマイティな魔法が使える魔法使いの方が便利だと思いますよ」
俺の話を頷きながら聞いているサーラ長老。他のメンバーもなるほどといった表情だ。この街に来てからは俺たちの話に相手が納得して頷いている場面が多い気がする。仕方ないんだろうな。今から200年ほど前にここに逃げてきてそれからはほとんど周囲との交流がないままに過ごしてきている。先祖達が持ってきた資料やマミナの街から書物を持ってきているとは言っても入ってくる情報は限られてしまう。俺たちの話が役に立つのなら幾らでも教えちゃうよ。
「ありがとう。事情がよく分かった。この街にはジョブ水晶がない。なので我々はこれからも魔法使いという立場で生きていく事になるだろうだろう。パーティを組むという必要もないしの。ところでカオリ」
「はい?」
「魔法剣について詳しく教えてくれないかの?カオリはユキやユイチと比べると魔力量が少ない。少ないにも関わらずしっかりと魔法剣をマスターしておる。どういう鍛錬をしたのかな?」
サーラさんによるとこの街の人は魔法が使えるが魔力量については個人差があり、魔力量が少ない住民もいるそうだ。彼らの収納はサイズが小さく、転移や浮遊ができない。そんな人たちがもし魔法剣をマスターすることができるのであればこの街にとっては大きな戦力になる。外で魔獣を倒すときに剣を振るうことで街に貢献できるだろう。何よりも魔力量の少ない人たちが肩身が狭い思いをしなくてもよくなる。
「魔法剣は持っている剣に魔法を付与することで発動するというのはご存知ですか?」
カオリの問いかけに向かいに座っている全員が頷いた。知識としては知っているみたいだ。
「精霊魔法を付与しようとすると上手くいきません」
「どういうことじゃ?魔法を付与するというのは精霊魔法を付与することと同じではないのか?」
サーラさんが聞き返している。普通はそう思うよな。それこそが会得できない最大の理由なんだ。これを見つけるのに時間がかかったんだよ。俺が2人のやりとりを聞きながら過去の魔法剣の会得したときの事を思い出しているとカオリの声が聞こえてきた。
「私は魔力が多くありません。なので私が精霊魔法を撃つという行為を覚えようとしてもうまくいきませんでした。ただ体内の魔力はゼロではありません。生活魔法程度を使用する魔力はあります」
魔石にちょっと魔力を通したり焚き火に火をつけたり、指先からちょろちょろと水を出したりすることを生活魔法と呼んでいる。敵を倒す威力のある魔法は撃てないが普段の生活なら使えるレベルの魔法の総称だ。
「簡単に言うと剣を持っている腕。この腕と剣を一体化させる。剣が腕の一部だと考えて指先、つまり剣先から生活魔法の炎を出して焚き火に火をつけようと意識付けをして訓練をしたら覚えました」
「なるほど。攻撃魔法、精霊魔法ではなく生活魔法を剣先から発動するイメージか」
長老が言うとその通りとカオリが頷いている。その後もいくつかの質問に答えていくカオリとユキ。俺はお役御免っぽいので黙ってやりとりを聞いている。
魔法剣の使い手の子孫もこの街には住んでいる。彼らは遺伝なのか体内の魔力量が少ない。その彼らが魔法剣を覚えると大きな戦力になるだろうとテーブルの向こう側に座っている人たちが話をしているのを黙って聞いているとサーラさんが顔をこちらに向けた。
「お前さん達はこれから予定があるのかい?」
話がひと段落したところでそう聞いてきたサーラさんにカオリが元々は住んでいる街から東に行ってみようって話をしていただけで特に計画を立てて移動している訳ではないと答える。
「なるほどの」
サーラさんはそう短く答えただけだった。何か考えているのかもしれないが、頭の悪い俺には全く予想がつかないよ。