第8話
師匠のお墓(洞窟)から戻っても地味な異世界生活を続ける俺。師匠の遺言を見て、日本人が異世界に飛ばされたと言ってもチートな能力があるわけでもなく周囲の人たちと変わらないというのを知ってからはこのポロの街の片隅で地味に生きようと心に決めている。
ポロという街はレアリコ国の南部最大の街だ。当然冒険者ギルドに登録している冒険者も多い。受付嬢によると街の南部には強い魔獣が生息しており、それを狙って国中から冒険者が武者修行にやってきては長期間滞在しながら魔獣を倒してランクを上げ、金策をしているのだという。男性冒険者だけじゃなくて女性冒険者も同じ様に強い魔獣を倒して生活していると聞いて最初はびっくりしたよ。そういう風に強い敵を求めて活動している冒険者の多くはゴールドランクで、彼らは自分たちよりも強い魔獣を倒していランクをゴールドまで上げたらしい。うん、俺には無縁のランクだ。
もちろん俺はそんな強い敵を相手にする気は全くないが、朝にギルドに顔を出せばいかにも強者といった同業者達がギルドのロビーにたむろしている。
そんな中を目立たない様に、ぶつからない様にコソコソと歩いて受付で薬草取りのクエストを受けているなんちゃってローブと杖を持っている冒険者。それが俺だ。
最初は朝の時間にギルドに行ってしまって、強者達がいる時間帯と重なってビビってしまって以来、薬草取りのクエストは強者達が来る前、比較的早い時間にギルドに顔を出して受ける様にしている。最初は朝早く起きるられるかと思ってたけどスマホもテレビもない安宿では薄いカーテン越しに朝日が入ると勝手に目が覚めちゃうんだよ。もちろん夜も暗くなったら早めに寝ている。ということで早寝早起きという実に健康的な日々を送っているので問題はない。睡眠はとり過ぎと言うくらいにしっかりととって寝ているよ。
ギルドが開いてすぐの人が少ない6時半とか7時に顔を出してクエストを受けると昼過ぎにはギルドに戻ってきてその日の精算を終えてギルドを出る。このパターンを始めてからは強者達と出会うこともほとんどなくなって快適な日々が送れる様になった。もちろん強者達が俺のことを気にかけているなんてこれっぽっちも思っていないよ。こっちが彼らを避けているだけだからね。
薬草採りしかしない俺に受付嬢は違うこと、つまり外で魔獣を倒してみないかと何度か言われたがその度に断っているといつの頃からか受付嬢も何も言わなくなった。
ただこの薬草採もずっと続けているとギルドのポイントが貯まったみたいでアイアンからブロンズに昇格する。ある日いつもの薬草採りを終えて昼過ぎにギルドに戻ってきてカウンターで報酬をもらおうとした時に受付嬢が言った。
「ユイチは今日の納品でポイントが貯まったのでブロンズに昇格できますよ」
そう言われてびっくりする。昇格なんて考えた事もなかったよ。
彼女はその場でカードをアイアンからブロンズに変えてくれた。冒険者になってから半年ちょっとが過ぎていた。
「薬草採りだけでブロンズランクに昇格したのはユイチが初めてじゃないかな」
それは褒めてくれているのか、それとも呆れているのか?おそらく後者だろう。新しいカードを渡しながらそう言った受付嬢は続けて言った。
「ブロンズからシルバーに昇格するには魔獣を倒さないといけませんからね。薬草採りだけだとずっとブロンズのままですよ」
俺はわかりましたと答えたがブロンズで十分だ。地味に生きることをモットーとしている俺に冒険者のランクは関係ない。毎日3食しっかりと食べる事ができて安宿とは言えベッドで夜を過ごせる今の生活に何も不満はない。これで十分だと思っている。魔獣を倒すなんてそんな危ないことはやりたくもない。何と言っても無能だからな。無能は無能なりに生きる術を考えているんだよ。
全く予想していなかった昇格だがアイアンからブロンズになったことは師匠に報告せねばならない。そういえば師匠は冒険者のランクは最終的にどこまで上がったんだろうか。ギルドのカウンターから離れかけていた体をカウンターに戻した。
「ちょっと教えて欲しいんだけど」
「はい?」
「ここのギルドにゲンゴさんという冒険者はいました?もう随分と前だと思うんだけど。魔法使いだったと聞いてるんですよ」
和田源吾だからおそらくゲンゴで登録しているんじゃないかと予想する。というかそれ以外の名前の想像がつかない。横文字のジェームズとかアルベルトハインリヒトとか言う長い名前で登録していたのだったらお手上げだよ。
「私がその人の名前を知らないってことは私がここで働く前の話ね」
頷く俺。師匠の服がボロボロだった。あの状態を見る限り数年前じゃなくてもっと前だろう。
「ちょっと待ってね。その人は魔法使いだったのね」
俺がたぶんそうですと言うと彼女は隣に座っている人にカウンター業務を任せると奥に引っ込んでいった。
しばらく待っていると、10分程してから受付嬢が戻ってきた。手には分厚いファイルを持っている。カウンターにファイルを置くと指でページをめくっていく。俺はじっとみていた。受付嬢の指が止まった。
「ゲンゴさん。確かにポロの冒険者ギルドに登録されているわよ。31年前に引退されてるわね。随分前ね。最後のランクはゴールドランクよ」
ゲンゴで登録されていたんだ。予想通りだったと思ったがその後に続けて言った受付嬢の言葉を聞いて思わず聞き返したよ。ゴールドランク?ゴールドって言ったら上から2番目のクラスじゃないの。
「ゴールドランク?」
「そう。最後の5年間はゴールドクラスの精霊士だったみたい。プラチナには昇格できなかったけど一流の冒険者として引退されてるわ」
いやいや、師匠の遺言だと自分は決して有能じゃないって言ってなかったか?それでゴールドランク?師匠は随分と謙遜していたんだな。せいぜいシルバーランクくらいかな?なんて思っていたよ。失礼しました。
俺はお礼を言ってギルドを出た。師匠がゴールドランクだったと聞いて驚いたが、20年近く冒険者をやるとそれくらいにはなるのだろうか。それとも14、5年でゴールドになったのは遅い方なのか。俺には分からない。分からないがこれだけは言える。
師匠と違って俺は地味に生きる。ブロンズで十分だ。なんせ無能なんだから。
ブロンズランクに昇格した3日後、俺は花を買って街を出ると師匠の洞窟に行った。例によってローブに杖と格好だけは一丁前の魔法使いだ。草原を抜け、常に周囲を警戒しながら森を歩いて山の洞窟に入ると師匠がいつもの骸骨姿で俺を出迎えてくれた。花を捧げて手を合わせてお祈りをする。
「ポロの街で日々薬草採りだけしていたらブロンズランクに昇格しました。ギルドに言わせるとここから先は魔獣を倒さないとランクが上がらないらしいのですが俺は地味に生きることにしていますのでブロンズで十分です」
師匠に報告というかお参りを終え、夜をその洞窟で過ごした俺は翌日ポロの街に帰ろうかと洞窟の出口に立ったその時、森の中から音が聞こえてきた。戦闘をしている様だ。魔法が爆発する音や、木か何かが切られる音がする。
魔獣ならやばいと洞窟の出口で杖を持っている手に力を入れて身構えながら音のする方に顔を向けていると音が止んだ。それからしばらくすると森の中から2人の女性が出てくるのが見えた。
なんだ冒険者だったのかよ、驚いて損したよ。力が抜けた俺は20メートル程の高さにあった洞窟から降りて山裾に降り立った。それと同じタイミングで女性2人が近づいてきた。見ると1人は片手剣を持って革の防具を身につけている戦士っぽい女性。もう1人は白のローブに杖を持った魔法使いっぽい女性だ。2人とも黒髪、黒い瞳で何より2人とも美人だ。
こんな美人も冒険者をやってるんだとびっくりすると同時にあまりじっと見ているとスケベ、とか変態とか言われそうなので軽く会釈をしてから踵を返して街に戻ろうとしたところに背後から声がかかった。その声を聞いて歩きかけていた体が硬直する。
「あなた、ひょっとして飛行機に乗っていた人?」
女性の1人がそう声をかけきたその女性の言葉は日本語だった。