第75話
「お前達は誰だ?ここで何をしている?」
歪んだ空間から3人の男が現れた。全員がローブ姿で杖を持っている。現れた3人の真ん中に立っている男、おっちゃんが声を出した。彼のローブは濃い茶色だ、左右の2人は同じローブに見えるが色が違う。2人とも薄い茶色のローブ姿だ。中央に立って声を出し男が一番年上に見える。40代後半くらい?後の2人は30代半ばくらいかな。それよりもだ、相手の言葉が理解できたよ。
3人とも険しい表情をこちらに向けている。見られているだけでビビっちゃうよ。ただ隣を見るとユキはいつもの表情で3人を見ていた。俺からは見えないけどおそらくカオリも同じだろう。2人とも肝っ玉が座っているよ。でも何故気がついたんだろう。
「私たちはずっと西の方からやってきたの。山の上に来たら眼下に城壁の街らしきものが見えたからここから見ていただけよ」
前に立っているカオリが答える。答えながらも彼女も右手に片手剣を持ったままだ。カオリが西から来たと言って3人の表情が変わった。
「西から?ここから西はずっと山しかない。どうやってここまで来た?」
「そっちが今使った魔法と同じ魔法よ」
その言葉で3人が驚いた表情になる。いやいや、俺達も転移の魔法が使えるんだよ。と内心で言うがもちろん声には出さない。ここはお姉さん2人にお任せだよ。
「移動の魔法が使える。そう言ったんだな」
「私たちは転移の魔法と呼んでいる。後ろのローブの2人が転移魔法を使えるの。それで西から山の頂上を転移しながらここまでやってきたの」
カオリが言うと一番年長に見えるローブ姿のおっちゃんが言った。
「移動魔法を見せてくれるか?」
「攻撃してこないと約束できるのならね」
どうやら魔法が使えると聞いて彼らの態度が少し軟化したみたいだ。でも見せろと言われてあっさり受けないのがカオリだ。身知らぬ連中と五分に渡り合ってるよ。
「約束しよう」
「ユイチ、私もやるわよ」
「分かった」
次の瞬間俺は立っている3人の背後に、ユキは自分が立っていた場所から10メートル程後ろに転移していた。ユキと俺が転移をしたのを見て驚いたのは年長のおっちゃんだ。
「速い」
「あっという間だ」
左右に立っている30代に見えるローブの人が言った。中央に立っているおっちゃんも驚いた表情をしている。
「どうやら西から移動魔法を使ってやってきたと言うのは嘘ではなさそうだ」
おっちゃんがそう言ってるけど俺達嘘はつかないって。
「貴方達はあの街に住んでいる人達なの?」
カオリが視線を眼下の街に向けてから顔を戻した。
「その通り。人里から遠く遠く離れたこの場所でひっそりと暮らしておる。それにしても移動の魔法が使える人がいるとは。どうやら話し合いをした方が良さそうだな。長老に会ってもらおう」
おっちゃんが言って杖を地面に立てた。表情もさっきまでは厳しい表情だが今はそうでもない。おっちゃんが杖を地面に立てると左右の2人も同じ様にした。その仕草を見てカオリも剣を鞘におさめた。危惧していたやばい場面にはならなさそうだ。ほっとしたよ。そして長老?あの街の偉いさんなんだろうな。
とりあえず山の麓まで転移してそこから歩いて門に向かうことになった。俺達が山の麓に転移して少し後に彼らも転移してきた。門はここから数百メートルほど先だ。
「魔法の発動が早いのと魔法自体が完成されておるからかな」
なんて言ってるおっちゃん。もし聞かれても俺にはこれしかやってないから説明ができない。6人で城壁の門に向かって歩いている時にユキがこの街の名前を聞いた。
「正式な名前はない。我々は山奥の街とか山の中の街と呼んでいる。外から人がやって来ないから街に名前を付ける必要がないんだ」
おっちゃんが言った。つまり俺達は初めての客ってことになるのかな。
「私たちがあそこにいるのが下から見えていたの?」
俺が疑問に思っていたことをカオリが聞いた。
「城壁には常に見張りの者がいる。彼らから山の上で何かが動いているのが見えるという連絡が来たから我々が出向いたのだ。まさか我々と同じ人間だとは思わなかったがな」
城壁に近づくとその高さが5メートル以上はあることに気がついた。素人の俺がみても頑丈に作られている。街の外に強い魔獣がいるのかもしれないな。俺達が近づくと大きな門の隣にある通用門っぽい扉が開いた。
中に入ると整然と石垣の道が格子状に伸びているのが目に入ってきた。目に見える範囲で高い建物がない。精々3階建てまでだ。緑も多い。綺麗な街だなと思ってキョロキョロしているとカオリの声がした。
「綺麗な街ね」
ユキも本当ねと言っている。この世界に来てここまで綺麗な街は初めてだよ。ポロもそうだが街は広いが道はカーブしていたり建物だって高いのや低いのもある。長屋もあれば結構傷んでいる家もあるがこの街は今のところそういうのは見られない。何と言うか格子状の道に沿って余裕を持って家が建てられ、街が作られている。せせこましくないんだよ。
街の中には店があるし、通りには当たり前だけど住民が歩いていたりする。この風景はどこの街でも同じだ。ただ彼らは皆俺たちに目を向けてきていた。こいつら誰?探ってくる様な視線だ。チキンの俺はできるだけ住民と目を合わせない様にする。
「この街には何人位の人が住んでるんですか?」
「7、8,000人くらいが住んでいる」
前を歩いている3人にカオリが聞くとおっちゃんが振り返って答えてくれた。ちゃんと答えてくれるんだ。それにしても結構な人が住んでいるんだ。ただ山の上から見た城壁の広さから見るともっと人がいてもおかしくない。それくらいに広い城壁だったよ。
門からまっすぐに伸びている石畳の道を歩いているとその先に噴水池が見えてきた。その近くに高さは3階建てだが横に広い立派な屋敷の様な建物がある。前を歩いている3人はその大きな屋敷の建物に足を向けた。
門のところで立ち止まった3人が振り返って俺達を見た。
「この中に街の長老がおられる。中に入ったところで待っていてくれるか」
ドアを開けて中に入るとそこはロビーの様になっていてソファが置かれている。ここで待っていてくれと言うとおっちゃん1人が建物の奥の階段を登っていった。一緒にいたローブを着ていた2人はその場に残っている。
「ここはこの街の中心的な建物みたいね」
「その通り。この街の行政府と言える場所だ」
カオリの言葉に男の1人が答えた。王家とか貴族なんてのはこの街にはいないのだろう。もっともポロでも貴族とかいう偉い人には一度も会ったことはないんだけど。
立っているのも疲れると俺達はソファに腰を下ろした。残っている2人はその場で立ったままだ。お互いに話すこともないので黙っている。俺は以前から1人が平気なのでこういう場面でも手持ち無沙汰にはならない。ソファや椅子に座ってぼーっとするのは得意なんだよな。
10分ほどしておっちゃんが階段を降りて戻ってきた。それを見てソファから立ち上がる。
「長老がお会いになる。付いてきてくれ」