第74話
「今日もお願いね」
朝食を摂りながらカオリが言った。
「わかりました。問題ないよ」
「山に入ってからユイチしか仕事をしてないね。申し訳なくて」
「平気平気」
カオリやユキがそういうが自分は全く気にしていない。適材適所ってやつじゃないの?それにずっと敵と出会わないとも限らないし、もし接敵したらその時はカオリやユキの出番になるだろう。もちろん俺も頑張るけど。
食事を終えてテントを畳むと東に向かって転移する。相変わらず山の上には魔獣の姿がない。転移した先で360度の方向をチェックするけどずっと山ばかりの景色だよ。
昼頃に転移した山の上から後ろを振り返ると背後も山また山になっていた。自分たちが最初に飛んだ山は手前の山に隠れて見えなくなっている。思えば遠くに来たもんだ。
「結構飛んできたわね」
「でもまだ山が続いている」
「何キロくらい東に飛んできたんだろう」
山の上で休憩をしながらカオリが言った。転移の回数と魔力の減り具合からおおよその距離を計算してそれを合算していく。
「飛んだ距離は200Km以上だけど一直線に飛んでないでしょう?直線に直すと100Kmから長くて150Kmくらいかな」
「ポロからレンネルまで歩いて4、5日。距離にしておおよそ150Kmくらいか。そう考えると結構移動したね」
「そうなるね」
「もう少し休んだら行きましょうか。ユイチ、魔力が戻ったら言って」
「了解です」
しっかりと魔力を回復しその後も山から山に飛んだ俺達。この日も山の稜線にテントを張って野営をした。稜線の上にテントを張って交代で眠る。夜になると山の上は冷えるけど寝袋に下半身を入れるだけでも全然違う。
翌朝、朝食を終えてテントを畳んで出発の準備を整えた俺達。このままずっと山を飛んで最後は海に出るのかなとなんて話ながら山から山へと転移を続けて東に進んでいく。
本当にこのままずっと山が続いていきなり海に出るんじゃないだろうか。そう思ってこの日何度目かの転移をした俺たちの目の前に予想外の景色が飛び込んできた。
昼過ぎに飛んだ山の上に着いた俺達の目の前、いや眼下には山に囲まれた盆地が見えていた。その盆地には城壁に囲まれている街らしきものがあった。
思わず顔を見合わせる。盆地の東側はまだずっと山が続いていて南北も山が続いている。つまりあの盆地は四方八方を山地に囲まれている場所だ。
山の上から見る限り村というよりは街と言った方が良い程広い城壁だ。
「これは想像していなかったわ」
カオリが言った。俺もまさか山の中に街があるなんて予想だにしなかったよ。
「周囲は山。その中にポツンと街があるのね。完全に周囲から隔離された場所ね」
「私たちの様な人間が住んでるのかしら、それとも獣人族の街とか?」
獣人族。ギルドの資料館にも図書館にも載っている。オークやゴブリンなどの二足歩行の人型の魔獣を称して獣人族という。同じ種族同士が集団で生活をしていると描いてあった。当然人間を見れば襲いかかってくる。資料によるとポロの南部の森や山の中にいくつかあるそうだ。
「ここから見る限り城壁は石垣よね。獣人族にそこまで知恵があるのかしら」
「でもさ、ユキのはポロの常識でしょ?ここはポロから随分と離れているわよ」
カオリが言うとそうか。とユキが納得した表情になった。俺達が知っている獣人よりももっと知能が高い獣人がいるかもしれないってことか。つまり頭が良くて強いってこと?勘弁してほしいよ。
俺達は街というか石の壁に囲まれた街を見おろせる山の上で腰を下ろした。山の頂上から街の城壁までは一度の転移で飛べそうだ。
「さて、どうしましょう」
カオリが言ったがここは俺の出番だろう。
「夜になったら俺が山の下に飛んで、そこから浮遊の魔法で城壁の中を見てみるよ」
「危険よ」
カオリが言ってくれたがここは譲れない。
「でもそうしないとここからじゃ遠過ぎて見えないだろう?夜になって灯りがつくかどうか分からないけど昼間動くよりは安全じゃない?万が一の時は転移の魔法でこの場所に戻ってくる」
「ユイチ、無理してない?」
ユキが心配そうな顔を向けてくるが他によい方法が思い浮かばないのなら自分が行くしかないだろうと言うと2人とも黙ってしまった。ちょっときつく言い過ぎたかもしれないと反省はするがお姉さん2人に行かせる訳にはいかないよ。ちょっとは俺にもいい格好させてよ。
「見てくるだけだから。中の様子を見て、もし獣人の街なら素通りすればいいじゃん。人間の街なら改めて3人で降りて行こうよ」
「言葉、通じるかな?」
ユキが言った。それがあったか。俺達がいる場所からはずっと離れている。それに見る限り他の街との交流もなさそうだ。彼ら独自の言葉を話されると意思の疎通ができない可能性がある。
「それも含めて一度見てくるよ。看板とか見えたら読めるか読めないかが分かるし」
結局俺のアイデアよりも良いアイデアが浮かばないので陽が暮れたら俺が下に降りて様子を見る事になった。こそこそと行ってそっと浮遊してチラッと見て帰ってくる。別に喧嘩を売りにいく訳じゃない。なんとかなるんじゃないかな。
自分としては獣人族の街じゃなく同じ人間が住んでいる街であって欲しいとは思っているけど、人が住んでいたとして会話が成立しなかったらどうなるんだろう。
敵だと思われて攻撃されたらたまったもんじゃない。こっちはそんな気は全くない。ただ話が通じないことも考えられるよ。そん時は逃げるに限る。俺が考えていたことを2人も考えていたみたいだ。
「あそこに住んでいるのが獣人族なら無視して転移する。もし私たちと同じ人間だったら会話を試みてみましょう。相手が戦闘的とか友好的じゃなかったらすぐに転移してその場から逃げる」
「今カオリが言った作戦で行きましょう。ユイチもそれでいい?」
「もちろん。無用な戦闘は避けたいよ。それが自分と同じ人間だったら尚更だよ。転移の準備はしておくから離れないでね」
「ユイチにこうやってしがみついてればいいのよね」
そう言ってユキが腕にしがみついてきた。
「そ、そうそう」
いきなりしがみつかれてびっくりしちゃったよ。嬉しかったけど。
日が暮れるまでにはまだ時間がある。俺達は稜線に腰を下ろして飲み物を飲んで休憩する事にした。ジュースを飲みながらも眼下にある石垣に囲まれた街を見るけど遠過ぎて人の動きが見えない。ひょっとしたら誰も住んでいないのかも?
暗くなるまでの間、山の上で座ったり立ったりして休憩していると陽が傾いてきた頃、俺達がいる近くの空間が歪み出した。それを見て皆立ち上がった。
この空間の歪みは自分は知っている。ユキので見たことがある。俺達のよりも空間が歪んでいる時間が長いが間違いない。
「転移の魔法よ。誰かがここにやって来くる」
俺より先にユキが声を出した。
俺達は戦闘準備をしてその歪みに顔を向けた。




