第73話
次の日にはユキも新しい防具に変えた。魔力量が増えるローブとズボンのセットにしたらしい。これで3人とも装備関係の更新は終わった。
俺達は新しい装備で師匠の洞窟の森を目指し、そこでシルバーランクを倒してから森の奥の鍛錬場の洞窟に移動する。もちろん師匠の洞窟にお参りしたよ。
鍛錬場にしている第二拠点がある森の奥の洞窟で新しいエアコン魔道具を作動させてみると、これが想像以上に効果があった。洞窟は広いのでもちろん全体が暖かくなることはないが少なくともエアコンの周囲は確実に暖かくなっていた。これならテントの中で十分に使える。
「想像以上に優秀だね」
「これなら万が一寒い場所での野営になっても問題ないね」
うん、俺もそう思う。実に暖かい。これなら十分に使えるよ。ロココおばさんは変な品物を売らないから信用しているけどこれは自分たちが思っていた以上に良い品物だった。
第二拠点をベースに禁断の魔法の鍛錬とその周辺にいるゴールドランクを相手にして新しい武器や装備の感覚を自分のものにした俺達。その後も何度か第二拠点まで出向いて鍛錬をし、魔獣を倒して金策を続けた。最初に東の山に行ってから2ヶ月が過ぎた頃、俺達は再び東の山の探索に出かけることにする。
出発当日、ギルドに顔を出してしばらく遠出をしてくると受付に言った俺達。ポロの東門から街の外に出るとまずは前回通ったルートで最初の山の頂上を目指す。今回はいつ戻るか決めていない。俺とユキの収納にはこれでもかと言う程の食料や水が入っている。餓死することはなさそうだよ。
街道を歩き、イグナスの村を過ぎてからは野営を繰り返した俺達は今森の入り口に立っていた。これを抜けたら一気に頂上まで転移をしてからが本番だ。森の中に徘徊しているシルバーランクの魔獣を倒して森を抜けると黙っていてもカオリとユキが腕に抱きついてきた。
「飛ぶよ」
「お願い」
次の瞬間、俺達は最初の山の頂上、前回飛んだ稜線の上に立っていた。陽はまだ上にあり遠くまで見渡せるが相変わらず向こう側までずっと山が続いている。
「行けるところまで行きましょう」
次の転移で前回と同じ場所に着いた。魔力はまだ持ちそうだがここで休憩を取ることにする。まだ陽があるので山の上でも寒さは感じない。その場で座り込んでサンドイッチを食べながら最初の山から次の山の距離感を覚えてここからどこまで飛べるか考えてみると結構遠くまで飛べそうだ。
「ユイチ、魔力はどう?」
サンドイッチをジュースで流し込んでいるとカオリが聞いてきた。
「まだ半分ちょっとあるよ。ここから見る限りだけど次と、その次の山の上までは行けそうな気がする」
「相変わらず底なしの魔力ね」
「ほんと。でもだから大助かりね。普通の魔力だと山裾から頂上まで飛ぶだけで結構な魔力を使っちゃって休憩が必要になるわよ」
ユキも魔力が多い方だがそれでも今の2回の転移を自分がしたらほとんど魔力が残っていないかもしれないと言っている。俺にはその感覚はわからないんだよな。とりあえずまだまだ大丈夫だというのは分かるけど。こうして休憩しているだけで少しずつ魔力が回復してくれるのでおそらくここから2回飛んでも魔力が切れることはなさそうだ。
30分ほど休憩すると3人で次に飛ぶ先の山を決めて転移した。それから休憩をはさみながら3度転移した俺達。結構東の山の奥に入ってきたよ。見渡す限り360度山しかない。頂上から下を見ても低木ゾーンの先、下の方は高い木が生えているエリアで目に見える限り川や滝の類はない。
もう1回転移する魔力はあったんだけど丁度稜線、尾根の上に大きな岩があったのでそこを今日の野営場所にする。陽は大きく傾いていた。
岩の影にテントを張ってエアコンの魔道具を設置する。その後テントの外で暖かい食事を食べているとすっかり陽が暮れて周囲が真っ暗になった。テントの入り口に掛けてある魔道具のランプの灯りがぼんやりと周囲を照らしていた。
「本当に山ばかり。このまま海まで山だったりして」
「それならそれでいいじゃない。自分たちが知らなかった事の一つがクリアになるんだからさ」
カオリとユキが話をしているのを聞いている俺。もし山しかないとしたら図書館で見たあの地図は結果的に正解を描いているということになるんだろうな。
見張りの順番はカオリ、俺、ユキの順で2時間交代にしている。これはこの3人で野営を始めた頃俺が2番目をやると言ってからずっと変えていない。最初と最後の番の人は連続で4時間、時にはそれ以上休めるが2番目の人は寝て、起きて、また寝るとなって睡眠が細切れになる。3人の中で一番貢献度が低いのは自分だと思っているので自分から2番目をやると手を挙げたんだよ。2人にはしっかりと休んでもらいたいしね。
3人は動きやすいんだけど夜の見張りの時だけは人数が多い方がいいなと思った時もあった。でもそのためだけにメンバーを増やすのはノーサンキューだ。カオリやユキの様に人付き合いが得意じゃない俺に合わせてくれる人だという保証がない。それくらいなら夜の見張りが2番目であってもその方がずっと気楽でいい。もっともこれからも3人でやっていこうという方針が出ているから人はこれ以上増えない。
肩をゆすられた。カオリに起こされて見張りを交代する。テントの中は暖かかったけど外に出るとやっぱり寒い。帽子をしっかりかぶってローブの上から持ってきた毛布を巻いてテントの近くの石に座って砂時計の砂がゆっくりと落ちていくのを見ている俺。
1人で周囲を見ながらぼーっとするこの時間が意外と嫌いじゃない。森の中なら警戒しながらだけどここは山の上だ。万が一何かがやってきてもそのシルエットは遠くから確認できる。音もするだろうし。少し寒い事を除けば山の上でこうして野営をするのも悪くないよ。もともと出不精で1人でいることが多かった俺はこうして1人で座っているのが苦痛にならないんだよな。
気がついたらひっくり返した砂時計の砂がほとんど落ちていた。そろそろユキと交代する時間だ。俺は立ち上がるとテントの中に入っていった。