第71話
自分たちがいる場所の上の方に稜線が走っている。あの稜線伝いに飛んでいけば東方面に行けそうだ。まずは稜線の上まで行こうと俺の転移魔法で飛んだ。次の瞬間に俺達は山の頂上付近に立っていた。夕刻になっていたので遠くまでは見えないがそれでも目に入るのは山また山の景色だ。今は3人が横に並んで東方面を見ている。
「奥までずっと山が続いているわね。それも大体同じ高さの山が続いている」
「ユイチ、この山の高さはわかる?」
カオリが聞いてきたが、それならさっき考えていた。
「700から800メートルくらいだと思う」
俺が言うとカオリとユキが確かにそれくらいかもねと言っている。
「間違いなくこっちは探索してないわよ。この風景を見たら奥に行こうなんて気にならないもの」
しばらく見ていたが日が暮れてくると気温が下がってきた。立っている場所からそう遠く無いところに平坦な場所を見つけたので今日はそこにテントを張ることにする。山の夜は冷える。テントを張るとその中でインナーを分厚いのに着替える。カオリもユキも俺の目の前で平気で服を脱ぐんだよな。目のやり場に困る。その俺の視線というか仕草に気がついたカオリが言った。
「今更隠すところなんてないじゃん」
「そうそう。普段からユイチは私たちの全部見てるんだしさ。それよりもしっかり着込まないと寒いわよ」
「分かりました」
2人の言う通り、俺もローブとインナーを脱いでその下に分厚い下着を身につけた。魔獣の姿は見ていないがだからといって襲われないとは決めつけられない。最初は俺がテントの外で見張っている間に2人が食事をする。
夜になると気温は下がったがその代わりに空には満天の星が現れた。日本では見られない程綺麗な気色だ。ここには街の明かりがない。夜空の星の光が地上をぼんやり明るく照らしている様に見える。
「綺麗な景色だね」
食事を終えたカオリとユキがテントから出てきて空を見上げる。
「あの星のどこかが地球なのかしら」
「2人はやっぱり地球というか元いた世界に帰りたいと思ってるの?」
カオリの言葉を聞いた俺が2人に顔を向けて言った。
「私はもう諦めているの。それにこの世界も悪い世界じゃないって思ってる」
「私も未練はほとんどないかな。この世界には日本みたいに何でもあって便利な訳じゃないけど人間らしい生活ができている。ユイチはどうなの?」
ユキが聞いてきた。
「俺ももう帰りたいとは思っていない。帰る手段がないって師匠の遺書というか木片に書いてあったのを読んだ時から戻る事は諦めている。それにカオリやユキと一緒でこの世界も住んでみたら結構良い世界なんだって思っているんだ」
あのまま日本にずっと住んでいたらいつまで経っても優柔不断でチキンでボッチで童貞のつまらない男だっただろう。いや、童貞じゃなくなったからこの世界の方が良いと言う訳じゃないんだよ。カオリやユキと知り合った事、そして冒険者という職業に影響を受けて自分の性格が少しは前向きになることができた。そう思っている。
「3人の意見が合ったわね。これからもよろしくね」
カオリが言うとユキもこちらこそ宜しくと言う。俺も言ったよ。
「引き続きよろしくお願いします!」
そう言って3人で拳をぶつけあった。今まで仲間と呼べる人がいなかった俺はTVでよくこんなシーンを見ては羨ましいと思っていたけどまさか実際にできるとは。感激したよ。
交代で休んだ翌朝。テントをたたんで朝食を食べながらこの日はもう少し東方面に行ってみようというかと言うことになった。稜線上は見通しが良い。ここなら転移魔法でかなりの距離を移動できそうだ。
明るくなって改めて東の方向を見てみるとずっと山が連なってはいるが、見える限り山の頂上付近には高い木は生えていない。同じ高さの山がずっと続いている感じだ。そして眼に見える範囲で東側は山ばかりだ。北側と南側も山ばかりだよ。山が連なっているところもあれば谷になっているところもある。当然谷になっているところ、低い場所には木が生えている。間違いなくそこには魔獣がいそうだ。
今回の探索の目的は東の山の向こうがどうなっているのかをまず確認しようということだ。その目的は達せられた。東山の向こうはまだまだ山がずっと続いているというのが確認できた。左右、つまり北側も南側も全部山になっている。ここレアリコ王国の東部は大きな山地がずっと遠くまで広がっていた。
「この景色を見たら東方面を探索しようという気にはならないわね」
「そう。何も無しという報告になるよ」
「そもそもこの山地は自分たちがいるレアリコ王国の土地なんだろうか?探索はしていない。人もおそらく住んでないとなると誰の土地でもないんじゃないのかな」
普通だったら下山と登山の繰り返しになる。しかも魔獣が徘徊しているとなるとまともに探索、調査なんてできないだろう。ここから見る限り東方面に行くとしたら登山と下山が延々と続く感じだよ。
「ユイチの言う通りかもね。地図には山って書いていかにも自分達の領土ってなってるけど実際は誰のものでもない無人の土地なのかも」
俺は東方面を見ながらあっちに行くにはどのルートで転移していくのが良いのかを考えてみる。正面、真東に見える山までの距離感が掴みにくい。左右に顔を向けると右側の方が次の山に近そうだ。あれなら何とかなるかな。
「右の山へは一度の転移で飛べそうだよ」
俺の声で2人も右に顔を向けた。大丈夫?という表情をしている。気を遣ってくれているのが分かって少し嬉しくなるがここは一つ良いところを見せないとな。
「飛んでから魔力の減り具合を見てみたい。山の上って距離感が掴みにくいんだよ」
「ユイチが言うのなら一度飛んでみましょう」
2人が左右の腕に抱きついてきた。俺は飛ぶよと声をかけてから転移魔法を唱えた。
次の瞬間、俺たちは目指した右前方の山の稜線に立っていた。
「魔力はどう?」
「自宅から師匠の洞窟よりも近い。魔力は問題なさそうだよ」
一度飛んだことでおおよその距離感を掴んだぞ。2つ目の山からの景色も同じだった。奥にずっと山が続いている。背後にはさっきまで俺達が立っていた山が見えていた。やっぱり転移の魔法は便利だよ。
「どうしようか?もうちょっと先に進んでみる?」
カオリが言った。ユキは立っている場所の周辺と山の下の方を見ている。
「低木には魔獣はいないわね、ただその下の高い木が生えている場所にはいそうな雰囲気」
下の方を覗き込む様にして見ているユキが言った。飛ぶのなら低木エリアより高い場所に飛ばないと魔獣がいるってことだ。どう考えてもゴールドランクかそれ以上だろう。俺は自分の魔力量から見て後1、2回は転移しても大丈夫だろうと思っている。ただここから見る限り次の山の上に飛んだとしてもそこから見える景色に大きな変化はなさそうだ。行くならもっと先まで行かないとダメだろうな。
「飛んだとしてもおそらく同じ景色じゃないかな。今回ずっと奥まで調査するのなら飛ぶけど」
俺が言うとそうだよね、同じだろうねという2人。
「今回はここまでにしましょうか。山がずっと向こうまで続いているのが確認できた。一旦ポロに戻ってどうするかゆっくりと考えましょう」
カオリの言葉で俺達は引き返すことにする。最初の山まで飛んでそこでしっかり休んで魔力を回復する。山を登るのは時間がかかったが距離的には短い。魔力が回復した俺は次の転移で山裾の野営をした岩の上に飛んだ。森の先、草原まで飛ぶこともできるが周囲から丸見えになるから万が一魔法を見られる可能性がある。俺だって少しは成長しているんだよ。
森の中をシルバーランクの魔獣を倒しながら抜けた。森を抜けると目の前にはポロに続く平原がひろがっている。
「ユイチ、魔力は大丈夫だった?」
草原を歩き出したところでカオリが聞いてきた。隣のユキも顔を俺に向けている。
「大丈夫。距離がそう長くないからね」
「だったら次からは森を抜けたところから最初の山の上に一気に飛べるね」
「行ける。そして次の山への距離感もだいたい掴めたから結構奥まで進めると思うよ」
移動はできそうだ。ただ移動先に何があるのかまでは分からない。次回の探索は長期戦になりそうだよ。