第70話
廃村になっているコパを出てから半日程歩くと森が近づいてきた。森に入る前にユキが強化魔法をかける。誰が見ているか分からないので精霊のサクラは召喚していない。
「行くわよ」
カオリの声で森の中に入っていく。目指すはこの森を抜けた先にある山裾だ。なので森の中を真っ直ぐに東に進んでいく。森に入ってしばらくすると熊の魔獣を見つけた。シルバーランクだ。
「シルバーランクね。倒しましょう」
シルバーなら問題ないぞ。魔法を撃つとそれだけで瀕死になる熊野郎をカオリの片手剣の一振りで絶命させる。魔石を取り出すとさらに奥に進んでいく。魔獣とは接敵するがどれもシルバーランクで、それに接敵の頻度が多く無い。
「冒険者がここまで来ないのも納得ね」
たった今倒したシルバーランクの熊から魔石を取り出しているユキが言った。これじゃあ効率が悪すぎるよな。カオリも敵が少なすぎるわねと言っている。俺は敵が少ない方がいいんだが、もちろんそれを口にはしない。
森を抜けたのは夕刻だった。陽は大きく傾いている。森を抜けると目の前に山裾が見えているが見える範囲で魔獣の姿はない。今晩どこにキャンプするのが良いか俺達は周囲を見ながらキャンプに適した場所がないか調べているとカオリが山裾にある大きな岩を見つけた。岩の上でキャンプができそうだ。周囲には木が生えているが岩の上は何もない。山を見上げると山裾は山の中腹より上くらいまでは緩やかな傾斜になっておりそこから頂上に向かっては傾斜がきつくなっている様に見える。ただ傾斜はきつそうだが尾根になっているのであそこまで行けば遠くまで見えそうではある。
「あそこに行ってみましょう」
少しだけ山裾を登ると見つけた岩の上部が見えてきた。その岩の上に立って周囲を見てみる。大きな岩なので下からは見られない。上を見ると太い木々が生えている。下から襲われることはないけど上からはやってきそうな気がするよ。
「岩の山側にある大きな木の陰はどう?」
「いいかも」
ユキが見つけた場所は大きな太い木の裏側で、そこなら上からは木の幹が邪魔になって見えないし、当然下からも見えない。左右からは見られるが4方向のうち2方向が死角になるのはでかい。元々街や村の外で100%安全な場所なんてないんだから。
ただテントを張るわけにはいかない。山裾で寒くないので太い木にもたれて交代で休むことにする。
「結局森の中はシルバーランクだけだったね」
「本当ね。ちょっと拍子抜け」
「廃村になっているコパの村から半日ほどの場所にゴールドランクがいたら村の人達は安心できなかったんじゃないの?」
俺が言うと2人がそうか、確かにそうだよねと同意してくれた。意見が通ると少し嬉しい。とは言っても俺もこの森に入る前まではそうは思ってなかったんだよな。森を抜けて後から思いついたというか。先に気づけよって話だよ。
日が暮れた。この辺りには人が住んでいないので真っ暗になる。実際は星灯で周辺はほんのり明るいがそれでも視界はせいぜい4、50メートル程か。魔獣が近づいてくる音に注意しないと。起きている間はずっと耳を澄ましていたが結局魔獣が襲ってくることもなく世が明けた。
「これからが本番よ。今日はこの山を登って高い場所を目指しましょう」
俺達がいる山は周囲と比べて高い山じゃない。かと言って低くもない。だいだい同じ様な高さの山がずっと連なっている地形になっている。
山登りと言ってもずっと斜面を登っていく訳じゃなくて時には平坦な場所もある。そしてその平坦な場所にはゴールドランクの魔獣がいた。俺の魔法とカオリの片手剣でそいつらを倒しながら進んでいく。ある程度登ったところでユキが気がついた。
「山の斜面には魔獣はいないわ。いるのは平になっているところよ」
「なるほど。自分たちが斜面にいる分には襲われる確率が低いってことね」
魔獣だって生き物だ。斜面よりは平坦なところで活動するだろう。言われて納得だよ。と同時にこの山の攻略が見えてきた。登山道なんて気の利いた道はないので下草を踏みながら山を登っていく俺達。俺の魔法がファーストタッチになるので周囲を警戒しながら山を登っていく。途中の平になっている場所には大抵ゴールドランクの熊や虎が徘徊しており時には2体固まっていることがある。その場合は斜面から上に向かって魔法を撃って魔獣が斜面をずるずると滑り落ちてくるところを魔法か片手剣で倒していくというパターンが出来上がった。魔獣も勢いよく斜面を降りると俺達の場所より下に滑り落ちるから踏ん張りながら降りてくる。当然ゆっくりと降りてくることになる。そこに2発目、3発目の魔法が当たると大抵瀕死状態になってカオリか俺がとどめを刺すことで安全に倒せる事がわかった。
現地で学習することもあるんだよな。
魔獣を倒しながら斜面を登っていくので登山のスピードは遅い。朝から登り始めて今は昼頃だが頂上はまだずっと先だ。俺達は斜面に生えている木に背中を預けて休憩を取りながら少しずつ上を目指していた。
「まだ木が多いわね」
「もう少し上に上がると低木になってくるんじゃない?そうなったらユイチの魔法で飛べるでしょう?」
「そうだね。低木なら上の景色がよく見えるから飛べると思う。飛んだ先に魔獣がいるかどうかまでは分からないけど斜面に飛べばまだマシか」
「そうね。飛ぶ時は斜面をターゲットにしましょう。もっと上に登って魔獣がいなくなったら好きに飛んでいいわよ」
結局この日は朝から山登りを開始しておおよそ3分の1程登ったところで日が暮れた。適当な斜面の大木の根元で交代で食事を取って交代で休むことにする。ここは魔獣がいるエリアなので灯りは付けられない。
1人ずつ食事をとり、その間2人は斜面の上と下を警戒する。寝る時も1人ずつ交代で睡眠をとる。ゴールドランクのエリアなので気が抜けないよ。寝ている間に襲われたらなんて考えるとよく眠れない。寝たと思ってもすぐに目が覚める。一番最初にこの世界に飛ばされた時の最初の夜、コアラの様に木の枝にしがみついて細切れの睡眠を繰り返した時以来だよ。
翌日再び山を登り始めた。カオリとユキは愚痴一つ言わずに山を登り、魔獣がいればすぐに戦闘態勢になる。2人がそうだから俺だけ疲れたとか、しんどいなんて言えるはずがない。必死で彼女らについて山を登っていた。途中で何度かゴールドランクを倒して登っていくと少しずつ木々の間隔が広くなってきた気がする。と同時に魔獣との接敵の回数も減ってきた。
「そろそろ魔獣の生息エリアを抜けそうね」
前を歩いている、いや登っているカオリが顔を前に向けたまま言った。
「もう少しの辛抱よ。ユイチも頑張って」
「はい。頑張ります」
女性から頑張ってと言われるのもどうかと思うが、声をかけられると元気が出るから不思議だよな。その後2時間程して俺達は山の中腹より上、高い木々が生えているゾーンを抜けて低木ゾーンについた。ゴールドランクの魔獣は今から30分程前に倒したのが最後でそれからは接敵していない。低木ゾーンに入って左右をみると平坦な部分がほとんどなくなっていた。ただ全く無い訳じゃなく比較的平坦なところがあったのでそこに移動をして腰を下ろした。流石に戦闘をしながらの山登りはきつい。俺はもちろんだがカオリもユキも息が荒くなっていた。
登っている山の高さは1,000メートルには達していない気がする。700とか800メートルくらい?知らんけど。それでここまでで5、600メートル昇ってきた感じかな。
「きつかったぁ」
「ほんとね」
カオリとユキもきつかったんだと知って安心する俺。自宅での夜の2人を知っている自分から見れば2人は底なしの体力だと思っていたからな。
「魔獣のエリアを超えた。周りに高い木はない。ユイチ、ここからは転移魔法で飛べる?」
「ここからなら大丈夫」
「じゃあ少し休んだら行きましょう」