第69話
自宅に帰って夕食を食べている時に図書館での話を2人にした。
「ユイチの言う通りかもね。実際は誰も東側の山の向こうはもちろん、山の中すら探索してないんじゃない?」
「あるいは探索に出かけていった人達が誰も戻ってこなかったとかね」
「えっ!?」
思わず声が出たよ。ユキが恐ろしいことを言っている。強い敵がうじゃうじゃいるかも知れないってこと?流石にそれは勘弁してほしいよ。俺の驚いた声を聞いたユキは仮定の話よなんて軽く言っている。カオリもユイチはビビり過ぎよなんて言ってるが俺に言わせると2人は肝っ玉が座っているんだよな。
「それも含めて一度東の山の上まで行ってみる必要はあるわね。万が一の時は2人の転移魔法を使って逃げましょう」
俺はふと思いついた。魔獣って高い場所に生息しているんだろうか。魔獣って森とかいわゆる空気が澱んだ場所、魔素が濃い場所にいるって聞いたことがあったんだよ。高い場所って寒いけど魔素が濃いとは思えないんだよな。
俺がそう言うとその通りだ思うと言う2人。
「だから山の上の方まで登れば魔獣はいないと思うわよ。ただ山に登っていく途中では魔獣に遭遇すると思った方がいいわね」
確かに山裾からある程度の高さのところまでは魔獣はいるだろうな。強さは知らんけど間違いなく強いだろう。だって山の中だもの。
「ユイチ、山裾から上まで転移の魔法で移動できる?」
「転移の魔法は距離が重要で高低差はあまり関係ないから数度に分けてやれば飛べると思う。ただ飛んでいく先をしっかりと目視するのが条件になるよ。森の木々が深くて上が見えないとそんなには飛べないかも」
「それでも強い魔獣から逃げられるだけでも大きいわよ」
そりゃそうだ。囲まれたとしても森の奥の景色が目に入ればそこには飛べる。そして連続でも飛べる。1回の転移の距離は短くなるけど魔獣から逃げることはできるだろう。
「周囲を警戒しながらだけどユイチとユキの転移魔法を使って早めに移動しましょうか」
カオリ達がギルドの知り合いから聞いている限りだと東の山方面に出向いていく冒険者は多くない。東の山裾までで奥に入っていく人たちはもっと少なくていないと思った方が良いだろうと言う。彼女達が相談した知り合いの冒険者からも東の山の方面は行っても時間を食うだけで美味しい狩場じゃないわよと言われたらしい。
確かにポロから南に行けば日帰り、あるいは1泊程度で十分に稼ぐことができる。わざわざ時間をかけて東の山の方面に狩りに行く物好きは普通はいないよな。
今回は一気に東の奥まで探索するのではなく東にある高い山の上からさらに東側を見てみようと言うのが目的だ。安全なルートが見つかれば次に行く時に少しは楽になるかもしれない。山の中に安全なルートがあれば、だが。
森の奥から山の中の魔獣のレベルや分布状況については詳しい資料がない。今回は初めてでもあり無理はしない、だけど行けるところまでは行ってみようという曖昧な目的だ。万が一の時は転移の魔法を使ってその場から逃げられると思うと気が楽なのは間違いない。幸いにも俺は魔力量が多い。短い距離なら連続して転移できる。そうして距離を取って見通しの良い場所まで逃げられれば振り切れそうだ。人がいない前提になるけど、それは問題ないだろうと思っている。山の奥に住む物好きは流石にいないでしょう。
数日後、遠出の準備を整えた俺たちは自宅を出るとポロの街の東門から外に出た。まずは街道を歩いてイグナスの村を目指す。今回の東方面の探索で宿があるのはこの村だけだ。街道を歩いて夕刻に村に着いた俺たち。幸いに村の宿の部屋は空いていた。
「ゆっくりと食事できるのは今日くらいね」
ユキが言ったがその通りだよ。明日からは野営が続く。食事は収納に入っているので出来立ての料理が食べられるんだけど、周囲を警戒しながらとなるので勢い食事の時間が短くなる。
この日は食事をして部屋でしっかりと休んだ俺たちは翌朝村を出ると廃れた街道跡の道を東に進んでいく。
野営を繰り返すこと2日。3日目の夕方にコパの廃村が目に入ってきた。
「見た限りこの前来た時と変わってないわね」
崩れかけた門から村の中に入って村の中をぐるっと一回りするが前回と特に変わった様子はない。魔獣が入ってきた形跡もなさそうだ。一安心だよ。
「今日はここで野営ね」
崩れているとはいえ柵がある、廃村の中と言うだけで安心感が違うよ。野営用のテントを設営してから廃村の中で交代で夕食を摂る。前回はここから南に下がってランザの村経由でポロに戻ってきていたので明日からの東の山方面が本格的な探索の始まりだ。
俺がテントの周囲を警戒している中、先に食事をしている2人の声が聞こえてくる。
「山の中の手前の森から魔獣が徘徊していると思った方が良いわよね」
「その通り。周囲を警戒しながら進みましょう。魔獣のレベルは分からないけどゴールドランクまでなら倒していって、もしそれ以上のランクの魔獣がいたら逃げるということで」
「転移の魔法は魔力を使うから森の中では本当に危ない場面以外は使わずに敵を倒す方向で。ただしゴールドランクより上の魔獣と遭遇した時は転移する。これでいい?」
カオリが言ったことをユキが確認する。ゴールド以上のランクの魔獣には会ったことがないが本当にいるのなら遠目から見つけて逃げるに限るよ。ギルドの資料室ではゴールド以上の魔獣、プラチナランク相当の魔獣はポロの街の南に広がっている森のずっと奥が生息地だと書いてあった。東方面はゴールドランクが最上位でそれ以上のランクの魔獣に関する記載はなかったんだよな。ただこっち方面をまともに調査しているかどうかは甚だ疑問だ。
東方面?どうせ冒険者なんて行かないから適当に書いちゃえ。なんてことも十分にあり得る。彼女らもそれを分かっているから万が一の時の話をしているんだろう。
「ユイチ」
「はい?」
背後からカオリが声をかけてきた。俺は振り返って彼女に顔を向ける。
「今ユキと話してた通り。もし森の中でゴールドランクよりも上のランクの魔獣に出会ったり見つけたりしたらすぐに転移の魔法で逃げるわよ」
「了解しました!その時は任せてください」
強敵との戦闘は避けて逃げる。大賛成だよ。君子危うきに近寄らずなんて言葉がある。自分は君子でもなくただのチキン野郎だ。格上に挑戦してみようなんて気はさらさら無い。工事現場じゃないけど『安全+第一』ですよ。
夜も交代でテントの中で寝る。野営とは言っても廃村の中だ。草原や林の中での野営よりもずっと精神的に楽だよ。
翌朝しっかりと朝食を食べた俺達。テントを収納するとカオリの行きましょうという声でコパの廃村を後にして東に足を向けた。ここから先は道もない。今のところ草原が続いているが先の方に森が見えている。あの森を抜けたら山裾になっているんだろう。俺は森の中や山に強い敵がいません様にと祈りながら草原を歩いていった。




