第52話
ナッシュ先生は家にいた。ドアをノックすると暫くしてドアが開き、そこに立っている俺たち3人を見るとドアを大きく開けてくれた。
「お前さんたちか、入りなさい」
「「こんにちは。お邪魔します」」
この前と同じリビングに案内されて、そこに座るなり先生が聞いてきた。
「前回来てからあまり日が経っておらんが今日はどうしたんだ?」
「先生、いたんですよ。精霊が」
いきなりユキが言った。
「なんだと?」
先生、思わずその場で立ち上がっちゃったよ。でも興奮するのは分かる。いるはずだと思っていた、信じていた精霊が本当に現れたと言ったんだから。立ち上がっていた先生は、すまん、興奮したと言って椅子に座り直すとユキに顔を向ける。
「つまり僧侶のあんたが召喚魔法を会得した。ということか?」
「そうです。と言ってもまだ召喚できる精霊は1体。強化魔法や回復魔法をかけてくれる精霊だけですけどね」
「と、とにかくその精霊を見せてくれるか」
前のめりになっている先生。その気持ちは分かるよ。
分かりましたとユキが子猫のサクラを呼び出した。現れたサクラはキョロキョロと周りを見てから座っているユキの膝の上に飛び乗ってきた。
「いたんじゃ。精霊は確かにいたんじゃ。そして人間界に姿を現したんじゃ」
興奮状態のナッシュ先生。自分の研究、推測が間違っていなかったということがこれで証明された訳だものそりゃ興奮して当然だよ。あまり興奮し過ぎると血圧が上がっちゃうよ。
「はぁはぁ、いや、取り乱してすまん。研究を通じて自分が予想していたことが確かだったと今証明されたんでな」
「そのお気持ちは十分に理解できます」
そう言ったユキがこの精霊を召喚することに成功するまでの話を始めた。さっきまで大興奮していた先生も今はメモを片手にユキの話を聞きながらペンを走らせている。
「なるほど。これは光の精霊か。そして呼び出して何をさせるのかと言うのがポイントだったんだな。あとは呼び出す精霊のイメージか。ただこんな生き物がこの世界におったかの?」
流石に先生、鋭いところを突いてくるな。そう思っているとそれにはカオリが答える。
「図書館で見た動物の絵を見ながら皆でこんなのだったら可愛いわねと想像したものです。空想の生き物とでも言ったほうがいいでしょう」
「なるほど。そういうことか。納得したぞ」
俺はカオリに関心していた。おそらくこの質問が出るかも知れないって予想していたんだろうな。でないとすぐに答えられないよ。やっぱりこのお姉さん2人は凄いよ。
その後ユキが指示をするとサクラがその場でクルッと回るとそこにいる全員の身体が淡い光に一瞬包まれる。先生はそれが強化魔法だとすぐに分かった様でまた驚いている。
またね、お疲れ様とユキが声をかけるとその場からサクラが消えた。
「1体の召喚に成功しました。おそらく今後新たに召喚できる精霊が増えると思います」
「その通り。精霊とコンタクトする道筋ができたんじゃ、次からはそれほど時間がかからなだろうな」
「それでもちろん私たちは召喚魔法、そして時空魔法については先生以外の誰にも見せたり言ったりするつもりはありません。先生の研究が正しかったことはここにいる私たち3人が証明します。ただ先生はそれを世間に認めてもらう術がありません」
カオリが申し訳なさそうな声で言っているがナッシュ先生は気に必要はないと言う。
「この年になるとな、人に認めてもらおうとか。自分を軽蔑していた他の連中を見返してやろうとか。そんな気はとうになくなっておるわ。それよりも自分の研究が正しかった。その事が分かったことで十分だよ。いや、本当にありがとう。時空魔法、召喚魔法。御伽話の世界の話ではなくて実在した魔法だったんだ。自分が生きている間にそれが分かって私は満足している」
さっきまでと違って落ち着いた口調で話をする先生。学院の授業でもこんな感じなのかな。それにしてもだ、先生は学院在学中にかなり厳しい批判や中傷を浴びていたのかもしれない。でもそんな圧力にもめげずに自分の研究を貫き通したんだ。すごい先生だ。
先生は俺に顔を向けた。
「それで転移の魔法だが距離は伸びているのかな?」
「はい。転移の距離は魔力量に比例している様です。最近では一度の転移で30Kmから40Kmは問題なく転移することができます。それで自分の魔力の半分を消費している感じですね」
「一度に40Km以上か、これもすごい魔法だが誰かに見つかると大変なことになるな」
その通りだ、その後おれは浮遊魔法や重力魔法についても先生に話をした。それをメモに書き留めていく先生。
「今まで生きてきて良かった」
俺やユキの話を聞いた先生がぽつりと言った。最後にもう一度召喚した精霊を見たいと言ったのでユキがサクラを召喚した。召喚された子猫の精霊を優しい目でじっと見ている先生。
「触っても怒らないかな?」
「大丈夫だと思いますよ」
ユキに言われて先生は床にしゃがむとそこにいるサクラの背中を手のひらで撫でた。おとなしくしているサクラ。
「いい毛触りだ。動物と同じだな。でも淡く光っておる。そうか、これが召喚された精霊か」
背中を撫でながらそう言った先生。暫くして立ち上がると椅子に座った。
「一つだけ私のわがままを聞いてくれんかの」
先生は自分が死んだ後に一冊の本を出すべく今執筆中らしい。死ぬと聞いてびっくりした俺たちだがすぐに死ぬ訳ではなくてそれを見越して本を書いているのだという。元気な内に遺言書の代わりとなる書物を執筆しているということか。
「自分でも分かる。あと生きてもせいぜい3年から長くても5年だろう。それを見越して最後の本を書いているところなのだ。その本に時空魔法、召喚魔法は確かに存在し、私自身の目で見たと言う事を書かせて貰えないだろうか。もちろんお前さん達の名前や職業、性別などは一切そこには書かないと約束する。最後に自分が正しかったということをその本で言いたいのだ。もちろんさっきも言ったがその本は私が生きている間に世間に出すつもりはない」
先生はこの村の知り合いに自分が死んだ後の事を頼んでいるそうだ。えっとこう言うのを何って言うんだっけ。終活だっけ?
「分かりました。それなら問題ありません。私達は有名になりたい訳じゃない。ポロの街で冒険者をして市民のために魔石や魔獣の部位を取る仕事をしているだけで十分に幸せです。先生が約束を反故にされることはないと信じています」
カオリが言うとありがとうと頭を下げた先生。
俺たちが席を立って帰る時には先生は玄関まで見送りに来てくれた。
「ユイチがいれば比較的短時間でこの村にこられるだろう。私はいつでもお前さん達を歓迎するぞ。是非また来てくれ」
「分かりました。お邪魔しました」
「色々ありがとうございました」
俺たちは礼を言ってナッシュ先生の自宅を後にした。
「自分の研究、見立てが正しいと証明された。先生も嬉しそうな顔をされてたわね」
「本当ね。訪ねて良かった。お元気そうだからまだまだ長生きされるといいわね」
村を出た俺たちは山の方に向かって歩きながらそんな話をしている。村が見えなくなったところでカオリが言った。
「帰りも転移の魔法が見つからない様に気をつけて帰りましょう。じゃあユイチ、お願い」
「はい。分かりました」