第50話
これで話は終わりかなと思ったらユキがあの呼び出した子猫の名前を付けたいんだけど何がいいかなと言った。みんな、と言っても俺とカオリだけだど。2人の意見を聞いた上で決めたいそうだ。
これは困った。そっちのセンスは全くない。大きな声で言える。俺は全くセンスがない男だぞ。
昔、家で雄のセキセイインコを買うことにした時にその鳥にどんな名前をつけようかという話になった。家族はピーちゃんだとかソラちゃんだとか言っている中で俺が声を出して言った。
「ハネキチトリオ」
それを言って家族中から総スカンを喰らったことがある。羽根があるからハネキチ。トリオは鳥男のカタカナバージョン。ハネキチトリオ。自分ではナイスなネーミングだと思ったがそう思っていたのは自分だけだった。
「悠一、あんたもう中学2年生でしょ。子供じゃないんだから真面目に考えなさい」
と母ちゃんがえらい剣幕で怒ってたのを覚えている。普段は俺のことを子供扱いするくせにそう言う時は大人扱いするんだよな。それ以来ネーミング、何かに名前をつけたりニックネームを考えたりとなるとセキセイインコ事件を思い出す俺。軽いトラウマになってるんだよ。ネーミングセンスがゼロというのは当人が一番良く知っている。つまり俺は日本にいたとしてもコピーライターには絶対になれなかったってことだ。
カオリとユキは何かいいのないかななんて色々思いついた言葉を言っているが聞いている俺からみれば彼女らが思いつきで口に出している名前全てが素晴らしい。それのどれかでいいんじゃないのと思う。
「ユイチは何かある?」
カオリが振ってきた。来るなよと思っていたんだが3人しかいないとなると当然俺にも聞いてくるよな。2人で決めてよ。とは言いずらい雰囲気だ。
「あれってどう見ても子猫だったよね」
そうだよと頷く2人。
「じゃあサクラ」
そう言うとサクラって猫と関係ないじゃん。と2人から言われたよ。ただ母ちゃんと違ってこの2人は怒ったりはしない。
「この世界で始めて猫を見たんだよ。見た時に日本を思い出してね。日本を思い出したら次に思い出したのが満開の桜の花だったんだ。だからサクラ」
そう、この世界で犬や猫を見たことがないんだよ。街の中でも外でも見たことがない。当然だけど誰もペットにしてない。
俺の話を聞いて黙っている2人。やっぱり俺にはセンスが無い様だ。
「いいじゃんサクラ。可愛いね」
「そうそう。日本につながる名前だしね。サクラにしよう」
「えっ?マジ?」
まさか賛成してくれるとは。
「ユイチが考えた名前が一番いいよ」
「そうそう。猫の名前にこだわる必要なんてないよね。精霊さんだしさ」
「そりゃどうも」
ということであの精霊はサクラとなった。その後ユキが子猫を呼び出してあなたの名前はサクラよ。と言うと喜んで飛び跳ねていたから子猫の精霊さんも気に入ってくれているみたいだ。ユキが呼び出して名前を言った時に何じゃそれ?ふんっ、てな態度を取られたらどうしようかと思っていたから一安心。
明日を休養日とすることにした。俺は図書館で地図を見てルートを探す。2人はギルドで精算をしてから食料の買い出しだ。もしショートカットとなると野営が増える。食料や飲み物を多めに収納に入れておいた方が安心だ。
翌日自宅前で2人と別れた俺は通い慣れた図書館に足を向けた。何度も通っているので図書館の中にある本のおおよその場所がわかっている。
地図が書かれている本を2冊手に取るとテーブルに座って本を広げた。詳細な情報はか書かれていないが山は山の印が書かれているし、大きな村は地図に載っている。
2冊の本を広げて見比べていると移動ルートのイメージができてきた。最初はレンネルから斜め上、北東方向に進もうと考えていたがどうやらそこには高い山がいくつか連なっているみたいだ。これではレンネルからいきなり北東方面には進めない。北東に進んでも山があるので結局また南下してベールヒルに通じている道に戻ってこなければならない。
では最初から東のベールヒルに向かったらどうなる? 俺は地図を指先でなぞりながらルートを考える。レンネルの街から東の山方向、ベールヒルに向かって進むと途中で山が途切れている。この地図が確かだとすればレンネルを出て2日程進んだ場所から北東方向に進めそうだ。幸いドランの村は大きいので地図に載っている。結果的にこの方が早くドランに着きそうだ。
ベールヒルに向かう街道から北東方面にはドラン以外には地図上に村や街はない。野営前提になる可能性が高いが距離的には3日、4日で行けそうだ。もちろん実際には道がないところを登ったり降りたりするんだろうが人さえいなければ短距離であっても転移の魔法が使える。帰りはそれよりも短くなるのは間違いないな。往路が6、7日、帰路は上手くいけば4、5日で帰れそうだ。10日程で村に行って帰ってこられるという計算になる。
自分のメモに大雑把な地図を書き写した俺は図書館を出て自宅に戻ってきた。しばらくすると買い出しに行っていた2人も戻ってきた。リビングのテーブルの上に手書きの地図を広げてルートを説明する。
「いいんじゃない。でもね、短くなるのはいいけどそればっかり気にするのはやめましょう。本当に周囲が安全とわかった時だけ転移の魔法を使いましょう」
カオリの言う通りだ。それで俺たちの出発は夜にした。暗い間にできるだけ距離を稼ぐ作戦だ。レンネルまでの状況はわかっている。万が一夜に魔獣に遭遇しても倒せないレベルの魔獣はいない。方針が決まると雑談になる。
ユキは毎日時間があると部屋や庭で精霊のサクラを呼び出しているそうだ。
「何度も呼び出して話しかけて一緒にいた方が親密度が上がると思うのよ」
「確かに。親密度が上がったら精霊も強くなったり新しい技を披露したりするかも知れないよね」
俺が言うとその通りとユキ。皆色々と考えているんだ。
食料、水、テントそれに魔道具など遠出に必要な物資を準備し、漏れがないと確認した俺たちはギルドに遠出をすると伝え、その日の夜、日が暮れてしばらくしてから自宅から外に飛んだ。