第5話
ドアを中に押して開けると呼び鈴が鳴った。すぐに奥から白衣を着た中年の女性が出てきた。この世界でも医者は白衣なんだ。
「いらっしゃい。どうしたんだい?」
俺はもらったばかりのギルドカードとギルドの紹介状を差し出す。ラニア先生は俺のカードをチラッと見てからギルドが書いてくれた紹介状を手に取って読むと顔を上げて俺を見た。
「アイアンランクのユイチ。魔力の流れが悪い。具体的には左手では水晶が光らない。右手では光る。症状はこれで合っているかい?」
「その通りです」
「じゃあ見てあげよう。そこにうつ伏せになってくれるかい」
言われるままに簡易ベッドみたいなところでうつ伏せになると先生が両手で首の後ろから肩甲骨、背中、腰のあたりを押し始めた。マッサージされているみたいで心地よい。思わず眠っちゃいそうになるのを必死で我慢していると腰から手を離した先生が言った。
「確かに魔力の流れが悪くて右半身にしか魔力が行き渡っていないね。しかも完全に止まってる。普通は流れが悪くても少しは流れるんだけどユイチの場合は見事に止まっているね。ここまで偏っているのは珍しいよ」
「えっと、魔力ってのが何か分からないのと、魔力の流れが悪いってどう言うことです?
うつ伏せのまま聞いた。
「魔力ってのは人が体内に持っているもので簡単に言えば血液みたいなもんだ。血じゃなくてそれが魔力、魔法を発動する力だよ。普通は全身に均等に行き渡るものなんだけど、あんたの場合はどう言う訳かその魔力が右半身だけに留まっている。ただ安心していいよ、魔力が詰まっている場所が分かったからこれから治療をする。じっとしているんだよ」
そう言った先生は腰のやや上の部分を集中的に押したり手のひらでぐるぐると回したりし始めた。すぐに何かが体の中で暴れ出す感覚になる。痛みはないのだが気持ちが悪い。じっと我慢をしていると数分経った時に急に体内で何かが抜ける感覚があると一気に全身に何かが広がっていった。
「上手くいった様だね。これでユイチの全身に魔力が行き渡る様になったよ。もう起き上がってもいいよ」
そう言われて起き上がると先生は部屋にある水晶を持ってきた。水晶は台の上に乗っている。
「体調はどうだい?気分が悪いとかないかい?」
ベッドの上に座ったまま上半身を捻ったり腕を回したりするが違和感はない。大丈夫ですと言うと先生が手に持っている水晶を差し出してきた。
「最初は右手、そして次に左手で触れてくれるかい」
言われた通りにすると全く光らなかった左手を水晶に乗せた時に大きく輝きだした。右手と同じくらいに光り輝いている。両手で触れてくれるかいと言われたので最後に両手で水晶を掴むと今まで以上に派手に光り輝いた。
「うん。問題ないね。それよりユイチ、あんた魔力量がすごく多いよ。今までいろんな魔法使いの魔力を見てきたけどここまで水晶が激しく光ったのはユイチが2人目だね」
ん?嘘だろう?魔力なんて今初めて知ったし。もちろん魔法なんて使ったこともない。俺がそう言うとラニア先生が逆にびっくりした表情になった。
「その年まで魔法を使ったことがないのかい。また珍しい人がいたもんだ」
そう言ってから俺がどうやって魔法を発動するのかと聞くと丁寧に教えてくれる。頭の中で魔法をイメージして手を突き出したり、杖を持っていればその杖を突き出すだけでいいらしい。魔法の強さは自分で何度も魔法を撃って感覚を掴むしかないと教えてくれた。奥から桶を持ってきた先生。
「まずは右手で水を出してごらん。頭の中でイメージするんだ。派手にやるんじゃないよ」
頭の中でホースの先から水が出るイメージを持った俺は右手を突き出した。すると指先から桶に向かって水が勢いよく飛び出した。
すごいよ、魔法だよ、魔法。俺が魔法を使えるんだよ。
その後左手でやっても同じ様に桶に向かって水が飛び出した。それを見ていた先生は問題ないと言ってくれる。
「いい感じだね。魔力ってのは使うと減って、一気に使いすぎると身体がぐったりするんだけどどうだい?」
「全然ですね。魔法を撃つ前と同じですね」
次にライトという光を作る魔法を左右の手でやってごらんと言われたので光る電球をイメージして発動すると両手で豆電球位の小さな光の球を作ることが出来た。俺は先生にイメージを作れと言われたので頭の中で湧いたイメージを頭の中でライトと言って発動しているのだが先生によるとそれは無詠唱の魔法の発動と言って簡単にできるものではないのだと言う。
「魔力はかなり多い、しかも無詠唱で発動できる。ユイチは本当に今まで魔法を使ったことがないのかい?信じられないよ」
「本当ですよ。自分に魔力があるなんて今初めて知ったし。それに先生がイメージだって言うから頭の中で声を出しているだけだし」
いちいち口に出して言う方が恥ずかしいよ。厨二病みたいだし。
治療代を払い、お礼を言って治療院を出た。先生は何かあったらいつでも見てあげるからと言ってくれたので一安心だ。
治療院がある路地の少し先にギルドが言っていた初心者御用達の宿があった。入ると部屋は空いているという。1泊銀貨2枚だが1ヶ月、つまり35日分を前払いすると銀貨50枚だというので50枚払って1ヶ月分の部屋を押さえる。生活の拠点の確保は大事だ。それにしても師匠からお金をもらっていてよかったよ。ないと泊まるところどころか街にも入れなかったな。改めて師匠に感謝だ。
部屋の鍵をもらって2階にある部屋に入ると想像以上に広かった。ベッドに机と椅子、テーブルもある。トイレとシャワーはないが気にならない。天井にあるシミも全然気にならない。ちなみにトイレは共用でシャワーというかお風呂は宿に言って湯を桶に張ってもらって庭で入るらしい。部屋のベッドに腰掛けると疲れがどっと出てきた。と同時に2度目に飛ばされたこの世界ではとりあえず俺でも何とか生きていけるかもしれないという希望も少しだけ湧いた。