第49話
洞窟で話をしてから1ヶ月とちょっとが過ぎた頃、ついにその時が来た。
「ユイチ、出来たわよ!」
休日の昼間、部屋でくつろいでいるとユキの声がした。慌てて部屋からリビングに出ると階段を降りてきているユキ、そしてその後ろに淡く光っている小さな生き物がいる。ユキの後ろから小走りになって追いかけてくる光っている生き物。その後ろからはカオリも階段を降りてきた。
「猫じゃん」
精霊は子猫の姿をしていた。全身が薄い青色で光っているというか靄っているというか。精霊の輪郭はぼやけてはっきりとは見えない。見えないが子猫であるのは間違いないぞ。
これが精霊?ユキが足を止めると彼女の足元で同じ様に止まると後ろ足を落として座る。めちゃくちゃ可愛いぞ。俺は猫派よりは犬派なんだけどこの子猫は可愛い。というかこの世界に来て初めて猫を見たよ。見た時にそういや日本には猫がいたなぁと思い出してしまった。
「今日はカオリに見てもらいながら部屋で鍛錬してたのよ。色々試していた時に、抱っこしてあげるから出て来て、って言った瞬間にこの子が出てきたのよ」
「私もびっくりしたわよ。ユキの足元が光ったと思ったらこの子が飛び出てきたのよ」
呼び出した瞬間を見ていたカオリもびっくりしたというがそりゃそうだろう。何もないところから突然現れたんだから。もし抱っこしたいから出てきてって何もないところから火だるま男が出てきたらどうなったんだろう。想像するだけで怖いよ。
ユキが見ててねと言ってから足元でちょこんと座っている子猫を見る。俺は慌てて意識を戻した。
「お願い。私たちを強くして」
そう言うと子猫はその場でジャンプをすると空中でクルッと体を一回転させた。すると子猫から光が出て俺たち3人に光が降り注ぐ。ジャンプをした子猫は絨毯の上に着地するとさっきと同じ格好になった。
「強化魔法よ。私の魔法よりも効果が強いみたい」
ユキがおいでと言うとジャンプして彼女の肩に乗った。仕草がすごく可愛いな。そしてこの子猫は僧侶タイプ?いや精霊だからジョブってことはないか。
「魔力はどう?」
「呼び出す時も維持にも結構魔力を使うわ。ただ強化魔法をかけているこの魔法は私の魔力じゃなくてこの子の魔力を使っているみたいね」
なるほど。いずれにしてもユキはやり遂げたんだ。本当に凄いな。召喚魔法が存在したことがこれで証明された。
ユキがお休みと言うと一回転してその場で消えた。どこに消えたのかは分からないがとにかく目の前から消えた。驚いたのは精霊が消えても効果が残ってるってことだ。時間を測ると子猫がかけた強化魔法は15分間は有効だ。これは使える。
確か昔あったゲームだとカーバンクルとか言うリスが召喚されてたけどこの世界ではリスじゃなくて子猫なんだ。いやゲームと現実を一緒にしちゃダメか。
召喚した子猫を戻すと俺たち3人はリビングのソファに座る。色々と整理をしないといけない。こんな時はカオリが場を仕切ってくれるから楽だよ。今も俺とユキの顔を見ながらカオリが言った。
「いい?まず絶対に人に見られないこと。これは時空魔法と同じね。見られたら大変なことになるのは見えてる。慎重に行動しましょう」
彼女の言葉に頷く俺。次に他の精霊を呼び出せるかどうかだ。
「最初の高いハードルを超えたから次からは最初ほど難しくないと思うんだけどすぐに出来るかって聞かれたら分からないとしか言えないわね」
「ユキは焦らなくていいわよ。1体は呼び出せるんだからさ。時間がある時にゆっくり鍛錬して」
「そうする」
それであの子猫は何の精霊だという話になった。その時にユキが素晴らしい事を言ったぞ。
「火、水、雷、土、風、氷以外にもあると言えばあるじゃん」
「「何?」」
俺とカオリが同時に聞いた。
「光と闇よ。あの子猫ちゃんは光の精霊じゃない?そう考えると外見は光っているし僧侶系の魔法が使えるのも当然よね」
いやはや素晴らしい推測だ。俺もカオリも感心した。ユキの見たてが正解じゃないのかな。
「それでこの件はナッシュ先生には報告した方がいいわよね?」
カオリが言ったが俺も報告した方がいいと思っていた。ユキも先生と約束したからねと言っている。
「ユイチ、最短で何日位で先生の村に行ける?」
「ちょっと待ってね」
頭の中で転移の魔法を使う場所を思い出しながら計算してみる。
「レンネルの郊外までなら2日。そこから王都に続く街道は途中までは無理だからどうだろう最短で8日、いや9日かな」
「夜に移動したら早くなる?」
とカオリが聞いてきた。もちろん夜なら視界が悪い分こちらには有利だ。イメージしてある場所の移動だけだけどね。頭の中で計算してみると5日か6日で行けるかもしれない。俺の答えを聞いたカオリ。
「レンネルから王都ってほとんど魔獣の姿を見なかったわよね。夜に移動しても安心だと思うのよ。もちろん周囲の警戒は必要よ。でも夜に街道を歩く人はまずいない。気にするのは盗賊だけど王都の近くだから大丈夫かなと思うの」
「でもリスクが大きいわよ。急ぐのはわかるけど無理はしない方がいいんじゃないかな」
ユキが言った。うん、彼女の言わんとすることもわかる。時間を取るか安全を取るか。
しばらく考えていたカオリが顔を上げた。
「そうね。やっぱり万が一を考えたらリスクは避けた方がいいわね。じゃあ行くとしたらユイチの言った9日位かかるってことで話を進めましょう」
カオリも頭の中でバランスを考えたのだろう。俺は優柔不断というか自分の意見がはっきりと決まらなかった。でもこうやって方針を出してくれたらそれには従うよ。安全第一で移動するとなると片道9日、往復で18日、これに現地1泊として3週間弱の旅になる。
ん?ちょっと待てよ。俺は頭の中で地図を思い出した。
「ちょっといい?」
その声でカオリとユキが俺に顔を向けた。
「レンネルまでは何度か転移をしながら進む。そうだよね?」
その通りという2人。頭が悪いから話をしながら頭の整理をする俺。
「今のルートってそこから王都経由でドランに行く前提だけどさレンネルからショートカットできないかな」
「「ショートカット?」」
2人同時に声を揃えて聞いてきた。
「そうそう。レンネルを基準に考えると北に進んでから東に向かうルートになっている。レンネルから北東に進んだら距離が短くならない。それともしそこが人がいないエリアだとしたら短い転移を繰り返せると思うんだ」
転移の魔法は行ったことがない場所には飛べない。ただ視界に入っている場所には飛べるんだよ。だから1Kmとか数百メートルとかの短い転移を繰り返してドランを目指す。帰りは目印を覚えているから比較的長い転移が出来る。これなら移動時間を短縮できないかということだ。もちろん周囲に誰もいない場所という前提条件は付くけと。
「ユイチ、頭いいじゃん」
「本当。確かに王都に寄ってく必要はないよね」
「でしょ?一応明日でも図書館にある地図を見てみるよ。レンネルから北東方面がどうなっているのか。道があるかとか街か村があるかとか」
俺がいうとお願いねと言う2人。図書館の調べ物は任せてくれよ。なんせしょっ中出向いている場所だからな。
俺が図書館で地図を見た上で最短何日かもう一度検討することになった。




