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第36話


 2、3日もすると俺は王都からやってくるイケメン揃いのパーティの話をすっかり忘れていた。イケメンの男を見たからって自分がイケメンになる訳じゃない。生まれついての顔が変わるわけがない。


 相変わらず俺たちの狩場は師匠が眠っている洞窟近くの森の奥だ。何と言ってもここはライバルがいない。近郊で同じ様なランクの魔獣を狩れる場所があるので皆そちらの森に出向いている。そっちだと日帰りができるしね。


 大抵の冒険者はほぼ毎日同じ事をしてしている。毎回同じ場所に出向いて同じ様な敵を倒して死体や魔石を持ち帰っては換金してお金を得る。冒険者を生業とすると大抵こんな生活だ。


 普通の市民の仕事とて同じだろう。毎日同じ事を繰り返してお金を得ている。ただ冒険者が彼らと違うところは冒険者は毎日死と隣り合わせで仕事をしていると言う事だ。とは言っても格上のいる場所を避けておけばそう危険な目に遭うこともない。これは冒険者を初めてしばらくの時間が経ったから言えることだ。最初の頃は戦闘が無い薬草取りだけで生きていこうと思っていたくらいだし。


 俺は地味に生きたいと思っているので今の決まったパターンの生活に何の不満もない。シルバーランクとして外で敵を倒して金策をすることで日々のお金には困っていないしね。上を見ればキリがないが自分が無理せずに生きていける今のこの感じがいいんだよ。


 俺はそれでいいんだがカオリやユキは毎日同じパターンでいいのだろうか?彼女達は社会人の経験もある。刺激というか変化を求めているかも知れない。


 この日の夕食の時に俺は思い切って2人に聞いてみた。俺の話を聞き終えるとまずカオリが言った。


「私は全然問題ないわよ。この3人の目標は決まってる。慌てないけどゴールドランクをを目指して頑張る。ゴールドランクになった後は他の街に行ったりしてこの世界を楽しむ。その目標のための魔獣退治だから平気だよ」


 なるほど。将来の絵図がしっかりと描けてあるから問題ないんだ。


「カオリの言う通り。それに私たちが日本でやってた仕事ってCAでしょ?あれも毎日同じことの繰り返しよ。飛行機に乗ってくるお客様を安全に目的地にお届けるする。それが済んだらまた別のお客様を飛行機に乗せて安全にお届けする。365日この繰り返しよ。この世界では3日魔獣を倒して金策し、休んでからまた働く。どこの世界でもやることは一緒ね」


 カオリもユキも仕事とはそう言うものよと言ってくる。確かに毎日が刺激的だという生活なんて普通はないよな。そう思っているとユキが言った。


「ユイチは大学生で就職をしていないけど、仕事なんて大抵は同じことの繰り返し。会社に入ってそれがずっと続くの。そりゃ昇格したり転勤とかあるかもしれない。でもやることは基本変わらないわよ。会社という組織に帰属してそこで働くという行為は同じね。それでここからが大事。要は当人がその同じ事を繰り返す仕事に誇りを持てるかどうかなの。誇りを持てない人は長続きしないわ。私もカオリも日本での仕事もそうだしここでの冒険者という仕事に誇りを持っている。私たちが倒した魔獣の部位や魔石で多くの人たちの生活が便利になっている。その一旦を担っているという誇りがあるの。だから毎日同じ様に魔獣を倒しても平気なのよ」


 俺はガツンと頭を殴られた様な気分だった。今までそんな事を考えたこともなかった。そりゃ自分が倒して得た魔獣の部位や魔石が市民の生活に役立っているってことは知っている。でもそれだけだった。他にも大勢の冒険者がいるし俺一人いなくても平気だろうと思っていた。この2人は違う。普段から自分たちだけじゃなくてその周囲にいる人たちを意識して活動をしている。


「ユイチ」


 言葉を掛けてきたカオリを見る。


「ユイチのポリシーになっている地味に生きる。これはユイチの考え方だから誰も否定しないわ。でも地味に生きるんだから適当にやっとけばいい。手を抜いてもいい。これは違うわよ。分かるよね?」


「分かる」


 俺がそう言うとそれでいいと頷いてくれて言葉を続けるカオリ。


「ユイチが本当は頑張り屋さんなのは私もユキも知っている。新しい魔法を覚えたり魔力を増やす鍛錬を欠かさずしたり、地味に生きると言いながらもユイチはいつも頑張ってるじゃない。ユイチはそれを私たちに迷惑をかけたくないという思いからやっているんでしょうけど、それは私たちだけじゃなくてもっと多くの人の幸せにつながっているのよ。そこまで気がついていなかったかも知れないけど仕事をするってそういうことなの。難しく考えなくてもいいけど頭の片隅に覚えておくといいわ」


「分かった。ありがとう」


 今のままを続けて構わないと言ってくれる二人。ただ俺自身は変わらないといけないと思った。これからは自分がやっている意味をもう少し深く考える様にしよう。ランクに対するこだわりはないが今のランクでできる事をしっかりとやろう。いい加減にやるのはやめよう。


「明日は休養日だし久しぶりにお酒飲まない?」


 しばらくの沈黙の後ユキが言った。


「いいわね。ユイチもいいでしょ?」


「もちろん」


 こう言う気配りができる人たちなんだよな。俺たちは食事を片付けるとリビングのソファに移動してそこでお酒を飲みながらたわいもない話をする。会話が切れた時にカオリがつぶやいた。


「最初の世界に飛ばされた人たち、今頃どうしてるのかしらね」


「戦争状態だったんでしょう?」


 俺が聞くとその通りと答える2人。2人ともあの世界は本当に嫌だったらしくこの今の世界に来て本当に良かったと常々言っている。


「あの飛行機に乗っていた人の多くが兵士となって敵と戦ってるんでしょうね」


「大っぴらに人を殺せるって喜んでいる人達もいたけどあんな人達と一緒に暮らしていかなくて本当によかったわ」


 俺の場合は最初に無能の烙印を押されてここに飛ばされたのであちらの事情は知らないが、2人から話を聞いている限り最初からこっちに来てよかったよ。


「ユイチ、もしあっちの世界にそのままいたとしてさ、偉い人から人を殺してこいって言われたらどうする?」


 ほろ酔いのユキが聞いてきた。目の前に座っている2人はほろ酔いになると普段以上に色っぽくなるんだよな。


「どうするもこうするも嫌だよ。かと言ってそれを言ったからって許してもらえるわけじゃない。となると結局戦争の前線に送り出されて敵にやられて死んじゃうんだろうなと思う」


「殺さないと殺される。そんな極限状態でも人を殺めるのはいやだよね」


 とユキ。


「とにかく私たちはそんな嫌な世界から逃げ出してきて正解よ。この世界を楽しみましょうよ」


 カオリの言葉にその通りだと俺とユキが言ってグラスを合わせて酒を飲む。



 翌朝、俺が目覚めるとソファと絨毯の上に横になって寝ている2人がいた。テーブルの上には空になっている瓶が3本転がっている。


 俺は寝ている2人に昨日はありがとう。そう言うとシャワーを浴びたらもう一寝入りしようと自分の部屋に戻っていった。


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