第33話
翌朝、自宅で朝食を食べている時に浮遊魔法を会得したとカオリとユキに報告すると2人とも喜んでくれた。頑張ってたからねとか言ってもらえると部屋の天井に頭をぶつけた時の痛みも忘れるよ。
早速外で試してみようと食事を終えた俺たちはギルドでクエストを受けると門から街の外に出る。転移の魔法を使わずにいかにもクエストをこなしてきますと言うのを見せた方が良いというカオリの提案だ。庭から直接飛ぶ時もあればこうやって普通に歩いて外に出る時もある。
「転移の魔法を使うと魔力を使うでしょ?とりあえずユイチの魔力がフルに近い状態でやった方が良いと思うのよ」
なるほど一理ある。というかその通りだ。自分の魔法でもないのによく気がつくよ。視野が広いというかやっぱり頭がいいんだろうな。これはユキも同じだ。街の外に出ると向かう先は師匠の洞窟がある森だ。街から遠いのでまずライバルが来ない。街を出て森の中に入るとユキの転移の魔法で奥に飛んでいく俺たち。ユキも魔力量が増えているのか4回の転移で師匠の森に着いた。
「ここなら大丈夫でしょう。さぁ、ユイチ、浮遊魔法を見せてちょうだい」
カオリの言葉にわかったと言って最初は地面から1メートル程の高さまで浮遊する。そこで停止してゆっくりと着地をした。
「すごいじゃない」
「本当ね。それで魔力はどう?結構持っていかれた?」
カオリとユキが立て続けに聞いてくる。
「ありがとう。魔力は持っていかれたという感じはしないな。今度はもっと高く浮遊してみる」
ゆっくりと浮遊するとそのまま上を目指していく。森の木の枝の間を通りながら浮遊すると木の先端より上に出た。上から見ると相変わらず一面の森景色が目に入ってきた。
一番最初にこの世界に飛ばされた時に必死で木に登って先端から周囲を見た時よりも高く上がっている。その時と比べると隔世の感があるよ。俺もちょっとは進歩しているな。
ゆっくりと下降して着地する。魔力が減ったという感じはあるがごっそりと持っていかれたという訳でもない。その後も戦闘の合間に浮いたまま移動をしたりして浮遊魔法に慣れると同時に魔力の減り具合について検証する。
俺が検証している間カオリとユキは周囲を警戒してくれていた。
「凄いじゃないの、ユイチ。随分上まで昇ってたわよ」
「そうそう、凄い凄い。それでどこまで分かった?」
カオリとユキが立て続けに聞いてきた。俺は自分の頭の中を整理しながら口にする。
「30メートル位まで上がって降りたけど魔力は少し減ったかなという程度。むしろ浮いた状態で移動する方が魔力を喰らうみたいだ。浮いている高さに関係なく、浮いたまま横に移動すると上下に同じ距離を動くよりもずっと魔力を使うよ」
感覚的なものだけどおそらく間違っていないだろう。
「それでもまだ体内に魔力は残っているでしょ?」
俺の話が終わるとユキが聞いてきた。
「まだ半分以上残ってる感覚はある」
私も覚えられるかなというので自分がイメージした時の感覚、風船が浮かび上がるいメージと風船からゆっくりと空気を抜きながら落ちるイメージの話をするとそれでやってみようと言う。頑張ってください。ユキならできるよ。
「いずれにしてもさ、ユイチが浮遊魔法を使えるのなら例えば渓谷の向こうに渡る時も先に飛んでロープをかけてとかできるじゃん。色々と楽になりそうだね」
は? カオリが怖いことをサラッと言った。
俺は渓谷の上を飛んで反対側に行くと聞いただけで足がブルってしまったよ。高所恐怖症ではないが渓谷を飛び越えるところを想像してみると足が震えた。落ちたらどうしようって。魔法が途中で切れたら終わりじゃないかよ。とネガティブなことを考えてします。これはしっかりと練習をしておかないと。
浮遊魔法を覚えたせいか、重力の魔法を覚えるのは早かった。シルバーランクの魔獣を相手にしながら魔獣の頭の上に重い石を乗せてやるイメージで魔法を発動すると相手の動きが緩慢になった。そこをカオリが片手剣で倒していく。重力をかける魔法はそれほど魔力を消費しないみたいなので実践でも十分に使えそうだ。ゴールドランクの魔獣でも効果はあったが相手のレベルが高いせいかシルバーランクの魔獣ほど動きは緩慢にはならない。
「それでも全然楽よ。相手の動きが遅いと避けながら急所を狙って攻撃できるもの。ユキの素早さを上げる魔法もかかっているしこれでまた戦闘が楽になるわ」
この日は師匠の森でしっかりと敵を倒した俺たちは夜になってから転移の魔法でポロの自宅の庭に戻ってきた。戦闘中は全く気がついていなかったが2人によるとこの日は結構ゴールドランクの敵を倒したらしい。例によってギルドに怪しまれない様に少しずつ持ち込んでいくという。その匙加減はお任せしているので俺は全く問題ない。幸いに一時ごっそりと減った所持金もかなり復活してきているし、今すぐに大金を払って手に入れたいという物もない。もともとそれほど物欲が高い訳でもない。一軒家に住んで時間が経つけど俺の部屋の中は相変わらず広い。何か買えよって話だよな。
浮遊魔法を覚えたが今のところ使い所がわからないので部屋や庭で1メートル程浮いてそのまま前後左右に動く訓練を続けているだけだ。外でやると見つかるかも知れないと思うとなかなかできないんだよ。師匠の洞窟に行く時、山裾から浮遊して洞窟まで上がればいいじゃないかと思うかも知れないが、日々の鍛錬の賜物で今では自宅の庭から転移魔法を唱えると一気に洞窟まで飛べる様になっているんだよ。だからそこでも使うことがないんだよ。
自分としては実際にこの魔法を使う云々よりもきちんと魔法を習得できたという時点でもう満足している。大きな括りで時空魔法と呼ばれている魔法、その中にある収納魔法、重力魔法、転移魔法を覚ることができた。これでもう十分だよ。
元々誰かに自慢しようというとか考えて覚えた魔法じゃない。図書館で見た新しい魔法を見つけてそれを身につけようとしただけだから。
「ユイチ、収納魔法に何体の魔獣の魔石が入ってる?」
食事が終わってリビングで寛いでいる時にカオリが聞いてきた。俺はすぐに収納魔法の中身をチェックする。
「シルバーが23個、ゴールドが14個、あと死体は3つだね」
3つの死体は死体そのものに価値がある魔獣だ。それ以外の魔獣は倒したその場魔石だけ取り出すと死体は土に埋めている。
ユキの収納にはシルバーの魔石が12個、ゴールドの魔石8個入っている。
「結構多いわね。明日から3日間休養日にしようか。その間に2人の収納の分をギルドに持ち込むのってどう?」
「2日でもいいけど疑われないためには3日に分けた方がいいかもね」
ユキもそう言った。街の外に狩りに出れば魔獣の死体が増える。ここらで一度リセットするのは賛成だ。俺が賛成すると明日から3日間は街の外には出ずに朝のピークが終わったタイミングでギルドに顔を出して魔獣を買い取ってもらうことにする。初日が俺、2日目がユキそして3日目はカオリがギルドに換金に出向くことになった。カオリは3日目にギルドに持ち込んだ時に俺たちのポイント数とゴールドランクへのポイントがあといくらくらいなのかを聞いてみるという。
俺とユキの収納から魔石を取り出すとそれらを3等分し、カオリは魔法袋に魔石を入れた。
「これでばっちりね」
ばっちりはばっちりなのだろうが俺は一人でギルドに精算のために顔を出すということに少しビビっていた。